さいごの冒険
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■ショートシナリオ
担当:永倉敬一
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 8 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月04日〜01月09日
リプレイ公開日:2006年01月12日
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●オープニング
厳しい寒さの中でも窓を開けている家が一軒あった。
「ちょっとリーシャ、こんな寒い日に窓なんか開けて風邪ひくじゃない!」
その部屋に入ってきた母親は、慌てて窓を閉め、部屋の主である少女をしかりつける。
「ごめんなさい、でももう何日もこうしてベッドから出られないままなのよ。たまには外の景色ぐらい見たいわ」
リーシャははベッドの上で不満そうな顔を母に見せる。
「ちゃんと寝てないと、治る物も治らないわよ」
乱れた布団を直しながら母親は娘に警告するが、その声には何処か虚しさがあった。リーシャは少し間をおいた後、
「そうだね‥‥」
と、力なく答えた。
沈黙が二人を包む。娘を元気付けるつもりでかけた言葉に意味が無い事は母親は知っていたし、その母親の気持ちも娘は十分理解していた。しかしそれでもリーシャにとっては辛い現実を思い出す厳しい一言だった。
『治らない物は治らない』
それが彼女にとっての現実だった。
ふと、閉めた窓の向こうから学校の鐘の音が聞こえて来る。リーシャはしばらく鐘の音に耳を傾け、そして視線を壁に向ける。
壁にはフリーウィルの制服がかけてあった。見るからに彼女が着るには小さく、すこし色あせたそれは、長い間袖を通してない事がうかがえる。
「ねえ」
制服を見つめながら、リーシャは口を開く。
「お願いがあるんだけど」
内容を聞かなくても、母親には大体予想がついた。恐らくはもう一度学校に行きたいとかそういったものだろう。しかし、次に出た言葉は母親の予想を遥かに上回るものだった。
「一度冒険に出てみたい」
「な、何を言っているの! そんな体で出て行ったら死んじゃうじゃないの!」
すかさずリーシャを叱る母親。しかしリーシャは尚も食い下がる。
「出て行かなくても死んじゃうのよ、私は! それだったら、う‥‥」
突然、胸の辺りを押さえて苦しむリーシャ。母親は慌てて彼女の背中をさすって気を落ち着かせてやる。
「ほら見なさい。ちょっと興奮しただけでもこうなってしまうのに、冒険なんてとてもやってられる体じゃないのよ」
リーシャの心臓はある日を堺に成長をやめてしまい、成長し続ける彼女の体にもはやついていけない状態にあった。おかげで極度の興奮状態の継続は、彼女にとって死を意味する。
「お願い‥‥」
少し落ちついたあたりで、リーシャは引き続き母親に訴えかける。
「このままじゃ、何のために冒険者養成学校に入ったのかわからない‥‥。せめて一度だけ、パーティーを組んで見知らぬ土地で野営をしてみたいわ」
涙交じりの声で語り続けるリーシャを、母親は止める事が出来なかった。自分より先にこの世を去ってしまう彼女を強く抱きしめ、母親は言った。
「生きて帰ってくるのよ」
●リプレイ本文
「はじめまして、リーシャ。私はケミカ・アクティオ。ケンブリッジ魔法学校の生徒よ。学校が違うからかなぁ、顔を合わせたことは無かったと思うけど‥‥でもこれからは、よろしくね♪」
「わあ、シフールを見るのは久しぶりよ。よろしくね」
ケミカ・アクティオ(eb3652)は、リーシャの前でホバリングしながら握手を求めると、リーシャはニッコリ笑いながら、人差し指で応えた。
「それはそうと、ケミカさんのその荷物は何アルか?」
紗夢紅蘭(eb3467)が気にするのも無理はない。ケミカの荷物に一つだけおおよそ今回の冒険に必要なさそうなものがあった。
「これはね‥‥リーシャのために用意してきたんだけど、良かったら着てみて?」
ケミカが用意したものは、フリーウィルの制服だった。勿論人間サイズ。
「わあ、私のために? ありがとう。早速着てくるね」
そう言ってリーシャは家の中に着替えに入っていった。
しばらくすると彼女は出てくる。
「大きさ的には丁度いいけど、ごめんね、防寒具着てるからよくわからないね」
申し訳なさそうな表情で彼女は言う。確かに、制服は着てるのが確認できる程度にしか見ることが出来ない。
「気にしないで、それじゃあ準備の整ったところで私達の『さいしょの冒険』に出発〜!」
ケミカの掛け声で、かくして出発する事となった。
「大丈夫? 荷物ぐらいは馬に乗せてもいいわよ」
ネイメシア・ヒューリック(eb0141)は極力リーシャ自身の力で冒険をさせるつもりだったが、少し重そうに歩くリーシャが心配になったか、荷物を馬に乗せる事にした。リーシャもそれに甘える形で承諾する。
心臓にあまり負担をかけられないリーシャの歩みは遅く、あまりいいペースで進む事は出来なかった。途中馬に乗せる案も出たが、真冬の寒空の下では逆に体が冷えるので却下された。
「ごめんね、これ以上早く歩けないの」
杖をつきながら頭を下げるリーシャ。
「何を言ってるアルか。リーシャは依頼人なんだからあたし達をどんどんこき使うといいネ!」
紅蘭は明るい口調でリーシャの背中を優しくポンポン叩く。するとそれを聞いていたミーティア・レイス(eb3960)がいそいそと紅蘭の元へやってくる。
「では早速お腹も減りましたし、お茶にしましょうかー」
「ミーティアは依頼人じゃないアル!」
二人のやり取りに、一同笑いがこみ上げる。
実はミーティアがリーシャの体を気遣ってのさりげない心配りだった。他の三人もそれに気付いたか、程なく休憩する事となった。
体を冷やさない程度に休んだ後、パーティーは再びゆっくりとした足取りで進んでゆく。
「気分転換に詩を交互に作っていかないかしら?」
「あ、面白そう。いいわよ」
ただ淡々と進むだけでは疲れやすいと感じたか、ネイメシアはとっさに機転を利かす。
「僕もやりますよ」
ミーティアも手を上げてそれに参加し始める。そうなると、残されたケミカと紅蘭も参加しだして、最終的には全員で歌を歌いだした。
「よお、昼間から楽しそうだな」
いつの間にか、何処かの隊商らしき荷馬車が、すぐ側まで追いついていた。彼らは軽く世間話をした後、リーシャにリンゴを渡して追い抜いて行った。
「ありがとう! ねえ、こういうのってよくあるの?」
去ってゆく荷馬車を見送りながら、リーシャは皆に質問を投げかける。
「よくわからないアル。でも旅先でのこういった見知らぬ人との触れ合いがあるから、冒険は楽しいネ!」
紅蘭以外の全員が、こういった依頼での冒険が初めてなので、リーシャの質問にはハッキリとは答えられない。むしろ、リーシャと同じ気持ちで一杯だった。
「今日はこの辺で休んだ方が良さそうですね」
日も傾き始めて、ミーティアが皆に呼びかける。
「大丈夫? 疲れてない?」
「うん、ちょっと疲れたけどこのぐらいなら平気だよ」
リーシャの身を案じるケミカ。そんな心配はいらないとばかりにリーシャが微笑を返す。
「よかった、今食事の用意をするアル」
そう言って紅蘭はいそいそと調理道具を取り出し始める。
「それじゃあ私は紅蘭のテントを組み立てようか?」
ネイメシアは紅蘭に許可を取ってテントを組み立て始める。
「私とケミカは薪を拾ってきましょう。ケミカ、行きますよ」
「うん、待っててね、リーシャ」
ミーティアとケミカはガサガサと茂みの中に入っていく。
「私は、どうしよう?」
全員がせかせか野営の準備をする中で、リーシャだけが手持ち無沙汰でただ立ってるだけだった。
「リーシャは明日のためにしっかり休む事」
出来る限り、リーシャの好きなように行動させるつもりのネイメシアだが、さすがに体力温存の事を考えると、こればかりは譲れないようだった。少しきつめの口調で釘を刺す。
「はーい、わかりましたー」
ちょっと憮然としながらも、リーシャは大人しく毛布に包まりながら、皆の作業を見つめる事にした。
「はーい、出来たアルよー! 熱い内に召し上がるネ」
おいしそうな芳香を漂わせながら、紅蘭が料理の完成を告げる。それを待ち焦がれていたメンバー全員が一斉に鍋に集まりだした。
「おいしい! 紅蘭は料理が上手なんだね!」
「ありがとネ、美味しい料理は人を幸せな気持ちにさせるヨ。これ、料理人の魔法アル」
リーシャは紅蘭の料理にご満悦の模様。褒められた紅蘭もまんざらではない様子だった。
「あつあつっ ふーふー」
猫舌のケミカは、人間サイズの器と格闘しながら料理を少しずつ口に入れていく。その光景はとても愛くるしく、見ている全員の心を和ませた。
「リーシャ、いい? せーので空を見上げてみて」
「う、うん」
食事も佳境に入ったあたりで、ネイメシアはおもむろにリーシャの側に寄ってくる。
「せーのっ」
ネイメシアの掛け声で空を見上げると、満天の星空がリーシャの視界を埋め尽くす。
「うわぁ」
ここまで意識して星を眺めるのははじめてのリーシャ。その輝きの一つ一つにしばらく見入ってしまった。
こうして刺激的な一日が幕を閉じた。だが次の日にはもっと刺激的な、目的地である滝に到着することになる。
滝は何段もの階段状に曲線を描いて流れ落ち、派手さは無いが流麗で、どこか優しさを感じるものだった。
「綺麗!」
リーシャは思わず感嘆の声を上げる。
「どうしよう? まだ昼間だけど今日はここに泊まる?」
「うん、しばらく眺めてたいわ」
ネイメシアは皆に尋ねたつもりだったが、リーシャの即答により、滝の前でテントを張った。
「吟遊詩人には到底及びませんが」
ミーティアは即興で歌を歌い始める。その歌詞の中には道中、皆で詩遊びをした時の物が含まれていた。
「今日は星は出てないアルね」
紅蘭が空を見上げると、雲で覆われた空が見えた。
「明日の天気は大丈夫かしら?」
不安の声を上げるリーシャ。
「大丈夫、きっと晴れるわよ」
ケミカは不安を吹き飛ばすかのようにリーシャに声をかけた。
だが皮肉にも不安は的中してしまった。
「夜明けちょっと前ぐらいからこんな感じですよ」
見張りについてたミーティアが、テントで寝ていた皆に天気の状態を伝える。
「雨が止むまで待った方がよさそうね」
雨は容赦なく体温を奪い、また体力を消耗させる。ネイメシアはそんな日に動くのは危険と感じて皆でテントで過ごす事にした。
雨は夕方には止んだが、結局一日動くことなくその日を終えることとなる。
翌日、四日目ともなると、さすがにリーシャの顔に疲労の色が出てくる。
「大丈夫アルか?」
紅蘭は心配そうにリーシャを見つめる。
「うん、昨日一日休んだし、大丈夫よ」
「とはいえベッドとは違いますからね、辛い時は言ってください」
初めのうちはリーシャを特別扱いしないつもりで今回の旅をするつもりだったが、ここまで来ると事情は変わる。ミーティアの指示にリーシャはコクリと頷いた。
だが、疲れているのはリーシャだけではない。皆口数少なく家路を急ぐ。
「ミーティア、今夜の夕食はご馳走を作りたいアル。だから狩りをしてきて欲しいネ」
突如紅蘭はミーティアに指示を出す。
ご馳走。その言葉が皆に気力を甦らせる。
「わかりました。では街道から外れないで下さいね」
そう行ってミーティアは狩りをしに出かけていった。
「やるわね、紅蘭。少しやる気が出てきたわ」
ネイメシアはリーシャの体を支えながら、紅蘭を褒めた。紅蘭もそれを聞いて思わず照れ笑いを浮かべる。
夕方、ミーティアが兎を持って合流すると、歓喜の声が上がった。ちなみに簡単な罠で捕まえる事が出来たようで、弓矢を使うまでもなかったらしい。
この機転のおかげで、大分距離を稼ぐ事が出来た。順調ならば明日の昼前には家に着けるだろう。
「あと少しでこの旅も終わっちゃうんだね」
食事がひと段落下ところで、リーシャは寂しそうにはつぶやいた。
「うん、楽しかったね。また一緒に行こうね」
気遣いなどではなく、ケミカの本当に正直な気持ちだった。
「一緒にか‥‥。行きたいね。うん、行きたい‥‥」
リーシャはつぶやきながら、ぽろぽろと涙を流していく。
「生きたいよ‥‥」
「リーシャ!」
彼女の本音を聞いて、ネイメシアはいたたまれなくなって思わずリーシャを抱きしめる。
「大丈夫アル、ここまで旅が出来たんだヨ。きっとまた行けるネ!」
励ます紅蘭だが、その瞳にはやはり涙が隠せなかった。
「さあ、あまり夜更かしすると、本当に次がなくなりますよ」
ミーティアはこのままでは発作が起こるかも知れないと思い、何とかリーシャに平静でいさせるようになだめ、何とか場を落ち着かせた。
夜中。見張りに立つミーティアは、焚き火の炎を見ながら、今回の旅の事を思い起こしていた。
「生きて欲しいですね‥‥」
時折、そんな事をつぶやきながら、最終日の朝を迎えた。
一行は、別れを惜しむかのようにゆっくりと帰り道を進む。だがそれでも昼過ぎには家に着いてしまった。
リーシャの無事を見た両親は、涙混じりに手厚く彼女を迎える。恐らく、もう二度とリーシャが旅に出る事を許しはしないだろう。
そんな事を実感しながらも、それでもケミカはリーシャにあえて言った。
「また、冒険に行こうね!」
「うん、またね!」
間髪入れず、リーシャは答えた。
さよならは言わない。またきっと冒険が出来る事を信じて、皆はリーシャに口を揃えて別れの言葉を継げた。
『またね』と。