ヒグマ氏がねるはずの頃に

■ショートシナリオ


担当:長谷 宴

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 45 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:12月04日〜12月09日

リプレイ公開日:2006年12月12日

●オープニング

 日々の冷え込みは厳しくなり、既に秋の姿は去る背中のみ、来る冬はもうくっきりと見えているキエフ。
既に郊外の山々では動物がその寒さをしのぐため、春までの長めの就寝を始めている。
 ‥‥が、それを乱すものも存在する。利のため、そして純然たる『悪意』を持つために。


「森への調査依頼‥‥ですか」
 驚き、不安そして怪訝をない交ぜにした表情に、とある貴族に仕えている今回の依頼人である妙齢の女騎士は、苦笑しながら無造作に片手で髪をかき上げる。揺れる豊かな金色の髪にうずまっていた半ば尖った髪が垣間見える。
「まあ、確かになんでこんなに寒くなってからわざわざ寒いところで、というのは分かる。実際その森も高いところにあるしな」
 だが、だからこそだ、と真剣な表情に切り替えて女騎士――ミレーナは続けた。
「その森には以前、私が暴れた竜退治にいったところだ。まあ、竜と言ってもフィールドドラゴンなのだが‥‥」
「フィールドドラゴン‥‥暴れていたんですか?」
 回想するように目を瞑りながら語るミレーナに、受付嬢は問い返す。本来温厚でそれなりの知性を持つフィールドドラゴンは、よほどのことが無い限り人に害をなすことは無いからだ。
「ああ。だからこそ、その退治が済んだあとも私は何度か調査に赴いていた‥‥そしてその結果は、何か、本来森に生きる生きるものとは違うものが荒らしたという可能性。何か焼け焦げたような跡がいくつか見受けられ‥‥そして森の生き物は凶暴になっていた」
 勿論それは、侵入者に対する敏感さが危険が生じたことに依り強くなった故、といえるだろう。そしてそれは、場合によっては害意の無いものにも向けられる危険性がある。
「その時は何とか対処したが、今度は近隣の住民が報をよこした。何でも、例年ならば既に冬眠に入っている熊が起きだしているとか」
 この季節ではあまり多くは無いが、森の恵みは貴重な資源。近隣の住民からすれば森の中に入れないどころか、近づくだけで危険が及ぶのは流石に問題だ。
「眠りにつきすらせず気を立たせているということは、よほど最近『何か』あったということなのだろう。つまり、以前から続けて森を荒らしている犯人がいるなら、今もまだそこで行っている可能性はそう低くない」
「‥‥そして、完全に雪に閉ざされない今のうちに?」
 係員の確認に、ミレーナは頷いた。
「ああ、私も同行したいのだが生憎と動ける状態では無くなりそうだ。ただ、案内役はつけよう。こっちから脇でぼーっとしている‥‥」
 呼ばれたことに気付いた傍らの若い騎士はハッとなり、慌てた表情で受付嬢に頭を下げる。
「ナイトのヤーンです、ど、どうぞよろしくおねがします」


「で、その村からは逃げ帰ってきた、ってわけか」
 木の枝に座るシフールの少年が、まったく似合わない粗暴な話し言葉で眼下の毛むくじゃらに馬鹿にしたように言う。白化粧が塗られたとある森。
『は、ハイ。もともと目立たずじっくりと雰囲気を悪くし、争いの火種を作ってやれとのお達しでしたので無理はせず‥‥インプどもが目立ったせいでどうにも上手くことが運ばず、戦力の浪費を避け‥‥』
「フン‥‥もういい」
 かしこまって答える毛むくじゃらを、シフールの少年は鼻を鳴らしながら制す。
「どうせお前らの悪い酒癖も原因だろうが。ま、冒険者をぶつけられたにしてはあんまり被害が無いことは褒めてやれるが、ナ」
 そういった少年の姿が変貌し、すぐさま尖った耳をもつ猿のような小鬼になると、手に持ったふいごから炎の固まりを噴き出させる。
『ひぃ!?』
 頭をかかえる毛むくじゃらの悲鳴と同時にその後方で鳴き声。いつのまにか何匹かで現われた狼の鼻先を掠めた炎を吠えながら狼は散っていく。
『オマエラもあいつらケモノを弄んでヤンナ、そのうちオレはココでのカッタルイ‥‥ああ、ちょっと前の竜ぐらい遊べるやつがいれば別だが、この下らん悪戯を離れて「あの方」のところへ行かなくては。ソロソロ動きがあるらしいからナ、だからオマエラ代われるように慣れてオケヨ』
 残忍な笑みを浮かべつつ、その悪魔は言った。

●今回の参加者

 eb5584 レイブン・シュルト(34歳・♂・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb6615 ルシー・ルシール(54歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 eb7300 ラシェル・ベアール(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb7388 ギリアム・ギルガメッシュ(30歳・♂・ファイター・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb7789 アクエリア・ルティス(25歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb8677 ディルフォン・エルスハイマー(29歳・♂・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 eb9400 ベアトリス・イアサント(19歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb9405 クロエ・アズナヴール(33歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

アド・フィックス(eb1085)/ ウェンディ・ナイツ(eb1133)/ シャサ・グリン(eb3069

●リプレイ本文

「‥‥久しぶり、ヤーン。ちょっとは成長して‥‥あまりしてなさそうね」
 久々であるその騎士の姿を認めたアクエリア・ルティス(eb7789)が、再会の挨拶と共にヤーンを改めてまじまじと見つめ――やれやれ、といった感じで冗談めかして嘆くと、その弱気な騎士はえっ、っとショックを受けたような表情。
「い、いや、僕だって暇を見つけられたり強制的に作らされたりして猛烈な特訓させられたり‥‥そう、させられたり」
 抗議するうちにどうやら自分で心のライトニングトラップを踏んでしまったらしいヤーンの表情には陰が差す。
 慌てたアクエリアは何とか楽しそうにしようと努力する羽目になったとか。「勝負よ!」という計画、水の泡。弱気な男は扱いが難しいもんである。
「今回が初めての冒険、年甲斐も無く楽しくなってきちゃうわ」
 そういうのはシフールのルシー・ルシール(eb6615)。実のところ彼女は前にも冒険に出たことはあり、その時の失敗からきっちりと必要なものを揃えてきた。が、どうにもその『前回』があまりにも特殊だったためノーカウントらしい。そのとき一緒に行った者がいたらつっ込んだのだろうが、生憎と後続だったりでその設定で通りそうだ。
 道行く彼らは案内役のヤーン含めて計6名。残りの3名は、キエフに残り少し情報を集めるそうだ。一足先に到着した彼らは、村で情報を集めることとなった。


「あんまり面白い情報は無かったぜ‥‥まあ、そもそも既に現地に入った人間から以上のモンなんてそう見つからねーが」
 あーあ、といった様子でベアトリス・イアサント(eb9400)がその質問に答えた。他の二人から特に異論が無いのを見ると後発組はほぼ空振りだったらしい。
「それで、こちらでは何か分かりましたか?」
「そうだな、まだこちらについて余り時間は取れていないが‥‥」
 いつもと浮かべている笑みの表情でクロエ・アズナヴール(eb9405)が訊ねる。それに反応したのは、ジャイアントのファイター、ギリアム・ギルガメッシュ(eb7388)。
「熊、それと狼とかが特に危ないらしいとかな。それとまだ決まったわけじゃないが‥‥」
「焦げた跡についてか?」
 あまり芳しくない表情を浮かべるギリアム。気にかけていた話なのか、ベアトリスのまなじりがすっと細くなる。
「ああ。勿論焚き火なんてもんじゃないだろうが、ここ最近村にはそういったことの出来そうなものどころか普通の旅人すら来てないようだ」
「‥‥火を使うなら、魔物か知的生物だとは思ったんだけど」
 考え込むような表情で、言葉を選びながら状況を整理するアクエリア。これから赴く森に、きな臭い何かがあることを冒険者達は感じとっていた。


「全くの素人よりは、と思って覚えてきたけど、付け焼刃じゃあ決め手にはなれないわね」
 明くる日、森に立ち入った冒険者一行。迷わず行動できるように、と何人かの冒険者は森林地帯についての知識を得てきたようだが、劇的な効果があるわけでもなく。その何人かの1人のアクエリアはため息一つ。
「それでも、無いよりは随分助かってますよ。実際、集めた情報のおかげである程度調査をする場所は絞れているので不自由するようなことにはならないでしょうし」
 そんな様子の彼女をラシェル・ベアール(eb7300)は宥める。雰囲気に流されやすい彼女にとっては先ず倦怠したような雰囲気を完成させないことが重要だったりする。
 そんなご一行、前・中・後と隊列を作りながら進んでいた。後衛に割り振られていたヤーンは「案内役なのに、大丈夫でしょうか」と心配というか申し訳ないというような表情を浮かべていたが今のところ必要なときは後方でも何とか指示できているようだ。
「‥‥ん、この音?」
 不意にふわり、とルシーが高度を少し上げ、上から覗くようにある方向を見る。他のものより遠くが見える彼女には遠くの茂みがカサリ、と揺れるのが視界に入った。
「むこうから音が‥‥この唸りは、狼かしらね?」
 仲間が問い詰める前に、理由を話しながら警戒の姿勢を取るルシー。間もなく、ルシーほどでは無いが聴覚が優れている者達から、そういった状況に気付き始め、構えを取り始める。
 ―――オオオオオオォゥ!!
 先に仕掛けたのは狼。いっせいに三匹が飛び出してその鋭い牙を冒険者達に向ける。
「さて、大した腕では期待されても困りますが‥‥」
 ディルフォン・エルスハイマー(eb8677)が左腕に抱えた盾で何とかしのぎ、衝撃に痺れる感覚を封じ込めながら反撃の剣を振るう。が、刀身にそれほど長さが無いのも影響してか、彼の剣が斬ったのは先ほどまで狼がいた宙。けれど、退いた狼も次の瞬間悲鳴をあげる。肢の部分にラシェルの放った矢が突き刺さっていた。
「‥‥命は奪いたくないので、これで退いてくれれば嬉しいんですが」
 呟くように言うルシェル。その瞳は他者のものでも自分が受けたような痛みが移る。
「ですが、流石に狼だとそうはなさそう、ですね」
 血が上塗りされた真紅の剣を持ち、返り血を多少浴びながら相も変わらず笑みを浮かべるクロエ。その表情にまたどこか色っぽさを感じるのも、ある種の空恐ろしさを強めている。
「そうも言っていられない、といったところか」
 正面から飛び掛った3匹以外が茂みの中を迂回して回りこもうとゆうのを目で追いながら、オーラを纏わせ士気を高めたレイブン・シュルト(eb5584)は呟く。伝わってくる殺気が高まると同時、傍らのヤーンが槍が構えるのがわかった。

 
「これは流石に非常時、かな?」
 剣を受けるためのつばを持つパリーイングダガーで狼が噛み付くのを受けたアクエリアが、一歩下がる。冷汗ものだったが意外と汎用は出来るものだ。彼女も森の動物をあまり傷つけたくないと思っていたが、さすがにそう言ってられなくなってきた。決心して彼女が右手に持つ桃色に染まったダガーで切りつければ、一瞬バラが飛び散る幻が映る。
「左、左から来るわよ!」
 紛れてしまい、不意を衝こうとする狼達だったが、それも上から見張るルシーの視力で筒抜けに。手数でこそ劣るが実力で勝る冒険者達の前に、次第に狼達の傷は増え弱っていく。攻撃に参加したい衝動に駆られつつも能力不足を自覚しているベアトリスは我慢し、怪我人あらばすぐさま治療しようと待ち構えている。心配されたヤーンも大した問題もなく闘えているようだ。

「‥‥どうだ」
 レイヴンが傷つき動きに粗が見えた頃合を見計らった仕掛けたカウンター。威力が増された一撃を受け苦痛に吠える狼の後方、木々を揺らす影があるのをルシーは見つけた。
「そっちにいるわ、ヒグマ――ブラウンベアよ!」
 ハッとなりレイヴンが視線を向けた先には、ジャイアントすら凌駕するサイズの陰。思わずそちらに向けて構えようと視線を上げるが、再び狼が動き出したのを見てそちらを追わざるを得ない。手負いとは今だその勢い衰えず、気を抜けばその素早い動きの前にあっという間に傷を負い、優位を崩されかねない相手なのだ。
 ――ガオオオッ!!
 短くも太く、力強い吼え声を上げるブラウンベア。狼ほどではないがその図体の大きさに比べれば十分機敏に見える動きで冒険者達に近づいてくる。
「‥‥やっぱり襲ってくるか。こっちも命がかかってるんでな、申し訳ないがいかせてもらう」
 それを阻もうと動いたのはギリアム。不謹慎だと彼自身分かっていながらも、期待通り現われた文字通り巨大な敵に彼の表情はどこか嬉しさを感じている部分があった。
「おっ、もしかしてお前オレより少しデカイな!」
 凄みのある咆哮とともに振るわれた腕を盾で受け止めたギリアム。今度はこっちだ、といわんばかりに振るったロングソードをかわしきれず受けるブラウンベア。が、随分な威力のはずの一撃だったがそれほど相手は深手を負った様子は無い。その巨体は見かけだけではない。
「ふう、すごいな‥‥。――っ!?」
「ギリアム、右ッ!」
 ハッとなったルシーが慌てて声をかけたが既に遅し。戦いに集中していたギリアムは右手のほうから近付いていたもう一体いたブラウンベアの攻撃を受けることが出来なかった。鋭い爪が裂いたが、幸い厚い筋肉に阻まれ然程の傷にはなっていない。が、そのまま2体が同時に襲い掛かろうとする。
「危ないっ!」
 危機と思われた次の瞬間、駆け出していたヤーンが新手の前に槍を突き出し動きを制す。その隙にギリアムは正面からの攻撃を止め、刃を返す。が、ヤーンはその突き出した槍を叩き落され思わず固まってしまう。
「――っあのバカ!」
「大丈夫です」
 目の前の敵を放り出してでも思わず駆けつけようとしそうなアクエリアを制してルシェルが魔弓から放った矢は、新手のブラウンベアの振るわんとした腕に突き刺さりおもわずよろけさせ、さらにルシーが距離を詰める問い共に一瞬の詠唱で月の精霊魔法を発動させ眠りへと誘う。
「寝てね、プリーズ!」
 がっくりと膝をつくブラウンベア。そこへ先ほどの狼を黙らせたレイヴンも駆けつける。
「さて、後もしっかり立て直したようですし、前は前で狼に集中しましょうか」
「‥‥ええ」
 真紅に染まるソウルセイバーで横一文字に薙ぎ鮮紅を飛ばしたクロエが、残りの狼に向かってそう言い放った。腕を紅く染めながらも自分のペースを崩さないディルフォンも、変わらぬ笑みを浮かべて頷いた。


「はい、ごくろーさん、っと」
 戦いを終えた後、ぶっきらぼうな言い方ながらもベアトリスはリカバーでしっかりと傷を癒していった。幸い彼女の手に負えないけが人も出ずにすんだ。
「すみません、お役に立てず‥‥」
「そうか、十分やれたんじゃねーの?」
 申し訳なさそうにするヤーンにそう声をかけながら、ベアトリスはロシア王国博物誌に目を通し始める。彼女はイギリス出身だがゲルマン語で書かれたそれを読むのには不自由していないようだ。
「まあ、この時期熊が冬眠せずにあんなことになってるっていうことは、やっぱり何かあったんだろうな」
「あれほど凶暴だったということは、やはり謎の侵入者がいたのでしょうね」
 博物誌に目を落としながらそう話すベアトリスに、ルシェルが同意する。狼はともかく、ブラウンベアがあれほど凶暴になっているのはそうないことだ。外的な要因でもない限り。
「とりあえずその焦げ跡まで向かって調べたほうがよさそう、だな。油断しないで行こう‥‥何か嫌な感じがする」
 レイヴンの言葉に頷く一同。ほとんど皆が、はっきりとした理由は無いが何かしらの悪い予感を抱えていた。


「ここがその、焦げ跡。本当に上から炎‥‥それも小さいのをたたきつけた、っていう感じね」
 案内された先、地面に残る跡をまじまじと見つめる冒険者達。ただ火をつけただけでは絶対にこうはならないということだけは確実に分かる。
「さて、でもどうしましょうか。これが怪しいのは確かなのですが‥‥」
「周辺でも捜索しましょうか?」
 声のトーンだけで困った様子を表すクロエ。返事を返しながらディルフォンもあたりを見回すが。コレといて不自然な点はすぐには見当たらない。
「でも、これだけ目立つようなことをするのには、何かしら悪意があるんじゃないかしら?」
 そんなヤツに好きにはさせない、とアクエリアは内心憤慨。
「ええ、近隣の住人、それだけでなく森の動物達も苦しめています。原因は、なんとしてでも」
 しなくても済んだかもしれない殺生をしたことお思い、おなじく怒りに震えるラシェル。彼女は、何か裏で糸を引いているものがいるのでは、と思った。これだけのこと、明確な理由も無くするとは思えない。
「ではとりあえず、前回の調査で不十分だった‥‥っあぐ!?」」
 突如上方から小さな火の塊がヤーン目掛けて放たれた。とっさのことに反応できず熱さに依る苦痛で顔をゆがめ膝をつくヤーン。
「何っ!?」
「あの木のほうよ!」
 目で火の出た先を追ったルシー。鋭い笑い声と共に、その木の陰からトンボ羽根のシフールが姿を現した。
「ククク‥‥オマエラ冒険者カ。まったく厄介ダナ、そこまで疑うとは」
「貴方がこの事件を‥‥これは?!」
 急ぎ矢を番えようとしたそのとき、ふとラシェルは目にする。指輪の中で蝶が羽ばたいているのを。石の中の蝶。デビルが近づくと中に刻まれた蝶が羽ばたきを始める指輪。
「‥‥まさか?」
 それを見て取ったディルフォンが詠唱を始めようとした、そのとき、突然現われた姿におもわず武器をとり身構える。目の前には毛むくじゃらの悪魔――グレムリン。
「まったく、折角森を荒らしてたのにとんだ失敗だったナ。最後の最後で貴様ラみたいなのが来るとは。じゃあ、しばらく遊んでナ」
 言うやいなや、シフールは素早く飛び立ち逃げ去ろうとする。今度こそ、と矢を番えた弓を構えるラシェルだったが解き既に遅し。ルシーも追おうかどうか迷ったそぶりを見せたが。
「それよりも早く眼前の敵を片さないと。‥‥こちらにはけが人もいますし、ね」
 悔しがるラシェルに声をかけつつ魔剣を構えるクロエの声に、冒険者達は現われた2体のグレムリンへと向き直った。


「一撃でこれほど、ね。‥‥つえーな」
 炎を受けたヤーンを治療するベアトリスは、見た炎の大きさとそのもたらす傷の落差に同様を隠せなかった。魔法なら多少の使い手と同等はあるだろう威力。一撃で済んで不幸中の幸い、といったところだ。
「‥‥ありがとうございます。本当に今回は申し訳ありませんでした。それにしても、デビルが関わっているとは‥‥」
 落ち込みを見せるヤーンを励ましながら冒険者達も同様にデビルのことを考えていた。現われた2体のグレムリンは、軽く戦った後すぐさま逃走に入った。勿論逃すまいと冒険者達は追撃の手を緩めなかったが、深手負いながらグレムリン1体には逃走された。
「まるで、時間稼ぎみたいでしたね、あのシフールの。結局蝶は、どちらに反応したのか」
「ええ、何とか私が魔法で探れてれば良かったのですが」
 考え込むラシェルに、申し訳なさそうに言うディルフォン。
「まるで時間稼ぎ、か‥‥」
 去ったほうを見ながらギリアムは呟いた。
 

 とりあえず悪魔が関わっていたということがわかり、調査としては結果を上げた。頭を下げるヤーンを見送りつつ、冒険者達は何か動き始めた悪辣な陰謀の存在を感じていた。