夕焼け前より紅色な

■ショートシナリオ


担当:長谷 宴

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:7人

サポート参加人数:6人

冒険期間:01月04日〜01月09日

リプレイ公開日:2007年01月15日

●オープニング

「おい、こっちはオマエラを信用してここにいるんだ! あくびなんかされたらたまんねぇよ!」
 キエフから出たその商人率いる一行は、多めの護衛を連れていた。先の国王襲撃事件などを差し引いてもそう感じるほどの。
「はい、もうしわけありません」
 型どおりの謝罪をした男は商人に聞こえないように小さく舌打ちする。そして始まる、護衛同士の声を潜めた話し合い。
(まあなんだ、災難だったな。あのオヤジ、何だか気が立ってるみたいだし)
(ああ。まったく、この年の暮れに一体何をこんな物々しくやってんだろうな)
 気落ちしないように話かけた脇の男から、その隣に。会話の範囲はすぐに広がる。
(あれ、聞いてなかったんだ? 何でも、銀製でしかも質のいい武器だとか。護衛やってるなら武器の相場ぐらい分かるでしょ、つまり、これは‥‥)
(俺らに払うはした金が少々増えようとも、確実にとどけたい商品、ってことか)
(そうそう、もし襲われて奪われようものなら、コレだから)
 そう言って、笑いながら護衛の男の一人は首の前で指を横にまっすぐ切るように動かす。
(なるほどねー。ちゃんと話は真面目に聞くもんだな。それにしても一体誰がこんなものを?)
(地方領主らしいぜ。ここ最近不穏な動きが多いから、だとか。俺らも危機に備えて万全な準備をしたい
ねぇ)
(バーカ。備えるための金がねえから日常が危機になるんだろうが)
 そういって、商人に見つからないよう笑う男達。
 それは、不謹慎だが平和な一幕とも言えた。

 この後、何も起こらなければ。


 その日、一行が泊まるべき宿につくのは予定より少々遅れた。理由は、野盗の襲撃。
 幸いその相手は大して強いものでもなく、また護衛もそれなりには腕が立つものだったので特に盗られた物も、深刻な負傷をしたものもいなかった、が‥‥
「ったく、何があのオヤジ『お前等の怠慢でいらない被害が増えた、もっと早くに気付けたはずだろうが!』だと! 誰のおかげでその偉そうに喋る口が残ったと思ってやがる!」
「金を出してるからって、いい気になりすぎだよね!」
 商人が先に部屋へ行った後、その宿の食堂部分では夜の荷物番についていない護衛達が酒をあおりながら不満をぶちまけていた。勿論護衛のプロ、潰れるほど飲んではいないが、文句は進む。
「おやおや‥‥随分とお怒りのようで、どうしましたか?」
 その近寄りがたい男達に近づく彼ら以上に大型の男。頭にもまた大きな帽子を被っており、中々珍妙な姿。案の定、酒の勢いある護衛の男達はからかう。が、それを気にも留めず話を続けた男が、旅の占い師だと話すとその大きな身体でか、と再び男達は沸いた。
「ところで皆様方、お話に依ると商品の輸送の護衛をやっておられるようですが、ご不満では?」
 この一言が、引き金となる。彼らは口々に今の仕事に対する愚痴をここぞとばかりに彼に聞かせた。
「なるほど、なるほど、それはそれは‥‥」
 普通なら嫌になってもおかしくない人の愚痴を聞くときに、その大柄な占い師がほくそ笑んでいたのを男達は見逃していた‥‥。そして、そのあと幾ばくかの話の後、彼らの様相は変わっていた。重く、静かで、気圧すように。

 翌日、森の近くを通る一行の雰囲気は悪かった。昨夜あのあと、商人が起き出して彼らの様子を見て再びどなり、なじったからだ。
 人気のない道がしばらく続くそこで、惨劇の幕は開けた。悪意の糸に絡め取られた役者が踊らされる舞台が。



「裏切った護衛の捕縛、か‥‥」
 係員の説明を聞く冒険者が唸る。
「ああ、そうだ。それにしても随分ずさんだな。奪ったものは高額すぎて足がつくから換金できない、この寒さの中野盗化するにも無理で結局宿を襲う。毒を食らわば、という姿勢はいっそい潔い‥‥、と、不謹慎だったな、が、それにしてもわざわざ居場所を教えるようなことも無いだろうに」
 淡々と説明を続ける係員。
「ま、そこで彼らから逃げた者が知らせてこの件が発覚したように、彼らもまた逃げる自信があるのかもしれないが。とにかく、何だかんだいって腕は立つ相手だ、油断しないでくれよ」


「そうかそうか、よくやってくれた。あの男を起こし、そして『なじらせた』こと含めて。それにしてもまったく欲深いなぁ、人の子は」
 闇の中飛んできた黒い翼の生えた影に、占い師はそう声をかけた。
「さて、もう一つの仕掛けをするか‥‥」
 護衛達が見逃した笑みが再び口元に浮かぶ。

●今回の参加者

 ea2970 シシルフィアリス・ウィゼア(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea9344 ウォルター・バイエルライン(32歳・♂・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 eb1118 キルト・マーガッヅ(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb2918 所所楽 柳(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb5706 オリガ・アルトゥール(32歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5856 アーデルハイト・シュトラウス(22歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb6853 エリヴィラ・アルトゥール(18歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

以心 伝助(ea4744)/ エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)/ ケイト・フォーミル(eb0516)/ サシャ・ラ・ファイエット(eb5300)/ ラッカー・マーガッヅ(eb5967)/ フィーリア・ベルゼビュート(eb5981

●リプレイ本文

「その件は別にウチで引き受けた依頼では無いですね。こちらで冒険者としても依頼を受けていた者も何人かはいるかもしれませんが、まあ、その程度です」
 道中、所所楽柳(eb2918)が思い出すのは、頭をかきながら答えるギルド係員の姿。色々と情報を聞いてみたのだが、そもそも今回の相手が冒険者だというのは思い込みだったようだ。警護などで人員を派遣するのは冒険者ギルドに限ったことではない。今回の相手は、主に警護のための傭兵として動いてた者が多くを占めているようだ。
「まあ、情報自体は手に入ったわけだし、ね」
 柳が渡された資料を軽く眺めてから仲間へ回す。今回の依頼の出所など雑多な情報が書かれていたが、ゲルマン語で書かれたそれを彼は読めない。人相書きだけは確認できるが。
「身柄は公の場に、商品は商人のところへ。キエフで待っているらしいです。商品の量ですが、重さそれなりで数もあるみたいですね。‥‥けど、これだけいれば全然問題ないと思いますよ」
 資料を受け取ったオリガ・アルトゥール(eb5706)は読んだ後、そう言ってが面々が連れたペットを見渡す。冒険者全員、運搬能力に優れたペットがご同行。


「ええ、そうなんです! 奴ら、いきなり押し入って武器で主人を脅してのっとったんです。何とか隙を見て逃げ出したのですが‥‥」
 一日目の宿。そこで、調査というほどのことをするまでも無く向こうから情報が飛び込んできた。天然の入っているキルト・マーガッヅ(eb1118)もこの展開には驚いたようだ。と言っても、口に手を当てて「あら、本当にそうなんですの?」と品の良い驚き方をしてるあたり、その事件を解決に向かう冒険者とはとても思われてなさそうだが。
「やっぱり、聞けば聞くほど無計画で行き当たりばったりの行動にしか思えませんのですわ‥‥」
 あまりにも杜撰としか言いようが無い今回の相手である元護衛に、呆れさえ感じたようにキルトは言う。
「そうですね‥‥彼らも最初は裏切るつもりなどなかったのではないでしょうか。ただ、このお粗末過ぎる具合は何か、その‥‥」
「不自然、ですよね‥‥?」
 オリガがキルトの言葉に同意しつつ、歯に物が挟まったような言い方をせざるを得ない。元護衛達の行動に覚えた違和感を、言葉少なながら、シシルフィアリス・ウィゼア(ea2970)が表した。逃げ出した男の話によれば、正面玄関が空き、かつ見張りの目も逸れたため偶々近くに用意してあった簡単な防寒具と最低限の携帯食を持ち出して何とか逃げ出してきたのだという。が、そのような失態を仮にも官からも民からも追われるような事態に陥った者達が犯すだろうか? おかげでこの件のことは既にキエフのギルドやその周辺の事情通の耳にすることとなっていたし、逃げ出せた者が他にもいるらしく街道筋にも噂は広がっていた。
「何にせよ、早々に縛につかせて事情を吐いてもらうしかないですね」
 ウォルター・バイエルライン(ea9344)が、武器を点検しながら簡潔に結論を述べる。最も、口数こそ少ないものの彼は今回の件について心に秘める思いが大きいものの1人だ。
「確かに‥‥何でこんな馬鹿な真似をしたのか、彼らじゃないから考えても詮無いことだし、本人に訊くしかないのだけれど‥‥」
 もらった資料と伝え聞いた情報から宿屋周辺地理を確かめているアーデルハイト・シュトラウス(eb5856)はどこか歯切れの悪い言い方をした。彼女の目に留まっているのは、逃げ出した男の通った道。そこは、二階に射手が入れば気付くどころか射抜くのさえ大した腕が無くても容易なものだった。


「宿には‥‥4人ですか。周辺にも人の気配は感じられません。弱ってるといった様子はなさそうです」
「二階に姿があった射手と、入り口に立っている男。あと中に二人、ということですね」
 キルトがブレスセンサーで感知した結果によれば、宿屋には見張り含めて4人。一行の中で一番視力に優れたウォルターが視認で視界に入る配置を確認する。
「本当に人質はみんな逃げたんだ‥‥。それならそっちは安心だね、だけど」
「1人足りない、というならもしかしたら挟撃されるかもしれないですね‥‥気をつけないと。でも、とりあえずは心配事が減って良かったです」
 不安げな表情をチラリと覗かせながらも、ほっとしたように胸をなでおろすシシルフィアリス。もし中に人質がいれば、危害が加えられないようアイスコフィンを使用しようと考えていたが、この季節のキエフで使用すれば人為を加えない限りほとんど溶けることは無いため、使用しないに越したことはない。
「さて、最後の準備を」
 闘気を練り上げ自身、そして前線に立つ者にオーラパワーを付与するウォルター。抜かりないようにと、冒険者達は準備を進める。

 
 矢が放たれるのと、冷風が吹き荒れるのと。
 ほとんど差を置かないでその二つは放たれた。仕掛けた側とほぼ同時に射るという事は、既に予測がついていたということに他ならない。考えれば、いくら潜んでいたとは言え、魔法の発動に伴う発光など、一度ぐらいは視界に入りうることもありえる。が、対象の目視を妨げられた射手が放った矢は、エリヴィラ・アルトゥール(eb6853)の左腕、大きな貝から作られたバックラーが遮った。
「くそっ!」
 短く吐き捨てた二階の射手が窓を閉め、そして冒険者達が現われたのを見て取った入り口に立つ見張りの男は、即座に宿の中へ入ろうとする。その隙に冒険者たちは入り口へ。逃さない、とキルトのストームが襲い掛かるが倒れるずに無く男は中へ入り込む。閉められる扉。
「迷ってる暇は無いね!」
 盾を前に掲げていたエリヴィラは、盾を下ろすと同時に躊躇無くその霊刀「アマツミカボシ」を思いっきり振り下ろす。が、重量が無いためいくら奥義の粋に達する技でも威力が削がれ、一撃で吹き飛ばすことは適わない。口惜しそうな表情を見せたエリヴィラだったが、気をとられることなくもう一撃。既に半壊状態だった扉は限界を超え砕かれた。
「おや‥‥これは」
 正面からの突入班であるウォルターが見たのは、人の気配が感じられない食堂。既に見張りだった男も逃げたのだろうか? 既に裏にはオリガとアーデルハイトが廻っているが。
「いえ、これは‥‥上にいるようなのですわ」
 ブレスセンサーを発動しているキルトがすぐさま答える。敵は4人が4人、皆二階へと上っていた。エリヴィラ、ウォルター、シシルフィアリスの3人が階段へ急ぐが、そこには既に机など手近なもので組まれた簡易バリケード。
「見張りの人も上にいるのにもう出来てるってことは既に用意が? ‥‥きゃっ!?」
 驚くシシルフィアリス目掛けて矢が放たれた。悲鳴を上げ思わず目を閉じてしまうが、後に来たのは肉体の痛みではなく、弾く音。前に立つエリヴィラの盾が防いでいた。
「一気に行くしかないですね」
 盾にしようと椅子を拾ったウォルターが、短く言った。


「‥‥あ、近付いてくるのが3、いや4人。しかもあの様子は、少なくとも私達と仲良くしよう、などというものではなさそうなのですわ」
 正面玄関を封鎖する柳とキルト。ブレスセンサーに引っかかった存在を、目視でも確認したキルトが独特の口調で断じつつ警告する。
「アーデルハイトさん! オリガさん!」
 それを聞いた柳が裏口の封鎖へ向かった二人に届くように声を張り上げる。宿の中は階段のみの入り口となっている二階での篭城戦に移行した以上、封鎖に裂く必要も余裕も無い。

「‥‥っ! やりますね」
 ロングスピアの刺突を受け止めた左腕じから伝わる衝撃に、その細身の身体で意外なほどしっかり耐えながら、柳は愛用の鉄笛を打ちつけようと振りぬくが、それは届かず空を切った。槍と笛。圧倒的なリーチの差。室内戦闘ならばまだマシだったかもしれないが、外では完全に敵に利がある。
 後ろに飛びずさった傭兵風の男と間合いをじりじりと詰めながら柳は左手を広げ背後にキルトを庇う‥‥いや覆う。姿を半分遮られたキルト。対峙する男がその様子に脅威ではないのかと注意が正面の柳へ完全に向けたその刹那。一瞬の発光の後キルトが放った真空の刃に襲われる男。その威力こそ着込んだ装備で若干軽減されたが、生じた隙を逃さず魔法の炎を纏った鉄笛でしたたかに男を打ち据えた。
「――っ、この!」
 息を切らす男。圧倒的に得物で不利なはずの柳に受けた攻撃が実際の傷以上に男の焦りを増幅していた。

「‥‥くそっ、もっと上が迷わないでいたらこんな目にあわなかったったっていうのに!」
 キルトたちの傍ら、裏口から戻ってきたアーデルハイトとオリガが相対するのはチンピラ上がりを想像させるような軽装の男達。ダガーを両手に持った1人が忌々しげに吐き捨てる。明らかに中にいた元護衛、そしてキルト達が相手をしている男とは毛色が違う。
「何故こんなことを‥‥しかも無計画に?」
 正面の二人へ油断無く剣を構えながらアーデルハイトは静かに問う。既に1人は氷の柩の中、無力化され向かい合う数こそ同じだが、此方のもう1人はウィザードであるオリガ。男2人のうちもう1人のショートソードを構える1人はそれほどの腕前ではなさそうだが、有利な状況でもない。
「‥‥さあな、そんな気になるならそっちのニィさんに聞いてみな!」
 長引けば不利なると悟ったか、素早い動きで二人の男はアーデルハイト達にに斬りかかる。すぐさまオリガが一瞬の詠唱でアイスコフィンを放つ。が、抵抗。止まらぬ刃をかわすアーデルハイト。が、そのまま止まらないダガーを持った男が向かう先はオリガ。
「――させないわ!」
「うぉっ!?」
 慌てずに瞬時に状況を判断し、剣でなく体を直接当ててその進行を妨げ、押し飛ばす。とっさに男に振るわれたダガーの刃が肌を裂くが、浅い。
「ち、根性座ってやがる‥‥」
 体勢を立て直した男が再び構えを取りつつ、少しずつ距離をとる。そのとき、すぐ隣で聞こえた悲鳴。チラリと視線が逸れた一瞬でアーデルハイトの斬撃が迫っていた。

 上がった悲鳴は柳。だが受け損なった穂先を左腕に受けながら彼の鉄笛は槍使いを捉えている。そこへ襲うキルトのウィンドスラッシュ。然程の威力ではないが、既に数度目となるその攻撃に男の血飛沫が飛ぶ。

「これで――!」
「っのぉ!」
 とっさに左手のダガーを正面のアーデルハイトに投擲し、同時に右手のダガーを構えを受けようとする男。がアーデルハイトの剣は止まらず男の身体を赤く染める。
 が、直前のかく乱で少し手元が狂ったか、それともダガーが少しは勢いを殺したか。男の傷も然程深くない。ニヤリと口を歪ませ、武器を取り出そうとした男は、オリガの身体が青く光り、そしてショートソードの男が助けを求めながら氷に包まれていくのに気付く。
「ちっ‥‥あっちのニィさんも不甲斐ないし、ここまで付き合う義理はねえな!」
 残ったダガーを投げつけ、機敏な動きで男はすぐさま退く。
「‥‥待ちなさい!」
「いえ、今は向こうを。あの様子じゃ追いつくのは」
 身体を捻ってかわし、男を追いかけようするアーデルハイトをオリガは制す。すぐ放ったアイスコフィンには抵抗された。魔力の消耗も激しく、中の戦局も分からない。その中で人相書きも無かったイレギュラー相手の追撃はリスクが高いと、アーデルハイトも納得した。


「‥‥くっ!」
 ウォルターが小さく漏らすのは矢で貫かれた傷み。手近な椅子で射撃を防ごうとしたが、所詮日用品。盾として使うには構造など効率が悪い。さらには階段を駆け上がろうとした彼には隙が生まれてしまった。隙を縫うように射抜かれた彼が一瞬うずくまった後、顔を上げれば上から投げ落とされた椅子が迫っていた。
「危ないっ!?」
 エリヴィラが叫んだ時には既に遅い。例えオフシフトを使う余裕があったとしても、かわせるようなスペースの余裕は無い。直撃を受けたウォルターは体勢を崩し階段から落ちかける。
 あわててエリヴィラは片手を伸ばして支えると共に、盾を前に突き出し追撃を防ぐ。
「‥‥すまんな」
 何とか踏みとどまったウォルターに素早くポーションを渡すエリヴィラ。多少の傷は覚悟で上へ行くつもりだったが、幅の無い階段。
「抵抗、しましたか‥‥」
 上に陣取る男の1人が今だ健在なのを見て、苦しそうに顔を歪めるシシルフィアリス。抵抗が不可能なクリエイトウォーターを使えればこの季節、効果的なのはわかっているが距離が離れている上、この高低差では泣きを見るのはこちら。
(‥‥今度こそ!)
 意気込みは口こそ出さないものの強く。目を閉じたシシルフィアリスは再び柩に閉ざそうと集中する。絶対に成功させるという決意と、自分の前で身体を張って攻撃を防ぐウォルター、エリヴィラへの信頼を胸に、彼女は再び魔法を紡ぐ。


 最終的に、宿の戦闘も冒険者達が二階を制圧し、元護衛達は縛につくか氷の柩に入るかとなった。狭い階段での不利を何とか堪え、アイスコフィンで相手の戦力を封じ更に外の冒険者達が駆けつけたことで勝敗は決した。もっと治療のためいくつかポーションが使われたが。二階には奪われた銘の刻まれた銀製の武器。
「確かに高価ですね。これに目がくらんだ‥‥ありえそうですが、本当にそうなんですか?」
 元護衛へ眼光鋭く問い詰めるアーデルハイト。対する男はククっと、何がおかしいのか、笑った。
「何がおかしい‥‥?」
「お気楽だな、冒険者様。たしかに俺ら自身でもやっちまったことは意外、いや今でも信じがたいがな。ただねえ、いつまでもこんなトコにいて大丈夫かね? 知ってるだろ、ここにこんな高価なもんがあるって知れ渡ってること――」
「――!? まさか、人質を逃がしたのは。さっきの逃げた男も‥‥」


 アイスコフィンはそう溶けない。待っていればならず者達が群れてくる危険がある。それほど高価なものがゴロゴロしている。
 幸い氷に封じず捕えたものもいるし、商品もペットに積めば移動の妨げにも、また目立つことも無い。完全ではならないが、着実で十分な成果を持ち帰るための見極めも重要。冒険者達は捕えた数人と奪還した商品をもってすぐさま帰路へついた。
 結果的に、心配した程の危険はないまま冒険者達はキエフについた。一度少人数で襲い掛かってきた者達ををあっさり撃退したことがきいたのかもしれない。腕は大した事無かったのだが。見た目にも疲弊し、新しい襲撃者に手こずれば、事態は変わっていただろう。
 依頼人も商品は少し目減りはしていたが(恐らく協力の代償だったのだろう)、しっかり取り戻し、また護衛達を捕えたことで十分な満足をしていた。
 放置することになった者もいるが、少なくともその物騒ななり相手に無闇に溶かす旅人もいないだろうし、話を聞きつけた官憲もくるだろう。要求は満たせ、依頼は成功といえる出来になったのだった。