●リプレイ本文
「逃げ切られたか‥‥!」
「ルーテさん! 行きますよー!」
出発前の一騒ぎ。遺恨を晴らすため記録係を追っていたアスタルテ・ヘリウッド(ec1103)はちっ、と悔しそうに呟く。声をかけた腐れ縁のニーシュ・ド・アポリネール(ec1053)はいつもの笑顔のまま彼女に今まで姿を見せなかった理由を尋ねる。
「仕事も碌にできない記録係に鉄槌をね‥‥あ、それよりも今回はアンタが囮だからね。‥‥耐えなさい、援護するから。相棒?」
そう言ってアスタルテは肩をすくめてニーシュに答える。一方ニーシュは囮という単語を聞いて表情を曇らす。
「シバいたりシバかれたりっていうこと自体はむしろ好きなんですけどね‥‥雌オークが相手では」
笑顔のままさらりと恐ろしいことを言う男だ。
「守備範囲が広いですよね‥‥相手のオーク並に」
ニーシュの言葉に呆れたソリュート・クルルディアス(ec1544)が言った。
さて、道中だが、防寒服の不備がある者がいた。今回は防寒具を色々と仲間から借りることである程度しのげたが、やはり少しだが体調は良くなくなった。キエフの冬は寒い。しっかりと出立前に確かめるべきだろう。
「もう雌オークだろうと何だろうとかかってくるにゃーっ!」
件のオークが出るという街道。そこには、囮として行く4人。その中の1人、ルイーザ・ベルディーニ(ec0854)は完全にヤケだ。
外套を羽織った彼女の出で立ちはしっかりとした身体の男に見える。が、その装いは男装、つまり彼女は女性。
筋肉質で胸の膨らみが目立たなくてもれっきとした女性なのだ。
「うう‥‥サラシ巻いて胸押さえつけて上着着たら完全な男性‥‥舞台の男役ですらできそうにゃー‥‥」
が、現実の立派な青年の姿にショックを隠しきれないルイーザ。それを見たラッカー・マーガッヅ(eb5967)は
「だ、大丈夫ですよー、俺よりもしっかり男役出来てるのですよー」
と、持ち前の天然でフォローするところで、逆に追撃してしまい。
「胸がなくて悪かったにゃー!」
と、火に油を注ぐ始末。まあ、言ったのが長身だが顔立ちから女に間違えられやすいラッカーだったからというのもあるかもしれない。
もっともそのラッカーも、「大丈夫、君はオーク達のタイプさっ!」と係員から太鼓判を押されてしまっただけに、気が重い。
「ま、まあ、それだけじゃ女性の魅力でないでござる。そうであろう、ニーシュ殿?」
代わってしっかりフォローするのは鳴滝風流斎(eb7152)。彼はルイーザを「逆らってはいけない相手」としっかり認識し、しっかりフォローしなくては、と心がけていた。が、ニーシュは気に病むことはないと返したものの、守備範囲の広すぎる奴の言葉なんてーっ! とあまり効果は無いご様子。前途多難である。
一方その頃襲撃班。
(む、鞭で殿方を‥‥。そのような特殊な営みがある事は聞いた事はありますがちょっと信じられませんわね‥‥。一体どのような事を‥‥しかもオークですし‥‥)
「おーい、ロザリー?」
ぼー、っとして今回の依頼の敵の行いについて考え込んでいたロザリー・ベルモンド(ec1019)はアスタルテの何度目かの呼びかけでようやく現実に引き戻された。
「は、はいっ!」
「まったく、だめじゃーねか。そんなじゃ囮の男ども社会復帰できなくなっちまうぜー」
上の空だったロザリーをそう言って注意するのはベアトリス・イアサント(eb9400)。だが、そんな彼女の顔はほんのり赤く、何やら手に飲み物。脇には空になった容器も。
「え、えーとそれは‥‥」
「ん、発泡酒? 飲むかー、いいぜー?」
一点の曇りのない笑顔でロザリーに勧めるベアトリス。困惑しおろおろするロザリー。
「社会復帰、ちゃんとさせてあげましょうね‥‥」
とまたも呆れた様子のソリュートが窘める。彼女も囮に「まあ、楽しんできてください」と言ってのけた人であるのだが。
再び囮班。相変わらずルイーザがどうやっても男装出来ないぐらい胸の自己主張の激しい人もいることについて愚痴り、切ない空気のまま進んでいった一行だったが、突如、風流斎の忍犬、ワン太夫が森の方に吠え立てた。すると、がさがさと茂みをかきわけながら、鞭を手にし涎をたらしたオークの一団が各方向から現われた。既に街道の前後はふさがれてしまった。囮たちに動揺が走る!
「あーもーやってやるにゃーっ!」
「せ、拙者はスルー、でござろうな‥‥河童だし」
ゆっくりと後ずさる冒険者だが、既に囲まれている! もうこんな貞操危ない数秒前になったらすることは一つ!
「皆さん‥‥行きますよ?」
ニーシュがタイミングを計り、そして――
「らめぇっ! 寄らないでぇっ!!」
――襲撃班。
「あ、悲鳴聞こえましたね! 急がないと!」
ロザリーがいきり立つ。何か退治以外の目的でやる気だしているっぽい。が、他の者は。
「あ、ちょっと待って。コレ飲んじまうから」
「さーてと、ボチボチ行きますか」
「多分恐怖の余り早めに叫ぶでしょうからねー。じっくりひきつけてもらいましょう」
‥‥まさに鬼。
「うう、まだでしょうか‥‥」
ラッカーは青ざめた顔で呟く。叫んだが助けはまだ来ない。その間にもオーク達との距離は縮まっている。時間を稼がなくては、杖を持ち直した時、ラッカーはふと突然背中に悪寒を感じた。瞬時にミミクリーを詠唱し、身体を黒の光に包む。その後、オークから目を離さないようにしながらチラリと後方へ向くと、視界の端に白い光と舌打ちをする女性の声。
「あ、あの時のことは不可抗力だって言ったのに‥‥」
それだけで何が起こったかを確認したラッカーは、過去の依頼でのことを思い出しながら泣きそうな気分になった。
「‥‥ベアトリスさーん?」
「あー、まだ酔いが回ってら。狙い逸れちまった。でも、どっちにしろ囮としての役には必要だし、まーいーじゃん?」
「確かに」
拘束の呪文をさらっと味方に向けたにやりと悪人の如き笑みを浮かべながら、窘めるソリュートに言葉を返した。ソリュートもソリュートであっさり納得してしまう辺り、この依頼の男女の力関係が分かって、何だか切ない。
(ま、まあこれで十分ひきつけたのは確認できましたし、早く離脱を‥‥)
鳥の姿に変化して逃げよう、と思ったラッカーだったが、先ほど少し気を逸らしてしまったのは痛手だった。もうオークが迫ってきていたのだ。慌てて姿を変えようとするも間に合わず。がっちりつかまれてしまう。
「うきゅぅっ!」
「ら、ラッカー殿ぉ!」
かわいい悲鳴を上げるラッカー。咄嗟に助けようと動く風流斎だったが、かれもまた動いたところを別のオークにがっしりとつかまれてしまった。本当にオークか、というほど動きが機敏だ。
「や、やめるでござる! か、河童は尻子玉を抜かれてしまうと‥‥こ、この鬼畜ーっ!」
風流斎はとっさに下半身を守ろうとして、手を腰の方に回したため上半身が無防備になる。それを見逃さずに、オークは彼の衣服をさっさと剥きにかかる。
「‥‥くっ、そこなオークのマドモアゼル(?)! 確かにそのように無理やり迫ったり剥いたり鞭を振るったりするやり方も素晴らしくはあります! だが、それらは相手との理解あって初めて価値を持つもの! 嫌がる者への無理強いなど、そこに愛は‥‥あーっ!」
残る1人となったニーシュは、いつか変態を改心させたときのように熱弁を振るうが、一つ誤算があった。
相手はオーガ種。説得が(色んな意味で)通じる相手ではないっ! 彼もまた雌オークの手の中に落ちてしまうのだった。
「か、覚悟はしていましたがー、ここで、ここで剥かれるのはー!」
「ワ、ワン太夫、お前だけでも‥‥逃げ‥‥」
「あ、あまえないでっ! くださいっ!」
オークの手中に落ち、分厚い胸板に囲まれ次々と恐ろしい目に遭う男性達。抜け出そうとしても、その拘束は強固。が、不思議と痛いほどではない。雌オークたちは、彼らをがっちり拘束しながら、優しい手際。細かな作業に向いていないはずのオークがここまで腕が熟達したのは、やはり想いの深さと幾多の男性の犠牲に依るものだろう。
が、そうは言っても自分達を襲っているのがオークには変わりない。精神が弱っていくことをされるのは確かなわけで。
薄れ行く意識の中、ニーシュはある声を聞いた。
何故、自分は狂化しないのだろう。彼は襲われながら、うっすらとそのような疑問が生じていた。
彼は戦闘時の緊迫感で狂化する体質のハーフエルフだった。今回、このような状況になった場合は当然狂化してしまうと思っていた。が、起こらない。どういうことだろう?
――それは、この行為が『戦闘』などというものでなく立派な『営み』だからですよ。
ふと、聞こえてきた声が、その疑問に答える。なるほど、確かに彼女達はオークといえど立派なレディ。だから、これは‥‥
「あぁ、ニーシュ殿ぉっ! そんな生気を失った目で不気味な笑い声をだして、お気を確かにぃ! ってああ、褌はぁ、褌だけはぁ!」
そんな、悟ったような表情で肉獄の中に沈んでいくニーシュを見て、尻子玉だけは死守しようと最後に残った大地の色に塗られたフンドーシを必死に抑えている風流斎が、ある種逝ってしまいそうな戦友へと必死に呼びかけた。
「ああ、俺、この依頼が終わったら好きな人と進展させてみせるんですー‥‥」
「ラッカー殿ぉ! ‥‥あ、拙者も‥‥あーっ!」
ニーシュが落ちた今ラッカーを落とすわけには、と思いラッカーを見るが、すでに彼は虚ろな目をして遥か遠く想い人のことを呟いていた。そして、風流斎もまた、オークたちの手の中に‥‥。
「‥‥うわぁ、こ、これは‥‥」
悲鳴を聞きつけ真っ先に駆けつけようとしたロザリーだったが、目にした凄惨な現場に思わずその歩みを止めてしまう。流石にこの光景は純粋無垢な箱入り娘にはきつすぎたのかもしれない。‥‥この際、彼女の方がほんのり赤く染まっていたり、目がうっとりしているように見えるのは深く気にしないでおこう。
「あれだけのオークに囲まれた凍死はしないで済みそうですね‥‥圧し潰されちゃいそうですけど。見てるだけで圧迫感ありますし」
そんなロザリーとは反対に、ソリュートは落ち着き払った様子でどこか的外れな感想を述べる。まあ、外側からは主に雌オークの『豊かな』肢体しか映らないので仕方ない、のかもしれない。
さて、男性陣がそんな感じで阿鼻叫喚の地獄の空間にとりこまれてしまっている中、1人ポツンと取り残された囮が1人。男装していたルイーザだ。
「よ、よかったにゃー‥‥男装してても、やっぱり乙女は乙女ってことだにゃー」
ふう、とルイーザは手元の破格の威力を持つ反面、持ち主を不幸に見舞わせる呪いをもったダガーに目を落とす。男装が似合った上にもし雌オークに男だと思って襲われたら、大事なものを色々と失うところだった。
と、襲われる男性陣とは対照的に安心しきった顔のルイーザのほうを、雌オークの一体がちらりと視線を移し、さらにルイーザの首から下へと目線を下げ、そして――これは、ルイーザの主観だが――そのオークは自分のたるんだ胸に手を当て、ルイーザの体つきを見ながらニヤリ、と嘲笑した。
ピシッ。
「‥‥何かが壊れる音がしたような気がするわね」
「あぁ、分かるぜ‥‥俺にもあった、女としてのプライドが、こう、音を立てて崩れ去っていく、そんな音だぜ‥‥」
硬直したルイーザを見たアスタルテに、ラッカーの方へ視線を送りながらベアトリスが答えた。その手の因縁があるらしい。
「誰が胸のない男女だーっ! おのれら全員豚肉のスライスにかえたらー!!」
先程のオークの動作をそう解釈し、怒り心頭に達したルイーザは、ダガーを両手に構えてオーク達に向かう。本格的な開戦を悟り待機組も動き始める。
「オグゥゥウ!?」
「‥‥当たり、っと! よっし、鈍っちゃいないわね!」
ニーシュを弄んでおり、背後への注意などこれっぽちもしていなかったオークの背に力強く風を切って飛んできた矢が突き刺さる。雌オークは、苦痛に悲鳴を上げた。それを確認し、鉄弓を構えたアスタルテは嬉しそうにしながら次の矢を番える。
「さ、ロザリーさん、行きますよ」
「‥‥は、はいっ! そうですね、あのような凄惨なことを行う悪は許せませんわっ!」
ソリュートの声をかけられ、ぼうっとしって目の前の光景に見入っていたロザリーは一瞬びくっとしながらもレイピアを構えてオークの元へと駆ける。
「よっしゃ、みんなガンバレ!」
ちなみにベアトリスは観戦。彼女の能力とこの後に回ってくるだろう仕事を考えると十分適切な選択肢だ。まあ自分に被害が及ぶなら話は別、と思っていたが、どうやらオークは自衛と獲物の保守で精一杯で、その心配は杞憂のようだ。
「胸無いからって馬鹿にするなー!」
涙をきらめかせながら、アスタルテは両手に持った短刀、クラドクを振り回す。尤も。
「ええい、何でぬるぬるすべるんだにゃーっ!」
とアンラッキーなミスヒットも多発しているようだが。
「はい、お楽しみはここまでっ!」
その傍らでは、ソリュートがおっとりとした、それでいて勢いの良い動きでオーラを纏まった長剣を振り下ろしオークを打ち倒していっている。囮に気をとられたオークはただ攻撃を受けるしかない。
ロザリーの華麗なレイピア捌きは、次々とオークたちを追いたてる。
「まさか、あのようなことをなさるなんて‥‥!」
と正義感のこもった台詞だったが、『あのようなこと』の件で少しうっとりとした表情になってしまったのはご愛嬌。
「さて、頑張って耐えてくれたんだしちゃっちゃと解放してあげないとね!」
アスタルテの間隙を縫うような射撃は、分厚い脂肪に守られるオークの戦意を一撃で奪っていった。
そして、しばらくして後に残ったのは、地に伏す雌オークたち、自分が持ってきたと思しき鞭の跡を何故か残して倒れている風流斎、「ら、らめぇ‥‥らめなのぉ」と虚ろに呟くニーシュ。いつの間にかラッカーは新しい服に着替えてふらふらとおぼつか無い足取りで戻ってきていた。どうやら戦闘時に何とか抜け出し馬の元へ行き、用意しておいた着替えに服を替えたらしい。
「さーて、俺の出番だぜ! 残念ながら心の傷までは俺の手にあまるけどな!」
ようやく酔いからさめた様子のベアトリスは、身体を張った者達の傷を癒しに入った。最も、癒すことができない傷が多いのは十分承知の上だ。勿論それは、
「あたしは可憐な乙女なのに‥‥」
涙を流すルイーザの損傷も含まれる。
「父よ‥‥これも試練なのですかー‥‥」
ラッカーの弱々しい呟きに、言葉を返すものはいなかった‥‥。
冒険者達の受けた傷は浅くない。しかしこの街道を使う男性の安全は確保された。ありがとう冒険者! 君たちはこの結果を誇っていい!