冒険者の代役求む

■ショートシナリオ&プロモート


担当:長谷 宴

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:4人

冒険期間:08月23日〜08月28日

リプレイ公開日:2006年09月01日

●オープニング

「アリーサお嬢様、どうかなされましたか?」
 身体を拭きに部屋に入ってきた侍女は、ベッドの上の令嬢がしきりに窓の外に目をやって落ち着かない態度に驚き、尋ねた。
「あら、そんなに私そわそわしていたかしら?」
 ゆっくりと侍女の方に振り返るアリーサ。歳も十代半ばになるというのに今だあどけない顔立ちが浮かべる笑みと、鮮やかな碧色の瞳からの柔らかい視線、そして綺麗に伸ばされた金色の髪が吹き込んだ風に揺れてなびく様子の美しさに、侍女は一瞬魅入ってしまった。
「え、あ、いえそういうわけではないのですが、なんというかその、いつもより外を気になされているというか‥‥」
 不覚にも見惚れてしまった自分への羞恥と、失礼だったかというばつの悪さで侍女の答えはしどろもどろな答えになってしまった。
 そんな侍女の様子に、アリーサはクスっと笑い、それからまた視線を外に向け、話し始めた。
「うん、そうね。外、気になるわよ。だってそろそろ、あの人が来る頃だと思うから」
「そろそろ‥‥あぁ、あの吟遊詩人のお方ですか」
 そういえば、と侍女は納得した。吟遊詩人を招きいれ、アリーサの楽しみとする。それがこの家では定期的に行われていて、前回の日にちからしてそろそろだというのは明らかだった。
「そ。それに今回、あの人は冒険者のお友達も一緒に連れてきて下さるんですって」
 なおも外をむいたまま、楽しそうな声のアリーサ。
 変わったな、と侍女は思う。以前のアリーサは、吟遊詩人が来ても退屈そうにしたまま、聞き流しているだけだった。
 こんなにも楽しみにするようになったのは、一年ほど前に招いたあの吟遊詩人の男を気に入って以降のことだ。それ以来、この家に招かれるのは、歌も演奏もとりたてて上手くないが、話が上手くどこか憎めないあの吟遊詩人‥‥いや、あの講談師と決まった。その所為で、こちらの家が日程を決めて招けず、大体の期間に合わせて訪れる向こうの事前連絡を待つしかなくなり、こうやっていつくるかとやきもきする羽目になったのだが。
「あ、ところでお嬢様」
 その男のことを思い出して、ふと侍女の頭に浮かんだ懸念。
「他の冒険者の方を招く許可、旦那様と奥方さまはお出しになったのですか?」
 そうほいほいと何人も冒険者を貴族の館に入れていいものなのだろうか。そう心配した侍女だったが。
「もちろん、お母様もお父様も承知してくださいましたよ、快く、ね」
 振り返ったアリーサの顔に浮かぶ笑みは、先ほどのもと違い影のあるものだった。
「病弱で満足に出歩けない、関心は優秀な弟にとられてる、挙句両親より早く老いていってしまう不幸な娘の頼み、あの人たちが断れると思って?」
 背筋に冷たいものが伝う感覚を覚えた侍女は、それ以上その話題に触れず身体を拭く仕事に取り掛かることにした。

「いやー、それで連れて来るとは言ったものの困っちゃいまして」
 あはは、と能天気に笑いながら頭をかく二十台半ばの男。名をフォーカと言う。
「いやぁ、何しろ冒険者なんてほんのちょっとの間だけでしたから。当然知り合いの数自体が少ないのに」
 ふう、とおおきなため息をつくフォーカ。
「今開拓が盛んでギルドも盛況でしょう? 依頼でそんな暇がない奴、それから廃業しちまった奴、そして我らが主のところに召されちまった奴」
 遠い目をしてフォーカは他にも都合が合わない人物を列挙していき、すべて言い終えるとがっくりと肩を落とす。
「そんなわけで誰一人と呼べないわけで。お嬢様の期待を裏切るわけにも行かないんで、とにかくなんとか代役を立てよう、ってことで冒険者を求めるなら冒険者ギルド、ってことで来たわけですよ」
「はあ‥‥つまり、代わりに知り合いとして貴族の屋敷に一緒に言って欲しいということですね?」
 長々と続いたフォーカの話が終わり、ようやく話をすることができるようになった受付嬢が依頼の内容について確認する。
「えぇ、ですがそれにはひとつ、条件が」
「条件?」
 急に真面目な声色になったフォーカの言葉に思わず受付嬢は聞き返す。
「全員、とは言いませんが必要なだけの人数は私の語った人物になりきってほしいんですよ。冒険譚の中の人物に」
「なるほど、例えば?」
 そのお嬢様が冒険者が来ることを楽しみにしていた、というこのはお話の中だけの人物に実際会える期待、というのも当然含まれているだろう。そう納得した受付嬢だったが。
「そうですねぇ、ゴブリンと一日中一騎打ちをしていたうっかり騎士とか」
 え? なんて間抜けな声を出しかける受付嬢。そんなこととお構いなしにフォーカは続ける。
「上手く森の中に隠れて偵察したはいいものの、待ち合わせ場所を指定しなかったためにおいてけぼりくらいかけたレンジャーとか、ライトニングトラップを仕掛けすぎて自分が動けなくなったウィザードとか、リードシンキングしたら赤面してしまったクレリックですね」
 ‥‥冒険、譚? 唖然とする受付嬢を尻目に、フォーカは付け加えた。
「あ、別に実際の職業と合ってなくてもいいですね。魔法使う機会もないでしょうし。雰囲気だけ醸し出してくれればあとは上手いとこ、 話あわせてくれるだけで良いんで」

●今回の参加者

 ea2100 アルフレッド・アーツ(16歳・♂・レンジャー・シフール・ノルマン王国)
 ea8872 アリア・シンクレア(25歳・♀・バード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb0311 マクシミリアン・リーマス(21歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb5634 磧 箭(29歳・♂・武道家・河童・華仙教大国)
 eb6087 ジム・スミス(62歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

白鳥 氷華(ea0257)/ メティオ・スター(ea0268)/ アクテ・シュラウヴェル(ea4137)/ アシュレイ・クルースニク(eb5288

●リプレイ本文

●事情
「あの‥‥アリーサさん、家族と何かあるんでしょうか?」
「まあ、なんと言うか見ての通りですよ」
 客間に通された吟遊詩人と冒険者一行を迎えたアリーサの両親と弟が退出し始め、侍女が部屋へ案内しようと促したとき、こっそりとアリア・シンクレア(ea8872)はフォーカに尋ねた。両親の態度――というか声に、何かすっきりしない感情が含まれていることを、彼女の常人離れした聴覚は感じとっていたから。彼女でなければ気が付けないほど、恐らく本人達も気づいていないほど僅かな違和感を。
 その質問に、フォーカは曖昧な笑みを浮かべながらはっきりとした回答を避けた。依頼の説明のときから、彼はアリーサとその家については多くは語らなかった。勿論それは、依頼に必要な情報以外、特に家族事情といった立ちいったものを不用意に口外しないという雇われたものとしては当たり前の態度だったけれども。
 しかし彼の答えは、見れば分かるとも言う意味でもあって。アリアは、歳若い夫婦の背中を見送りながら親子で唯一人間、そして身体が弱いアリーサの境遇に思いを巡らせた。
 

●冒険者演じる冒険者
「あー! そこおかしいわよ、違うわ、そんなのレイピアの扱いじゃないって!」
 ハラハラと演舞を見守りながら声を上げるのはベッド上のアリーサ。実際に剣など握ったことも無いような令嬢に動作を指摘されているのは冒険者の磧箭(eb5634)。もっとも箭は武道家なので、剣ではなく拳が専門。実際、レイピアを使うのはこれが生涯初めてだった。
「うん、確かにその腕前ならゴブリンと一日中渡り合えるわね」
 演舞を終えた箭にを、笑顔で声をかけるアリーサ。褒めてるのか、皮肉っているのか。侍女が「お、お嬢様!」と慌てているのを見るとやっぱり後者なのかもしれない。まあどっちにしても、役どころを演じきったといえるだろう。
 ただし箭にとっては誤算がひとつ。自分の種族が河童ということで、恐らく初めて目にする令嬢は驚くだろうと考えた箭は演舞が終えるまで面頬をつけていて、その後に外して姿を見せようと思っていたのだが生憎と彼の使用した兜はその部分が無かった。そんなわけで部屋へ入ってきたそのときから彼、そして河童については紹介をするフォーカが彼女の質問攻めで粗方答えてしまっていたため、アリーサが箭で然程驚くことは無かった。
「それにしてもお嬢様、よく演舞の動きの『正解』がわかりましたね」
「昔は、騎士なんかも呼んでたからね。興味なくてぼーっと見ているだけだと思ったけど、意外と覚えているものなのね」
 今回の役どころ『その他』のマクシミリアン・リーマス(eb0311)がアリーサの演舞中の割と的を得ていたことに驚いて尋ねたところ、アリーサは自分でも驚いたという表情でそう答えた。

「あれは駆け出しの頃の‥‥簡単なゴブリン退治‥‥とかだったかな?」
 記憶の糸をたどるように話し始めたのは、『置いてけぼりレンジャー』役アルフレッド・アーツ(ea2100)。
「森の中にいるって話だったから‥‥簡単に打ち合わせして‥‥僕が‥‥森の中の様子と敵の正確な数の確認を‥‥って‥‥先に‥‥森の中に一人で入ったのです‥‥」
 代役とは言っても、隠密行動にも森についてもある程度以上の知識を有するアルフレッドの話は結構なリアリティがあった。そして、フォーカがすでに話した人物と、シフールの自分とでは種族が違いそこを不思議がられるのではと心配していったアルフレッドだが、
「確かに、シフールなら足跡辿れなかったでしょうし。大変だったのね」
 と逆に納得してもらえる結果となっていた。
 見つけてくれなければそのまま住んでいたかもしれない、とアルフレッドは遠い目をしながら締めくくった。
「そうそう、駆け出しの頃だと、まだ勝手が分からなくて上手くいかないことってありますよね」
 その後を引き取ったのはマクシミリアン。僕は学生で実際まだ未熟なのでそんな失敗談が多くて、と言って彼は自分の体験談を紹介し始めた。
「僕の使える魔法はミミクリーといって手足の長さを変えたり、身体を好きな形にする魔法なんです 、あの時はまだ使い方を完全に把握してなくって。そんな時期に巨大なカタツムリが畑に出て困っていた依頼人さんのところへ行ったのですが」
 カタツムリの捕食動物に変身すれば人間の大きさほどのカタツムリは、人間の大きさほどのそれには反応せず。
 同じカタツムリになって意思疎通を図ろうとしてもカタツムリ語を知らず仲間と思われず。
 結局別の冒険者がテレパシーで解決して。
「その失敗もあるからこそ今の自分が‥‥ってあれ、アリーサさん?」
「あ、ご、ごめんなさい‥‥貴方がカタツムリになったことを想像したら思わず‥‥」
 口元を押さえて震えていたアリーサに気づいたマクシミリアンが思わず話を中断して顔をうかがうと、アリーサは殺しきれない笑い声を漏らしながら弁解し、顔を上げ――マクシミリアンと目が合った途端小さくふきだし再び下を向いて震えてしまった。
「あ、い、いえ気にしないいいですよ。笑うと健康にいいといいますし」
 そんなアリーサに、マクシミリアンはそう声をかけたが、彼女が復活するのにはものの数分を要し。もうひとつの失敗談、鳥に変身中に服を落としてしまったエピソードを話している最中も微妙に彼女はマクシミリアンから視線を外していた。
 恐るべし、カタツムリ。

●事情2
「そうですわね、確かに魔法は使い方をきちんと理解せず安易に頼ると良くない結果が待っていたりします。わたくしがリードシンキングを使ったときもそうでした」
「あ、貴女が例のクレリックさんなのね? リードシンキングで赤面して取り乱した」
 あらかじめフォーカから件のクレリックの人物像を聞いていたフィリッパ・オーギュスト(eb1004)は、『赤面してしまったクレリック』を演じるためできる限りその雰囲気をだそうと努めていた。
「ええ、たしかにあの冒険では思わず取り乱してしまいましたわ。でもその話は既にフォーカさんがお話になったでしょうし、今回は別の話をさせていただきますね。‥‥その時も赤面してしまったんですけども」
「えー、どんなこと読み取ったか直接聞きたかったのに‥‥」
 不満を言われるかもしれないと感じつつ敢えて彼女が別の話に、と申し出たのには理由がある。
 一つは、ボロが出るかもしれないと恐れたこと。そしてもう一つはフィリッパがフォーカに人物像を尋ねると一緒にその赤面の経緯を聞いた時まで遡る。
『‥‥女性に急に触れられたもんだから、勘違いした男の妄想をリードシンキングして赤面した?』
『ええ。お嬢様は殊の外直接聞きたがっていました』
『‥‥妄想の中身を?』
『ええ。恐らく』
『へえ、分かりました』
 落ち着き払って納得した風にしたフィリッパだったが、できる限り別の話をする方向に持っていこうとこの時フィリッパは心に決めたらしい。
「‥‥というわけで、その御方の深い考えを読み取った時、安易に短慮な選択肢を選んでしまった自分に思わず赤面してしまったのです」
 始めは期待通りの内容でなかったため不満が漏れたアリーサだったが、最後にはしっかりと聞き入っており、それなり満足したようだった。

「僕も魔法がらみでは失敗しちゃったなぁ」
 ジム・スミス(eb6087)。『ライトニングトラップを仕掛けすぎたウィザード』役の彼は、うんうんと頷きながら自分の役の話を紹介した。
「周りにいっぱいライトニングトラップを仕掛けていたら自分の背後に仲間のウィザードが仕掛けちゃって、あの時は本当にあせったよ、アハハ。僕は後方注意しなきゃいけなかったし、仲間は前方不注意だったね。目印付けてたなかったらもっと大変だったなぁ」

「どんな音でも聞き逃さない? 『本当なの?』」
「ええ、本当ですよ」
 後半、ごく小さい音量にして試したアリーサは、アリアの証明された聴覚の高さに驚いた。
 ついでその際に「フォーカと違って、すごいのねー」という台詞が漏れたことで今回の依頼人の心に『グサリ』といって何か刺さったような音を、アリア以外の普通の聴覚を持つ冒険者たちにも聞こえたとか。

●帰り道
「今回はみんなありがとう。実際本人にあって話を聞くっていうのも面白かったわ。みんなの活躍がまたフォーカの口から語られるの、楽しみにしてるわ」
 アリーサの境遇や様子が気になっていた者も何人かいたが、アリーサにそういった、哀愁や寂寥の雰囲気は特に出さなかった。
 満足した彼女から感謝の言葉をもらい、一行は屋敷を後にした。
 帰途、フォーカは
「お嬢様もああ言ってました通り、僕も皆さんの活躍楽しみにしてますね。特に面白おかしい冒険譚、あったら遠慮せずよろしくお願いしますね〜」
 と頼んだが。
 慎んで丁重にお断りします。冒険者たちの内心の意見がこの時乱れなく揃ったそうな。