嘘の契約者

■ショートシナリオ


担当:長谷 宴

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月12日〜04月17日

リプレイ公開日:2007年04月23日

●オープニング

「冒険者ギルドで仕事を請けてもらえなかったじゃと? ‥‥何か問題が?」
「いや、ギルド自体は通せましたから、多分、条件が合わなかったか手が空いてる冒険者がいなかったから、だと思うんですが、どうしましょうか?」
 困った顔の青年の報告を聞き、依頼を出した村の村長はむう、と唸った。
 傷を受け、暴れだしたトレントへの『処置』。早く終わらせなかればその元で行う行事だけでなく、この先の村の収入に関わるため、放っておくわけにはいかない。だが‥‥
「条件が合わないというとやはり報酬かのう? じゃが、これ以上は‥‥」
「‥‥うーん。でも、係の人に聞いた話だと、報酬はプラスの要因になることは多くてもマイナスになる、ってことは少ないって言ってましたし。最近のキエフは不穏だから、手が足りない、っていう線もあると思いますよ」
 青年の言葉に、ふむ、としばらく考え込む村長。だが、いくら考えても自分達が取れる手段は変わらない。ギルドへ依頼を持ち込んだ時点では紛糾していたトレントへの扱いも、トレントの変貌が収まらず、実際に自分達の生活を脅かしそうな実態が見えてくると、村人の意見も退治やむなし、といった流れになっていた。今なら冒険者を躊躇させる原因になったかもしれない村人の警戒も問題ないだろう。
「‥‥スマンが、もう一度キエフ冒険者ギルドへ赴いて」
「村長、旅人が!」
「何じゃ、今話の途中‥‥」
 意を決して青年に頼もうとしたそのとき、息を切らせ駆け込んできた農夫の声に遮られた。返事を待たずに飛び込んできた農夫を、不機嫌そうに村長は窘める。
「だから、その話に関係あるんだ! 彼ら、冒険者らしいんだ!」


「その時は、みんなありがたがって。報酬とかも、すんなり決まったんです。でも、それに私達は騙されていたんです‥‥」
 キエフ、冒険者ギルド。そこへ訪れた、切羽詰った表情の青年は語る。
「彼らは確かにトレントを退治してくれました。手早く。でも、報酬を受け取った後、彼らはそのまま村に居座り続けたんです‥‥」
 元より正式な依頼ではないため、厳密に滞在期間が決められているわけではない。そのため、彼が村に残って数日は村人もまだ、邪険に扱ってはいなかった。というより、歓迎していた。村の危機を救った、と。今まで村から大切にされていたトレントを何の躊躇もなく倒したことで、影で彼らを悪く言う者もいたが、その者達もまた、村を救った彼らの功績は認めていた。
「彼らが、その本性を出したのは、1週間後。一行に出て行く気配が無い彼らへ、村長が話しにいったときのことです」
 暗い顔で、青年は続ける。村長含む村の大人数人が彼らの滞在している宿に赴いた。その後しばらくして宿から冒険者と名乗る男達は出てきた‥‥村長たちに、剣の切っ先を突きつけながら。
「‥‥男達はそのまま、村長宅へ。人質に取った形のまま、村に居座っています。今はまだ、食料を食い荒らされてるだけ、で流血沙汰にはなっていません、でも、このままにしておいたらいずれ‥‥! それに、一緒に人質になっているアンナが‥‥!」
 アンナというのは、村長の孫娘だそうだ。村長の家にいたところを、そのまま男達に押し入られ、逃げることも出来ずその中で彼らの世話をさせられているらしい。
「トレントが退治されて、一番複雑に思っていたのは彼女でした。これで彼女が選ばれた『歌姫』の行事は出来るようになった。けど、肝心のトレントは倒されてしまった。思い悩んでいた彼女に、追い討ちをかけるようなことに‥‥」
 アンナのことを話している最中、青年の表情は一層曇った。それだけ彼女の身の安全、心の消耗が気にかかっているのだろう。
「お願いします。どうか、村長やアンナを助け出して、彼ら似非冒険者を追い出してください!」
「‥‥分かりました。報酬もそちらの提示した方式で受けさせていただきます。それで、その自称冒険者達は一体どのような方たちで?」
「あ、はい! 剣等を持った男が4人。それに弓を持った男1人、魔術師が1人です。実力にばらつきはあるかもしれませんが‥‥」
 あ、それと魔術師が使うのは水の魔法だった、青年は答えた。もしかしたらトレントを焦がした犯人かもしれない、とそれだけは実際見せてもらったらしい。
 最後に、その冒険者達は2匹ほど黒猫を引き連れていた。と青年は思い出したように付け加えた。


「なあ、本当にコレでよかったのか?」
 窓から外をうかがいながら、剣を携えた男の一人が魔術師に話しかけた。不満そうなニュアンスが滲むのは、まるで自分達がやっていることがどこか不本意のよう。
「‥‥今更仕方ないですよ。元々僕らは叛乱分子。真っ当なところへ助けを求めるわけにも行かないし、『力』を見せられたら従うしかない。たとえそれが唾棄すべき存在だとしても‥‥」
 そういった魔術師の青年は、いてっ、と小さく悲鳴を上げる。見ると、彼が膝の上に乗せていた猫が彼の指をかじっていた。
「ったたた‥‥。ま、それにたとえ無理矢理やらされていることだとしても」
 猫が膝の上から飛び降りたのを確認して、彼は立ち上がり、仲間を見回す。
「どうせやらされるなら、志を忘れ金のために無茶をいう家畜野郎の言うことを聞くより、政権に反するという共通の目的がある、今のほうが、ずっといい、でしょう?」
 そう確かめるように仲間へ話す青年の目は、しっかりとした強さを持つと同時に、どこまでも濁っていた。

●今回の参加者

 eb5072 ヒムテ(39歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 eb5685 イコロ(26歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 eb6674 ユーリィ・ラージン(25歳・♂・ナイト・人間・ロシア王国)
 ec0854 ルイーザ・ベルディーニ(32歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ec1053 ニーシュ・ド・アポリネール(34歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec1103 アスタルテ・ヘリウッド(32歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec1865 尾上 楓(25歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ec2055 イオタ・ファーレンハイト(33歳・♂・ナイト・人間・ロシア王国)

●リプレイ本文

「潜めるようなところは、なさそうだな‥‥?」
 着いた村を見てふとイオタ・ファーレンハイト(ec2055)が爪先立ちで辺りを伺いつつ一言。
 立てこもった者達が、誰かしら見張りに立て外の様子を伺っているだろう、というのが冒険者達の予想。が、入り口まで慎重に見回しつつきたところ、簡単に身を隠すようなところはなかった。民家に潜んでいる可能性も否定できないが、しかし‥‥。
「誰も見張りにいないと、かえって不気味ですね‥‥」
 尾上楓(ec1865)が呟く。念の為、辺りを注視する一行だったが、特に何も見当たらない。引っかかるものを感じ複雑な気分になる冒険者達の頭上で、カァ、と鳴く声した。
「仕方ない、時間も無いことだし、早速準備にかかろう」
 確かに作戦の決行まで時間はない。冒険者は散り、各々の準備を始める。

 
「仕掛けるとしたらあの辺か‥‥ん?」
 小火騒ぎにより似非冒険者たちを追い出す。その作戦のため、下見しておいた村長宅の構造を思い浮かべつつ枯れ木など集めていたヒムテ(eb5072)は、何気なく自分の手に視線を移したハッとなる。見たのだ、石の中の蝶が激しく羽ばたいているのを。慌ててあたりを見渡すが、それらしき姿は無い――いや、いた。近くの樹上にいるカラスがじっとこちらを見ているのを。
「見張り――まさかこいつが!?」
 枯れ木を放り急ぎ弓に矢を番えるヒムテ。だが、見つかったことに気付いたのか、そのカラスはすぐさま飛び立った。村の中心の方、村長の家のほうへと。
「どうしたんですか、ヒムテさん?」
 作戦のため、集めた枯れ枝や落ち葉を抱えたユーリィ・ラージン(eb6674)が、只ならぬ様子に気付き急ぎ駆け寄る。
「いや‥‥もう遅い。多分、見張られてた」
 石の中の蝶の羽ばたきは、既におさまっていた。

「さて、と。この辺かね?」
 鉄弓を引き絞りながら、アスタルテ・ヘリウッド(ec1103)は射線を確認する。選んだ武器が武器だけに、家が周りにあるといっても表口も裏口も、両方狙いにいけるポイントもみつけることができた。
「ルーテさん、ここの確保は私がしっかりしますから、頼みますよ? ‥‥騙って我らの信用を貶め、あろうことか女性や老人を人質にとるような連中、許せませんからね」
 その傍らにはニーシュ・ド・アポリネール(ec1053)。いつもと同じで、笑みを崩さないが、滲み出す雰囲気は普段とは別物。


 そして明朝、作戦決行。隠れて忍び寄ったヒムテが、村長宅の側の死角、植木鉢につめた枯れ枝や落ち葉に火をつける。
 油が加えられたそれはあっという間に燃え上がる。炎の大きさはそれほどでもないが、煙などの量は十分だ。予定通り、村人に協力してもらい、火事を告げる声が村中に木霊する。火を放っても危険が無いのを確認したヒムテは、その場を静かに離れた。

 しかし、出てくると思われた似非冒険者たちは中々出てこない、いやそれどころか、代わりに出たのは――
「火が!? まさか燃え移って‥‥」
 見守るイオタが驚愕した視線の先、それは、確かに端の方から炎に包まれていく村長の家。燃え始めたと思える箇所は、確かに小火を装ったところとほぼ同じ。
「いや、そんなはずは‥‥っ!」
 弓を構えるヒムテの目に飛び込んでくるのは、村長の家から勢いよく飛び出す冒険者と偽った男達。そこに人質となった二人の姿は‥‥ない!
「迷ってる暇はないね、私達が相手をするから早く中に!」
 鉄弓を構えるアスタルテが、声をかける。戦力を分散することになり、もしあの男達が本気で応戦してくれば不利は否めない。が、あの連中をそのまま放って置くこと、まして人質が炎を焼かれるのを見逃すことなど、できるはずも無い!

「大丈夫、助けに来たよ!」
 裏口の方に待機していたルイーザ・ベルディーニ(ec0854)達が、急ぎ家の中へ飛び込む。中は、炎が広がり熱気が圧迫していた。その中で、彼女達が目にしたのは、椅子に縛りつけられ、猿轡をかまされた二人の人質の姿。そしてその足元にいる黒猫。いや、違う。冒険者が踏み込んでくると同時、足元の猫の姿が変化し――コウモリのような翼をもった鉛色の小鬼――インプと、もう1体、インプと同じくらいの大きさながら尖った耳が特徴的な、猿のような小鬼の姿をしたもの。手には、ふいごを持っていた。インプと共にいるということはこいつもデビルなのは間違いない。が、知識の無い者が分かるような存在ではなさそうだ。人より鋭い直感が訴えかけてくる危険を感じ、ルイーザは油断なく剣とナックルを構える。
『火を使うトハ‥‥かまどヲ預かる我ノ前で‥‥クク‥‥』
 口を開いたのは、ふいごを持ったほう。語りながら、すっと動き、人質の元へ鋭い爪を突きつける。同時に、インプが口を動かし詠唱を始める。
「何を‥‥やめなさい!」
 ルイーザが制止させようと斬りかかろうと構えるが、人質に手を出せないのが分かっているのか、デビル達は余裕の態度を崩さない。ひどく長く感じられた詠唱が終わる。かけられたのはアンナ。が、特に変わった様子は見受けられない。
「い、一体何をしたの‥‥?!」
 心配したようにアンナを見るイコロ(eb5685)。その様子に満足したようにふいごをもった悪魔はふらりと浮き、人質を離す。
「どういうつもりだ!」
 予想外のその行動に、思わず尾上は叫んだ。デビルはそんな必死な様子の冒険者をあざ笑うかのようにその醜い顔を愉悦に歪ませ、冒険者達に言い放つ。
『別ニ。それヨリいいノカ、このママデは動ケず焼け死ヌゾ』
 そういってゆっくりと離れていくデビル。かなり不気味な行動。このまま放っておいてはまずい。だが冒険者達は最初から人質の救出を優先する腹積もりだった。選択には是非もない。
「‥‥っ! 二人の縄を解いてください、早く!」
「う、うん、わかった!」
 そう言って尾上が庇うように前に立つ。イコロは返事をするとすぐさま拘束されたままの人質の元へ。ルイーザもデビルから注意を向けたまま、続く。
 デビルたちはまだ、ゆったりと、離れていた。


「存外お強いです、ねぇ!」
 ファイター風の男と切り結ぶニーシュの顔を、汗が、血が伝う。その髪は逆立ち、瞳も赤く染まっていた。戦闘の緊迫感で、彼は狂化していた。口調も変わらないようで、所々荒れている。そしてその笑みも、何も知らぬ者が見れば恐れ戦くようなものに。
 似非冒険者たちは、正面の入り口から全員で脱出。その時点で、裏口のほうに待機していたメンバーが人質を助けに行ったため、既に依頼の半分は達成したはず。あとは、出来るだけこの賊を逃がさないことなのだが、彼らは手ごわかった。ヒムテとアスタルテ、弓手二人が射撃をすることで、ウィザードの動きを封じ、かつ彼らの弓使いに応戦を強いている状態であっても、だ。
「ですね‥‥だけど、仲間が来るまで、なら!」
 まだ本来の口調になっていないのは幾分か余裕があるのか、敵の斬撃を盾で防ぎながらイオタが応じる。彼もまた、衣服の何箇所かが薄っすらと赤くなっている。最も援護があるとはいえ倍の数を相手にしているのだから、よく戦っている。

「くそっ、あの炎、デビルか!?」
 予想外のことに心がかき乱れながら、ヒムテは敵の弓使いに向けて矢を放つ。そしてすぐさま、次の矢の準備。敵の矢が肩を霞め、鋭い傷みが走ろうとも、それを止めるわけにはいかない。絶えず、敵の後衛にこちらへ気を配らせない限り、彼らが押し切られるのを防ぐ術はない。

「行くわよ!」
 力強い音共とに、鉄弓から矢が放たれる。放たれた先に敵の姿は無い。対象の魔術師は遮蔽物に隠れている。
 だが、それでも射なくていけない。重い鉄弓のため、そうすぐに何度も撃つことはできない。はっきりいえば、彼女が弓を番えている間に、相手の魔術師には行動する余裕がある。だが、そんな冷静な判断を押し流すほどの威力を見せつけ、魔術師を前に出れないよう縛り付ける。彼の者の扱う魔法には、アイスコフィンがあると聞かされている。もしそれがニーシュかイオタのどちらかに使われ、成功した場合。趨勢は、決定的なまでに傾いてしまうだろうから。


(アンナさんを連れて出ないのは誤算だったけど‥‥まだルイーザさん達が出てこないも事実。やっぱり、行くしかない!)
 交戦後、敵が今いる相手に気を取られた隙に人質の奪回を目論んでいたユーリィだったが、その目論見は相手が人質無しで出てきた時点で崩れていた。そこですぐさま救出、もしくは逃げ出そうとする連中の相手、というのもアリだったが、あえてユーリィは少し待った。家に火がつくというただならぬ事が起きている。すぐに人質と共に脱出できればよいが、もしそうでない場合は、必ずワンテンポ遅らせた行動が役に立つ。そう考えたからだ。
 そして現実に、中へ飛び込んだ3人はまだだ。外での交戦も厳しい状況だが、火の勢いから見て、真っ先に向かわなくてはいけないのは――炎に包まれていく、村長宅。
「大丈夫ですか――こいつらは!?」
 急ぎ駆け込んだユーリィが見たのは、2匹のデビル、そして縛られた人質を解放する冒険者達。
「デビルか!」
 すぐさま駆け出してスピアを繰り出すユーリィ。効くかどうかでない。縄を解くので手一杯なルイーザとイコロ、そしてそれを庇う尾上は、いわば、デビル達からすれば格好の標的。自分の役割は、少しでも気を引くこと。
「ユーリィさん、危ない!」
 尾上が咄嗟に叫んだが、僅かばかり遅かった。デビルがその手に持ったふいごから、小さな炎の塊を噴き出し、ユーリィ目掛けて放ったのだ。

「大丈夫、動けるかな? ――ユーリィ!?」
 ようやくアンナの戒めを解いたルイーザが顔を上げると、そこには炎に襲われるユーリィの姿。ユーリィは何とか踏みとどまったもの、足元の揺れを見るに傷はそう浅くない。しかも相手は恐らく雑魚とは違うデビル。助けなくては!
「尾上さん、代わって! あたしが相手するからこの娘を外に――え?」
「ルイーザさん!」 
 魔法のかかった武器を持っていることを考え声を上げたルイーザの腹部に妙な感触が走る。と同時、イコロの悲鳴が上がる。恐る恐る視線を戻すとそこはナイフがつきたてられている。それを握るのは――虚ろな目をしたアンナ。いつの間にナイフなど持っていたのか。
「な、何をしているんですか、アンナさん!?」
 ユーリィを庇おうと前に出た尾上も、悲鳴に振り返り思わず声を上げる。
「ど、どうしたのさ!?」
 アンナを突き放し、腹部を押さえて立ち上がるルイーザ。大丈夫、不意を付かれたとはいえカスリ傷程度。感触で確認しながら、改めてアンナを見る。
「刺す‥・・冒険者を刺‥‥」
「しょ、正気じゃない‥‥何か、操られてるみたい、だよ! ――そうか、あの時の魔法!」
 解放した村長をその小さい身体で抱えながら、イコロはアンナの常々ならぬ様子に、先ほどの出来事を思い出す。
「それじゃあ‥‥しゃーないね!」
 そう呟いたルイーザは素早く回り込み、スタンアタックをアンナへ撃ちこんだ。ゆっくりと、アンナの身体が沈むのを、抱きとめるルイーザ。
「――よくも!」
「すみません、外に‥‥」
 しかしその間に、デビルたちは既に脱出。表から出たようだ。
「今は早く出ないと! もう炎が!」
 すでに煙も充満してきた。尾上はイコロを手伝い村長を抱える。
「‥‥外の仲間を、信じましょう」
 傷に顔をしかめながら、ユーリィも頷く。


『何ダ。マダ片付イてナいカ』
 焼け落ちようとしている家の中から現われたのは、インプともう1体、デビルと思わしき影。
「ちぃ、やっぱりか!」
 梓弓の狙いをつけようとしたヒムテだったが、相手の弓使いの動きが目に入り再びそちらへと向けなおす。新手を相手にする余裕はない。
「だけど、このままでは‥‥」
 そしてそれは、前線で剣を交えるイオタ達も同じこと。あのような相手にはオーラパワーの使用も検討していたが、今そんなことをすれば自滅と同じ。
『さっサト‥‥』
 そう言いつつデビルはふいごを構える。狙うはイオタとニーシュ。どちらかが倒れてしまえば、そこで――。
 ごう、と音を立てて炎が吹き出たその刹那、同時に風を切る音。直後上がるのは二つの声。炎に襲われたニーシュの苦悶の声、そしてヒムテの梓弓により魔法の効果を得た矢が突き刺さったデビルの悲鳴。
 直後、敵の弓使いの矢がヒムテに向かい、ふらついたニーシュに向けて剣が振り下ろされる。だが、矢は鈍い音を立ててヒムテに突き刺さるも、剣がニーシュに届くことは無かった。アスタルテの鉄弓から放たれた重い矢が敵の剣士の身体を衝撃で揺らしたからだ。
「よし、これで‥‥」
『エエイ、さッサとデルゾ!』
 傷みに元々醜い猿のような顔を更に歪ませて抑えながら、デビルは似非冒険者達へ叫ぶ。射手二人が動けない隙を狙おうとした敵魔術師の呟きはその声に掻き消される。一瞬、表情が歪む。だが、その男はすぐさま取り澄ました顔に戻ると、傷を負った仲間にポーションを投げながら撤退を指示した。


「間に合って――あっ!」
 人質を運び終え急ぎ戦いの場へ赴いた冒険者達が見た状況は、既に阻止できないほど距離を取っている似非冒険者、そしてデビル達。
「いや‥‥まだ、間に合う、ボクなら!」
 空を一瞬仰ぎ見てすぐさま詠唱に取り掛かるイコロ。紡がれた魔法はサンレーザー。ようやく明るく照らし出した太陽の光を集めたそれは、背後からデビルを襲う。
 もし近くにいたのならば、傷を受けて悶えるデビルとその怒りと憎しみに染まった表情を見ることができたかもしれない。だが、遠目に冒険者達が確認できたのは、少しそのデビルが揺れたところだけ、だった。

「大丈夫ですか?」
 そう言ってイオタが狂化を終えたニーシュにポーションを渡しながら支える。敵は見逃すしかない。この状態での追撃は厳しいし、何より人質の無事は確認できた。
「やってくれたな‥‥」
 石の中の蝶を見つめながらヒムテは傷口を押さえる。
 二匹のデビルが現われた時に再び激しく羽ばたいていたそれは、今は静かなものだ。あの連中と一緒に潜んでいたのは、あれで全てと考えていいだろう。


 村長宅は燃え落ちたが、類焼することはなかった。敵を捕えることは出来なかったが、村人に危害は及ばなかった。人質も、少し弱っていはいたが無傷で。デビルに操られていたと思わしきアンナは近くの教会で見てもらう必要があるだろうが、恐らく大丈夫だろう。そして、そのデビルを相手にし、傷を負うものもいたが、冒険者達のケガは手持ちのポーションで治すことができた。更に、そのデビルのふいごを使うという際立った特徴の情報も得ることが出来た。
 完全ではない。が、冒険者達は少なくない成果を得ることができた。この結果を、彼らは誇っていいだろう。