虫討ち
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■ショートシナリオ
担当:長谷 宴
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 9 C
参加人数:7人
サポート参加人数:2人
冒険期間:04月19日〜04月24日
リプレイ公開日:2007年05月02日
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●オープニング
「郊外にある建物のモンスター退治ですか、なんでまた?」
建物の場所や条件などが書かれた羊皮紙を見ながら、受付嬢はギルドを尋ねてきたハーフエルフの騎士に問い返した。
不躾なようだが、実際問題、何が裏にあるか分からない以上、すぐにはい分かりました、と頷くわけにも行かない。もっとも、それはわざわざ手を入れてまで使う価値があるのか、と思えるほどの建物だったから、でもあるのだが。郊外にあり交通の便は良くなく、さらに建物自体古くなっており、普通に考えれば利用価値はなさそう。
「‥‥まあ、確かにその建物は見てのとおり、今のままでは価値は幾ばくもない。だからうちのお嬢様と元の持ち主との交渉があっさり成立したわけなんだが。まあ、ただそんな建物でも、今のキエフでは広い場所を得ようと思ったら選ばざるを得ないこともある」
なるほど、と受付嬢は同意する。今のキエフは人口集中による過密状態にあり、その対策としてウラジミール一世が進めている入植計画も芳しい成果を上げるには至っていない。
なお、そんな素振りこそ見せなかったが受付嬢が個人的に納得した件がもう一つ。目の前にいる依頼を持ち込んだ女騎士は、「ボルダンチューク家に使えるミレーナ」と名乗っていたが、更に先程の会話でその家の令嬢の意向であるということが伝わってきた。そして受付嬢は、その娘ならばこんな依頼を出すかも、と勝手に納得。
というのも、ボルダンチューク家のルフィーナ嬢は、好奇心旺盛だという風評。以前にギルドに依頼を持ち込んだこともある。ここに至って、受付嬢は依頼の背後関連については安心に至った。昨年の暮れ頃から不穏な動きが続いていたため、どうにも疑い深くなっていたのか。そんな考えに至り受付嬢は小さく苦笑。が、すぐに気を引き締めなおし再び女騎士に尋ねる。肝心の疑問は解消されていない。そもそも何の為に? ミレーナは少し疲れたような微笑を浮かべながら、簡潔に答えた
「ああ、なんでも以前、友人がスポンサーだった劇を見たそうで。たしか、こちらを通して人を集めたとか何とか。それで自分も、ということだ」
‥‥自分が後援の劇に招待したらその友人はきっとまたいつもの負けん気が強いというか負けず嫌いなところを見せてまた面白い劇を作らせてやろうとがんばってくれるだろうから、とルフィーナ嬢が何だかとっても腹黒さを感じられる満面の笑顔で付け加えたことを黙っていたこの女騎士は、きっと忠義者なのだろう。
「それで、その建物なんだが、冒険者の手が必要な相手に巣食われている。まずは、建物の隅などに巣を張っているグランドスパイダが数体、まあ、これはもの数じゃない」
駆け出しが相手にすることがほとんどとはいえ、その牙は毒を持つ大蜘蛛、グランドスパイダ。それはたいした問題ではない、ということは、だ。
「そして、ラージアント。こっちが本命だ。こいつらも少なくない数がいる。主に開けた舞台のようなところをうろついているそうだ。虫たちの数は合わせて、10体以上は確実だろう」
人間の子供の大きさを軽く凌駕するサイズの蟻、ラージアントは移動が早く、集団で一気に群がる傾向がある。個々の力はそれほどではないが、油断するとその牙でやられてしまう危険もある。
「‥‥元々酔狂なところがあるのは否定しないが、まあ、それでもよろしく頼む」
そう言って、ミレーナは頭を下げた。
●リプレイ本文
軋むような音のする扉をあけると、その先に広がるのは、昼間なのに暗い空間。更に埃っぽい蛾が中から逃げてくる。
「たしかに灯りがないと難しいですわね、これは」
やれやれ、といった様子でフィリッパ・オーギュスト(eb1004)はたいまつを用意した。
「普通の蜘蛛の巣もありそうでござる。面倒だが、払っていくしかなさそうでござるな」
そう言ってランタンに火を入れた磧箭(eb5634)は、もう一方の手にスピアを持つのだった。
「ブレスセンサーによると‥‥この辺りなのね」
建物に入る前、魔法で敵の数と位置を探っていたアナスタシア・オリヴァーレス(eb5669)が声をかける。冒険者達があたりを見回すまでも、頭上で聞こえるガサリという音。
「そこかっ!」
いち早く気付いたキール・マーガッヅ(eb5663)が縄ひょうを放つ。蜘蛛はぐらりと揺れ、その巣から落ちる。何とか床に下りたグランドスパイダは体勢を直そうとするが、
「猶予はやらないでござるよ」
次の瞬間、突き刺さるスピア。一行が進む際にただの蜘蛛の巣を払っていた箭のそれが、今度はグランドスパイダに突き刺さる。
体液を噴き出しながらそれでも何とかぐらつく身体をうごかし逃げ出そうとするグランドスパイダだったが、容赦ない攻撃を受けている間に、もう距離はつまっていた。刀身を褐色輝かせた名剣、オートクレールを構えるクロエ・アズナヴール(eb9405)が、容赦なく振り下ろし、グランドスパイダの頭を叩き切った。
「‥‥案外、あっけないものですね」
楽しそうで、だけど本当は感情のこもっていない口調で、骸を見下ろしながらクロエが言う。ほとんど何も出来ずに倒されたこの蜘蛛に哀れみすら感じているように。
「うん、でもまあ、退治できてよかったじゃないか」
そう言って大きく息を吐き出して緊張を解くのはレイア・アローネ(eb8106)。やけに安心した表情で今まで以上に軽快に歩き出した彼女だったが。
「あ‥‥たしかそっちはまだ‥‥っていうかレイアさん、前、前!」
「え‥‥どうした――ひゃっ、や、やだぁああああ!?」
アナスタシアの忠告に振り返るのが一瞬遅れたレイアの顔にかかったのは蜘蛛の巣。ただし、普通の。だが、レイアは
「いやぁあああ! 取って! 取って!」
と錯乱している。蜘蛛の巣を払おうとやたら身体を震わせる上、半泣きで顔が赤くなってるものだから、彼女に備わる色っぽさと相まって、やたら扇情的ですらある。
「お、落ち着くでござるレイア殿。ただの蜘蛛の巣‥‥」
と蜘蛛の巣を払いながら彼女を落ち着かせようとした箭が近付くが、ガサリ、という音が頭上から聞こえる。
「そっちにはまだ反応が‥‥って、やっぱり遅かったですね」
頭を抱えながらアナスタシアが呟く。これだけの音が出たのだから近くにいたグランドスパイダが聞きつけてきたのだろう。
「‥‥とりあえず、片付けてからなだめようか。というか、でないと止まりそうにないし」
何故かにわとりのきぐるみを着ているジュラ・オ・コネル(eb5763)がため息交じり言いながら、霊刀「ホムラ」を構えレイアを後ろに庇うように前に出た。もしかしたら普通の鎧よりも大きいせいで、より視界を覆おうとしているのかもしれない。
「ん‥こほん、終わったようだな。モンスター退治も楽ではないな。ん‥‥な、なんだ?どうかしたか?」
再びあっさりとグランドスパイダとの戦闘は終わった。更にもう1体が聞きつけてやってきたが、問題なく一緒に床に落とされ冒険者達の剣の餌食になっていた。そんな新たな亡き骸二つの前で戦闘で汚れた武器の手入れを始めた冒険者の中で、何事もなかったかのように涼しげな顔で言ったのは泣いて叫んで怖がった結構カワイイところのあるレイア。
「‥‥蜘蛛、苦手だったのだな」
なぜかまるごとこっこの羽をぱたぱたさせながら、じとーっとした視線をレイアに向けるジュラが言う。
「い、いや今更誤魔化すのは無理が‥‥」
キールも呆れてつっこむが、先ほどまでの乱れっぷりを全く感じさせない自信満々な態度で、レイアは他六名のジト目を跳ね返したとか。
「さて、大体の動きは掴めたね。あとはこのまま真っ直ぐなのね」
ブレスセンサーを危なげなく発動させながら、アナスタシアはラージアントと見られる反応の動きを仲間に伝える。灯りを感じたのか、向こうのうちの何匹かもこちらに向かってくるようだ。
「飛んで火にいる何とやら、ですわね」
ふふ、と上品な笑みを浮かべつつ、落ち着き払ったフィリッパが剣を構える。
灯りに照らされるところを姿を現したラージアントに浴びせられたのは、キールの縄ひょうの刃、アナスタシアのライトニングサンダーボルト、箭が投擲したスピア。容赦のないその攻撃に現われたラージアントは崩れるが、その背後から続々と、素早い動きでその六脚をうごかしなら大蟻たちが迫ってきた。
「‥‥嫌悪感を覚える人の気持ち、何となく分かりますね。‥‥レイアさん、大丈夫ですか?」
クロエがそう言って先ほど前科(?)のあるレイアを振り返るが、
「な、何のことだ? それよりほら、来るぞ」
と、今度は平気なご様子。たしかにラージアントの移動速度はその大きさに反して速い。いつもとおなじく笑みを浮かべているクロエだったが、まとう雰囲気が変わった。
「大きくなっても蟻は蟻、群がってくるでござるな」
スピアを振るいながら前に立つ自分に群がるラージアント達に箭は舌打ちする。倒れた一体目を乗り越え、一気に三匹ものラージアントが向かってた。
「それでも、余裕があるのは流石だな!」
縄ひょうで箭にたかるラージアントの一体の体力を奪いながら、キールは舌を巻く。それだけの数の差がありながら箭はいまだ攻撃を受けていない。後ろを仲間が固めている以上、前方からの攻撃だけならそれだけの身のこなしが出来る技量が、箭にはある。
(――これが未熟な身の俺との差、か?)
今回キールは許可証を使っての参加。ギルド的には原則、本来まだ実力不足という扱い。
だが、そういう彼の縄ひょうも外れることなく命中し、ラージアントの動きを鈍くしていっている。彼の邪魔にならないように、という心配は間違いなく杞憂であった。
「――まったく、襲うならまるまる肥ったこっこから、が筋だと思うのだがな」
そして狙いが固まってるということは、動きやすい冒険者も当然いる。にわとりもといジュラが霊刀を振るう。ギッ、と悲鳴を上げ終わらない内に、もう一撃。今度はさらに素早く放った、刀の鋭い刃を生かした必殺のシュライク。縄ひょうにより傷を受けていたラージアントは、完全に沈黙した。
「さあ、かかってきても良いのだぞ――勿論私も、そう簡単に捉えられなどしないが」
そこには格好良く決めたにわとり剣士がいた。
「ーっ、厄介な――おや?」
鉄扇で受け流している最中、もう一体に脇をつかれそうになり思わず身構えたクロエだったが、彼女を襲おうとした牙は直前で何かに抑えられたかのように停止した。
「油断は禁物、ですわね」
取り澄ました表情のフィリッパが言う。彼女の手に握られていたのは剣でなく十字架。彼女のコアギュレイトが直前でラージアントを呪縛したのだ。
「避けれると思ったんですけどねぇ」
笑みを苦笑に変えながら鉄扇を振り抜き取り付いてきた一体を引き離すと、もう一方の手にあるオートクレールを掲げる。
「私が得意なのは、こっちですからね!」
手元のコントロールを犠牲にした、重さの乗った一撃。それはあっさりとラージアントの頭に命中し、一気に瀕死へと追い込む。
「――行くのね、気をつけて」
更に残ったラージアント達にも、アナスタシアの雷が放たれる。固まって狙ってくるだけに、複数巻き込むように射線を取るのは容易なことだった。
「ここできっちり働かなくては流石に誤魔化しきれないだろうからな‥‥勘弁するのだな」
焦がされたラージアントに向かうレイア。新たな敵に慌てたラージアントは牙を向けるが頭蓋骨が彫刻された盾でしっかり彼女は受け止める。そして名誉挽回とばかりに放たれる一撃。ヴカシンの剣が唸りを上げて、ラージアントを襲った。
「‥‥こちらは必要なさそうですわね。前の方にかかりっきりですし」
マグナソードを鞘にしまいながらフィリッパは呟く。ギルドで聞いた修正どおり、ラージアントは定めた狙いにかかりきりだ。いくら素早いといっても、前に立つ冒険者達の技量を考えると、数も減った今抜かすとは考えられない。
「着実に、静かになってもらいますか」
ホーリーシンボルを再び掌中に収めると彼女は再びコアギュレイトの詠唱を始めた。既に戦いの趨勢は決していた。
「あれ、ジュラさんどうしたのね?」
戦いが終わり、冒険者達は皆建物から引き上げていくが、何故か最後まで建物の中を覗き込んで何か探すようにしているジュラを不思議に思ったアナスタシアは声をかける。ブレスセンサーも使って敵がいないのは確認したのだが、何か重大な見落としでもあったのだろうか。
「‥‥いない」
ぽつり、とジュラ。聞き返すアナスタシア。一体何がいないというのだろう。
「今回の取り継いだ係員が係員、しかもこんな暗闇を舞台にした依頼だというのに、『やつら』がまったく潜んでいないなんて」
『やつら』? と不思議そうに首をかしげるアナスタシア。そんなアナスタシアに、箭が苦い顔をしながら言う。
「‥‥気にしなくてもいいでござるよ。世の中には、知らないでいたほうがいい世界もあるということでござる」
「お、依頼内容に含めなかったのにこんなものまで作ってくれたのか。諸事情で礼が出せないのが心苦しいかぎりだが、お嬢様もきっと喜ぶだろう。これでスムーズに調査できる。以前の持ち主の見取り図は信用できなかったからな」
簡単ではあったが行程を纏めたフィリッパのレポート、そして暇を見つけてアナスタシアが調べていた隠し扉の情報などを受け取った依頼人の女騎士は相好を崩し、感謝の言葉を送った。
こうして、虫退治は無事完遂された。舞台として使われるようになる日も、近いだろう。