●リプレイ本文
「えっと‥‥大丈夫ですか‥‥お手伝い、しましょうか‥‥?」
カーリンさんが半ベソ掻きながら必死に猫さんに追いすがっていたところを見つけたアルフレッド・アーツ(ea2100)さんは、ふわりと飛んで近付き、そう声をかけました。同じシフールであるカーリンさんが困っているのを見るのは忍びなかったのでしょうか。
「あ、ありがとうかしら〜。 あのカバンを持った猫、追いかけて欲しいかしら〜」
ぐずりながらカーリンが説明するには、追いかけている猫が身体に引っ掛けているカバンの中には、シフール飛脚として届けなくてはいけない手紙がぎっしりだそうなのです。
「ん、どうしたのリュミィ? ‥‥おや、アレはカーリンさんですね。あんなに慌てて、どうしたのでしょうか?」
『でしょうか♪』
陽のエレメンタルフェアリーのリュミィちゃんに教えられてカーリンさんに気付いたのはフィニィ・フォルテン(ea9114)さんです。どうやら、カーリンさんとは面識があるみたい。
「カーリンさん、どうかしましたかー?」
『したかー♪』
なにやら大変そうなカーリンさんへ近付いたフィニィさんと、言葉尻を捉えるのが大好きなリュミィちゃんは、急ぎ飛ぶシフールの二人から事情を聞くとすぐさま手伝いを申し出ます。カーリンさん、感謝感激雨あられです。
「えっと、それでは少し先に行っててください、追いつきますから。準備しますね」
『ますね♪』
そう言って立ち止まると、フィニィさんが呪文の詠唱を始めました。月の精霊魔法を使うみたいです!
フェノセリア・ローアリノス(eb3338)は、目の前を猫さんが走り去った後に、冒険者さん達が血相変えて後に続くのを見て、大体事情を悟りました。困っている人がいるなら、放ってはおけません。早速手伝おうと、まずは傍らのペガサスさん声をかけます。
「エルフォード、先にお家へ。‥‥さて、止まっていただけますか。主よ、彼の者を‥‥と。もうあんな遠くに」
コアギュレイトを唱えて止めようとしたフェノセリアさんですが、足を止めている間に猫さんはぐんぐん進んでいってしまい、猫さんばかりか追いかけてるみんなの背中すら視界から消えてしまいます。
「やはり高速詠唱は必要ですか‥‥こうなったら、これの出番でしょうか」
懐から取り出した何かを握ると、フェノセリアさんも後に続いていくのでした。
「うきゅぅう!? どうしてのタイミングでー!」
事件です。ラッカー・マーガッヅ(eb5967)さんは恋人に渡そうと思っていたプレゼントを、丁度お店の人から渡されようとするその瞬間、猫が横切っていきました。呆然と見送った後ふと見てみれば、なんと贈り物がなくなっているではありませんか!
「も、もしや大いなる父の試練でしょうか、これは‥‥。いえ、先ずはとにかく追いかけないと! ‥‥シシルさん?」
恋人のシシルフィアリス・ウィゼア(ea2970)さんへ振り返ると、ラッカーさんは異変に気付きました。
「折角‥‥せっかく、ラクさんとデート‥‥プレゼント、だったのに!」
涙がじわっと溢れて来てるうえに、その背後には怒りの炎が見えます。勿論本物ではないのだけれど、恐ろしい迫力があります!
「‥‥あれは!」
逃げる猫さんを見つけてハッとなった人がいます。ハーフエルフのウィザード、オリガ・アルトゥール(eb5706)さんです。なぜか着ている服が土やら汁物やらで汚れている上、オリガさん自身もボロボロです。
「なるほど、今朝の占いは確かでしたね‥‥だけど、ここであの猫を捕まえればもうこの散々な日常からオサラバできます、いざ!」
どうやらオリガさんは、自分自身の事情で猫さんを追いかけなくてはいけないようです。何だかとっても切羽詰っています。大変そうです。でも、フレイムエリベイションを自身にすぐさま付与したので、気合十分、猫さん追跡に加わります。
「先手必勝! 凍らせておしま‥‥」
「わーわーやめるかしらー!」
ギラリ、とシシルフィアリスさんが目を光らせたと思うと、高速詠唱でアイスコフィンを唱えようとします。あわや氷結、といったところでしたが、そこにあわててカーリンさんが止めに入ります。
「‥‥な、なんでとめるんですか、あの猫はぁ!」
逃げ去ろうとする猫さんのあとを慌ててついていきながら、シシルフィアリアスさんは怒りを露にします。恋する乙女の怒りは強烈です。
「そ、それは、ほ、ほら、凍らせちゃうとあ、あのカバン‥‥」
カーリンさんがビビッて言葉が震えてしまうほどに。
「あのカバンの中身‥‥急ぎのらしくて‥‥溶けるのを待つのは‥‥難しい、って‥‥」
見かねたアルフレッドさんがフォローに入ります。流石のシシルフィアリスさんも、その理由には納得です。ですが、だからと言って気が収まるわけではありません。大切な二人の時間だったのです。
「シ、シシルさん落ち着いて。ここは俺が何とか‥‥」
ラッカーさんも宥めに入ります。きっと、ラッカーさんもシシルさんが怒っていたり悲しんでいたりする顔は見たくないのです。何とか手段を考えていたラッカーさん、ふと思いつきました。
「シシルさん、こっちを見てください!」
そういった直後、ラッカーさんが居たはずのところには、その姿はなく、代わりにおおきなわんこさんがいました。ミミクリーの魔法で姿を変えたみたいです。確かにこれなら動き回るのにも、匂いで追跡するのにも最適です! ‥‥だけど、一番の効果は別のことだったようです。
「ラ、ラクさん‥‥」
ぎゅ。
さっきまでショックで乱れていたシシルさんが、その愛くるしさにに射抜かれたのか、わんこラッカーさんの首にぎゅっとだきつきました。これでようやく落ち着き‥‥
「あの、早くあの猫追いかけないと‥‥」
ぎゅー。
「な、何かとっても苦しそうですよ?」
『ですよ?』
仲間の忠告もなんのその、二人だけの空間が出来てしまいました。思いっきり首筋に抱きつかれたラッカーさん、動けないばかりか苦しそうです。
さて、そうこうしてどんどん猫さん追跡隊(仮)が大所帯になっているうちに、フィニィさんが追いついてきました。詠唱にかかった十秒の遅れを取り戻すために、随分苦労したみたいです。ですが、猫さんを視界に捕らえた以上、あとはテレパシーで説得してしまえばいいのです。
『ね、ねこさ〜ん、止まってください‥‥それは大切な物で‥‥』
『んみゃ、タイセツ? これがそれなら‥‥ぅみゃぁっ!?』
「逃がしませんよ!」
ですが、物事はままならないものです。話を聞いて貰えるかな、といったその瞬間、猫さんの手前で水が爆ぜました。猫さんは驚いて方向を変えながら呼びかけも応じず走っていってしまいます。
「ちょ、ちょっと、シシルさん!」
「あの‥‥いきなり‥‥しかも路地とはいえあぶないんじゃ‥‥」
驚いた仲間からも声がかかりますが、シシルさんは意に介しません。
「大丈夫、そんなヘマはしません、牽制ですし。それよりこれで上手く誘導できましたよ」
どうやら、少し落ち着いたおかげで冷静なハンターと化してしまったみたいです。
「確かに、あちらはラッカーさんが抑えていましたね。‥‥それでも、猫も警戒しているでしょうから刺激するのは出来るだけ控えたほうがいいとは思います」
フェノセリアはこんな状況でも慌てていないみたいで、冷静な判断を下します。猫さんは、だんだん狭い路地へと追われていきます。
「とはいっても私達にはいけないところをいくこともありますから油断は出来ませんけどね。そういったときは頼みましたよ?」
オリガさんの危惧するとおり、猫さんの武器はその小さく、しなやかな身体。もし道でもないところを通られた場合、追うのは困難なのです。
「はい‥‥任せてください‥‥」
「勿論かしら、もとは私の所為なのだし、全力でついていくかしら!」
シフールさんを除いては。
「にゃあっ!?」
目の前に出現した氷柱に、慌てて猫さんは進路を変えます。猫さんを凍らせることができないのなら周りのものを凍らせて壁を作ってしまえばいい、というのはオリガさんの発想です。
「今宵の私は一味違いますよ、闘志が違います!」
エリベイションの効果で、最早人格までちょっと変わったんでないでしょうか。ものすごくアグレッシブです。別に夜じゃないのに何処かで聞いたのか決め台詞らしく今宵になってしまうほどに。
「やはりこちらに‥‥先回りできてます‥‥」
変えた方向の先にはアルフレッドさんがいます。しっかり動きを掴んでいたみたいです。
驚く猫さんですが今更向きは変えられません。そのまま勢いをつけて突破します。アルフレッドさんの脇を何事もなく過ぎる猫さん。いや、何事もなく見えました。けど!
「ちょっと‥‥カバンは大きかったです‥‥」
なんとアルフレッドさんはラッカーさんのプレゼントをその手におさめていました。恐るべき早業です。
「後はカバンだけですね」
『ですね♪』
「うーん、だけどカバンはさすがに止まってもらわないと取れませんが、さすがにこのままじゃ難しいですね‥‥使える魔法も限られますし」
フェノセリアさんの顔に憂慮の色が見えます。確かにそうです。
「それじゃあ、奥の手を使っちゃいましょうか?」
そう言ってシシルさんはなにやら取り出します。フェノセリアさんも思い出したように手に握ります。
猫さんは頑張って走っていました。何と言うか、今更止まれないのです。特に、あんな恐ろしいもの見てしまった後には。直撃を受けてはたまりません。だから、何とか逃げ切らなくては。そう思っていた猫さんでしたが、足を止めてしまいました。疲れたのではありません。アレを見つけたからです。
マタタビを。
「何とか‥‥先回りして‥‥設置できましたね」
そうつぶやくアルフレッドさんの隣でわんこラッカーさんがわふ、と頷きました。二人の機動力を生かした連携、そして魔法による追い込みで見事無視できない位置に設置出来たのです。
「今度は見逃さないように‥‥」
更に猫さんがぴたりと固まりました。フェノセリアさんのコアギュレイトです。
『すみません、猫さん‥‥いいですか?』
そこへ、フィニィさんがテレパシーで呼びかけます。ここまでくればもう取り返して終わることも出来ます。だけど、やっぱりそういう終わり方じゃすっきりしないんです。
「ほんっとうにありがとうかしら! 御礼が出来ないのが心苦しいけれど、先を急がなくちゃゃいけないのかしら!」
忙しなく頭を何度もさげると、カーリンさんは仕事へ戻っていきました。結構時間がたってしまいましたから、この後きっと大変でしょう。でも、今日中に終わらせることは出来そうです。
「ガチョウを追いかけたように‥‥まさかまた街中で‥‥動物‥‥追いかけるとは‥‥」
アルフレッドさんは今回の出来事に、過去のことを重ね合わせて、ちょっと苦笑です。
「まさか散々猫キャラといわれてきた私が猫を追いかけることになろうとは‥‥」
オリガさんは、また別の理由で思うことがあったようですが、色々と複雑そうです。人には人の事情があるということなのでしょうか?
「プレゼントー‥‥また今度になっちゃいましたねー‥‥、でも次こそは。それと、前にも少し話しましたけどー、改めて」
これからも、俺の傍に。その言葉を聴いて、シシルさんはにっこり微笑むと
「はい」
そういって頷きました。色々合ったけど結局仲は良くなったみたいです。
まあ、色々大変だったけど、これはきっとめでたしめでたし、で締めていい話だと思います。