小さく縮こまって

■ショートシナリオ


担当:長谷 宴

対応レベル:11〜lv

難易度:やや易

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:08月08日〜08月13日

リプレイ公開日:2007年08月16日

●オープニング

「あら、こんなところに壁なんてあったかしら?」
 キエフの商店街のおかみさんが店先に出ていると、ふと視界の端っこにとらえたもの。
 それは壁。ただし、人一人が隠れるのが精一杯のサイズの。
「ああ、それは最近一部で流行ってるらしい『携帯壁』らしいわよ。何だかそこから顔だけ出して話すのがいいんだとか」
「へぇ、じゃあ置き忘れかねぇ?」
 隣の店の奥さんの言葉に、存在そのものには疑問を持たず、じゃあほっとこうといった感じで仕事に戻るおかみさん。まあ、たしかに冒険者も数多く流入し、元々雑多だった文化が更に多様化したキエフでは一々変化に驚く暇なんてないのかもしれない。
 そんなわけで、店の傍らに置いてある『携帯壁』は時たま奇異の目を向けられたが、撤去されることもなくそのまま何事もなくその日は過ぎていく‥‥はずだった。
 おかみさんが、いつのまにか商品がなくなっているのに気付くまでは。


 キエフ冒険者ギルド、依頼の説明を担当する受付嬢じゃなぜか『携帯壁』に隠れて。
「受付嬢は見た‥‥ギルドに渦巻く陰謀と悪意。消えた彫像の謎、乞うご期た‥‥い、いえ何でもありません。おそろいになったようですね、それでは説明を始めます」
 何だか小さく呟いていた受付嬢は、冒険者達に向けられる視線にハッとなったかコホン、と咳払い一つ、頬を赤らめながら説明を始める。
「最近、このような『携帯壁』が静かなブームなのは皆様知っているでしょうか‥‥私も折角なので購入してみました。中々いいものですね、特にこの模様はギルドの雰囲気に合って最適です。あぁ、でもあの柄高いけど欲しいんですよねぇ‥‥っと、すみません」
 いけない私ったら、といわんばかりに顔を振る受付嬢。壁のことを話すと少しうっとりしてしまうようだ。
「ええとそれで、このとおり隠れるだけのものなのですが‥‥最近、なんとこの『携帯壁』が悪用されているみたいなのです! 許しがたいことに!」
 途端弁にも力が入り、拳を握り締める受付嬢。勿論身体の半分以上は隠したままで。
「卑劣なことに犯人達は、この壁をターゲットの店の側に置き、光景に慣れさせた後、静かにその壁に潜み、こっそりと盗みを働くのです!」
 震える受付嬢から、怒りと悔しさ、そして強い使命感が滲み出て。
「このままでは『携帯壁』そのもののイメージが下落し、貶められてしまいます。皆さん、この素晴らしきカルチャーを守る為、必ずや犯人達を捕まえてください!」

●今回の参加者

 ea2970 シシルフィアリス・ウィゼア(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea3026 サラサ・フローライト(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2292 ジェシュファ・フォース・ロッズ(17歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb2546 シンザン・タカマガハラ(29歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2918 所所楽 柳(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb4341 シュテルケ・フェストゥング(22歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 eb5183 藺 崔那(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb9400 ベアトリス・イアサント(19歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

フィーナ・アクトラス(ea9909)/ ケイト・フォーミル(eb0516)/ リン・シュトラウス(eb7760

●リプレイ本文

「携帯壁を悪用するとは‥‥許しがたい。壁愛好家の風上にもおけん輩だ」
「ええ、このまま放っておけばキエフに壁禁止令が出てしまいます。早く悪用を阻止しないと禁止令までありえますし‥‥。折角、自分用のものをそろそろ入手しようかなー、と思っていたのに」
 短く、底冷えするように怒りを秘めたサラサ・フローライト(ea3026)の言葉に、シシルフィアリス・ウィゼア(ea2970)は悔しそうに頷く。共通するのは携帯壁への愛と、それを踏みにじったものへの許しがたい怒り。
「その通り。壁という心の安らぐ場を悪用するなんて、何て恥知らずな連中だ! 柳、絶対悪党を捕まえるんだ! 頑張って‥‥っておい何をする!?」
 そんな二人に同調する壁、もとい壁に隠れているケイト・フォーミル。 所所楽柳(eb2918)の手伝いに来たのだが、何故かその柳に壁から引っ張り出されそうになって狼狽している。
「ゴメンゴメン、冗談さ。ただ、隠れているより引きずり出す方が趣味なだけ‥‥ああ、分かってる、引きずり出すの犯人だね」
 そういって、壁からだされそうになり顔を真っ赤にして怒るケイトへ微笑みかける柳。そのような女性への態度や口調から勘違いされがちだが、女性である。
「‥‥携帯壁、か。とりあえずは実際手に取ってみないとな。すまないが物を見せて貰えないか?」
 携帯壁への愛溢れる冒険者達の言葉に、うんうんと頷いていた受付嬢へ頼むのはシンザン・タカマガハラ(eb2546)。我に返った様子の受付上に手渡された携帯壁を手に取り、また実際隠れてみたりと試している。
「うーん、大きさの割りに軽いのはいいんだが盾にするには脆いし取り回しづらいな。隠れるにしても周りにどうかするには模様が‥‥」
 その口から漏れ出るのは、ひじょーに現実的な利用法。その真面目な、ともすればロマンのない言葉に分かってないよねー、的な視線を壁を愛する女性陣から向けられているのを、彼は知らない。


「はい、ありがとうございました」
 明るい声で笑みを向けながら礼を言うのは藺崔那(eb5183)。商店街で放置されている携帯壁がないかの聞き込みは、彼女のその溌剌さに助けれて随分と順調。ただ問題が一つ。
「まだ若いのに頑張るねえ。ほら、これ持っていきなさい」
「ちょ、ちょっと待って、僕もう十分大人だよ!?」
 一部自己主張が激しい部位を除くと、幼い印象を受ける彼女、よくよく勘違いされて変に応援を受けている。何だかいろいろとちょっぴり切なくなる23歳の夏だ。ただまあ上には上がいるわけで。
「へー、そうなの、すごいわねぇ。暑いでしょうし、ちょっと寄っていきなさい。クワスもあるわよ」
「い、いや俺仕事中だし‥‥」
 おばちゃんパワーにたじたじなのはシュテルケ・フェストゥング(eb4341)。若干14歳の上さらに幼く見える彼は、すでに商店街のアイドル化。
「うう、なるべく調査は秘密裏に行おうと思ったのに‥‥」
 あたたかーくもてなし盛り上がる女将さん達とは対照的に、がっくりとつかれたようにする崔那。まあ名声が高い以上しっかりと具体的な手段をとらない限り冒険者が直面せざるをえない問題ではある。

「うーん、やっぱり上からじゃ見張りはともかく見つけるのは難しいかなぁ‥‥」
 そんな商店街の上空、空飛ぶ箒に乗って巡航しているのはジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)。視力の問題ではなく、向き不向きの問題だ。携帯壁というものの性質上、厚みもあまりなく、上からでは発見しづらい。地上からでは人が多くて確認しづらい人の流れを確かめやすいのはいいのだが。
「何だか視線も厳しいみたいだし‥‥」
 見上げる衛兵の表情までは窺い知れないが、警戒してるのは間違いなさそうだ。特にやましいことはないが、このままではいらぬ誤解を招く可能性もある。そう判断したジェシュファは、仲間との情報交換も兼ね、一旦降りることにした。


「ええと、何か分かりましたか‥‥?」
 筆記用具を手に取りながら、シシルフィアリスが仲間に尋ねる。冒険者達は情報交換のため、数人ずつ定期的に集まることにしていたのだ。全員ではないのは、巡回するものがいなくならないようにするため。
「ふむ、そうだね」
 柳は一旦言葉を切り、思案をまとめるようにしながら調査の結果を口に出していく。
「携帯壁があるところ必ず、というわけではないみたいだね。ただ、そのまま放置した場合は結構な確率であるみたいだよ。もしかしたら発覚してない程度の盗みもあったのかもしれないのを含めると、置いてあったらそこで張るというやり方で多分問題ないだろう」
「そうですね‥‥。あ、後置かれたらすぐその日に行うのが殆どだったので、巡回はちゃんとしないといけませんね。後、盗まれた商品は値段はあまり張らないみたいです。そのせいで使い捨ててたら割に合わないのか、携帯壁はしっかり回収されるみたいですし」
 柳の言葉を書きとめながら、あらかじめまとめてあった自分の結果もはなすシシルフィアリス。なんだかねぇ、とその報告を聞いていたベアトリス・イアサント(eb9400)がこぼす。
「隠れてコソコソと悪事を働いた上、やることもいちいち狡いったぁ、まったく根性のねー奴等だぜ。どうせやるならもっとデカイことをやんねーとさー…面白くねぇ」
 さらっと漏れ出た不穏当な発言に一瞬視線が彼女に集中する。あ、わりーわりーと悪びれもせず謝りながら、ふと思いついた疑問をベアトリスは口にする。
「だけどよ、それだけ使われてんなら携帯壁の入手ルートから足がつくんじゃねーの、普通?」
 一部で流行とはいえ、一度に大量購入すればいくらなんでも売ってる側は顔を覚えるんじゃないか? それは確かに当然の帰結だったが、聞いていた崔那は頭を振った。
「それが、頼んで調べてもらったんだけどダメだったよ‥‥2、3個ぐらいはいても顔を覚えるほど大量って言うのは‥‥」
 と、フィーナ・アクトラスに調べてもらった結果を話す。それに頷きながら、柳が後を引き取った。
「うむ、僕のほうも調べたんだが、大量さで顔を覚えていたのは僕達の分も念のためと借り受けた受付嬢ぐらいのものだったね。ただどうも、入手はやはりこの店らしい。‥‥同様の手口で被害にあったらしいな」
「壁を隠すには壁の中‥‥店内じゃあ、他の店より格段と気付きづらかったんだろうね」
「ますます許せませんね‥‥」
 その許されざる犯行の軌跡に、携帯壁愛好者のシシルフィアリスは珍しく憤然とした言葉を隠さない。

「うーん、じゃあ俺の予想外れてたのか‥‥せっかく頭から煙が出そうなぐらい考え込んだのに‥‥」
「まあ、たしかに業種はばらばらだったみたいだけど、地域はあたってるんじゃないかな? 今までもバラバラだし、一度手口がばれると使えないし。だからこの辺りの巡回を重点的にやってるんだろうだよ」
 自分が集めているものか、それとも高価なものを盗んでいるなら、さほど特定は難しくないと意気込んでいたシュテルケは、崔那から聞いた情報交換の結果に気落ち気味。目立たないようにと配慮してか、かなりの軽装だ。
 とそこへ、向かい側から駆けて来る姿。近くで巡回をしていたはずのシンザンだ。その様子から、何も言われずとも事情を理解する。
「あそこの角を右に曲がったところの店だ。ジェシュファが先に待機しているか分かるはずだ!」


「さて、パーストで以前の犯行現場を調べてから捕まえてしまえばそれで単独か組織的か分かるが‥‥どうだろうな」
 (普通の)壁に身を潜めながら、放置携帯壁を見守るサラサ。その呟きに、曇った表情の柳が答える。
「組織的な犯罪や多数の愉快犯がいた場合は厄介だがな‥‥」
「前者なら記憶を覗けばどうとでもなるだろうが‥‥後者の場合は考えたくないな」
 携帯壁の購入情報では、購入人数が増えたという話はきいていない(というより、風評被害で減っている)。その情報を信じて、携帯壁がそのように無残な悪用がなされていないことを祈るサラサだった。
「‥‥隠れた!」
 冒険者達が集まりつつあるころ、壁の影にさっと隠れた人物をジェシュファは見逃さなかった。壁の影が死角にならない位置に潜む仲間も同様に気づいたか、空気が一瞬のうちに重くなる。
 そうして、冒険者たちが息を殺して監視を続ける中、壁に隠れた男はついに行動を起こした。


「‥‥っお!?」
 盗んだのを確認した瞬間、背後から忍び足で近づき薙刀の柄で昏倒させようとしたシンザンだったが、突如目の前に現れた壁に驚愕する。携帯壁ではない。
「‥‥魔法で作ったのか!?」
 さすがに薙刀は目立ったようで、警戒されていのか、いつのまにか魔術師風の一人の男が盗みを働いた男のほうを向きながら呪文を詠唱していたのだ。
「携帯壁を持つ身として、悪用されるといい気はしないんだよね‥‥」
「そこまでです‥‥」
 シンザンが不首尾に終わったのを確認すると同時、ジェシュファとシシルフィアリスが出て氷の棺に封じようとする。 予想外の人数に驚いて逃走しようとする魔術師風の男も逃走しようと体を動かすが、硬直。
「普通に捕まえるだけじゃすまねーぜ?」
 ベアトリスのコアギュレイトとがその男の体を止めたのだ。同時に、盗みを働いた男も棺に封じられる。


「夏場は氷がすぐ溶けてありがたいな‥‥」
 サラサのリシーブメモリーが記憶を覗く。仲間と共謀している記憶が頭の中に流れ込んできた。
「それじゃ、アジトとか教えてくれないかな? できるだけ物騒なもの持ち出したくないし‥‥あと物騒な人も」
 崔那はそう言って、まずホーリーナックル、次にシンザンのほうを見る。
「っておい、物騒な人ってどういうことだ一体物騒な人って」
「尋問するのに『一本』っていう単語が出てくるのは物騒だと思うな、俺は‥‥」
 シュテルケが曖昧な笑みを浮かべながらその言葉を肯定する。好きでやるわけじゃないんだがな‥‥とシンザンは顔をそらした。
「そんなわけで『この報告書は暴力的なシーン・表現を含んでいます』ってなんないためにも教えてくれないかな?」
 ジェシュファも微笑みかけながら、そう犯人に言った。
「ま、神は寛容だからいざとなればどうとでもなるさ」
 そういうベアトリスの視線も、犯人を射竦めるように。はじめの内は表情は目を合わさずに無視を決め込んでいた犯人の顔もあっという間に青ざめる。
 この報告書には精神的な暴力シーンが‥‥


 こうして、平穏無事に捕まえた者から情報を得た冒険者達はアジトへと向かう。
 踏み込まれた時に見せる集団の顔は驚愕。
「きっちりお仕置きしてあげないとね、きっついのを」
「安心して逝きな」
「携帯壁を悪用した報い、うけるがいい愚か者ども」

 こうして、一つの犯罪組織は潰滅し、携帯壁の尊厳は守られた。
 なお、捕らえられた者の中に、何か恐ろしい幻でもみたのか、「‥‥壁怖い。超怖い。食べられるーっ!」と取調べを受ける際に取り乱すものがいるという話が出たが、詳細は定かではない。