蜂蜜と苦労者。
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■ショートシナリオ
担当:長谷 宴
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:6 G 66 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:08月16日〜08月23日
リプレイ公開日:2007年08月29日
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●オープニング
「つまり、3日ほど離れた森の方へ行って辺りの巣を持って来て蜂蜜を、いえミツバチの巣を採ってきてほしい、ということですね?」
「ええ、はい。そういうこととです、ハイ。それで事情なのですが‥‥」
冒険者ギルドの受付で依頼をする男は、一言で表してしまえば貧相だった。よれよれの服から出る、枯れ枝のように乾いた手足、頭の頂上まで後退した生え際、目元に出来た深い隈、そしておどおどとした態度。暑さか、それといも焦りで出てきたものか判別のつかない汗をしきりに拭いながら、その男は細かく言葉を止めながら説明を続ける。
「なんと申しますか‥‥辺りにはラージビーが結構な数おりまして‥‥それで‥‥」
「成る程、それで。しかし確かに油断はできない相手ですが、多少難易度は上がりますけれどここまでの実力の冒険者でなくても可能な相手だとは思いますが、大丈夫でしょうか?」
シフール程の大きさであるラージビーは、その針がもつ毒も強く危険な相手だが、そこまでの相手というわけではない。にも関わらず実力者を指名してきた依頼人に、受付嬢は確認を取る。相手の外見が外見だけに、依頼料が心配になった、という面もあるが。
「ええと、そこなのですが‥‥実は、周辺にエルフの集落がありまして‥‥」
元からか、それとも話しづらいのか、ぽつぽつと話し出す依頼人。
「まあ、私がこの商売を始めて以来、そこの集落とは特にも揉めもせずやってきたのですが‥‥政情が不安定になったことで‥‥」
真っ向から対立してるわけではないですし、まして悪魔と手を結んでるというわけでもないんですが。そう前置きをしながら、疲れたように男は続ける。
「かなり、緊張した状態にあるみたいで。近くにいるラージビーを放っておいているのも多分人除けに‥‥でも、商売ですから‥‥ですから、可能な限り刺激しないように行ってほしいんです‥‥」
凶暴そうな魔獣や、大仰な荷物などは勘違いさせたり、警戒させてしまったりするかもしれませんから‥‥出来るだけ穏便に‥‥。お願いします、と男は何度も頭を下げた。
●リプレイ本文
「あえてラージビーを放置、か。暑くてピリピリしてるから人付き合いしたくない、ってわけじゃないよねぇ・・・・」
「仕方ない、このご時世だ。依頼人が心配するのも、村人が不安になるのもわかるさ」
炎天の下、寂しげにため息を付くのはシュテルケ・フェストゥング(eb4341)に、真幌葉京士郎(ea3190)が答える。
「まあ、依頼人さんの言ってる通り刺激しなければ何とかなるでしょ・・・・話せば、分かってもらえると思うし」
シェリル・オレアリス(eb4803)も、不安げな表情を少し覗かせたものの、同じエルフ、無理に接触しなければ大丈夫だろうと述べる。
「ソウデスネ・・・・後ハコチラガ脅威ダト思ワレナイヨウニシナイト」
「・・・・」
そう言って周りの面子の装備を見回す理瞳(eb2488)に何故か集中する無言の視線。
「エー?」
半分ぐらい瞳も自覚していたが、態度で示されるとやっぱり嫌らしい。
「蜂蜜を採りに行くだけでも随分と苦労するのだな。ひと集落が敵に回そうと知ったことではないが」
と、物騒な発言をするのはデュラン・ハイアット(ea0042)。
「そ、それは流石に・・・・」
崩れない笑みに、汗を浮かべてオリガ・アルトゥール(eb5706)は何か言いかけるが、それより前に、デュランは取り出したローブを羽織り、
「だ、だが依頼人が倒れてもあれだし‥・・お、大人しくしてあげるんだからぁ!」
と、先ほどの不遜な態度、発言と打って変わる。、結局のところ気を使うらしい。何か彼の頬に赤みがさした気がするのは彼の数多の称号のうちの一つが示す気質からなのか。
まあ、そんな感じで森へと向かう冒険者ご一行なのだった。
森に入り、蜜蜂の巣、そしてラージビーの出現場所が近くなり、シンザン・タカマガハラ(eb2546)を初めとして視力の優れた者は遠くからの接近も見逃さないようにと辺りを見渡し、エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)も定期的にブレスセンサーでラージビーがこないか確かめ、冒険者達は警戒を強める。空中を移動するラージビーはすぐにこちらとの間を詰める。また、やり過ごして蜜蜂の巣だけ見つけられればそれはそれで構わない。だからこそ警戒は重要だった。
そんな中、「ふむ?」と何かに気付いたようにしたデュランは目を閉じ耳を澄まし――斜め後ろへと首を向けた。その動きに追随した他の冒険者達も追随する。先に視認したシンザンが声を上げた。
「‥‥でたな!」
聞こえてきた羽音と大きな影を確認し、ラージビー達の襲撃を迎える冒険者達。素早く飛んでくる大蜂たちはあっという間に距離をつめる。
それでも、迎え撃つ冒険者達は歴戦の者が揃っているだけあって、さすがに動揺の色は小さい。京士郎は庇うように前に立ち、煙管で攻撃を軽くいなす。
「ちっ‥‥オーラボディを付与できたらよかったんだがな。だが大蜂とはいえそう簡単には通さんさ」
そう言って、強度を確かめるように京士郎は軽く鎧を叩く。
「ははははは! 直進ではこの私の身体捌きにはついてこいれんぞ!」
「殺さないほうがいいなら‥・・やはりこれですね」
距離を詰められたデュランは軽く身をこなし針を避け、オリガは距離を取り一瞬で呪文を完成させる。抵抗できずに、一体のラージビーが氷に閉じ込められる。
「気休め程度だが‥‥これでどうだ」
エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)は高速詠唱でストリュームフィールドを展開、高速で近付いてきたラージビーの動きが直近で鈍り、キレを失う。
「依頼人さんは倒してもいいって言ってくれてたけど‥‥どうしようか!」
シュテルケのショートソードがラージビーに浅いながら傷をつける。倒すつもりではなく、時間稼ぎの行動だが、あっさり倒せるぐらいの実力差はある。ただ、下手に刺激しないように、と思って倒さないように戦っている。一応、色々と依頼人に確かめに行ったときに聞いた話では倒したことで険悪になるようなことはないだろうとのことだが‥‥。
「捕まってろ!」
「そう簡単に寄らせはしない‥‥」
シンザンの鞭がラージビーを捉え、エルンストのウィンドスラッシュが刻む。そこへさらに向けられるのは解放された手から放たれる手刀――瞳の十二形意拳奥義、蛇毒手。ラージビー顔負けの毒をもった一撃。
「止マリナサイ‥‥」
素手ではあるが、それでも十分重い一撃となった手刀にラージビーはよろめくも、傷自体は深くない。だが、すぐに体勢を立て直すかと思えたラージービーは、その場で地に落ちる。身体を震わすものの、麻痺毒に犯され飛ぶことができなくなったそいつの命運は火を見るより明らか。ラージビー顔負けの攻撃だ。
「あなたもこの中ね」
針が迫る前に展開したスクロールでシェリルはアイスコフィンを成功させ、氷の中にまた一体封じ込める。こうしてラージビーは倒され、無効化され数を減らしていった。途中で出してしまった負傷も薬品で回復し、冒険者達は危なげなく勝利を手にした。
ラージビーを封じた冒険者達がミツバチの巣の採取へと向かう。とそこで音を立てて茂みが揺れ、さほど高くない、細身の人影が見えた。
「‥‥何をしている」
ガサリ、と音と共に聞こえたのは、まだ高さを感じる声。冒険者に向けて言葉を発したエルフの少年は、矢を番えた短弓を冒険者達に向けていた。
「‥‥まあそう気を立てなさんな。俺らは冒険者で、ちょっと蜂蜜を取っているだけだ」
浅く両手を上げ、敵意がないことを示しながら京士郎は射線上に体力が低い者が入らないようにさりげなく移動する。
「ええ、私達はあなたたちに危害を加えるつもりはありません。用が終わればすぐに立ち去りますから‥‥」
「ああ、装備も最低限だ」
構えた弓が震えるのを視界に捉えながら、オリガが口添えをし、シンザンも装備の軽さを示しながら(一瞬懸念するようにウッドゴーレムのほうを見たが)話しかける。少年は一行を確認するように視線を泳がせ、あふれ出る興奮と恐怖、そして動揺を隠すように、努めて平静を装うとしたが、震えを隠しきれない声をなげかける。
「そ、そんなこと言って誤魔化そうとしたって無駄だ‥‥デビルかそれとも国の側かは知らないけど、決して俺たちのところには――って!?」
「そこまでだ、シーマ」
シーマと呼ばれた少年の頭に、突然拳が振り下ろされる。痛みに思わず番えた矢を外し、頭を抱えながら少年は振り返る。
「すまない、冒険者の方々。ちょっとこいつ血気盛んな奴で‥‥」
現われたその男は、エルフにしては比較的がっちりした体格の、100歳前後だろうと思える男。軽く頭を下げながら、シーマの頭も片手で押さえつけ、同じく頭を下げさせようとしている。
「‥‥あー、えーっと‥‥」
なんと声をかけたものやら、と曖昧に声を上げるシンザン。まあ、こちらに敵意がないことは伝わってるらしいが。
「だ、だってもしこいつらが嘘ついてて攻め入るつもりなら‥‥」
尚も抗議しようとしたシーマは口をふさがれる。男は冒険者を見遣り、
「だとしたら冒険者ならもうちょっとしっかり準備するだろうさ。さして脅威になる者も連れていないし。さあ、帰るぞ。迷惑をかけたな」
「いや、いい‥‥。俺たちも用事を終わらせたらすぐ戻るし、極力荒らさないように気をつける」
とりあれず去り行く二人に最低限のことだけでも、とシンザンは伝える。了解している、と精悍な笑みを浮かべた男は、尚も不満そうな少年に再び軽く拳を送り、そして立ち止まると、
「それに――この国最強やら世界レベルの英雄がいるんだ。その言葉は軽くはないだろうし、お前なんかが武器を持ったところで無駄だ」
少年の襟首を掴み引き摺るように戻る男が一瞬冒険者のほうを振り向き、苦笑するようにしながらそう言った。ちなみにこの際、デュランが「ふっ」と短く誇るような声を上げたとような気がするが、真偽は定かではない。
「割とお詳しいんですね。もしあの蜂で被害が出ているなら解毒剤を‥‥」
ちょっと意外そうにしながら、心配したシェリルの申し出を、男は振り返らずに手をふって断り、そして声が届かなくならないよう立ち止まって答えた。
「好意はありがたいが、遠慮しておこう。さしたる被害は無いし、あっても受けるには身に覚えのないものでもあるし。‥‥それと、それだけ有名なら分かるさ。おちおち情報に疎くていられる立場でもないしな。まあ、だからこれで交流しやくなれば、感謝する。少なくとも俺は、だが」
「そうですか‥‥では、お気をつけて」
「ふむ、数が少なくちゃ赤が出るとは思っていたが、これだけあるのか‥‥。やっぱり大きい奴らのほうが楽だったか?」
軽く見回すだけで、幾つかミツバチの巣が目につく。たしかにこれで依頼人の財布の心配は減ったが‥‥と手間を考えて少し気後れするシンザン。
「大変そうだね、いくら取り方教えてもらったとはいえ‥‥」
そう言うシュテルケの顔に浮かぶのは苦笑い。とはいっても、以前の依頼で経験しているらしいので、他の者より多少楽かもしれないが、それでもこれからの苦労を思うと楽観的ではいられないようだ。
「長引クノモ何デスシ、トニカク手ヲツケマショウカ」
瞳の言葉に、彼女の服の中の猫張飛が、「な゛ー」と可愛らしく(?)答える。一行も頷き、早速作業に取り掛かる。
「ラージビーと比べたら可愛いもんだろうが、刺してくるからな」
そう言って京士郎は身にオーラを纏う。そうやって自ら盾となろうとする彼と対照的なのは、
「蜂の巣如きにこの私が手を下すまでもあるまい。ここは任せたぞ」
と慇懃に言ってのけるデュラン。さすがは世界レベルである(?)。
まあ、そう言い放ったデュランも「帰りが間に合わなくなると困るんだからあぁあ!」と最終的には手伝ったりして、手間取りながらも冒険者達は何とか蜂蜜の採取を終えた。
目的を達し、帰途に付く冒険者達。離れていき小さくなっていく森へふと振り返ったシュテルケは呟く。
「ラージビーがいても構わないぐらい俺たちとつきあいたくなかったみたいだけど‥‥変わるかな?」
その言葉は薄暗闇に溶けて行き、決して届くことはないけれど、それでもその、友好の意志だけでも届いて欲しい。緊張が高まる中だからこそ、そう、冒険者達は願った。