●リプレイ本文
●過去からの刺客、クライスラーさん現る!?
「むう、この光景はいったい‥‥」
そう言って意味ありげに酒場を見渡すのは、デュラン・ハイアット(ea0042)。朝、騒ぎが気なって酒場へ入ってきた彼はこの惨状を見て、思案顔。何か、ひっかかることがあるようだ。
「むぅ、これは酷いな。とりあえず片付けねばなるまいか」
同じくやって来たルザリア・レイバーン(ec1621)は、惨憺たる有様に顔をしかめると、掃除用具を取り出そうと店の隅へと歩いていく。特に片付ける義理も無いが、放っておいてもどうしようもない、と判断したらしい。
「‥‥いや、待て!」
さて、と先ずは床にぶちまけれた料理だったものから片付けようとしたルザリアを、ハッと、何かに気づいたような顔のデュランが、低く声を発して止める。
何事か、とルザリアと共に酒場に集まっていた野次馬が息を呑んで彼を注視する。視線を注がれるデュランは何か、恐ろしいことに気付いてしまったかのようにわなわなと震えていた。
「デビルの陰謀‥‥いや、それにしては誰もが酔いつぶれているだけなのは平和に過ぎる。ということはそれ以外の、巨大な力、それこそ悪魔的なものをもった人物‥‥」
言いながら数々の料理を確認し、納得したような顔をすると、そのまま急いで厨房へ駆け込む彼。一瞬呆気に取られた探偵役デュランの聴衆もすぐさまあとを追う。
「そうか‥‥やはりこれは‥‥」
釜を確認したデュランは、確信めいた、そして打ち震えるよう表情で叫んだ。
「こ、これは…奴だ!クライスラーが現れたんだ!!」
「な、なんだってー!!」
ちなみに、この衝撃的な推理に驚愕の声を上げているのは、ピリル・メリクール(ea7976)。昨晩ここで飲んで帰り、二日酔いをおしてリュートを探しに来ている。というか、現場に居合わせたのにその驚きはどうなんだピリル。「明るくてお祭体質ノリノリのノー天気さんですよ♪」ってレベルじゃねーぞ!
●ここではない、どこか(幕間)
えーっと、多分今記憶喪失でよく分からないので私、楠木麻(ea8087)が説明するね!
クライスラーさんっていうのは一時期キエフのアンダーグラウンド界を騒がせた猟奇的料理パフォーマンス人みたいな人のことらしいんだ! 「KAITAIせよ!」 「ミンチにしてくれるわー!」等とシャウトしながら色々な素材をびったんびったん(?)にするそのパフォーマンスは一部に熱狂的な狂信者を生むに至ったんだ! でも、さすがに最近はインパクトが薄れてきて「これ、本当に面白いの?」って言われてるけど、そこを突き詰めると「とんだブーメランだ!」って(主にこの依頼の記録係さんが)なるらしいからあんまり気にしないでね!
ちなみに、当時この人関連の依頼を扱った受付が言うには「まさか今更寝た子を起こされるとは思わなかった。っていうか料理関連だったのかコイツ。ふー、びっくりしたー」って言ってるらしいよ、意味不明だね! 後私もよく意味の分からないことばかり喋ってる気がするけど一時的な記憶喪失じゃあ、しようがないよね!
●捏造と誤解
「クライスラーさんだ、クライスラーさんが現われた!」
色めき立つ酒場、その様子を通りから見ていた二階堂夏子がそう言って触れ回り、更に騒ぎを大きくしている、そんな中。
「うぁ、うるせえな‥‥ってなんだこりゃあ!?」
大きくなる声に目覚めたベアトリス・イアサント(eb9400)が痛む頭を抑えながら辺りを見渡すと、そこには人だかり。しかも何やら恐怖や喜びの表情が入り混じっている。
「ああ‥‥起きましたか、おはようございます。どうやら昨晩、クライスラーなる猟奇的料理人が現われて悪魔的な料理をこしらえていったらしいですよ」
状況が把握できないで射るベアトリスにそう言って目覚めの挨拶がてら説明するのはオリガ・アルトゥール(eb5706)。彼女も昨日からここにいた人物の一人だ。朝野次馬たちが集まったときには起きていなかった割に、顔色が悪くないのは彼女の寝覚めの遅さが深酒でなく元々の寝起きの悪さによるものだからだろう。
「ん‥‥クライスラー? そんな奴ぁ昨日‥‥」
怪訝な顔をしたベアトリスだったが、すぐに状況を悟るとニヤリと、人の悪そうな笑顔を浮かべた。
「なるほど、こいつは面白くできそうだ。バッカスの徒として、ただ酒に呑まれただけではつまらねえしな。情報ありがとうよ、アンタはいいのかい、こんな面白そうなこと?」
「んー、私は遊ぶなら主にあっちですかねぇ?」
そう言って彼女が指差すのは、酒場の隅に転がっているイオタ・ファーレンハイト(ec2055)。目の下に泣きはらした後がある上、上半身がほぼ半裸。寒かろうに。
ああ、キエフに知れ渡る変態さんのお気に入りか、そいつは楽しそうで何よりだ。そう頷いたベアトリスは、人だかりのほうへ歩んでいった。
「大変だ、クライスラーさんが現われたからには被害は拡大する一方だ! 早くキエフを封鎖しないと大変なことになってしまう! でもことの真相に俺は責任を持たない。冒険者としての進退を懸けずに保証する!」
「ふ、封鎖ですね! 分かりました。シャドゥフィールド!」
「ってここを封鎖してどぉする!?」
とまあ、そんな風に野次馬達は盛り上がる。デュランのとっぴな発言に、ピリルの反応や行動がそれに拍車をかける。
(よ、よく覚えて無いけど昨晩は出費が大変だったとか先払いだった支払いもだんだん宴が深まるに次いでいい加減になってきた気がしますよ‥‥しかもこのままこっそり帰っても皆寝てしまった以上別に‥‥ともふと頭をよぎった気がします。ま、まあこの報告書の登場人物は皆法・倫理を守ってますけど! 表に魔獣が居て通りが若干大変なことになってるとか、全然気のせいですしね! もし居たとしても実在の冒険者とはそんなの関係ねぇ! ってやつですし!)
まあ、このピリルのテレパシーがどこに飛ばされているかはこの際置いといておこう。
「全く、このままでは風邪をひいてしまうぞ」
そんな騒ぎは何所吹く風、とりあえず片付けに戻ったルザリアは、半裸のイオタを見止めると眉をしかめる。体が資本の冒険者、風邪を引いてしまっては大変だろうし、何よりこの時期にそんな格好では見てる側もかなり寒い。無論それだけが理由でも無いが、とりあえずルザリアは店の奥から毛布を引っ張り出してくる。ちなみに毛布の収納場所は何とか起き出した店主が重そうに頭を抱えながら顎で指し示している。正直無関係な者に投げっぱなしなのは(ついでに酔い潰れてしまったのは)店を預かる者としてどうかとも思うが、ルザリアは特に気にせず、持ち出した毛布をイオタにかけようとする。が、それを遮る突然の声。
「危ない、その男に近付いてはダメです!」
怪訝な顔をしてルザリアが振り向いた先にいた声の主はオリガ。よよよ、とわざとらしく目元を覆っている。
「一体、何があったというのだ? そう人のことを悪し様に言っては‥‥」
困惑した様子で問うルザリアに、ああ、そうですよね、と自嘲気味に天井を仰ぎながらオリガはポツリ、と漏らす。
「そう‥‥ですよね、あれは酒の席での事故ですものね‥‥誰が悪いとか、そんなものは無いですものね。その中でも敢えて悪いというなら、穢されてしまいながら何も出来なかったわた――」
「穢された!? 何だと!」
オリガの言葉ににわかに色めき立つルザリア。と、その大声で気付いたのか、イオタが「ん‥‥?」と目を覚まし、寒そうに上半身を腕で抱く。
「い、一体に何をオリガ殿に‥‥!」
と寝起き様に飛び込んできたのは、ジリジリと自分に距離を取りながら敵意と軽蔑が込められた睨みつけてくる女神聖騎士。
イオタは考えた。一体、自分の寝ている間に何があったのか、と。自分を省みると、上半身には何も纏っていないという随分情け無い格好。しかも、辺りは一面ぐっちゃぐちゃになっている酒場。確かに昨晩酒場にいたという記憶はあるが、詳細は思い出せない。だが、何かがあったのは確か。そして、自分は今弁明しなければいけない立場にある。
数秒の静寂の後、イオタは、自分の立場を説明するために口を開いた、酒が残っている上寝起きで状況を把握し切れていない、回転数の上がらない頭で考えた弁明を。
「ちちち、違うんです! 前に依頼で変態退治をしたせいで○モだ○薇だやれ男○家だとか言われた挙句、『変態さんのお気に入り』扱いされてしまっていますけど、そんなことないんです! 面白半分に煽られてるだけなんです! ‥‥ああ、何ですかその疑いの眼差しは! な、何なら今ここで僕が証明して見せましょうか、ノーマルだってことを! ええ、見せ付けてやりますよ!」
そう言って、必死になってルザリアに近付こうとしたイオタは気付いた。
そういえば目を覚ましたころにきいた「穢され」→疑いの眼差し→半裸の男が、自分はホ○だと疑われているが違うと主張。女性ににじり寄る。
この状況、間違いなく‥‥
(自爆!!?)
この直後、ルザリアの怒声やイオタの悲鳴が響き、オリガがほくそ笑んだという話があるが、真相は定かではない。
「お前ら、クライスラーのことを追っているのか‥‥やめといたほうが身のためだぜ‥‥」
今だ酒場の入り口付近で「あぁ、あれはクライスラーさんお手製のボルシチ! 何て悪魔的な煮込みなんだ!」「いやいや、このピロシキの肉の具合ったら筆舌に尽くし難いぜー!」「やっぱりクライスラーさんが夜な夜な何のものか分からない肉をミンチにしているって本当だったのか‥‥」「うおー、流石クライスラーさん、食品材料の偽装すら厭わないとは、まさに悪魔をも超える所業だぜ‥‥」等とよく分からない盛り上がりを見せてる集団に、よろめくようにベアトリスは近付いた。どうやら、火を嗅ぎ付けて油を注ぎに来たらしい。
「ふむ、その様子、まさかクライスラーさんと直接‥‥」
深刻そうな顔をしたデュラン。ここにきてなお増すクライスラーさん降臨の真実味に、野次馬はなお色めき立つ。
「こ、こいつは大事だ! こうしちゃいられねえ、バードさん、アンタ等が使える魔法に、過去が見れるモノがなかったか? そいつで一体何があったか教えてくれ!」
「わ、私ですか!? わ、わかりました、不肖このピリル・メリクール、パーストさせて頂きます!」
そういったピリルの体が銀色に包まれる。月の精霊との契約による精霊魔法発動の証だ。
(‥‥とはいったものの、昨晩の光景は思い出すだけで嫌なのに、パーストだなんて今更見るに耐えないんですよねえ‥‥ここはテレパシーでも使って誤魔化します。このこと、内緒でお願いしますよ、特に報告書とか。まあ、見えた結果は皆さんがより楽しめるようにでっちあ‥‥いえ、少々創造してしまいましょう♪)
「や、やはりクライスラーさんが、彼が行った所業は‥‥うっ、ここから先は‥‥」
そういってピリルは適当な内容を、さも深刻だったかのような口ぶりで口にする。
「や、やめろ、奴には、たとえ過去でも近付いちゃ危険だぜ!」
ベアトリスも面白くなりそうな雰囲気を察し、適当に話を合わせる。まあ、クライスラーさんなる人物がきていないのは覚えているが、かといって他のことを覚えているといったほどでもないので、これぐらい適当でも問題ないらしい。そもそも、本人の行動基準は愉快か否かといった節もあるし。
「そうだ、犯人はもう一度現場に戻ってくると言う。うかつな発言は危険だぞ!」
ここぞとばかりにデュランも話の尻馬に乗る。野次馬は色めき立ち、収拾する兆しすら見えない。冒険者達もこれなら支払いはどうにかなると思ったらしくもうただ楽しむだけだ!
ああもう、お前ら真面目に推理どころか後始末する気すらないな!
●お願いシスター〜懺悔を聞いて!〜
あらん、敬虔な大いなる父の信徒の皆、ご機嫌うるわしゅう〜。私はシスターB。今日はせっかくあのような場でめぐり合った縁ということで、イリーナ・リピンスキー(ea9740)さんの懺悔を聞くことになりました〜。え、何故私が酒場にいたか〜? 何を言うんですか〜、酒の酔いに耐える者おおいなる父の試練に決まってますよぉ〜? さあ、始めましょ〜。
「気をつけていたのだ‥‥酒場に入っても、決して口にしないように心がけていたのだ。あの日、あの夜、ワインの入った料理で取り返しのつかないことをしてしまったとき以降。だが、知り合いが居たゆえの気の緩みなのか‥‥」
ふむふむ、それは随分と大変な過去をお持ちのようだねぇ。そのために、酒を断たなくちゃならなかったなんて、なんという困難な試練でしょぉ! しかもそれが種族ゆえに起きた悲劇だなんてぇ!
「そのせいで私は酒場をあんな惨状に‥‥ん、だがたしか私が狂化してもただ独り言を呟くだけ。それだけであんな被害は‥‥」
ああ、そういう狂化なの。じゃあ今もアナタから酒の匂いがするのも納得ねぇん。それなら狂化した後も呑み続けられるもの〜。
「さ、酒臭い?! わ、私が!? ま、まさかあの惨状は狂化ではなくなれない酒に酔った私‥‥い、いやそんなはずが‥‥そ、そうだこれは夢、きっとまだ泥酔の続きを‥‥」
そういうわけで、今回のシスターに言ってみて! はおしまぁ〜い! ちなみに、夢オチって言うのは起きて欲しい時には絶対おきないものよぉん♪