遅刻少女

■ショートシナリオ


担当:長谷 宴

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月21日〜10月26日

リプレイ公開日:2006年10月29日

●オープニング

「ま、間に合ったかしら?!」
 朝方、息を切らして文字通り飛び込んできたシフ−ルの少女。そんな彼女の前に立ちはだかる一人の男。
「いーや、遅刻だ! 大体お前はいつもギリギリ出勤なんだから早くしろと言っているだろう!」
「ふぇ〜ん、ごめんなさーい。で、でもこれにはちゃんとした事情がぁ〜」
 彼女の勤め先であるシフール飛脚。責任者である上司に叱咤され、その気勢に思わず涙を目に浮かべながら謝ってしまう少女だったが、何とか抗議を通そうとする。
「何だ、事情だと?」
 上司の纏う怒りの気勢はいまだ消えないが、一応は話に耳にする態度にはなる。これ幸いとばかりに、少女は本日の遅刻の理由について述べる。
「今日もいつも通りの時間に起きて、いつも通りの朝ごはん。ここまでは私も、『これで今日も遅刻は無いかしら』といった感じだったかしら? でも、世の中ってば世知辛いのね。家を出る時に荷物がすぐに見当たらなくてもたついたのがけちの付き始まり。急いで家を出てここに来ようとしたのだけれど急いでる私のことをあざ笑うかのように混んだ通り。曲がり角のたびにぶつかりそうになる不幸。それでも私は『間に合うかしら』という不安を打ち消しながら頑張って息を切らせて時間通りに着こうとしたの。結局間に合わなかったけれど、それはいつもなら時間通りに来れている私の完璧なはずの計画のせいでも、寝坊もせず懸命に飛んできた私のせいじゃなく、全てはただ不運な――」
 と、長々とした口上を得意げに続けていた少女が、ふと目を上げると、責任者は震えていた。いわゆるマグナブロー発動直前、というやつかもしれない。
「そ、そうあんらっきーな・・・・」
「‥‥運が悪かっただけ、だと? ‥‥いつもが完璧な計画、だと?」
 伝わってくる空気で少女は今更ながら悟る。どうやら先程の発言がまだ埋もれていたファイヤートラップへ不要に足を踏み入れまくったらしい。
「え、えーと、その、私はいたく反省して・・・・」
 ごまかしを始めるにはひどく遅れ過ぎていた。彼女の言葉がいくらもその口から滑り出す前に、ついに上司は噴火した。
「バッカもーん、いつもギリギリになっているから直せといっているのはこのためだろう! ちょっとぐらい不備があっても時間内に来れるように立てるのが計画、それをお前はいつもいつも」
 いつ果てるか皆目見当もつかない上司の激怒。その大音量に耳を塞ぎ「ごめんなさーい」とひたすら少女が謝っていると、そのとき凛とした声と共に入ってくる影。
「ただいま戻ったのだわ。アラ、あなたようやく来たの」
「おお、戻ったか。お前からも何か言ってやってくれ。いつも代わりにやってるのはお前なんだし・・・・」
 ようやく止んだ声に、少女は入ってきた一人の少女シフールを見る。シフールの割りには大人びた言動で落ち着いている彼女は、少女にとって姉貴分であった。
「はぅ、ご、ごめんねいつもいつも。今度からはほんっとうにしっかり気をつけるから・・・・」
 彼女に申し訳ない気持ちが湧き上がってきた少女はすぐに謝るが、返ってきたのは「本当にそう思ってるなら態度で示しなさいな。このまま同じことが続くようなら‥‥イッペン、シンデミル?」と言わんばかりの突き刺すような視線。
「ひ、ひぃ、本当にごめんなさいー。ゆ、許してくれるかしら?!」
 本気で狼狽する少女。
 その様子に上司はやれやれ、といった様子で少女に問い掛けた。
「とりあえず今日は仕事に入れ。終わった後でとあるところにむかってもらい、そこでお前の遅刻癖を直してもらおう。ただ、それでもし直らなければ・・・・」
 イッペン、クビニナッテミルカ?

「そ、そんなわけで助けて欲しいのかしら」
 駆け込んできたシフールの少女が受付にすがりつく。
「はいはい、ちゃんと依頼出しておきますね。それにしても報酬は一体どこから」
「上司の人が用意してくれていたの。実はあの人部下思いのいい人かしら?」
 嬉しそうに言う少女の脇で、同行を求められた大人びたシフールの少女がポツリと言う。
「あぁ、その報酬は貴女が遅刻して減らせた分、そして見込みの無くなった昇給の分からできてるらしいわ」
 少女の表情が凍りつく。

●今回の参加者

 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb5646 リョウ・アスカ(33歳・♂・エル・レオン・ジャイアント・ロシア王国)
 eb7784 黒宍 蝶鹿(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「・・・・そろそろ起きないと、不味いとは思うのですが」
「まあ、まずは生活習慣を見極めなくてはな。じっくり待ってみよう」
 家の外から様子を伺いながら日の昇り具合を確かめたフィニィ・フォルテン(ea9114)が、いまだ起きて来ない少女に不安を感じ、口にする。答える黒宍蝶鹿(eb7784)も至って平静な口ぶりながら、やはり一度日の方を振り向かずにはいられなかった。

 依頼を始めるにあたり冒険者達は最初の二日間はまず少女の生活を見守り、その後に対応策を話しあいって実行してもらうということを決めていた。
「じゃあ、任せるかしら〜! しっかり問題点を教えて欲しいのかしら」
 と、少女も前向きに受け入れてくれた。
「あ、そうだ、いつもどんな計画を考えているか、押して欲しいんすが・・・・」
 その際、以心伝助(ea4744)はついでに彼女の自称『完璧な計画』を聞き出した。少女は自信たっぷり、それでいて不幸なことが重なると、憂いの表情を交えて彼に計画を話した。

「とくに、朝に弱い体質というわけではなさそうですねぇ」
「ええ、しっかり朝食も作っていましたし。・・・・のこり時間の割りにやけにしっかりしすぎていて、見ているこっちがやきもき焦らされましたが」
 慌てて出て行く少女を見ながら、リョウ・アスカ(eb5646)は一つ抱いていた懸念が否定されたからかほっとする。もし体質的なことであればただでさえ改善は難しいのに、そうであればこの短い期間でどうしようもないからだろう。答えるフィニィは、少女を見守っていて疲れたのかため息一つ。

「うーん、何のことはない、普通の道っすねぇ」
 もしかしたら彼女の通勤ルートに問題があるのでは、と思った伝助は聞いておいたその道筋を実際、その時間帯に辿ってみていた。しかし、キエフでは普通の道だった。時が時なら若干混んでしまう点も含めて。
「これはこのルートが問題というより・・・・」
「キャーどいてどいてー間に合わなかったら困るかしらー?!」
 余裕の無い彼女の行動にありそう、と実際に通勤する彼女の姿を見ながら伝助は思うのだった。

「さて、ではこれから生活態度の更正について話し合いを始めよう」
「は、はいっ!」
 そんなこんなで迎えた三日目、今まで二日間見守った冒険者達は休日を利用して彼女の問題点と改善案についての話し合いを本人を交えて始める。何だか迫力を感じる蝶鹿の声にお気楽な彼女も思わず緊張したトーンで答えた。
「えーと、ではまずあっしから。朝出発のとき、慌てないように荷物はちゃんと前の日に、玄関の傍らとか定位置においてみてはどうでしょう?」
 と、まずは伝助が提案してみる。だが少女はあはは、と頭をかきながら、
「あー、それは毎回感じてたりするのだけれど、何とかなるかしらというか苦手というか・・・・」
「クビがかかっているのではないのか?」
「・・・・はい、やってみます」
 蝶鹿の凄みのある声に、改善点ひとつ、クリア。れっつ次の改善方法!

「やっぱりここは、早く起きるのが一番だと思います」
「そうっすねぇ、全部の行動を半刻早めれればだいぶ違うと思うんすが・・・・」
 フィニィの発言に同意する伝助。やはり余裕を持つためには起きる時間を早めればいいという至極ベーシックな結論に達したようだ。
「そうだ、鶏さんを飼ってみれば!」
 と、フィニィは閃いてみたが。
「そ、それは流石に近所が困ると思うっす」 
「え、餌代だって馬鹿に出来ないかしら?」
 あえなく却下。そこにリョウが、
「じゃあ、月並みですが早寝する、っていうのはどうでしょう?」
 と、提案。
「やっぱり、それが一番でしょうね」
「そうっすね。前日の就寝から全ての行動を早めれば何とかなると思うっす」
 フィニィ、伝助ともに賛成。止めは蝶鹿の
「そうだな、残り二日しかないが我々がしっかり習慣を刻んでやろう。・・・・ビシビシいくぞ」
 とのお言葉。やっぱり何か恐ろしいものを感じる。
「え、えーと、いまでもそんな遅くは無いと思うしきっと大丈夫・・・・」
 と蝶鹿の威圧感に顔を青くしながら何とか笑って逃げようとする少女だったが、
「・・・・折角の職、無くしたくなかろう?」
「はい、がんばるかしら・・・・」
 あ、涙。そんなわけで再び蝶鹿に圧され(?)二つ目も改善案は受け入れ完了!

「あ、それじゃリュミィも一緒に生活させてあげてみていいですか?」
『ですか〜?』
 自分より小さい子ができれば対抗心が刺激されてより自立的に出来るようになるのでは、そう考えてフィニィは傍らのエレメンタルフェアリーと生活させてみようと提案。
「このコを、一緒に?」
 ふわふわ飛び回るリュミィを見て不思議そうにする少女だったが、しばらく考えて。
「別にいいけど・・・・どうしてかしら? というか、このコ妖精でいいのかしら?」
 と疑問に思いつつも許可。ちなみに、やはり一般人である彼女にとって冒険者のペットは未知の存在のようでありリュミィの説明に時間がかかったことは記しておく。

「ん、いつもよりちょっと早いのかしら?」
 目をこすりながら起床した少女は、明け方の空の色を確かめていつもより時間があることを確認する。
「よし・・・・じゃあ」
 おお、とばかりに見守る冒険者。
「まだ寝れるかしら」
(・・・・ってそれは違う!)
「これは、仕方ありません・・・・リュミィ、朝起きたらやること分かってるでしょう? いつもやってるんだからちゃんと出来るわよね?」
 そう声をかけつつ、少女が見ていない隙をついてひそかにテレパシーを発動していたりするフィニィ。気付かれないように指示。
「あら、せっかちなコなのかしら?」
 そんなリュミィを見て少女はちょっと考えた風になった後、
「ペットを一人で行動させてたら危ないかしら? しょうがないから一緒に付き合ってあげるのも預かってる身としての義務?」
 そんなわけで少女、寝るのはやめて行動に移る。フィニィの目論見とは少女の行動する動機が異なったが、結果、オーライ!
 ・・・・が。

「彼女の通勤ルートで待ってみたっすけど、いつもより早くはあるんすけどその分ゆったりしていてあれでは危ないような・・・・」
「朝食の準備もいつもよりかかっていた気がします」
 彼女の通勤後、今朝の少女の行動について話し合う冒険者達。早起きはある程度の効果を挙げた、しかし、余裕があるようになったとはいえない。いままでとは絶対的な時間の量は増えているのにも関わらず、だ。
 ここで彼女の根本的な問題に気付く冒険者達。
 そう、彼女はけっして他の人が「余裕が無い」と思うスケジュールを余裕が無いとは思っていない。結果的に時間がなくなってもそれは「運が悪かった」だけ。『完璧な計画』も彼女に言わせれば時間をきっちりとギリギリまで使えそれでいて間に合う、という傍から見たらまったく余裕を感じないものであっても、彼女の感覚では余裕、ということになるのだ。
「これは益々手を抜けないな。しっかり余裕のある生活というのを教え込まねば。・・・・我々がいなくても同じ生活が出来るようにしなくてはいけないのだから」
 蝶鹿の目がキュピーンと怪しく光った、気がした。

 そんな理由で、帰ってきた四日目の晩、そして五日目の朝、少女の
「わ、分かったかしら! ちゃんとやるかしらー?」
「も、もう出るの? ま、まだ早・・・・はいっ、行かせて頂きますっ!」
 といった叫びで冒険者達の(というか主に蝶鹿の)対応を分かっていただきたい。

「い、五日間ありがとう。おかげでクビは免れそうかしら〜」
 期間を終え、心なしかボロッ、とした少女は冒険者達に礼を述べる。泣いている気がしないでもない、安堵とかそういう理由で。
「あ、そうリュミィちゃんと過ごせて楽しかったかしら〜」
 帰っていく妖精に手を振りながら、そういう少女。
「ええ、リュミィも楽しそうでした。これからも頑張ってくださいね」
 フィニィは笑顔でこれからも少女がしっかりすごせるよう励ます。
「大事なのは本人のやる気だ。これからもしっかりな」
「は、はいっ!」
 返事する少女。あ、蝶鹿やっぱり恐れられてる?

「あ、そうだ名前をお聞きするのを忘れてやした」
「そういえばそうだったかしら? 私の名前は・・・・」

 そして数日後・・・・。
「あなた、手紙が届いているのだわ。はい」
「私宛かしら? えーと、あ・・・・」
『あっしらがお手伝い出来るのは今日まで、これからどうなるかは貴女の努力次第っす。
 でもきっと良い方向に向かうと信じてやす。これからも頑張って下さいやし』
 それは、依頼で彼女の遅刻癖矯正に協力してくれた冒険者の一人からの手紙。
 それを見た少女の瞳が、少し潤んだ。・・・・ように見えた。

「お手紙かしら〜!」
 その後も、彼女が元気に仕事をしている姿はキエフで見かけられたという。