●リプレイ本文
「ねこさん‥‥可愛いですのにねぇ〜」
チェリー・インスパイア(eb0159)は猫の両手を持つと二本足で立たせる。
嫌がる猫が多いのだが、慣れているのか大人しいのか、この猫は両手を持たれたままチェリーを見上げて鳴くだけだ。
「ねこねこにゃ〜にゃ〜♪」
楽しげな声にあわせて手を動かすと、よろよろと振られる猫がまるでダンスをしているように見える。
少し可哀想な気もするが、そうやって踊る猫の姿はコミカルで可愛らしい。
ちらりと依頼人の様子を伺うと、彼はじっと猫を見ていた。
(「こうやってねこさんは可愛いものだということを見せつければ、きっと」)
嫌いな理由がないのは治すのも大変。
けれど理由がないのなら、好きな理由を作ればいい。
かわいいものが嫌いな人はいないはずだと、チェリーは思う。
「はい、今度はこれですよ〜」
猫をダンスから解放すると、取り出したのは棒の先にリボンをつけたお手製猫じゃらしだ。
本当は猫の姿をして・・・・と市場へアイテムを探しに出かけたのだが、見つからなかったのである。
今がお祭りの時期であれば、仮装用に多少は出まわっていたかもしれないが・・・・普段の生活で、動物の姿を取るのは一般的ではない。
「それ♪」
リボンが揺れるたびに猫が首を動かし目を動かし、近づけば手を伸ばし飛びつく。
じゃれる猫の姿を見て、チェリーの頬は緩みっぱなしだった。
「どうして猫を引き取ろうと思ったのですか」
チェリーと遊ぶ猫から視線を戻し、劉水(ea8875)は依頼人へ問うた。
返答は予想がついていた。そして予想通りの答えが返ってきた。
死んだ恋人が大切にしていたから、と。
「それなら恋人さんが今の関係を見たら、どう思うのでしょう」
穏やかに話す水に、責める調子はない。
しかし依頼人は表情を曇らせた。それは、
「きっと悲しまれますよね・・・・」
呟くように続けられた言葉に、依頼人は答えない。
依頼人も自覚はしていたのだろう。しかし、人から言われることで更にそれを強く認識する。
「ネコさんを、動物さんて思わないで、家族だ〜って考えてみたら?」
じゃれついていた猫を腕に抱きあげてアンデルフリーナ・イステルニテ(ea8237)は依頼人へと近づく。
その距離が2mを切った辺りだろうか。
依頼人が後退るのを見てアンデルフリーナは足を止めた。
「ボクやみんなだって、モチロンおにいちゃんだって、大きく見たらみ〜んな動物さんなんだから♪」
「お互い、この世界に生きているものだという認識を忘れてはいけません」
御神美沙輝(eb0537)もアンデルフリーナに同意するように言葉を続けた。
侍である美沙輝は馬を連れている。戦闘時は共にいられないものの、旅をするときには心強い仲間だ。
「彼女も良く手のかかる弟のようだと言っていましたから、家族という考え方もわからなくはないですが」
アンデルフリーナの顔から下へと視線がおり、腕の中で大人しくしている猫を見て止まる。
「家族が血の繋がりだけだとは思いません。しかし、共に暮らしての家族だと思います」
だから、自分はまだ家族と受け入れられないという言葉に、アンデルフリーナは困ってしまう。
先に家族と思えれば、共に過ごすことは容易いだろうに。
「じゃあなんでニガテなのか、よ〜く考えてみようよ?」
「子供の頃、ドブネズミに襲われたとか、汚れた野良犬に追い掛け回されたとか」
記憶を辿るも、原因らしきものはやはり思いつかないようだ。
美沙輝の言葉にも首を横に振る。
「不衛生と動物が組み合わさった・・・・衝撃的といえる程のものはなかったと思います」
不衛生なのは仕方の無いことですし、と付け加える。
人間ですら、衛生的とは言えないのだから。
「それでも・・・・触れようとすると、いいえ、近づこうとするだけでも漠然とした不安が」
そう語る依頼人の姿は、とても悲しそうに見えた。
「猫さんのご飯はどうしているのですか」
水の問いかけに、依頼人は床に置かれた一枚の皿を指し示す。
「あれに朝と夜の二回、食事をいれておいておきます」
「置いておくだけ・・・・ですか」
「朝はそれから仕事に出かけますし、夜は寝ている間に食べているようで・・・・」
「食べているところを見たことはないのですか?」
水の言葉に感じるところがあったのだろうか。依頼人は申し訳なさそうに頷いた。
「それでは最初の課題です。猫さんが食べ終るまで、距離を置いてもいいから見ていてあげてください」
「しかし、仕事が・・・・」
「ご飯を今より早めにあげてください。目の前に出されれば、時間が少しぐらい早くても食べてくれると思いますよ」
穏やかな表情のままで水にそう言いきられては、依頼人も反論することができない。
それに、出来ることなら何でもすると言い出したのは依頼人自身なのだ。
了承の返答を得たところで、水は仲間達へ声をかけながら扉へ向かう。
「今日はこれで帰りますね」
窓から外を見れば既に日が落ちかけている。他の冒険者達もこの後の予定をこなすべく扉へ集まった。
「今、猫さんのご主人は自分であるという自覚を忘れないで下さいね」
言葉と共に閉じられる扉。
扉をじっと見つめる依頼人の耳に、猫の小さな鳴き声が届いた。
●2日目
翌日の午後。
やってきた冒険者達の為に扉を開けた依頼人は、急に押しつけられた何かの為に後ろへよろめいた。
咄嗟に両手で抱え、踏みとどまって前を見る。
視界に入るのは開いた扉と、そこに立つ黒髪の男。
満足そうに頷いている男――夜闇握真(ea3191)は何かを語っているのだが・・・・ゲルマン語ではない為、依頼人には理解することが出来なかった。
もしも依頼人がジャパン語を理解できたなら、握真の後ろで溜息を吐いたり、遠くを見たりしている冒険者達と同じような反応を返していたかもしれない。
幸いなことに依頼人が理解できるのはゲルマン語とイギリス語の2つだけであったため、彼は普通に冒険者達を家へと招き入れた。
まさか握真が自分の猫を魔物の類だと力説しているとは夢にも思わずに。
「しかし・・・・これは?」
手に抱えたままのそれは布のようで、怪訝そうに握真を見る。
雰囲気を察して握真が力説を開始する。
身振り手振りを加えての説明だが、意思疎通はなかなかと難しい。
そんな依頼人の様子を見て業を煮やしたか。
握真は依頼人の服を掴むといきなりそれを脱がし始めた。
「ひっ、何をするんですかッ」
怯える依頼人を見て美沙輝が間に割って入る。握真へジャパン語でかけた言葉はどうやら叱っているようだ。
簡単なやり取りが終わった後、美沙輝は依頼人を振りかえり、
「彼はそれを着て欲しいと言っています」
「服だったんですか」
脱がされる恐怖から解放された依頼人が、先程押しつけられたものを広げ・・・・そして硬直した。
まず目についたのはつぶらな瞳。
それからピンと横に張り出した髭。
頭には三角に立った耳、掌にはピンク色で肉球が再現されており、床へと垂れた尻尾はふさふさである。
これぞ握真の力作。お手製着ぐるみ猫スーツであった。
「あー! ねこさん着ぐるみです〜羨ましいぃ」
依頼人とは対照的に、チェリーは目を輝かせて着ぐるみに触れてきた。
猫毛の質感、それを再現するには至らなかったものの、柔らかくすべすべとした感触は心地良い。
猫の格好をしてみたいと探し回り、徒労に終わっただけにチェリーにとってこの上なく良いものにそれは見えた。
「・・・・・・・・猫の行動を真似たりすれば、気持ちを理解できるのではとのことです」
ゲルマン語の話せない握真の通訳をかってでた美沙輝は、溜息混じりにそう語る。
「猫の行動を真似るためには、沢山の観察も必要になりますわ」
フォローのためか、エディン・エクリーヤ(eb1193)も口を挟む。
エディンもジャパン語は理解できるのである。
「よく見てあげて、傍にいて、触れてあげて欲しいそうですわ」
二人が通訳する内容は、大きく外れてこそいないものの・・・・表現が言いかえられていることは言うまでもない。
翌日。
飼い猫と同じ茶虎の猫着ぐるみを着た依頼人。
冒険者達の応援と着るぐみの肉球ごしということもあってか、猫に自分から触れることができた。
それはほんの数秒であったのだが、握真は満足そうな笑みを見せたことを追記しておく。
●5日目
「もう、貴方はこの猫が苦手ではありませんわ」
義務だけでここまで出来る筈がないとエディンは依頼人へ言う。
「今迄も苦手だと思いこんでいただけですわ」
「毎日報告していただきましたが、猫さんを愛していることがとても伝わってきました」
最初は日記をつけることを提案した水だが、日記をつけるためには筆記用具がいる。
普通の生活をしている者にとって、安い買い物ではない。そこで日記の代りに期間中毎日、猫がどのように1日を過ごしたか、報告してもらうことにしていたのである。
「触れてあげてください。猫さんもそれを望んでいる筈ですから」
姿が無くなると不安になる。心配する。
それはもう特別な存在だから。
恐る恐る依頼人が手を伸ばし・・・・猫に触れる。
「もっと力を抜いて、そっと撫でてあげてください」
「喉の下とかなでると気持いいみたいですよ」
アドバイスを聞いて柔らかな毛の上を指が滑る。こわごわと触れていた手も、次第に自然に滑らかに動くようになった。
猫もまた、心地よさそうに目を閉じされるままになっている。
「抱っこしてあげるといいよ〜」
アンデルフリーナの言葉に依頼人は慌てて手を引くと、首を横に振る。
残念そうな声や溜息が冒険者達から洩れたが・・・・それも何処か暖かだ。
まだ第1歩。
けれどそれは確実な1歩である。
炎に似た暖かな夕日の朱の中、これから来る夜が寒くないことを冒険者達は願っていた。