●リプレイ本文
■腹ごなしから始めましょう
湖へ到着して、まず一番はお弁当である。
出発前に軽くつまんできたものの、ずっと歩けばお腹も減るというもの。
湖へ流れ込む清水の側に、良い木陰を探し出すと、そこで食事ということになった。
「今日は特別だから少し贅沢をしてみたのよ」
飴色になるまで炒めた玉葱を使ったタルトに、ポワロー葱のキッシュ。
キャベツの酢漬けと塩漬け豚肉やソーセージと煮込んだものや、塩をまぶした後ワインでじっくり煮込んだ角切り豚肉は、そのままつまんだりそば粉のクレープで巻いて食べたり。
茹で野菜には卵を材料にしてにんにくの風味をつけたディップで食べる。
香草やオリーブ油を上手く調味料として使い作られたそれらの料理は、空腹なのもあってとても美味しい。
「美味しいです」
アリア・エトューリア(ea3012)が幸せそうにそう告げると、周りで賛同の声があがり、冒険者達の食欲の前に、大量のお弁当は綺麗に消えていく。
「お料理はユリアさんも手伝ってくださったの、お陰で随分助かったわ」
お手並みも見事だったのと嬉しそうに語るマーサに対し、言われたユリア・ミフィーラル(ea6337)は照れくさそうに頬を赤く染めた。
「でもマーサさんも上手だよ。お店に出しても評判取れるよ、きっと」
ユリアは冒険者としての仕事以外に、料理人として働いている。
料理人として、手際の良さ、味付け、盛りつけ全てにおいて、マーサの料理は店で出せるレベルのものであった。
そして・・・・作っている間のマーサとの料理話はとても楽しいものであり。
「時間があったら・・・・また一緒に料理作ってみたいな」
照れながら問うユリアに、是非とマーサは微笑を返した。
腹一杯は動きにくい。だが腹八分目ならば・・・・元気に遊ぶのは子供の特権。
折角の良い天気、ティナと何名かの冒険者達は湖へと遊びに向かった。
「エリーもまた作ってくれぬかのぅ」
湖へ向かうエリー・エル(ea5970)を見ながら、ジョウ・エル(ea6151)がぽつりとそう洩らした。
今回の依頼の出発日、ジョウが実の子のように可愛がっているエリーは弁当を作ってきたのである。
簡単な軽食であったが、ジョウにとってはどんな料理人の料理よりも美味しい食事であった。
「ジョウさんはエリーさんがお好きなのね」
木製の杯へ注がれたワインは、ティナに合わせてあるのか蜂蜜を主体に味を整えてある。
しかし甘過ぎることはなく、飲みやすい。
「エリーはご覧の通り血の繋がりはないのじゃが、結婚もしていないわしにとっては、大事な唯一の娘でのぉ」
血が繋がらないからか、それとも種族が違うからか。
ジョウにとってはまだ幼子のように愛しい子供であるというのに、エリーは思春期反抗期真っ只中でジョウから遠ざかろうとしているように思えてならない。
「家族がたくさんいるマーサ殿がうらやましい限りじゃ」
溜息と共に零す言葉に、
「仲の良いご家族がいるのは、羨ましいですわ」
マーサとジョウの両者を見て微笑を浮かべるのは七神斗織(ea3225)。
彼女は名前からも解るようにジャパン出身である。
ノルマンとジャパンは月道で繋がっているが、月道はそうやすやすと通れるものではない。
彼女が故郷に残してきた人達と、次に再会するのはいつになるのか、まったく予想もつかないであろう。
それを考えれば、若い彼女の言葉でも重みが違うように思える。
「ねえ、マーサ様。この湖にまつわるマーサ様の思い出を教えていただけませんでしょうか」
「ここはマーサ殿にとって大切な場所じゃと聞いたのぅ。わしにも聞いてみたいものじゃ」
柔らかな笑みを浮かべたまま問う斗織と賛同するジョウに、側にいたアリアとユリアも頷く。
「あら、嫌だわ。あの子が言ったのかしら」
頬を赤く染めて、それでも誰かに話したかったのであろう。
マーサは目を細めて思い出を語り出す。
行商人だった夫のこと、そしてこの場所に連れてこられてプロポーズされたこと。
ノルマン中を商売してまわったこと。
「それで色々な地方料理が混ざってるんだね」
納得したように呟いたユリアに、交流には食事が一番だからとマーサが頷く。
親しくなれば料理以外、掃除、子育て、裁縫などのやり方、手の抜き方まで教わった。
なかには旦那の躾方なんていうものまで含まれていたりもしたのだが・・・・
それはとても楽しかった日々。
「あなた達も年頃なのだもの。好きな人はいるのかしら?」
マーサの問いに、女性達は顔を見合わせる。
頭に浮かぶのはあの人か、いやまだ見ぬ理想の人か。それともまだ、恋する自分など想像できないか。
「良い恋をしてね。誰かを好きになることは、どんな結果でも素敵なことだと思うから」
目を細めたまま、マーサは3人へと微笑んだ。
■水遊びしよ!
「ティナ様、良くお似合いなのです。可愛いです」
シャミ・パナンド(ea5193)に誉められてティナは嬉しそうに服をつまんだ。
エリーがティナに渡したこの服は、水に濡れても身体の動きをあまり阻害しないようになっている。
水浴び用にと用意された服であった。
「ティナちゃん、冷たくて気持ちいいよ!」
安全を確認するために先に水へ入った逢莉笛 鈴那(ea6065)は、ティナを手招きする。
多少石が滑るものの、水深は浅過ぎず深すぎず。ティナ1人では溺れるかもしれないが、鈴那がついていれば問題はない深さだ。
鈴那に呼ばれ水に入ったティナは、しかし鈴那の側には行かず、岸沿いにシャミへと近づいた。
「シャミしゃん、入らにゃいの?」
「私はここで見ていますですよ」
「遊ぼ?」
シャミの服の端を小さな手で掴むと、水の方へとぐいぐい引っ張る。
とはいえ、ティナの腕力程度でシャミの身体は揺るがないのだが。
「私はここで待っていますですよ。
もしティナ様がお怪我したらすぐに治してあげますです」
「おけが?」
問いかけるティナに、シャミは座って大きくゆっくりと頷き、
「一杯遊ぶとお怪我するときがありますでしょう。
ティナ様が怪我してもすぐ私が痛くなくしてあげます。
だから私のぶんもティナ様は一杯遊んできてください」
碧色の瞳でまっすぐに語り掛けられて、ティナは掴んでいた手を離すと元気良く頷く。
そして。
「すずにゃ、いっくよぉ〜」
「えっ、ちょっと、ティナちゃぁぁ!」
どっぽーん♪
急に飛びついてきたティナを、鈴那は支えることが出来ず。
2人仲良く湖の中へと沈んで・・・・ざばりと水面へ顔を出した。
「こらっ!危ないわよ!」
「きゃーっ、すずにゃごめんにゃさい〜」
怒った鈴那から隠れる為にエリーの側へ急ぐティナ、それを追いかける鈴那・・・・しかし2人共笑いながらの追いかけっこ。
シャミはそんな2人を優しく見守っていた。
■思う心、護る心
斗織とエレナディス・ラインハート(ea7060)の2人は木陰から少し離れた森の中にいた。
「噂で終われば良かったのですけれど」
斗織の黒い瞳が哀しげに細められる。
聞こえるのは獣の唸り声。
不穏な気配を察知した斗織は、エレナディスを誘い森の中へと足を踏み入れ、そこで野犬と対峙することとなったのである。
「斗織さん」
クルスソードを握り締めたエレナディスは、青い瞳でしっかりと野犬を見詰めている・・・・しかし緊張しているのか、微かに手が揺れていた。
斗織も戦闘経験が豊富という訳ではない。恐れる敵ではないと解っても、やはり緊張するものだ。
しかし、ここで引くことも失敗することも出来ない。
「わたくし達で食い止めませんと」
マーサ達は楽しそうに談笑していた。
それを邪魔させてはいけない。そして血の匂いをさせるのも、避けたい。
「野犬程度、倒さなくても追い払えば良いでしょう」
呟くようなエレナディスの声に、斗織も頷く。
「参りましょう」
「はい」
日本刀の鞘に手をかけ、黒い風か翔ける。
その横に並ぶのは赤、燃え盛る若い炎。
揺らめく炎そのままにエレナディスは野犬をかわし、斗織も素早く足を動かし野犬をかわす。
エレナディスが力に任せて剣を振るえば、斗織は一気に刀を抜き攻撃をしかける。
留めを刺さないように心を配るため、少々苦戦はしたものの、確実に一匹ずつダメージを与えていく。
「引きなさいっ」
最後の一匹を峰で打ち、斗織は野犬達を睨みつける。
剣を構えたままのエレナディスの効果もあったのか、それとも勝てないと悟ったのか。
野犬達は傷ついた足を引きずりながらも森の中へと駆け戻っていく。
「・・・・良かった」
「お疲れ様ですわ」
小さな怪我や汚れはあるが、
「水で洗えばわからないと思いますわ。さ、戻りましょう」
悪戯っぽく微笑んだ斗織に、続いてエレナディスも森を出る。
丁度、湖からティナ達が戻ったところで・・・・
それを護れたことを何よりも良かったと、そう心に思うのだった。
■動けばお腹は減るもので
日差しが柔らかくなってきた頃、水遊びに行っていた面々が戻り、再び一行は全員揃うこととなった。
焚き火でお湯を沸かし、濡れた服や体を乾かしながらマーサは最後の荷を解く。
中から出てきたのは乾燥させた果物と、蜂蜜やハーブを使った焼き菓子だ。
沸かしたお湯で作ったハーブティーと共に、菓子は一行へと振舞われた。
と。
「折角ですから一曲演奏したいと思います。リクエストも受けつけますよ☆」
アリアは杯を地面に置くと、荷物と共においてあった竪琴を引き寄せる。
軽く鳴らして音を見、問題ないことを確かめるとリクエストを待つように全員の顔を眺めた。
「あ、一緒にいいかな?」
ユリアも立ちあがり、バックパックの中から横笛を取り出す。
普段は料理の練習に時間を取られ、なかなか練習する暇がない為時間があればと持ってきたものだ。
「ユリア様は横笛なんですね。
横笛と合わせるのでしたら、この曲なんて如何ですか?」
アリアの指が弦を震わし、澄んだ響く音がその場に流れ始める。
ユリアも心得たとばかりに横笛を構え、高く震わす音が音に絡む。
奏でられるのは月の曲。美しい月を、月の精霊を称えた曲だ。
やがて、演奏が終わると自然と仲間たちから拍手が起こった。
「次の曲をリクエストしてもいいかしら?」
マーサからのリクエストは秋の収穫を喜ぶ祭り歌。
農村地の収穫祭で歌われる歌の1つである。
「それなら大丈夫です。ユリア様も良いですか?」
「うん、多分覚えてると思う」
自然と神に感謝を捧げ、1年の苦労を労い、家族や友人と過ごせる明日を喜ぶ歌。
1度深呼吸してからユリアは再び横笛に息を吹き込む。
流れ出す笛の音は柔らかく優しい風のように、森で歌う小鳥のように。
続く竪琴の音は流れる水のように、風で揺れる小麦のように。
流れては、跳ねる。
そこにもう1つ音が加わった。
最初はあまりにも小さくで誰も気がつかなかったのだが、次第に音に絡み流れ出す新たな音。歌声。
「シャミさん・・・・」
少し驚きの混ざった声で名前を呼ばれ、シャミは少し照れたように俯くが声は途切れない。
伸びやかな声は曲と混ざり合い、3人それぞれの良さが合わさってそれは素晴らしい演奏となっていた。
ふと鈴那はティナのことを思い出した。
静かに歌を聞いているのは、幼い少女には苦痛ではないだろうか。
「ティナちゃ・・・・」
ティナが座っていた辺りへふと視線を巡らし、鈴那はそのまま声を潜める。
唇に指をあてこちらを見返すエレナディスに頷きと微笑を返し、視線をエレナディスの膝へと落とす。
そこには膝に頭を乗せて、幸せそうに眠っているティナの姿があった。
■家路
ティナを背負いエリーはゆっくりと道を歩く。
背にある暖かさ、重さ。
そして静かな寝息を聞いていると、彼女は遠くにいる息子のことを思い出す。
別れたのは昔のこと、あの頃息子はティナよりも小さかった。
「何か、息子に会いたくなっちゃったなぁ」
今は立派に成長しているだろうか。
しかしそれを確かめるには、彼のいる国は遠過ぎて。
僅かな溜息と共にティナを起こさないように背負いなおす。
その姿は親子にも姉妹にも見え人を和ませるのだ・・・・が。
「エリーは何時、孫をわしに紹介してくれるのじゃろう」
1人、ジョウは溜息を吐くのだった。