●リプレイ本文
●退治
まずは見張りのゴブリンからである。
ジョエル・バックフォード(ea5855)が石を投げて気を惹き、まず1匹をラフィー・ミティック(ea4439)が魔法で眠らせる。2匹目も眠らせたいが、倒すほうが早そうだ。
早さを気にするのは、洞窟の中にいる仲間へ連絡をとられては厄介だから。
残りのゴブリン達は風穴から煙を送り込み燻し出す作戦であった。煙を出す為の枯れ枝や葉はアカベラス・シャルト(ea6572)のドンキーに大量に積みこんである。
「報告にあった風穴はここであろうか」
ウー・グリソム(ea3184)の指差した場所を見て、同行していたロミルフォウ・ルクアレイス(ea5227)は同意の頷きを返す。
洞窟までの道中、燻し出しに使う枝等を拾っている間に身軽なラフィーが洞窟の周囲の偵察と風穴探しに先行していた。彼女の報告に基づき、冒険者達は各自の仕事へと移行したのである。
今、ウー達が行っているのは燻し出しの効果を高める為に風穴のいくつかを塞ぐ作業であった。
風が逃れないよう、丁寧に穴を塞いでいく。
道具がない為完全にとはいかなかったが、それでも満足できる仕上がりに2人は仲間と合流すべく元の場所へ戻る。
すれ違いに合流場所から移動する者もいた。
「操さん、荷物お願いー」
「任せておくアルよ」
操 群雷(ea7553)は自慢の髭を片手で撫でながらラフィーのバックパックを受け取った。
ラフィーが先行偵察を行っている間、身軽なほうが良いだろうと群雷は彼女の荷物を預かっている。
風穴探しに調べたほうが良さそうな場所を、ラフィーに助言したのも群雷だった。
「ありがとう〜♪ 行って待機してるね」
群雷に手を振り、ラフィーは羽音が聞こえぬよう遠回りをして移動する。偵察の際、スリープの魔法をかける為に身を隠す場所を探しておいたのである。
「やっぱりここが一番だよねー」
ラフィーの発見した一番良い場所、それは入り口の真上だった。
ゴブリン達の洞窟は低い崖のような場所にある。端に手をついて下を見れば、ゴブリンの頭の天辺を見ることが出来た。
「後は開始を待つだけだー」
万が一にも落ちないよう地面に寝転ぶことで体を支え、瞳はじっとゴブリンを見る。
1房だけ長く残した青い髪に指を絡ませてながら、ラフィーは時を待つ。
転がる石に気を取られたゴブリンが入り口から離れる。
やがて入り口に残ったゴブリンが、ラフィーの魔法で倒れたのを見てウーは矢を放った。
石を持ったまま呆然としているゴブリンに矢が突き刺さる。だが、倒すには至らない。
そこへ群雷の剣圧が風となって襲いかかった。ゴブリンが倒れるのを見て、剣を鞘に収めながら群雷は視線を上空へと向ける。
崖の上から様子を伺っていたラフィーと目が合い笑顔で軽く手を振ると、彼女も元気に手を振り返して立ちあがった。
恐らくこちらへ合流する為に移動を開始したのだろう。
視線を戻し、倒れたゴブリンの側に膝をつく。そして群雷は仲間達に問い掛けた。
「息あるね。どうするアル?」
スリープの魔法で眠っているゴブリンも含め、生かすのか殺すのか。
生かして捕縛してという意見もあった。しかし、捕縛した後そのゴブリンをどうするのか?
それに対して明確な答えを出す者はこの場に居らず・・・・逃がせば村に被害が及ぶ。
「燻製にして食われないだけましだと思うアル」
悲鳴防止に口を閉ざされた後、ゴブリン2匹はその命を終えた。
「・・・・罠の準備を始めましょう」
手袋を直しイサ・パースロー(ea6942)は洞窟へ視線を向ける。
特別大きな音がしたり、中へ合図を送るといったことはなかったように思えた。
しかし、いつ中から残りのゴブリン達が出てくるかは解らない。
「私とウーさンがここにバリケードを作るアル。みなさんは風穴へ煙の設置を頼むアル」
「その・・・・バリケードを作る材料はどちらに?」
今から木を切り出すわけにもいかない。
バリケードは諦めジョエルのファイヤートラップだけとなった。
「・・・・戻らなければ」
風穴から立ち上り始めた薄い煙を見て、アカベラスは伏せた体を起こそうとした。だが動くたびに激痛が彼女の行動を阻む。
痛みはアカベラスが風穴へと唱えたアイスブリザードの魔法、その代償だった。
洞窟内部に吹雪を起こすことによって、煙と共にゴブリン達が洞窟外へでるように仕向けるのが彼女の役割。
けれど、本来広範囲で巻き起こる吹雪の流れは狭い風穴に阻まれ、穴を抜ける吹雪は押されて勢いを増し、抜けられなかった吹雪は・・・・勢いそのままにアカベラスへと跳ねかえってしまった。
もしも魔法の威力がもっと高かったら、アカベラスはそのまま息絶えていたかもしれない。
「アカベラスさん?!」
声に顔をあげればラフィーの姿が見えた。彼女は仲間の元へ戻る途中である。
「ゴブリンにやられたの?」
「・・・・いいえ。少し・・・・失敗を」
心配そうに顔を覗きこむラフィーに、アカベラスは顔を顰めながらそう告げる。
動くのよりはまし、とはいえ言葉を紡ぐに苦痛が襲う。
「あの・・・・イサさんを・・」
イサは聖職者だ、癒しの魔法を持っている筈。考えはラフィーにも伝わり、
「連れてくるからじっとしててねー」
大きく頷いて飛び去ったラフィーの背を見ながら、アカベラスは力を振り絞って体を起こした。
リーン・クラトス(ea7602)から放たれた炎達がゴブリンの目の前で爆発した。
ジョエルが仕掛けていたファイアトラップも発動する。
出てきたゴブリン4匹のうち、2匹までは立て続けの炎の攻撃に倒れ伏した。残りは炎の傷を負った2匹。
「逃げる!?」
冒険者達は魔法に巻き込まれないよう距離をとっていた。二手に別れたゴブリンの手近なほうを狙い攻撃を開始する。
1匹はウーの矢に牽制されて方向を変え、郡雷の盾に行く手を阻まれているうちに、イサのホーリーで止めを刺された。
もう1匹は魔法使い達の横をすり抜け、奥へと逃亡を図る。だがその先にはロミルフォウの姿があった。
彼女は貴族の女性が着るようなドレスを真似た、しかし1人でも着脱できるように作られた黒い服。それに革鎧を重ねただけの軽装である。
ロングソードを手に、ゴブリンをじっと見たまま彼女は動かない。
そんな彼女を侮ったのか、逃げるのに必死で気がつかなかったか。ゴブリンがロミルフォウの間合いに入ったその瞬間。
ライトブラウンの髪が空に広がる。
それはほんの数秒。風に揺られた髪が背に流れ落ちるまでの僅かな時間。
踵は力強く、つま先は柔らかく。
地面を蹴りゴブリンへと向かうその姿は無駄がなく優雅。
「お邪魔してしまってごめんなさいね・・・・」
夜空にも似た紺碧色の瞳を僅かに伏せて、ロミルフォウはゴブリンを斬り捨てた。
「数が足らないアル」
郡雷は洞窟の中に視線を向ける。燻し出しの煙のせいで中の様子をはっきりと見ることはできない。
側に潜んでいるのか、それとも奥にいるのか・・・・
ふと。
何か声が聞こえた気がして、郡雷は視線を上に向けた。
地上から見る空は、立ち上る白い煙に遮られその青さを見ること叶わないのだが・・・・突如、煙を突き抜けて青いモノが落ちてきた。
「イサさーん」
「ッ!?」
落下地点は黒い法衣の聖職者。
自分に向かって落ちてきたラフィーを、イサはふらつきながらも受けとめることに成功した。
「・・・・一体、どうしたんですか」
「あのね、あのね。アカベラスさんが大変なのー」
ラフィーの案内でアカベラスの元へと辿りついたイサは、銀製の十字架を手に握り締め祈りを捧げる。
イサの体が淡く白い光に包まれると、その光はアカベラスをも優しく包み込んだ。傷が痕跡も残さず癒されていく。
「ありがとうございます」
「いえ。これも私の勤めですから」
手を借りてアカベラスは立ち上がった。痛みはない。
乱れた髪を手で撫でつけてフードを被り直す。本当なら髪を結いなおしたいところだが、今は先にやることがある。
「行きましょう。洞窟の中を調べなければなりません」
残ったゴブリンの退治は、2人の合流と火が消えるのを待って行われた。
薄暗く狭い洞窟内で不利なウーとジョエルは外に残った。
人数は減ったがゴブリンの数は冒険者達の半数以下だ。
魔法の援護を受けた郡雷とロミルフォウの攻撃に、ゴブリン達が耐えられる筈もなく依頼は無事終了した。
●祭
ゴブリンを全て退治したことを伝えると、村人は大層喜んだ。
冒険者達には休憩する部屋が与えられ、その間に山に詳しい者達が茸を採りに行く。
茸採りにはラフィーの姿もあった。可愛らしい少年風の容姿をもつ彼女は男と間違われたりもしたものの・・・・誤解が解ければ一気に村人と親しくなった。赤や紫色など毒茸に見えて食べられる茸があれば、逆もある。見分け方を習いながら彼女はギルドへの土産にと沢山の茸を採っていた。
群雷は燻製作りに挑戦した。これは大変美味くできて、祭りの際に酒の肴として喜ばれた。
ロミルフォウは料理作りを手伝っていた。
料理は出来た順に会場となる村の広場まで運ばれる。
「このお祭りが見られるのでしたら、今迄の疲れも報われるような気持ちですね」
「次は包み焼きを作るからね。しっかり手伝っておくれよ」
「楽しみですわ」
勤め先で新レシピを披露する。想像すると自然と笑みが浮かび、背では緩やかに波打つ髪が心の弾みそのままに踊っていた。
やがて祭りが始まって。
リーンは広場の外れに1人佇んでいた。
村からたいして離れていない筈なのに違う世界にいるようにも思える。
料理を食べ、酒が振舞われて次第に騒がしくなっていく祭り。
その中にいることが出来ず、彼女はここまで辿りついたのだった。
「どうしたね?」
不意の声。肩越しに顔を向けると目の前に何かが差し出された。良く見ればそれは木製のカップで、中には酒が入っているらしく香りが鼻を突く。
リーンがそれを受け取ると、ウーは近くの木に凭れかかった。
「折角の祭りだ、飲まないと損であろうが」
「ボクには・・・・関係ない」
風にのって村から楽しそうな笑い声が聞こえる。それから耳を逸らすかのように、カップの中の酒を飲む。
リーンは賑やかな場所や祭りが苦手だった。失われた故郷、楽しい日々は戻らない・・・・その思いを酒と共に飲みこむ。
ウーもまた故郷を持たない。ウーの場合は自ら捨てた故郷ではあるが。
失われたものと、捨てたもの。
違いはあれど故郷に思いはせ、2人近くにいながら独り酒を飲みつづける。
その頃、広場ではジョエルが出された酒に舌鼓を打っていた。見慣れない茸や料理も多かったが、食べてみると案外美味しく良い酒の肴になった。
「あら・・・・イサ。何処に行っていたの?」
「途中で無花果が成っていたでしょう。台所をお借りして作ってみたんですよ」
差し出された深皿の中で、ほんのり赤く染まった無花果が甘い香りを発している。
「本当は少し置いたほうが美味しくなるのですが・・・・」
「十分美味しいわ。イサも食べる?」
小さく切ったコンポートを微笑みながらイサの前へ差し出すジョエル。
「他の料理を取ってきますね」
突然背を向けて歩き出したイサの頬と耳とが朱に染まっているのを見て、楽しそうにジョエルは笑うのだった。