風の中に見える音色を求めて
|
■ショートシナリオ
担当:中舘主規
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 71 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月14日〜06月20日
リプレイ公開日:2004年06月22日
|
●オープニング
冒険者ギルドに貼り出されたその依頼書は、いくつも並ぶ依頼書の中で特に目立つ物ではなかったが、それでも何人かの目に止まっていたようだ。それにはこう記されている。
「ある風景画に描かれた場所に案内して欲しい。宿屋にいるので、来ていただけると幸いです。詳しい話はその時に。エメラルドハープの吟遊詩人」
依頼人の名前はなく、通り名と思われるものしか書かれていない。依頼人の自筆らしい文章は全体に丁寧に書かれており、うさん臭さは感じられなかった。
吟遊詩人と風景画の場所にどんな関係があるのか‥‥
気になった冒険者が何人か、ギルドの人間に依頼人のいる宿屋を確認してギルドを後にした。
宿屋にやってきた冒険者達は、依頼人をすぐに見つける事ができた。
1階の食堂の片隅で、通り名に違わぬエメラルド色の石が装飾に使われているハープをつま弾きながら、その詩人はほうけた様子で佇んでいた。背中で束ねられているのであろう銀の髪がひと房落ちているのをとがった耳にかけ、ハープの装飾に使われている石と同じ色の瞳を伏せて、彼は依頼を受けて話し掛けてくる冒険者を待っていた。
近付いてきた冒険者達に気付いて顔を上げた依頼人は、すっと立ち上がる。先ほどまでのほうけた感じは、今はない。
「依頼を受けて下さった方々ですね? ありがとうございます。まずは僕の部屋へ来ていただけますか?」
部屋に通された冒険者達はスツールに乗せられ壁に立て掛けられた一枚の風景画を見た。
晴れた空の青、遠くに見える山々の深い深い蒼、転じて画面の手前には色とりどりの花々。花々と山の中間には背の高い木々も描かれているが、おそらく、この絵を見ての第一印象は青だろう。花々は確かに色とりどりで美しく、木々の緑も鮮やかだけれど、ぱっと目に入るのは空と山々の青に違いない。どこまでも高くどこまでも深く、自分が溶け込みそうな青。
「僕はこの絵を見た瞬間、新しい歌を作りたくなったんです。心の中にそれはあるんですけど、でも‥‥」
言葉を途切って、彼はぼうっと絵に見入る。意識するでもなく構えたハープの弦に、指先は触れたけれど、音を紡ぎだす前に止まっていた。
「‥‥この風景の場所まで行って彼と同じものを見れば、きっと僕の中にある音は完成するはずなんです」
呟いた吟遊詩人は冒険者達に向き直って、やっと依頼の詳細を説明し始めた。
「このキャメロットから北へ2、3日程歩いたところにあるらしいっていうのはわかったんです。猟師の中に似た景色を見たという方がいて。でも、そこへ行くには野犬がうろついているっていう山を越えなきゃならないらしくて‥‥」
自分一人では群れをなしているであろう野犬を追い払うこともできないので、護衛をしてほしいのだと言う。確かに彼は線も細く、武器らしい武器も部屋の中には見当たらなかった。
「先ほど話した猟師の方に、一応地図も作ってもらったんで、準備して出発するだけです」
吟遊詩人は、ベッドの脇にある荷物を持って、立ち上がった。
●リプレイ本文
猟師に書いてもらったという地図を元に行程を確認した一行は、早速キャメロットを出発した。
「この地図によると北西の山々に向かって行くみたいだな」
地図を手にしたヴァレス・デュノフガリオ(ea0186)が隣を歩くアリア・バーンスレイ(ea0445)と話しながら先頭を進む。
「僕は安心してるんだ〜。地図があれば迷う事もないからね〜」
と言っているのは、ヴァレス達の後ろを歩く九条響(ea0950)だが、言葉とは裏腹に気合い十分なのが見てわかる。
響の後ろには、依頼主の吟遊詩人と、彼にぴったりくっついて大人の魅力で誘惑しようとしているセクスアリス・ブレアー(ea1281)が続き、唯一イギリス語を話せないリート・ユヴェール(ea0497)が肩に乗ったハーモニー・フォレストロード(ea0382)に通訳してもらいながら歩いていた。
最後尾には馬を引いたアレス・バイブル(ea0323)と威吹神狩(ea0322)が並んで歩いている。
冒険者達に囲まれて、詩人は安心した様子で足取りも軽い。セクスアリスの強烈なアピールにはちょっとたじろいでいるようだが。
キャメロットを出てすぐは街道を進んだが、1時間程で道からはずれ森の中へと入っていった。
「獣道がありますね。ちょっと気をつけないと」
「そうだね。猟師の話じゃ野犬がいるらしいし」
リートの言葉にアリアが相づちを打つと、皆の気持ちが引き締まる。だが幸いにも日が傾きはじめるまで何ごとも起こらなかった。
「今日はこの辺りで野営するか」
テントを複数設置できる位の空き地に出たところで、ヴァレスが立ち止まって荷物から簡易テントを出し設置し始めると、皆も荷物を下ろしてそれぞれに野営の支度を始めた。
空き地の中心に焚火が組まれ、テントも3つ設置された。アレスのテントの近くでは手綱を木に縛り付けた馬が草を食べている。焚火ではヴァレスが道中に採集した食べられる野草やリートが捕らえてきた野兎の肉で、アリアが簡単に調理して食事が振る舞われた。
「調理道具があれば、もうちょっとましな物作れたんだけど」
皆に分けながらアリアが恐縮して言うと、料理を受け取りながら詩人が首を振って笑顔で答えた。
「いいえ、保存食に比べたら、格段に美味しいそうですよ」
食事の最中ものんびりと歓談し、見張りの者以外は各自テントや寝袋に入って休む事となった。
ギャアギャアギャア‥‥バサバサバサ‥‥
神狩とアレスの組からリートと響の組へ見張りが交代してすぐ、森が騒がしくなった。どこかで何かが起きたのに気付いた鳥達が騒ぎ出したようだ。鳥の声に驚いて馬も立ち上がりはしたが、暴れはしていない。騒ぎが近いという訳ではないのだろう。
「警戒しておかなきゃいけないだろうけど、皆を起こす程ではないよね‥‥」
響は呟いたが、イギリス語のわからないリートは小首をかしげただけだった。
これ以降も鳥達の騒ぎはなかなか収まらなかったが、この野営に近付いてくる事はなかった。
早朝、東の空が白みはじめた頃、皆続々と起き始め、完全に朝になった頃には既に出発準備が整っていた。
それは昼過ぎ頃だっただろうか。昨日に引き続きヴァレスと一緒に先頭を歩いていたアリアが突然足を止めた。
「‥‥あれは何?」
アリアの視線の先に、何か黒い塊がある。ヴァレスがダガーを構えて近付いてみると、塊は何羽ものカラスだったらしくバサバサと飛び立って行った。更にヴァレスが近付くと、カラス達が群がっていたのは何かの死骸だとわかった。ハーモニーが近付いて動物知識を活かして調べ、戻ってきて皆に報告した。
「だいぶ肉を喰い尽くされていたけど‥‥子馬じゃないかな」
恐らく、昨夜の森の騒がしさはこの子馬が襲われた時のものだろう、と結論付けた。
「‥‥襲ったのは、猟師が言ってた野犬かな?」
だとすれば、空腹は満たされて、自分たちを襲ってこないかもしれない。響がそう呟いたが、ハーモニーが首を振って否定した。
「カラスにも啄まれてたから断定はできないけど、肉がほとんど残ってなかったんだよ。骨さえも噛み砕いた跡があったし、あんなやせっぽちの子馬一頭では足りてないって事だと思う」
そして恐らく。野犬の群れはまだ近くにいるかもしれないとハーモニーは言った。今まで以上に警戒する事にして、先を急いだ。
夕刻。丁度川幅60センチ程しかない小川の側に良い具合の空き地を見つけたので、そこで野営をする事にした。
夕食を食べながら、明日の打ち合わせを済ませようとヴァレスが地図を広げた。
「この小川が地図にあるのと同じだとすれば、明日の朝早くに出発して2時間弱で目的地と思われる場所に着けると思う」
目的達成の予感に皆の、特に依頼主の顔が明るくなった。
「今夜も見張りの順番は昨日と同じですね」
確認するように呟いたリートを含め、皆それぞれにテントへ潜り込んで眠りについた。
異変は、ハーモニーとセクスアリスが見張りの、夜明け前に起きた。
ハーモニーは突如アレスの馬が何かに怯えるように暴れ始めた。ハーモニーが慌てて馬のところへ飛んで行くと、小川とは反対の森の奥でガサガサッと音がした。
「た、大変だ!! 何か来たっ!」
ハーモニーの叫びに皆が武器を持ってテントから飛び出してきた。一歩遅れて詩人と、見張りのはずのセクスアリスが同じテントから出てきた。
「せ、セクスアリスさん!! どこに行ってたんですか!」
ハーモニーが抗議しようと叫ぶのをアレスが制した。
「今はそんな事より目の前の敵です!」
神狩が焚火から火のついた枝を拾うと、殺気の感じる方へ放り投げる。放射線状に飛んで行った炎に照らしだされたのは、何頭もの野犬の姿だった。
「ウウーーーッ」
低いうなり声がじりじり近付いてくる中へ、先手必勝とばかりに神狩が突っ込んで行く。それに続いてアレス、アリア、響も武器を構えて野犬の前へ出た。
群れの中でも一番体の大きい、リーダー格らしい犬が神狩へと襲い掛かる。それをかわして切り掛かろうとしたとき、別の犬が神狩の背中に飛びかかってきた。
ザンッ
神狩が反応するより早く、アレスがクルスソードで野犬を薙ぎ払った。野犬は横にふっ飛ばされ、木に叩き付けられた。
「すまない」
神狩が言うと、アレスはクルスソードを構え直しながら神狩にウインクして見せた。
「あなたの無事が第一ですから」
二人の横では、アリアと響がそれぞれ野犬と戦っていた。
アリアは右手にロングソード、左手にダガーを構えているが、両手利きではないのでダガーの方はそんなにうまく使えていない。しかし、ロングソードの補助くらいには役に立っているようだ。
響は飛びかかってきた犬を右手のナックルで一発殴ってから蹴り上げた。
前線で戦う4人の間をすり抜けて、襲い掛かってきた野犬をセクスアリスがロングソードで叩き伏せる。
神狩と対峙していた犬が体勢を整えて身構えたとき、神狩が空いている左手で印を結び呪文を唱え始めると、アレスが叫んだ。
「アリアさんも響さんも下がって!」
次の瞬間、神狩の周りに竜巻が起こり、周囲にいた野犬を巻き込んで高さ3m程まで巻き上がったかと思うと消えた。巻き上げられた野犬たちはあっと言う間に落下し、ダメージとショックからキャンキャン鳴きながら逃げて行った。
幸い、こちらに負傷者はなく、再度寝るにしては夜が明け過ぎているので、出発する事になった。
今までは森の中を歩き続けていたからか、さして高度が上がったように感じなかったのだが、木々の間からふと見える景色は既に平地のものではなくて。
だんだんと木の代わりに岩の多くなっていく道を歩いてひと際大きな岩の向こう側へ出たとき、彼らの見ていた景色は一変した。
それはまさしく、詩人が見せた絵と同じ光景だった。
「うわぁー」
皆口々に感嘆の声を上げる中、詩人がバックパックから筆記用具とハープを取り出して、何か呟きながら羊皮紙に書き込み始める。暗黙のうちに皆、押し黙った。
暫くして。ふぅっと深いため息と共に顔を上げた詩人は、何とも晴れやかな笑顔を見せた。
「みなさんのおかげで、良い曲が作れました。ありがとうございます」
一礼した詩人ができたばかりの曲を奏で始めた。
目を閉じて聞き入る者もあれば、大切に思っている人に寄り添って何事か囁いている者もいる。
「あー! 絵を描く道具がない‥‥」
小声でつぶやき、がくりと肩を落としたのはハーモニーだ。詩人の持っていた絵に対抗して絵を描こうと思ったのだが、うっかり筆記具を忘れてしまったらしい。
「キャメロットに帰るまで絶対に忘れないぞ!!」
それから3日後、一行は無事にキャメロットに戻ってきた。
「報酬は冒険者ギルドから受け取って下さい。本当にありがとうございました」
深々とおじぎをして、詩人は去って行った。
もしかしたらどこかで彼の曲を聴く事があるかもしれない、皆そんな気がするのだった。