●リプレイ本文
●子供たち。
「なぁ、にーちゃんとちょっと話をしないか? いなくなった友達とか、なんか悩んでたりとかしなかったか?」
街中で無邪気に遊ぶ子供たちに最初に声をかけたのはセリアス・ラフィーリング(ec4811)。突然話しかけるセリアスに訝しげな目線を送りながら子供たちはお互いの顔を見合わせた。
「にーちゃんもあの噂信じてんのかよ」
子供たちの中でもリーダー格と思われる少年がセリアスをじろりと睨みつける。明らかに敵意をむき出しにする子供たちにたじろぐセリアスの頭の後ろからひょこっと小さな影が姿を見せる。
「大丈夫ですよ、私たちは魔女さんが悪い人だとは思ってないですから」
にっこりと微笑みながらそう語る小さな影はセリア・クルギス(ec4894)。ぱたぱたと羽ばたく小さな妖精の姿は子供たちの目を釘付けにした。
「うわぁ・・・・妖精さんだー」
目を耀かせた一人の少女の声を皮切りにセリアの周りにわらわらと群がる子供たち。少し照れながらもくるりと宙で回ってみせるセリアに子供たちの無邪気な歓声が沸き起こる。
「すごいすごーい!」
子供たちに混じってポロムは手をぱちぱちと叩いていた。その様子を柔らかに見つめていたユリヤ・エフセエフ(ec4830)は、ポロムの頭をそっと撫でて子供たちの方に視線を向けた。
「皆さんのお友達はどうしていなくなったのかしら?」
一瞬の間子供たちは困惑の表情で互いの顔を見合わせたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。
「僕たちは皆で森にいるお姉ちゃんのところに遊びに行ってただけだったんだ」
少年が話していたのは今森の魔女として人々に噂されている女性のことだった。数年前に子供たちが森で遊んでいたとき大きな鼠のモンスターに襲われたことがあったらしく、それを女性が救ってくれたそうだ。それ以来子供たちはよく遊びに行くようになったという。
「すっごい優しいお姉ちゃんなんだよー」
コロコロと笑う子供たち。どうやら随分優しくしてもらっているようだ。
「じゃあどうして魔女なんて言われてるの?」
「あいつが悪いんだ・・・・」
「あいつ?」
セリアの言葉に少年の一人が悔しそうに呟く。セリアは少年の前にふわりと降りると、その少年の瞳を覗き込んだ。
「前にお姉ちゃんのとこに変な奴が来てたんだ。きっとそいつがお姉ちゃんを悪く言ったんだよ!」
少年の言葉に一同は顔を見合わせて頷く。セリアスが少年の前に屈んでにっこりと微笑んだ。
「その変な奴のこと、にーちゃんらに詳しく聞かせてくれねーか」
●老人たち。
街の中でも森に近い場所にある広場で大人たち、特に年配の人を中心に聞き込みを始めていたオルフェ・ガーランド(ec4810)は、森の魔女に対する偏見があまりに強いことに驚きを隠せないでいた。
「ワシは見たんじゃ・・・・恐ろしい顔をした魔女が獣を率いているのを!」
「魔法を使って罪もない人を笑って殺すそうじゃ・・・・」
「子供たちを殺してはその肉を食らっているとか・・・・」
街の老人や大人たちが口々に話す噂は概ねこのような内容だった。中にはエルフそのものを危険視するような噂も流れており、同じエルフであるルチア・シビル(ec4683)にとっては聞いてて気持ちのいいものではなかった。
「一体なぜ急に噂になるようになったのでしょうか・・・・」
小首を傾げながら呟いたのはヒャーリス・エルトゥール(ec4862)。このキエフにおいてエルフというのは特別な存在ではない。人間とエルフという異種族の婚姻が認められているのもこのキエフならではなのだが、キエフに住むエルフは皆ジーザス教に改宗しているために受け入れられている。そうでないものは基本的に森での生活を続けているため、中には折り合いのつかぬ者もいることは確かだ。
「いくら何でも度が過ぎるようには思うな」
オルフェは苦い表情を浮かべたまま老人たちの話に耳を傾けていた。
「そうだな・・・・これで噂が本当なら目も当てられないが」
オルフェの言葉に頷きながらルチアは苦笑する。今まで聞いた話の中には魔女が犯人ではないと疑う声が一つもなかったのだ、魔女が魔女でない保証などない。
「子供たちの親御さんにもお話を聞いてみましょうか」
ヒャーリスの提案に賛同した一行は行方不明の子供の親の家に向かうことにした。
●森の魔物。
一通り情報を集めた冒険者たちはひとまずその情報を交換することにした。
「子供たちの話じゃ魔女はすげー優しいみたいだ。とても噂のような人物とは思えない。それに子供が嘘をつくことはないだろう」
セリアスは見聞きしてきた印象と内容をそのまま伝える。同行していたセリアとユリヤも同意見のようだ。
「こちらはヒドイものだった。大人は皆噂を完璧に信じてしまっているようだ」
そう言いながらオルフェは頭を振った。
「どちらにせよ、行ってみるしかないですね。魔女さんのところに」
ヒャーリスの言葉に一同は頷き、キエフの外れにある森へと足を進めた。
森はキエフから一時間ほど歩いた場所にあった。暗黒の森と呼ばれるだけあって鬱蒼と木々が生い茂り、森の中に差し込む日の光を遮っている。森に入って数十分、一同の目の前に一軒の小さな小屋が姿を現した。随分古びた小屋で、もう数十年とそこに建ち続けていることを思わせる。が、小屋からは僅かながら煙が立ち昇っており誰かが生活していることが窺えた。
一行が小屋の入り口の前に立ち扉をノックしようとしたそのときだった。
ガサガサと森の木々がざわめき、小屋の裏手から二匹のウルフが現れた。輝くような銀色の毛並みをしたウルフはゆっくりと冒険者の方に歩み寄ってくる。
「これが魔女が率いていたモンスター・・・・なのか?」
スラリと剣を抜き放ちウルフの前に躍り出るセリアス。ウルフは唸り声を上げて冒険者たちを威嚇する。ピンと張り詰めた空気が辺りを支配し、少しずつ冒険者とウルフの距離が縮まっていく。
最初に均衡を破ったのはウルフ。一瞬姿勢をぐっと低くすると、後ろ足で一気に地を蹴り上げて冒険者目掛けて跳躍する。と、ウルフと冒険者の間の地面が不自然に蠢いたかと思うとそこに石の壁が出現する。ルチアのストーンウォールだ。初撃は無理だと判断したのか、ウルフは現れた石の壁に張り付くように着地するとそのまま壁を蹴って器用に地面に着地する。
「もらった!」
既に横にまわり込んでいたオルフェがウルフの周りに聖なる力を凝縮させる。ウルフが怯んだところにさらに後方から水の球体が飛来してウルフに直撃する。
「ごめんなさい、やられるわけにはいかないの」
ウォーターボムを放ったヒャーリスは申し訳なさそうに呟いた。
一方もう一匹の狼はポロムが放つ矢とセリアのシャドウボムの応酬に追われていた。ポロムが放つ矢は的確にウルフの足場を狙い、かわした先でセリアのシャドウボムに狙われる。しかしウルフの野生の勘なのか、このウルフの知性が高いのか、それらは僅かに掠める程度でしかなかった。ポロムが次の矢を構えようと背中に手を伸ばすが、その手が宙を切った。
「あれ? 矢がなくなっちゃった・・・・!」
涙目で訴えるポロム。その隙をウルフは見逃さず、一気にポロムとの距離を詰めるとその肩口目掛けて大きく顎を開いた。しかしその牙は見えない力によって阻まれ、ウルフは瞬時にポロムとの距離を開く。
「させないわよ」
黒く淡い光を纏ったユリヤがポロムの後ろに立っていた。
ウルフ二匹は普通のウルフとは比べ物にならないほど強く、前衛が一人しかいない一行には非常にやりにくい相手だったが、優れた防御方法を持つ冒険者たちが次第にウルフを押し始め、最終的にウルフを小屋の壁の前で取り囲む形で追い詰めていた。
セリアスが追い詰めたウルフに剣を振り下ろそうとした瞬間―――
「お待ちなさい」
柔らかな声が響き渡り、小屋の入り口がゆっくりと開かれた。
●森の魔女。
小屋から現れたのはウルフの毛並みと同じような銀髪の女性だった。その尖った耳から女性がエルフであることがわかる。女性はゆるりとウルフのほうへと近寄るとそっとその背中を撫でた。
「この子達は私を護ってくれていただけなのです。どうか許してやってください」
そう言って冒険者たちに深々と頭を下げた。
「お姉ちゃんが森の魔女さん?」
とてとてと魔女の側に駆け寄って見上げたのはポロム。エルフの女性は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに悲しそうな笑顔を浮かべた。先程のウルフたちが女性の前では非常に穏やかな顔をしているのを確認したユリヤは疑問に思っていたことを聞くことにした。
「どうしてあなたはここに住んでいるの?」
「私はずっとこの土地で暮らしてきたのです。開拓が進んで随分小さくなってしまいましたけれど、この森は私の故郷ですから・・・・」
森を見回しながら女性は言った。
「実は、今行方不明になった子供たちを捜しているのだが、何かご存知ではないだろうか」
最大限の礼節を尽くしオルフェは女性に事の真相を話し始めた。街の噂の話をしたときにはさすがにあまりいい顔はしなかったものの、女性は冒険者たちの話を真剣に聞いていた。
「そうですか・・・・やはり私が事件に関わっていると思われていたのですね」
「ですから私たちのお手伝いをしていただきたいのです。一緒に子供たちの事件を解決すれば街の人たちの誤解もきっと解けるはずです」
セリアの提案に他の冒険者も同意を示す。この森の魔女に実際に会って彼女が犯人ではないことを確信していたのだ。
「しかし私はこのままでも・・・・」
言いかけた女性をヒャーリスが無言で制する。
「悲しいことは言わないでください。一人は寂しいものですから・・・・」
そう言ったヒャーリスの表情はどこか寂しげであった。女性はしばらく考え込むように俯いていたが、やがて顔を上げるとため息を一つついた。
「わかりました。協力できることは少ないとは思いますが、この子たちを連れて行ってください。子供たちがいる場所まで案内してくれるはずです」
女性が足元で気持ちよさそうにしているウルフ二匹に視線を送ると、ウルフたちは冒険者のほうを見て短く吠えた。
●道化師。
魔女の小屋からさらに森の奥へと進んでいく一行。女性の話ではここ最近になって道化師の格好をした奇妙な男が度々小屋に訪れていたという。どうやら普通の人間というわけではないらしくウルフたちも本能的に怯えていたらしい。目的は不明だが、どうも女性を仲間にしたかったような話振りだったそうだ。
「子供たちの話にあった噂を流した変な男ってのと一致するな」
セリアスの言葉に皆が頷く。
「一体何のためにそんなヒドイことを・・・・」
怒りを顕わにするのはルチア。同じエルフとして女性を取り巻く状況は見ても聞いても気持ちのいいものではなかった。
「あそこだ」
しばらく森を進むと突然視界が開け、ぽっかりと空いた広場に到着する。あらかじめオーラエリベーションを使用して感覚を鋭くさせていたセリアスはそこに複数の気配があることを察知していた。警戒して木陰から広場を覗き込むと、そこには虚ろな目をした子供たちが円を描いて立っていた。行方不明になった子供たちで間違いないだろう。その円の中心には今まで散々話に出てきた道化師の格好の男がくるくると踊っていた。
「皆を返すなのーっ!」
そう言ってポロムは道化師目掛けて矢を放つが、道化師はひらりと矢をかわしてしまう。いきなりのポロムの行動に一行は目を丸くしたが、このままというわけにもいかないので道化師の目に躍り出た。
「お前が子供たちを・・・・一体何が目的だ!」
武器を構え道化師と対峙する冒険者。道化師が不気味な笑顔を浮かべたまま指をパチンと鳴らすと、虚ろだった子供たちの瞳に生気が宿り始める。
「あれ・・・・ここ、どこ?」
自分たちの置かれた状況がわかっていないのか、子供たちは見知らぬ場所に立っていることにひどく動揺していた。さらに目の前にいる道化師の姿を確認してそれぞれが悲鳴やら叫び声をあげる。その騒ぎの中を道化師はするりと抜け出すと森の奥へと姿を消した。後を追おうとした冒険者だったが、子供の保護が先と考えそのまま子供たちを宥め始めた。
●その後。
子供たちを宥めて親たちの元へ帰した一行はまず森の魔女の噂を変えることにした。一度ついてしまった大人の観念を変えることは非常に難しい。しかしそんな身勝手な大人の考えが子供たちから素直さを奪い、エルフの女性を悪く言う大人に内緒で森へ出かけるという大胆な行動を生み出したのだ。
とはいえ子供たちも親に心配をかけていたことは事実なので心配をかけないようにと注意をしたセリアは、街の中で歌に乗せて女性のことを綺麗に歌い上げていた。歌には決して女性が悪い人ではないということ、子供たちの救出を少なからず手伝ってくれたことなどが織り込まれていた。さらに同じエルフであるルチアとオルフェも独自に街で情報を流し、女性に対する偏見をなくすことに尽力した。
そのせいあってか、数日後には森の魔女の悪い噂はほとんどなくなり、子供たちだけでなく街に住むエルフが女性の元を訪れるようにまでなっていたそうだ。
冒険者たちが女性が街に迎え入れられたという話を聞いたのはそれからしばらくしてからであった。
Fin〜