笑わない娘。

■ショートシナリオ&プロモート


担当:鳴神焔

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月29日〜05月04日

リプレイ公開日:2008年05月02日

●オープニング

 お姉ちゃんは何をしても笑ってくれない。
 いつも同じ顔のままずっと空ばかり見ている。
 とても綺麗な顔をしているのに。
 色んな人がお姉ちゃんを笑わそうとやってくる。
 ピエロのお兄さん。
 手品師のお姉ちゃん。
  お城の兵隊さん。
 でもお姉ちゃんはどれを見ても笑わない。
 どうしてなんだろう・・・・・・?
 誰かお姉ちゃんを笑わせれる人はいないのかな。

 それからしばらくして冒険者ギルドに一人の少年が姿を現した。

「あら・・・・・? どうしたのかな、僕」

 いつもより随分と低い視点に姿があったため気付くのがすっかり遅れてしまった受付嬢は、少年の目を見てにこりと微笑んだ。少年は特に気にした様子もなくいそいそとポケットに手を突っ込むと、一枚の紙を取り出して受付嬢に渡した。

「ん? なになに・・・・・・この娘を笑わせた者には褒美を取らせる・・・・・・何だか変わった触れ込みだわ。領主様の印が押されてあるわね。何の余興かしら・・・・・・」

 受付嬢は小首を傾げて紙に落としていた視線を少年へと戻した。
 少年はしばらく俯いてなにやら考え込んでいたようだが、やがて意を決したように言葉を紡ぎだした。

「お姉ちゃんを・・・・・・綺麗にしてあげてっ!」


 少年の話にある女性は大失恋をしてしまったようです。ひどい振られ方をしたようで、それが原因でひどく人間不信に陥っていり、笑うことをやめてしまっていたというのです。ただ長い間そうしているうちに笑い方を忘れてしまったらしく、本人もどうしていいのかわからなくなっています。ただ、依頼主の少年には心を開いているようで、極稀に少年の前でだけ微かな微笑を見せることがあるらしいのですが・・・・・・
 冒険者の皆さん、この女性の笑顔を何とか取り戻していただけないでしょうか。

●今回の参加者

 ea9527 雨宮 零(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2011 東雲 魅憑(36歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb4721 セシリア・ティレット(26歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 ec4810 オルフェ・ガーランド(27歳・♂・神聖騎士・エルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

●出会い。
 一行は依頼主である少年と共に問題の女性の住む家へと向かうため、街道を歩いていた。
 今回の依頼は人の心に関する物であるため、女性の事をもっとよく知る必要があると考えた一行はまずこの少年に話を聞くことにした。最初に話しかけたのは雨宮零(ea9527)だった。
「あなたはもしかすると女性の弟さんではないですか?」
 零が一見すると女性と見間違えそうな綺麗な笑顔を浮かべて尋ねると、少年は首を耀く笑顔を浮かべて大きく頷いた。
「それじゃあなたのお父さんは領主様、なのかしら?」
 と、小首を傾げながら尋ねたのは東雲魅憑(eb2011)だ。特に意識したわけではないのだろうが、その仕草には言い様のない色気があった。とはいえ少年がそれに気付くにはまだ早いのだが。
「僕のお父さんは領主様じゃないよー。領主様のところで働いてるんだよ」
 少年にとっては自慢の父親なのだろう、得意げな顔でそう答えた。
 どうやら少年の家は貴族の位にあるようで、領主とは顔見知りではあるようだ。
「お姉ちゃんはどうして笑わなくなっちゃったの?」
 少年の天真爛漫な姿を微笑ましく思いながら尋ねたのはセシリア・ティレット(eb4721)だ。少年は寂しそうな顔をすると、セシリアの服の裾をぎゅっと握る。
「お姉ちゃん、領主様のところのお兄ちゃんと結婚するって言ってたの。でも、お兄ちゃん色んなお姉ちゃんと仲良しで、少し前にいなくなっちゃったんだ‥‥」
 俯いたまま下唇を軽く噛み締めて涙声でそう答えた少年の頭を、セシリアは優しく撫でる。
 何となく関係図が見えてきたオルフェ・ガーランド(ec4810)は、跪いて少年の肩をぽんと優しく叩く。
「大丈夫だ。俺たちがきっと何とかしてみせる。だからそのお姉ちゃんに俺たちを紹介してくれないか?」
 少年にそれを断る理由などなく、再び太陽が輝くような笑顔を浮かべると大きく首を縦に振った。

「お姉ちゃん! 今日は僕のお友達を連れてきたのー!」
 少年がとてとてと駆けていった先には一人の金髪の女性が豪華な椅子に腰掛けて窓から外を見ていた。柔らかな金髪に雪のような白い肌にしゅっとした面持ちの女性は、少年の声に反応してゆっくりと振り返った。なるほど少年の言うとおりかなりの美人である。
「あらカイル、おかえりなさい。今日は随分とお友達を連れてきたのね」
 女性は駆け寄ってきた少年―――カイルの頭をそっと撫でながら、一行に視線を向けて座ったまま一礼する。
「初めまして皆様、私はカイルの姉でナターシャと申します。よろしくお願いいたしますわ」
「わたくしは魅憑。卜占‥‥はジャパン語だから‥‥えーと、占い師よ。よろしくね☆」
「初めましてナターシャさん。私はセシリアと申します。皆さんはセシリーと呼んでくださいますのでよかったら気軽にそう呼んでくださいね」
 女性陣がまず自己紹介を済ませると、男性陣も思い思いの自己紹介を始めた。
「大したものではないのだが、せっかくお邪魔させてもらうので手土産を持ってきた。気に入っていただけるとありがたいのだが」
 オルフェはそう言うとバックパックからサクラの蜂蜜と幸せに香る桜餅を取り出し、ナターシャのほうに差し出した。部屋一杯に広がる甘い香りに一行も思わずほんわかした気分になる。
「いい香りですわ‥‥優しい気持ちになりますわね」
 笑顔こそ見せないものの、香りを楽しむように目を瞑ってナターシャは呟いた。しばし一緒に香りを楽しんでいた一行の意識を引き戻したのは、我慢できなくなっていたカイルの一声だった。
「ねぇ、せっかくだから食べようよー」

●日常生活。
 その日から一行はナターシャの屋敷に通うことにした。ナターシャも毎日訪れる客人たちの相手をしながら、その合間を縫っては話を聞いてくれていた。一行が冒険者であることを聞いたときはさすがに少し驚いたような顔をしたものの、やはり自分を笑わせるためだけに訪れる人々とは違い、単純にカイルや自分に会いにきてくれるというのが嬉しかったのだろう。もちろんカイルが一緒に話に参加してくれていたことは大きな要因の一つではあるが。そうして話していくうちに少しずつ硬さが取れてきたようで、その証拠にナターシャから一行に話を振ってくれるようにもなったのだ。

 二日目。
 冒険者という職業に興味を持ったのか、ナターシャは冒険とはどのようなものかという質問を零に投げかけていた。
「冒険というのは、人と接することと一緒なんですよ。悲しいことや、辛いこと‥‥予想もしなかったことが常に起きます」
 零がそう言うと何かを思い出したのか、ナターシャは一瞬暗い表情を浮かべた。
 その様子を見た零はナターシャに向かってにこりと笑顔を見せる。
「でも、それを怖がっては‥‥それ以上の嬉しいこと、楽しいこと。幸せが見つけられないんです。だから皆、人と関わり合うんですよ」
 しばらく俯いたままだったナターシャは、やがてすっと顔を上げると零の目をじっと見つめた。しばしの間二人は見つめあっていたが、ナターシャのほうがすっと視線を逸らして俯いてしまった。零が変化の糸口を感じるには充分すぎる反応であったのは言うまでもない。

 三日目。
 その日セシリアは屋敷内の掃除などを使用人に混じって手伝っていたのだが、ナターシャに呼び止められていた。ナターシャからすれば客人にそんなことをさせるわけにもいかないと思ってのことだったのだが、思わぬところで訪れた会話のチャンスを逃す手はない。セシリアは思い切って思っていたことを聞いてみることにした。
「ナターシャさん、恋は辛いですか?」
 突然の問いかけにナターシャは慌ててセシリアから目を逸らした。それを見たセシリアは何かを確信したのか、ナターシャの顔をじっと見つめながら言葉を紡ぎだす。
「誰も好きになれないよりも、誰かを好きになった恋は切なくて‥‥、その方がより人を愛せるようになるはずですよ?」
 相変わらず目を逸らしたままだったが、ナターシャの動揺は目に見てわかる程になっていた。セシリアはそっとナターシャの肩に手を乗せると、とびっきりの笑顔を浮かべた。
「焦る必要はないんです。ただ‥‥一度相手の袖を濡らすぐらい思いっきり泣いてみてもよいのではないでしょうか」
 セシリアの紡ぎだす言葉をナターシャはゆっくりと噛み締めていた。

 四日目。
 オルフェが部屋で一人紅茶を飲んでいると、何やら思いつめたような表情のナターシャが姿を現し、オルフェの近くに無言で腰掛けた。二人の視線が少しの間交差するが、ナターシャの視線はすぐに床へと落ちていく。しばしの間静寂が部屋を満たし、柔らかな風の音だけが二人の間を通り抜けるだけになった。
「気持ちの良い風だな」
「え‥‥あ、本当ですね」
 沈黙を破ったのはオルフェだ。考え事をしていたナターシャはその声に少し驚いたようだが、窓から流れ込む風が頬を撫でるのを感じ、ゆっくりと頷く。それを見ていたオルフェがふっと小さく笑みを浮かべる。
「どうされたのですか‥‥?」
「いや、この心地良さを感じられるということは心に少し余裕ができたのだろうと思ってな」
「‥‥そう、でしょうか‥‥」
 不思議そうに見つめるナターシャの姿が今は亡き恋人と重なって見えたのか、オルフェは少し目頭が熱くなるのを感じていた。
「昔、ナターシャ殿と同じような思いをしていた人がいた。俺はその人に対して何もしてあげれなかった。随分と悔しい思いをした‥‥もう誰にも俺と同じような思いはしてほしくない」
「‥‥‥‥」
 同じような思いという言葉に反応したナターシャだったが、掛ける言葉が見つからないままゆっくりと流れる時間だけが二人を支配していた。

 同じく四日目。
 ナターシャと会話を始めたのは魅憑。話のきっかけはもちろん魅憑の生業である占いの話題である。しばらくはいつもの通り占いの方法や今まで見たお客さんの話などをしていたのだが、ふと魅憑は真剣な顔でナターシャに話しかけた。
「こういう仕事してるとね、他人の悩みを聞いたりする事も多いのよ。勿論聞いた話はお客さんが望むなら秘密厳守☆ どう、良かったらおねーさんに少し吐き出してみない?」。
「悩み‥‥というよりはどうしたらいいのかという感じですわね・・・」
 随分と打ち解けたのだろう、ナターシャは首を傾げながら答える。
「ふーん? じゃあ一つ占ってみない?」
「私がですか? ‥‥じゃあ、お願いしてみようかしら」
 魅憑は意外と乗り気になってくれたナターシャの前に神秘のタロットを広げ、その中から一枚を選ばせる。
「えーと‥‥これは『星』の絵ね。絵の中では沢山の星がこの娘を見守ってる。けどこの娘は下を見ているからそれに気付けないの。‥‥貴女もそうじゃない? 空や過去ばかり見ていないで、今すぐ傍にある星を探して見なさいな☆」
 いつの時にも女性は占いを信じやすいもの、ナターシャも例外ではなかったようだ。占いの結果に思い当たる節でもあるのか、神妙な面持ちで考え込みながら部屋を後にした。

●最終日。
 珍しいことにその日全員がナターシャの部屋に呼び出されていた。部屋の真ん中にはナターシャが初めて出会ったときと同じように窓の外を眺めていた。以前と違うのは、一行が部屋に来てもこちらを振り返っていないこと。
「皆さんのおかげでこの五日間、本当に素晴らしい時間を過ごすことが出来ました」
 後ろを向いたままのナターシャの言葉を一行はただ黙って聞いていた。
「皆さんとお話しするうちに‥‥私は自分の間違いに気付きました。ただ塞ぎこんでいても仕方がないのだということを」
 そこでナターシャはふうと息を吐き出した。
「これからは‥‥しっかり前を向いていきますわ」
 そう言いながら振り向いたナターシャの顔にはまるで春の日差しのような優しい笑顔が浮かんでいた。

Fin〜