【黙示録】扇動の聖女。
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■ショートシナリオ
担当:鳴神焔
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 85 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月12日〜04月17日
リプレイ公開日:2009年04月20日
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●オープニング
●闇の始まり
春の陽気が気持ちのいい少し長閑な街並み。
暖かな日差しが街を包み込み、柔らかな風が行き交う人の間を楽しそうにすり抜けていく。
人々の顔には笑顔がこぼれ、子供たちの賑やかな声が街の中を駆けていく―――そんな幸せな風景の中を一人の女性がゆるやかな足取りで通り抜けていた。
純白、その言葉が最も似合うのではないかと思われる真っ白なドレスを身に纏い、まるでそこだけ絵から切り取ったような違和感を身に纏った女性である。
そんな女性の傍に小さな人影が一つ近寄ってきた。
おそらく十歳位だろうか、背丈は女性の胸あたりまでしかない。青を基調としたファーコートに身を包み、深々と被ったフードから少し見え隠れする髪の襟足が風に揺れて小さく動いていた。さらにその人影の両脇―――ちょうど手を突っ込んでいるポケットの辺りから不気味な淡い光を放つ鎖のようなものが垂れていた。
「準備はできているのかい? 」
「はい。少々手間取ってしまったせいで、五月蝿い虫が砦周辺を嗅ぎ回っているようですが」
「構わない、予想の範疇内だ。それよりせっかくの大舞台だ、楽しんでもらえるといいね」
女性の心配も余所に、楽しそうに歪な笑みを浮かべる小さな影は、深々と被っていたフードを払うような仕草でふぁさっと取り外す。
現れたのはいかにも中性的な少年。その表情は穏やかな笑顔ではあるものの、まるで作り物であるかのような不気味さが漂っている。
「さて‥‥人間の本性、見せてもらおうかな」
小さく呟く少年はゆっくりと空を仰ぎ見てくつくつと笑った。
●冒険者ギルドINキエフ
カランカラン―――
「いらっしゃいませー、キエフ冒険者ギルドへようこそ♪ 」
扉が開かれたことを知らせる鈴の音とほぼ同時に響き渡る受付嬢の明るい挨拶。キエフのギルドでは既にお馴染みになっている風景ではあるのだが、どうやら現れた客人にはそれが通じなかったようだ。来る所を間違えてしまったと言わんばかりの表情をその顔に浮かべたまま固まっているのは気弱そうな青年。
「あの‥‥冒険者ギルドってのはここでいいんですよね‥‥? 」
「あ、はい。何かお困りのことでもありましたか? 」
あくまで笑顔の受付嬢にやはり不信感を隠せない青年だったが、他に頼る場所もないのか、やがて諦めたようにポツリポツリと話し始めた。
「実は‥‥うちの街で今争いが起こっているんです」
「争い‥‥ですか? それは街の統治権などを巡ってとか‥‥? 」
実際ギルドに持ち込まれる依頼の中には内紛中の領地に赴くこともある。
今回もその類ではないかと洋装した受付嬢の言葉に、青年はゆっくりと頭を振った。
「それが‥‥原因がわからないのです」
呟くように言った青年の口からは言葉と共に溜息がこぼれた。
青年の話をまとめると、今まで喧嘩など一度もしていなかった夫婦がある日突然大喧嘩をし、あげく妻が夫を殺害してしまったり、素直で明るい子だと評判の子供が突然豹変して歩行者に襲い掛かったりと、日常からは考えられないような変貌を遂げる人が続出しているのだそうだ。その原因は全くもって不明であり、何か魔法的なものがかかっているとか、変な薬を盛られているとか、そういうことは一切ないそうだ。
「ただ‥‥関係ないかもしれないんだが、ここ数週間街の中で少し変わった親子をよく見るようになりました」
「変わった親子‥‥? 」
「はい。母親と子供の格好にあまりに統一感がなくて‥‥それに何というか‥‥見ていると落ち着かないというか‥‥何か変な気分になるんです」
俯き加減に話す青年は、思い出すだけでも嫌な感じがするのか、両手で自分の両肩を抱きしめながら一瞬身震いをした。
「何とか‥‥助けてもらえないでしょうか‥‥? 」
青年の言葉を一通り記録した受付嬢は記録帳をぱたりと閉じると、ギルドに入ってきたときと同じような笑顔を浮かべて元気よく答えた。
「ご依頼、お受けいたします♪ 」
●リプレイ本文
●カップル‥‥?
春麗らかな街並。
まだ北の大地には雪が残り、正式な春の訪れはしばらく先ではあろうが、それでも街の至る所で草木の芽が顔を出し、小鳥たちの囀りはまるで春への序章を祝うかのように街に染み渡る。
静かな春の訪れは気候の暖かさもさることながら、人々の心にも穏やかさという風を吹かせていく。
そんな柔らかな街中を異色のカップルが一組歩いていた。
「ねぇダーリン」
呼びかけるのは北の大地におおよそ似つかわしくないジャパンの服装に身を包んだ風生桜依(ec4347)。幼さの中にも妖艶さをチラつかせる女性が、隣の男性にしな垂れかかるような姿勢で呟く。
「なんだい、ハニー」
応える男性は深紅のローブとマントを身に纏い、煌く金色の髪をなびかせた少し目付きの悪いデュラン・ハイアット(ea0042)。その鋭い目付きは常に冒険とロマンを追い求めてきた者特有の獰猛さと狡猾さを兼ね備えている。
まるでアンバランスな二人だが、だからこそ人々は目を止め、何事かとその様子を覗き見る。
「今日もいい天気ね〜」
桜依は問いながら目元をぴくぴくと引きつらせ、さり気無く腰に回ってくる手を見えない場所で必死につねっていた。
「いい天気だね。きっと太陽も私達を祝福しているのさ」
一方歯が浮くような台詞で応えるも若干涙目になりながら必死に笑顔をつくるデュラン。それでも彼の右手は諦めずに機会を狙っているのだから驚きだ。
毎日のように街道で繰り広げられる二人の見えない攻防戦はすぐに街中で評判になり、ほんのわずかな間にすれ違う人々の名物になりつつあった。
勿論幸せそうな二人を演出する、というのが今回の大前提ではあるのだが、幸せの形は人それぞれ―――人々の目にはこれはこれで幸せそうに写ったようだ。本人たちの意図するところとは違うかもしれないが、とりあえず目を引く存在になるというところでは文句なしの成果といえるだろう。
●偵察ひとりっこ。
「何をやっているんだか‥‥」
溜息交じりでやれやれと頭を振るのは先行して街に入り情報収集をしていたエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)。
本来の目的から言えば彼らの演技は止めなければならない所だが、エルンストの得た情報で目的は少し修正を余儀なくされた。それは、決して幸せな人が豹変するわけではないということ。
「集めた情報によれば街で評判になった者から順にターゲットになっている。つまり‥‥目立てばいいだろう」
自分が演技者でないことに少し感謝しながらエルンストは辺りに注意を払った。
街に到着してから既に三日。
そろそろ何らかのアクションが起こってもおかしくはない。
予め一番最近に目撃情報があった場所でパーストを使用して件の親子の姿は仲間には伝えてあるため、近づいてくればすぐにわかるはずではあるが、相手側もこちらの動向をある程度掴んでいる可能性は否定できない。
「嗅ぎ回っているのが俺だけだと錯覚してくれればいいのだが、な」
呟きながらチラリと自分の右手の人差し指に目を落とす。
一粒の大きな宝石をあしらった指輪。その宝石の内部には一羽の蝶が刻まれている。
デビルが近づけば蝶が羽ばたくという不思議な指輪は、エルンストが目をやった瞬間を狙ったかのようにゆっくりと羽ばたき始めた。
「来たか‥‥!」
慣れたはずの緊張感を背筋で感じながらエルンストは辺りの気配を探る。
●接触。
「あのー、ちょっといいですかー?」
いつものように仲の良いカップルを演じていた二人の耳にのんびりと間延びした声が入ってきた。目の動きだけで辺りを見回すといつの間にか周りに人気は無くなっている。どうやら街の中でも裏通りに入る場所のようだ。二人は一瞬―――ほんの一瞬だけ目配せをすると、一緒に声の主に振り返る。
純白のフリルのドレスに身を包み、街中にいるのに妙な違和感を覚える一人の女性がそこにはいた。事前に詳しい顔立ちを聞いていた二人にはそれが件の親子の親のほうであるとすぐに気が付く。
「‥‥何か御用かな?」
デュランはできうる限りの平静を装い、にこやかな笑顔と共に女性に話しかけながら髪の毛をふぁさっとかきあげる。傍から見ればナルシスト以外の何者でもない行為だが、エルンストに送る一つのサインでもあった。
女性は特に疑う様子もなく人差し指を顎にちょこんと置いて首を傾げる。
「一つ質問があるのですがー」
「質問‥‥?」
問い返す桜依に女性はこくりと頷いた。
「はいー。えっとぉー、お二人はー‥‥自分に正直に生きてますかー?」
思っていたのとは少し違った言葉が飛んできたため、思わず言葉を失う二人。が、深く考えても仕方がないと悟ったのかデュランは考える仕草の後こう言った。
「自分に正直に、か。自分ではかなり正直に生きていると自負しているが」
「あなたはもう少し控えて欲しいです‥‥」
聞こえないギリギリの声でぼそりと呟く桜依。
そんな様子を不思議そうに眺めていた女性だったが、ふと残念そうに首を振った。
「ふぅ‥‥やはりダメねぇ。あなたたちじゃダンタリアン様の知欲は満たせないわー」
はふ、と溜息をつきながら吐き出した女性の言葉にデュランは眉を顰めた。
ダンタリアン―――確かに女性はそう言った。
現状では聞き覚えのない名前ではある。
ただ口振りから推測するに位の高い者だということだけは確かなようだ。
「あなたたちに用事はないのよぉー。特に‥‥後ろでこそこそ嗅ぎ回ってるような人間にはねー」
女性は最後まで言葉を紡ぎ終える前にすっと後ろに移動し、そのまま近くの民家の屋根を見上げる。そこにいたのはスクロールを広げた態勢のままで小さく舌打ちするエルンストの姿があった。
女性の視線が外れた一瞬の隙。
桜依は後ろ足にぐっと力を溜め、次の瞬間筋力を爆発させて一気に間合いを詰める。
「はあぁぁぁぁぁぁっ!」
掛け声一閃、風に靡く浴衣に隠した愛刀「桜華」が滑るように鞘から発射される。
女性は驚きの表情を浮かべて瞬時に身をよじるが、完全に虚を衝かれたせいで衣服の一部が切れ端となって宙に舞った。
「今のは‥‥ちょっと危なかったわよぉー?」
それが本来の口調なのか、一向に焦った様子が伺えない声で女性は言う。
「‥‥いつから、気付いていた‥‥?」
女性を睨みながらデュランは疑問を口にした。
確かにこちらの動きは既に知られているかもしれないという仮定はしていたが、こうも簡単に筒抜けているとも思ってはいなかった。
「ふふ、ダンタリアン様は何もかもお見通しよぉー」
そう言いながら女性はゆっくりと斬られた衣服に視線を落とす。思ったより深く斬れていたのだろう、小さく溜息をついて斬れた部分をゆっくりと上から下に撫でる。次の瞬間、衣服は完全に元の姿に戻っていた。
「‥‥こいつが反応していたのは‥‥子供でなくお前だったか」
忌々しげに指輪に視線を落としてエルンストは呟く。
冒険者たちは今回親子連れの子供のほうをデビルだと踏んでいた。そのため女性のほうに重きをおいていなかったのだが、どうやらこの女性、デビルのようである。
「一体あなたたちは何を考えているの!?」
手にした日本刀の切っ先を向けながら、桜依は女性を睨みつける。
今まで戦ってきたデビルとはどこか違う。これまで見てきたデビルはどちらかといえば直接攻撃を加えてくるタイプであった。しかし今回の事件を振り返っても、結局手を下したのは人間である。勿論何らかの手は加えているのだろうが、それにしても随分と遠回しなやり方―――だが不気味でもある。
「私たちが何を考えているかというよりもぉー、あなた達がどうして地獄に足を踏み入れるのかのほうが問題よぉー? ま、問題にしてるのは上の方だけだけどねぇー」
噛み付きそうな桜依に不適な笑みを浮かべて返す女性。
「‥‥もう一人の子供は何者だ」
「あぁー。教えてあげてもいいんだけどぉー‥‥怒られちゃうからだめー」
「くっ‥‥この‥‥っ!」
募るイライラと戦いながら問いかけるエルンストは、気の抜けるような返答にさらに苛立ちを加速させる。
とそのとき、一人の男性が運悪く冒険者たちが対峙する通りへと迷い込んできた。
「あれ? あんたらこんなとこで何してんだ?」
「ばっ‥‥こっちに来るな! 早くここから‥‥」
何のことかわからずきょとんとする男性にありったけの声で怒鳴るデュラン。その声は男性に飛来する一つの黒い光の球体に遮られる。禍々しいという言葉がしっくり来るようなその球体は滑らかに宙をすり抜け、男性の身体へと吸い込まれていく。そして―――
パァン
軽い、本当に軽い音を立てながら男性の身体は跡形もなく砕け散った。
冒険者たちはほんの一瞬何が起きたのか頭の理解が追いつかずに呆けていたが、すぐに思考を取り戻し対峙していた女性が立っていた場所に視線を戻す。しかしそこには何も無かった。
「‥‥!? どこにいった!?」
デュランは必死に辺りを見回すものの、女性の姿らしきものは一向に見つからない。
「‥‥逃げ、られたの‥‥?」
桜依の言葉に頷くものはいない。
「‥‥少なくとも正体を知られたこの街には姿を見せることはないだろう‥‥どこか他の街にいくのか、それとも‥‥」
最後の言葉を語らぬままエルンストはゆっくりと首を振る。
「とにかく報告しねぇと、な」
デュランの言葉に、一向はキエフの街へと向かう。その足取りは鉛のように重く、砂利を噛み砕いたような苦い気持ちにしかならなかった。
〜Fin〜