【ゲヘナ攻防戦】祈りの章。
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■ショートシナリオ
担当:鳴神焔
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 64 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月30日〜05月03日
リプレイ公開日:2009年05月09日
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●オープニング
ゲヘナの丘での大激戦の末エキドナを打ち破った冒険者たち。
だがあくまで「撤退させた」だけにすぎない。
現在の地獄ではムルキベルの砦変化やバアルの減らない軍隊の対処に四苦八苦で、このゲヘナの丘を開放すべき決定打を欠いている状態だ。事実エキドナは常に隙を窺ってゲヘナの丘奪還に執念を燃やしているという情報が入ってきている。
「何とかして皆の力になりたいな‥‥」
キエフに住む小さな冒険者ポロムは、前線で戦う他の仲間たちに想いを馳せながら空を見上げる。
ポロムは多くの冒険者たちがデビルたちの本拠地である地獄に攻め入る中、キエフの街を護ることを選択した。しかしここからでも何かできることがあるのではないかと探していた。
その様子を微笑みながら見ていたギルドの受付嬢は、ポロムに一つの提案をした。
「ゲヘナの丘って、祈りを捧げる事も重要な意味を持つんでしょ? だったら‥‥この街の外れにある広場で祈ってみたら? キエフの中にもそういうことに特化した冒険者がいるはずよ」
受付嬢の言葉にしばらく考える素振りを見せたポロム。
しかし突如ぱあっと顔を輝かせると、受付嬢の下へとてとてと駆け寄ってくる。
「じゃあ、依頼をするよ! 僕一人じゃさすがにどうにもできないから‥‥」
「はい♪ 依頼、承りました」
●冒険者のみなさまへ
地獄で戦っている皆のために、僕たちにも何かできることがあると思うんです。
だから皆の力を貸してくださいっ。
少しでも僕たちの力がみんなに届くように、お祈りをしようと思います!
例え戦うことができなくとも‥‥この想いはきっと届くはず!
●リプレイ本文
●事前準備は万端に。
雪融けが始まったキエフ。
柔らかな日差しが冷たく閉ざした街並みを柔らかく包み込み、早くも新緑の息吹を感じさせてくれる。
そんな春先のキエフ郊外には幾人の人が集まっていた。その中でも一際小さな人影がちょこまかと動いている。
「お祈りお祈り〜♪」
楽しそうな鼻歌を歌いながら何やら人形のようなものを作っているのは、今回の依頼人でもあるポロムだ。見ただけではどう見ても祈りとは正反対の立場にいそうなものだが、本人は至って真剣のようである。
「どうするんでしょうか‥‥あれ」
苦笑するアルテス・リアレイ(ea5898)は街の人に協力してもらいながら、広場の中央に櫓のような物を組み立てていた。
今回皆で祈るのは地獄で奮戦する仲間たちの無事や、戦で惜しくも命を落としてしまった者たちに手向ける身近なモノだ。故に宗教や身分、様式などは一切問わない自由な祈り。
中には膝をつく者も腰を下ろす者もいるだろう、と地面に落ちた小石などを拾っているのはヴィクトル・アルビレオ(ea6738)。一見強面のヴィクトルだが、その心根は神父らしい清らかなものであった。
「今宵我等は祈りの儀式に入る。その際に皆に注意してもらいたいことがある」
野太い声で集まった住民たちに説明をしているのはシャルロット・スパイラル(ea7465)。これまた見た目だけならその辺りのゴロツキと間違えそうなシャルロット、時折見せるにやりとした笑みはポロムが一瞬敵と勘違いしたほどだ。そんなシャルロットも話すうちにバカがつくほど正直であることが伝わり、こうして彼の説明に耳を傾けるほどにはなっていた。
「今宵の祈りは精霊と共に舞を舞う盛大なものであーる。よってぇ!」
語尾を強調してかっと目を見開くシャルロット。
「篝火のごとく炎を舞い上がらせるゆえ、大量の炎をしようさせていただくっ」
シャルロットの説明にざわざわと沸き立つ住民たち。それもそのはず、ここは郊外とはいえ街の中。何かあっては取り返しのつかないことになる。
「大丈夫です、僕たちも一緒にいますから」
フォローするアルテスの柔らかな笑顔に住民たちも互いに顔を見合わせて話し合い、やがて了承を得ることとなった。
「難しく考える必要はなぁい。要は‥‥希望を抱いて騒げばよいのだから」
そう言ってにやりと笑うシャルロットはやはり怖かった。
●接触。
準備をしていくこと数時間。
既に辺りから陽光がその力を失い、夕闇が徐々に世界に侵食し始めていた頃、郊外の様子を伺う影があった。
ロシアの正教は黒、当然祈りを捧げる際に黒のローブに身を包む者も少なくなく、その影も同じように黒のローブに身を包んでいた。
「祈りでダンタリアン様の計画に影響が出るとは思えんが‥‥万が一ということもある。潰しておくか‥‥」
ぼそぼそと呟く人影は街の人々の協力でようやく立てた櫓の方へとすっと近付いて行った。
「‥‥ん?」
見回りをしていたヴィクトルの視界に、明らかに不審な動きをする影が移される。その影は不必要に辺りをきょろきょろと見回しながらゆっくりと先程立てた櫓のほうに近付いているではないか。
「そこの者、何をしておる」
その影が櫓付近まで近付いたのを見計らってヴィクトルは声を掛けた。
案の定影は極端なほどびくっと体を震わし、ゆっくりとヴィクトルの方に振り返る。
青白い、いかにも不健康という顔をした中年ぐらいの男性だ。
「い、いや‥‥こ、こいつの出来をチェックしようと思ってよ‥‥」
「ではその手に持っている物は何だ?」
櫓を見上げながら応える男にヴィクトルは鋭い目付きで男が持つ袋のようなものを睨み付ける。
「‥‥ちっ!」
少しの沈黙の後言い逃れは出来ないと悟ったのか、男は舌打ちして素早く後方へ移動する。その際に男の体が仄かに暗い光を放っていたのをヴィクトルは見逃さない。
「ディディスカス!」
号令一閃、上空から人の三倍ほどある巨大な女性が飛来する。薄い布に身を包んだ女性―――ディディスカスは来ると同時に手を男の方へとかざして高速で呪文のようなものを唱えた。
直後、ディディスカスの手から突風がうねりを上げて出現し、そのまま男を飲み込んでいく。
「敵襲かぁっ!」
「大丈夫ですか?」
物音を聞きつけシャルロットとアルテスも駆けつけて来る。
突風で魔法を唱え損ねた男は苦々しげに冒険者たちと対峙する。
「‥‥デビルですか?」
男の方から視線を外さずに問うアルテスに、ゆっくりと首を振るヴィクトル。
「いや‥‥確証はないが、恐らく違うだろう」
今回はデビルと判別するための手段は持ち合わせていない―――いないが、目の前の男はデビルではないと直感が告げている。最も感化された人間である可能性は高いが。
「どちらにせよ邪魔はさせん」
シャルロットの言葉に残りの二人も同意の頷きを返す。
しばしの睨みあい。
先に動いたのは中年男。冒険者たちに背を向けると一気に走り出す。どうやら勝てないと踏んだ上での行動のようだ。
「逃がさんっ! リオォォォトォォォォッ!!」
シャルロットの叫びに反応するかのように男の行く手に炎の柱が上がり、その中からこちらも巨大な女性が姿を現す。
「なっ‥‥」
怯んだ男は方向を転換しようと体を捻る―――が、動かない。
「ヴィクトルさんっ!」
「終わりだ」
淡い光に包まれたアルテスの叫びに黒い光を身に纏うヴィクトルが応え、ゆっくりと男の方へと手をかざす。
次の瞬間男の体はヴィクトルと同じく黒い―――しかしさらに暗く激しい光に包まれる。
「ぐ‥‥ぐおぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
断末魔とも取れる咆哮をあげながら男はゆっくりと地面へと沈んでいった。
●祈れ、己が為に。
街を完全に闇が覆い尽くす頃、郊外の一角の広場では煌々と明かりが灯されていた。
広場の中心で燃え盛る篝火の前で、片膝をついているのはヴィクトル。
「偉大なる父よ、御照覧あれ。我らはここに祈りを捧げ奉る」
ミサに則り黒の祈りを捧げるヴィクトルに、同じ黒の信者が同様に祈りを捧げる。共に連れてきた精霊のディディスカスも精霊独自の祈りをヴィクトルの横で捧げているようだ。
篝火をはさんだ反対側ではアルテスと子供たち、それにポロムがいた。
「一緒に歌を歌おうか」
「うたうー」
「ぼくもー」
「わたしもー」
アルテスの提案に無邪気な笑みを浮かべて賛同する子供たち。
「ポロムくんは‥‥どうですか?」
にっこりと微笑むアルテスにポロムも微笑を返すと、持っていた鞄から何かを取り出した。
「それは‥‥土笛ですか?」
アルテスの言葉に大きく頷くポロム。どうやら歌の代わりに土笛を奏でるらしい。
「ふふ、それでは始めましょうか」
夜のキエフに澄んだ音色と元気な歌声が響き渡る。それは聞く者の心を穏やかにする、癒しの旋律であった。
しばしの間各々の祈りを捧げていた冒険者と住人たち。
ここで篝火の燃える櫓の前にシャルロットがゆっくりと歩み出た。
何かをするらしいと聞いていた住人たちも固唾を呑んで様子を見守る。
シャルロットはまず手から小さな炎を生み出し、次にそれを少しずつ細く、長く練成していく。やがて細長いロープのような炎が完成し、それと同時にシャルロットがゆっくりと回りだす。それに炎が纏わりつき、渦となる。
「導くは我が姓、spiral」
朗々とした声が夜の街に響き渡る。
さらに渦は激しさを増し、やがて昇華を始めて一つの螺旋を描き出す。
『火とは常に入れ替わり変化を続ける……之即ち生命の連続性を
渦とは即ち回転、彼の丘に捧げられた魂が再び今生に生まれる事を願い
螺旋とは即ち階、地獄に囚われていた魂が、天上に上る手助けを 』
歌のような文言をゆっくりと口にしながら、シャルロットは炎の螺旋を篝火へと移す。
櫓から天を貫くほどの炎が立ち上り、やがて元の炎へと戻っていった。
「見事」
ヴィクトルの賞賛に住人たちからも拍手が起こる。
「さぁ‥‥今宵は騒ごうではないかぁっ!」
シャルロットの一声で住人たちはさらに湧き上がった。
炎を焚いているとはいえ、この時期のキエフの夜は非常に冷え込む。特に昼夜の気温差が激しいために体感温度は冷たく感じるのだ。
「準備しといてよかった」
用意していた防寒服に身を包んで呟いたのはアルテス。
と、そこで彼は炎を見つめるポロムの姿を発見した。
「どうしたんですか?」
「あ、アルテスお兄ちゃん」
声を掛けられたポロムはにこりと微笑むと、再び炎の方へと視線を移した。
「‥‥届いたかな、僕たちの祈り」
消えるような小さな声。
祈りとは形に見えない物。それ故に効果があったかどうかも見えるものでもない。
ポロムは提案した手前、正直なところ不安に思っていた。
「‥‥大丈夫ですよ。きっと」
そう言ってアルテスはそっとポロムの頭を撫でる。くすぐったそうな表情を浮かべたポロムは、一瞬驚いたような顔でアルテスを見上げたが、すぐに満面の笑みを浮かべて頷いた。
「‥‥うんっ」
その夜、キエフの街では明け方まで賑やかな声が続いていた。
〜Fin〜