【黙示録・北の戦場】ダンタリアン動く。
|
■ショートシナリオ
担当:鳴神焔
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 85 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月12日〜05月17日
リプレイ公開日:2009年05月21日
|
●オープニング
デビル襲来―――
そんな報せがキエフの街中に届いたのはつい先程のこと。
今までこのロシア国内には様々なデビルが目撃され、幾度と無く冒険者たちと対峙する事件が起こっていた。勿論撃破されたデビルも少なくない。が、取り逃がし潜伏していた強力なデビルもまた存在しているのも事実だった。
冒険者ギルド。
このデビル襲来の騒動で、冒険者ギルドにも多くの人々が駆け込んできている。
そんな中、窓際の席で机に突っ伏している少女が一人―――彼女の名はサフィニア。
サフィニアはここ数日間、ずっと泣き臥せっていた。緑林兵団に所属する身ではあるが、仕事をする気力も無いのか現在は休暇を取っている。その原因は彼女の想い人、タロスのことだ。
タロスは数日前から姿を消している。
最後に見たのは、デビルと共に人の命を奪っていた彼の姿。
残されたのは虚無と絶望、そして無力感。
(もう‥‥何でもいい‥‥)
全てに無気力になってしまった彼女は、一日中この冒険者ギルドで臥せっていた。
「いつまで無様な姿を晒すつもりだ」
突如聞き慣れた声が耳に飛び込んできて、条件反射的にサフィニアは飛び起きた。
ゆっくりと声のする方へ顔を向けると、そこには自分の上司であるリューレルが立っていた。
「た‥‥隊長‥‥」
バツの悪そうな顔をするサフィニアを横目に、リューレルは一束の書類を机の上に放り投げた。
「‥‥これは‥‥?」
「最近キエフ周辺で見かけられたデビルの報告書だ」
首を傾げるサフィニアはその報告書の束をパラパラと捲って―――とある場所で手を止めた。
「場所はここから一日程行ったところにある街フロンラタン。目撃されたデビルは二体、女の姿のデビルと子供の姿のデビルだ。さらにそのデビルについている人間が一人」
リューレルは一旦言葉を切ると、ワナワナと震えるサフィニアの肩にゆっくりと手を乗せた。
「タロスだ」
暗黒の森と呼ばれるロシア国内に広がる巨大な森林地帯、その広さは国土の半分以上を占める。
ロシア有数の公国キエフの周辺にもその暗黒の森は存在する。そしてその暗黒の森の一部を超えたところにも、当然街はある。この外壁都市フロンラタンもその一つだ。
「ここからなら、キエフって街も近いよね」
楽しそうな声で呟くのは青いコートに身を包んだ一人の少年。その両手から伸びている鎖のような物が淡い光を放ち、妙な不気味さを醸し出している。
「壁もあるしーちょうど良いかもしれませんねぇー」
間延びしたような声で応えるのは純白のドレスに身を包んだ女性。一見普通に見えるのだが、そこだけ風景ごと切り取ったかのような妙な違和感を覚える。
この二人に共通していること、それは目が異様なほど金色に光っていることだった。
「ダンタリアン様」
青い少年は声のしたほうにゆっくりと振り返る。
年の頃は十五・六といったところか、綺麗な銀髪の少年が片膝をついた姿勢で控えていた。
「準備はどうだい、タロス」
「はい。一週間以内には全てが終わるかと」
「ふふ‥‥楽しみだね。街一つ分の魂、何が作れるかな」
貼り付けたような笑顔で少年―――ダンタリアンはくつくつと笑った。
●リプレイ本文
●決意。
外壁都市フロンラタンの外れにある小さな酒場、そこに冒険者たちは集結していた。
陽が高々と昇るこの時間帯から酒場に来る人間などいない。それを見越し、予めリューレルが忍ばせていた密偵がこの場所を提供していた。
「密偵さんの情報ですと子供の姿のデビルは地獄でも数度見かけられているダンタリアンでほぼ間違いないそうです。その‥‥タロス少年がそう、呼んでいたのを聞いたそうですし」
風生桜依(ec4347)は依頼人であるリューレルからここの密偵の話を聞き、そこからの情報を報告した。最後のほうの言葉を濁そうとしたのは隣にいる少女を気遣ってのことだろう。
「んで、肝心のターゲットの居場所を掴んだのはいるか?」
「タロスくんのほうはわからなかったけど、女デビルらしいのは特定できたよ」
デュラン・ハイアット(ea0042)が一同を見回して尋ね、その問いにクルト・ベッケンバウアー(ec0886)が応える。
「タロス少年の動きはこちらで把握しています」
「サフィニアさんが随分探し回ってくれたおかげですよ。ね?」
マグナス・ダイモス(ec0128)の言葉に雨宮零(ea9527)が桜依の隣にいる少女に呼びかけながら続く。呼ばれた少女は力なさげに笑みを返すとこくりと頷いた。
ダンタリアンとその配下の計画―――
その全容まではさすがに把握しきれなかったものの、まず何をしようとしているのかまでは予測をつけることができた。それは住民を一所に集めること。
「祈りの儀式、奴らはそう呼んでいるようだ」
「祈り、ねぇ‥‥俺からしちゃあの女が祈るとこなんざまっぴらごめんだがね」
ラザフォード・サークレット(eb0655)が街中に隠れ住む悪魔信者に接触して得た情報にデュランが苦々しげに顔をしかめる。
「街の長の方はさっぱりであった。聞く耳持たぬとはあのことであろうな」
やれやれと肩をすくめるのはヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)。今回のこの騒動を町長に報告しようと掛け合ったのだが、門前払いを食らったようだ。
「しかし余が街中を軽やかに飛び回ったおかげで、奴らが人を集めそうな場所の検討はついたぞ」
どこか嬉しそうに言いながらヴラドは机の上に地図を広げ、ある一箇所を指差した。この街の名物でもある大きな時計塔がある広場の所だ。
「そういえば夜になると広場で何かをしているという話も聞いたな」
「あ、女デビルはそこの広場にいるらしいよー」
ラザフォードが思い出したように口にすると、クルトもそれに続く。
「決まり、ですね」
マグナスの言葉に一同は顔を見合わせて力強く頷いた―――たった一人を除いては。
「大丈夫ですか、サフィニアさん」
その様子に気付いた零が心配そうに問いかけると、サフィニアは弱々しく微笑みを返す。
「うむ、タロスくんを取り戻そうではないか!」
力強く拳を握るヴラド、しかしそれが不可能なことぐらい皆もサフィニアも痛いほどわかっていた。それ故に彼女はふるふると首を振る。
気まずい空気が流れ、誰もが言葉に詰まる。
破ったのは冒険者の中で唯一の女性、桜依。
「タロスさんがデビルとの契約を交わしてしまった、これは紛れもない事実よ」
桜依は淡々と、しかしどこか優しげに俯いたままのサフィニアに言葉を投げる。
「緑林兵団に所属した以上は‥‥覚悟はできているわよね?」
冷たいと思われるかもしれない。
しかし今彼女に必要なのは生半可な優しさなどではなく、踏み出す勇気と背中を押してくれるきっかけ―――だから桜依はあえて重く言葉を紡ぐ。そしてそれに応えるかのように力強く頷くサフィニア。
やはりそこは女性同士だからなのだろうか、他の男性陣が眉を顰める中、何かを汲み取ったサフィニアの顔には少し生気が戻ったように見えた。
●邂逅。
集めた情報を元に一同は夜半に広場へと足早に向かう。
ちらほらと人影が見えるものの、やがてそれも消え街は静寂と所々に照らす灯りを残すだけとなる。
「‥‥来るとは思ってなかった、とは言いませんよ」
冒険者たちが広場に辿り着くのとほぼ同時、暗闇の中からゆっくりと歩み出る影一つ―――タロスだ。
「タロスくん‥‥」
その姿を前にして言葉に詰まるサフィニア。
零はその肩にそっと手を置き、タロスのほうに顔を向ける。
「どうして‥‥あのときあれ程仲が良かったのに‥‥何故ですっ!」
タロスは答えない。
右手で顔を覆った状態でじっとしている。そのせいで表情までは窺えないが、どうやら震えているようだ。
「最後に言いたいことがあるならば聞くが?」
白い外套を翻し抜き身の日本刀を構えたヴラドが問い掛ける。元より可能性など考えていない。だが、何か一つでも救いになるようなものでもあれば―――そんな想いから出た言葉、ヴラドの優しさでもあった。
しかし、出てきたのはくくっという笑い声一つ。
ゆっくりと顔を上げたタロスの顔は―――笑いながら泣いていた。
「ふふ‥‥ふはははははっ! もう遅いよっ! 僕は戻れない、戻れないんだっ!!」
狂ったように叫びながら転がっていた剣を拾い上げるタロス。
「何が理由なのか、どうしてなのかなんて聞かないわ。ただ―――許されると思わないで」
言葉と同時に桜依が手にした名刀「獅子王」をスラリと抜き放つ。
「もうこんな悲しみの連鎖は‥‥終わりにしましょう!」
マグナスの言葉を合図に一斉に散開する冒険者たち。
まず飛び込んだのは叫んだマグナス、振り上げた剣にありったけの力を込めて一気に振り下ろす。
タロスが身体を捻って避け、剣は地面を爆砕して噴煙を撒き散らす。
視界を取り戻そうと噴煙の中から脱出したタロスの両脇から零と桜依の斬撃が狙い打つ。が、タロスに届く寸前に何かに弾かれて押し返されてしまった。
「離れろっ!」
ラザフォードの声に即座にタロスから距離を取る二人。タロスがその方向に顔を向けたとタロスの身体が上空に投げ出されたのはほぼ同時だった。空中のタロスを目掛けてデュランが手をかざす。
「喰らえっ!」
デュランの手から迸る一筋の雷がタロスを直撃し、黒い煙を噴出しながら落下する。
落下点には剣を構えたマグナス。それを見たタロスの身体が黒い光に包まれるが、マグナスは構わず剣を振り払った。
ゴガッ!
タロスのフィールドに斬撃自体は吸収されたもののその衝撃までは吸収できず、タロスは吹き飛ばされて壁に激突する。
「か‥‥はっ」
呻き声と共にタロスの口元から鮮血がこぼれる。蹲るタロスに桜依が止めを刺そうと刀を振り上げる。が―――
「跪け‥‥!」
タロスの呟いた言葉が桜依の脳に焼きつくように染み込み、その身体を突き動かす。
一瞬の間の後、桜依はタロスの目の前に跪いていた。
「なっ‥‥」
意識は通常のまま、だが身体が言うことを聞かない。仲間たちも一瞬のことで状況が理解できていない。何より本人が一番理解できないでいた。
「残念‥‥だったねっ」
黒く淡い光を放ちながらゆらりと立ち上がるタロス。口元から流れる血を拭うこともせず、ゆっくりと桜依に手をかざす。
やられる―――瞬間死を覚悟する桜依。
タロスの口元がにやりと歪んだそのとき、黒い光に包まれた小さな影がタロス目掛けて突っ込んできた。
「何っ‥‥」
とっさのことで反応が遅れたタロス。しがみつく小さな影―――サフィニアを振りほどいたときには既に刀を振り上げた零とヴラド、そして桜依が眼前にいる。自分にかけてあったフィールドが効力を失っていたことに気付いたのは彼らの斬撃をその身に受けてからだった。
●決着。
「‥‥‥ふ、ふふ‥‥‥」
腹部と口元から大量の血液を放出しながらも笑みを浮かべるタロス。彼の立っている場所がみるみるうちに紅く染まっていく。
「タロス‥‥くん‥‥」
涙でぐしゃぐしゃの顔になったサフィニアの小さな呼びかけ。タロスはゆっくりとサフィニアのほうへと顔を向ける。
「‥‥報いがきた‥‥んだ‥‥ね」
途切れ途切れに話すタロスの声に、サフィニアはどうしようもなく溢れる涙を止めれずにいた。
本当は止めたかった。
戻ってきて欲しかった。
ただ―――一緒にいたかった。
言葉にできない想いがサフィニアの中で現れては消えていく。
「‥‥いつも‥‥言ってた‥‥だろう‥‥? 泣いてばかりじゃ‥‥ダメだ‥‥って」
ごぶり、と血を吐き出しながら無理矢理笑みを浮かべるタロス。
俯いたサフィニアは黙ったまま。
少しの間それを見つめていたタロスは、やがてゆっくりと中空に目を向ける。
「すみません‥‥ダンタリアン‥‥様‥‥」
タロスの呟きと同時にクルトの指輪の中の蝶が激しく羽ばたく。
「皆! 気をつけて!」
クルトの叫びに冒険者たちは一斉に周囲に注意を向け、タロスの視線の先に顔を向ける。
タロスの視線の先にある建物の上にいたのは先端部分に腰掛けて足をぶらつかせ、分厚い本のページを捲る蒼いコートの少年と、その隣に立っている純白のドレスの女。
「結局、人は捨てれなかったのかい?」
笑顔を貼り付けたままの少年―――ダンタリアンの言葉に、タロスは答えずに微笑みを浮かべた。
「残念だよ、せっかく君には期待してたのに」
言いながらダンタリアンはページの一枚を破り取って宙に泳がせる。風に流れたその紙は一瞬にして蒼い炎に包まれて消滅した。
同時にタロスの身体がゆっくりと地べたに倒れ込む。
サフィニアはその傍に駆け寄り、冒険者たちは武器を構えて少年と女性を睨みつける。
「そんなに睨まなくても大丈夫だよ。彼がやられちゃったことで僕の計画は潰れちゃったし」
言いながらダンタリアンはやれやれと肩を竦めて立ち上がる。
「どうして‥‥どうしてタロスくんだったのっ!?」
冷たくなったタロスの身体を抱き締めながらサフィニアが叫んだ。
ダンタリアンはそんなサフィニアにちらりと視線を送ると、冒険者たちのほうへと顔を戻す。
「そこにいるタロスはね、家族を盗賊に殺されてるんだ」
一瞬止まる空気。それが心地いいのか、にこやかな笑顔を浮かべながらダンタリアンは言葉を続ける。
「そんな彼に手を差し伸べて、人間に恨みを持たせるのは容易かったよ。とても優秀な拾い物だった」
「なんてことを‥‥」
マグナスが手を震わせながら呟く。他の冒険者たちも同様に皆怒りを顕わにしている。
「何を怒っているんだい? 皆同じような理由で戦っているんでしょ? ただ、相手が人間かそうじゃないかの差だけで」
違う―――
そう叫びたかった冒険者たちだが、あながち違うと否定できるものではなかった。
人間誰しも大切な人の命が奪われれば冷静な判断などできない。相手がいれば、真っ先にその相手を憎んでしまうだろう。
ただ今回は―――対象が人間だったというだけ。
「さて、今日のところはこれで引き上げるとするよ。グスタフ」
「は〜い」
呼ばれた女性が返事をすると同時にぐにゃりとその姿が歪み、一羽の大きな鳥を形作る。
「待てっ!」
「大丈夫、すぐにまた会えるよ、すぐに、ね」
仲間たちの制止も届かず、ダンタリアンは女性―――グスタフと呼ばれていた―――が変化した鳥に乗って飛び去っていった。
残されたのは、痛々しい傷跡の残る広場とやりきれない思いの冒険者たちであった。
●埋葬。
翌日、広場は早速修復作業に取り掛かっていた。
どうやら予定では何やら祈りの儀式が入っていたらしいのだが、肝心の祈りの巫女が失踪したことと、儀式に使用されるはずの広場に激しく争った後があり、なおかつ血痕がかなりついていたため急遽中止となった。再開の見込みはない。
人々が慌しく行き来する広場の隅のほうで、冒険者たちはその様子を眺めていた。
「一応‥‥阻止はできたんですよね」
「あぁ」
零の呟きにラザフォードが頷く。
「なんつーか‥‥後味悪ぃな」
言いながらデュランは頭をガシガシと掻いた。
「諦めた、わけじゃないよね」
「うむ。きっと次の手を考えて行動してくるであろうな」
桜依の言葉にヴラドが続ける。
「次は‥‥逃がしません」
マグナスの決意にクルトも頷きを返し、ゆっくりと後ろを振り返る。
「もう‥‥あんなことはさせちゃいけない」
クルトの視線の先には、広場の隅に建てられた小さな墓の前で祈るサフィニアの姿があった。
「ダンタリアンはすぐに会える、そう言ってた。ひょっとしたらこの街にまた来るのかもしれないね」
クルトの言葉に返事をするものはなく、ただただ重い空気だけがその場を漂っていた。
〜Fin〜