【義賊見参】怪盗カマホリックの恐怖。
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■ショートシナリオ
担当:鳴神焔
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:5 G 25 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月19日〜05月22日
リプレイ公開日:2009年05月28日
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●オープニング
キエフの街中に夕闇が訪れる頃、奴らは突然やってくる―――
一軒のごく普通の家の中、さらにごく普通の夫婦が一組言い争いをしていた。
「ちょっとあなた! どうして今月のお給料がこれだけしかないのよっ!?」
叫ぶ嫁。
どうやら今日が夫の給料日だったようだが、その金額が問題のようだ。
「うるせぇっ! 俺にだって付き合いってもんがあるんだ! 少しくれぇいいじゃねぇか!」
嫁の金切り声にいい加減うんざりしたのか、夫は嫁のほうに振り返り怒鳴り返す。
「何が付き合いよっ! ロクな所に出入りしてなんかないくせにっ!」
「なんだとっ!?」
さらにヒートアップする二人。
こうなったらもう夫婦は止まらない。
「きぃっ! あんたなんてこうしてやるっ!」
ヒートアップが最高潮に達した嫁が手元にあった枕を投げつける。
そこで夫が完全に戦闘モードに突入。
「なっ何しやがんだこの暴力女がっ!」
パチーン
夫の平手打ちが嫁にクリーンヒット。
「あっ‥‥ぶったわねっ!?」
「あ、あぁぶったさ!」
もうここまでくれば売り言葉に買い言葉。そこから言葉の弾幕の応酬が始まるかと思われたそのとき―――
ちりーん。
何やら不思議と耳に残る鈴の音が部屋の中に響き渡る。
夫婦の耳にもそれは聞こえてきたのか、一瞬喧嘩していたことも忘れてお互い顔を見合わせる。
「一つ‥‥人妻殴るモノ」
ちりーん。
どこからともなく聞こえてくる野太い声と鈴の音。
正直言ってかなり不気味である。
夫は辺りをやたらと見回し、嫁はがくがくと震えて夫にしがみつく。
「二つ‥‥不埒な暴力三昧」
ちりーん。
心なしかさっきより音が近くなったような気がする。
「だ‥‥誰だっ!」
勇気を振り絞って夫が問いかける。
「三つ‥‥醜い夫の理不尽、奪って見せようその心っ」
最後の台詞と共に夫の床下からメキメキと音を立てて手が生えてきた。
手は夫の足首をがっしりと掴むと、そのまま床下に引きずり込んでいく。
「なっ何をっ‥‥う‥‥うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「あなたぁぁぁぁっ!」
嫁が伸ばした手は虚しく空を切り、夫の姿は床下へと消えていった。
嫁は夫が消えた穴を懸命に覗き込むが、中は真っ暗で何も見えない。声だけが夫の状況を知らせていた。
「何だお前はっ‥‥え‥‥ちょっちょっと待てっ‥‥何で服を着てない‥‥まさか、奪うってそういう‥‥待て! 俺はまだ‥‥うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ちりーん。
後には鈴の音と一枚のカードだけが残されていた。
『怪盗カマホリック参上‥‥今宵、アナタのココロ、イタダキマス』
「で‥‥どうやって取り返すんですか‥‥」
うんざりした表情の受付嬢が、目の前でさめざめと泣く婦人に問いかける。
「もう取り戻せません‥‥ですが、これ以上犠牲者を出さないためにも、どうかお願いします!」
ハンカチで涙を拭き取りながら婦人はちらりと隣に目をやる。
「嫌だわ、そんなに悪い人じゃないのよぉ?」
くねくねと気持ち悪い動きをしながら話すのはどこからどう見ても普通の男性。
その様子を見て婦人はさらに号泣する。
「お願いします! あの変なのを捕まえてくださいっ! あの日以来主人が主人じゃないんですっ!!」
「はぁ‥‥」
熱くなる婦人とは対照的に気のない返事をする受付嬢であった。
●リプレイ本文
●新婚生活‥‥?
キエフの郊外にある閑静な住宅地―――と言っても基本的な木造の家が立ち並ぶ一画というだけなのだが―――に、一組の夫婦が引っ越してきた。どうやら過ごしやすいからという理由で来たらしいことはわかってはいるが、その特徴的な夫婦はたちまち近所の噂の的となっていった。
何が特徴的なのか、それは二人の種族にあった。
確かに様々な種族が普通に生活するのが日常であるキエフにおいて、人間とエルフなどの異種族同士の結婚は基本認められている。それ故にハーフエルフという種族が存在するわけだ。
しかしこの夫婦は一味違う。
「あなた〜、ご飯できたわよ〜♪」
嬉しそうに鼻歌交じりで食卓に皿を並べていくエルマ・リジア(ea9311)は、その可愛らしい声で呼びかける。
煌びやかに輝く銀髪に小さく尖った耳、女性の中でも低い部類に入る身長、そして一見するだけでは未成年に見えてしまうほどの童顔。恐らく誰が見ても「幼妻とはこういうものだ」と言ってしまうだろう。そんなエルマがどこから調達したのかフリフリのエプロンをつけて呼んでいるのだ、並の男なら鼻血を吹きながら飛んでいくところである。
しかし呼びかけられた当の本人、春日龍樹(ec3999)は眉間に皺を寄せたままじっと食卓を見つめていた。
彼の種族はジャイアント。つまり通常サイズでも人間と比べればかなり大きいのだが、彼の場合はジャイアントの中でも更に大きい部類に入る。
比較的小さいハーフエルフと規格外のジャイアント。
そんな二人の身長差、およそ一メートル。この異種族結婚なら噂になるわけだ。
「‥‥? どうしたの? 食べないの?」
小首を傾げながら龍樹の顔を覗き込むエルマ。その仕草はきっと殺人的な可憐さを纏っているのだろう、一瞬龍樹が演技を忘れそうになり慌ててぶんぶんと首を振る。
「ん、頂く」
―――三十秒後。
「‥‥え゛」
目が点になって呆然とテーブルを見つめるエルマ。
それもそのはず、テーブルの上にあった料理は何と全て空になっていたのだ。
自分基準の料理の量で作れば龍樹には足りないことはわかっていたし、今回はそれが目的である。しかも龍樹が大飯喰らいであることもわかってはいた―――にしても早すぎる。
「‥‥こんなもので足りるかぁぁぁぁぁぁっ!」
「きゃあっ!」
がしゃぁぁぁぁぁん、と音を立てて龍樹がテーブルをひっくり返す。勿論エルマに当たらないように注意して。
エルマもよよよ、とその場に崩れ落ちる。エプロンの裾をちょっと握り締めてる辺りがなおよし。
「きゃあっ♪」
そんなエルマの真似をして笑顔で悲鳴を上げているのはエルマのペットのファルファリーナ。太陽の精霊である彼女は今回妹役。鬼亭主に虐げられる姉妹、そんなシナリオだったのだが、如何せんファルは陽気。新しい遊びと勘違いしてきゃっきゃと喜んでいる。
「‥‥あ、茶柱」
全く空気を読んでない言葉を吐いたのはコルリス・フェネストラ(eb9459)。どういうわけか隅っこの方でちょこんと座ってお茶を飲んでいる。その格好は一言で言うなれば平凡。見ただけならば本当にどこにでもいるそこらのおねーさんだ。
ただ、何故この家にいてお茶を啜っているのかは誰にもわからない。
そんな外野を他所に龍樹の怒りは更にヒートアップする。
「こんな量で俺が満足するとでも思ったのか!?」
「ごめんなさいごめんなさい! ついつい自分サイズで!」
「うるさいっ!」
「あぁっ! ごめんなさいあなたっ!」
「ぶたないでー♪」
「ん、この雛あられいけるな」
怒鳴りはするものの、演技でも実際に手を上げるということにはどうしてもなれない龍樹と、明らかに楽しみ始めているエルマとファルの二人、そして完全に別世界の住人のコルリス。
ここ二日程毎晩こんな感じでカマホリックを誘き出す演技をしている冒険者一行だったが、とうとうそれが報われるときがやってきた。
●振り返れば奴がいる‥‥?
ちりーん。
いつものように龍樹の怒鳴り声が最高潮に達したとき、辺りの空気を震わせて澄んだ音が家中に鳴り響く。
瞬間に動きと言葉を止めて龍樹がエルマに目配せをする。それに応えるように頷くエルマ。
「な‥‥なんだっ」
しかし演技は崩さずにさも驚いたかのように振舞う龍樹。エルマもそんな龍樹の傍にそっと身を寄せる。
「ひとぉつ、人妻殴るもの」
ちりーん。
野太いけれどどこか甲高い、そんな声が家中を駆け巡り、最後に鈴の音が響き渡る。
「ふたぁつ、不埒な暴力三昧」
ちりーん。
証言にあった通りやはり音はだんだんと近付いてくる。
龍樹の背中に嫌な汗がどっと吹き出る。恐らく普通の戦闘ではこうはならないだろう。
「くそ‥‥くそっ!」
龍樹が辺りを、主に下を見回しながら悔しそうに呟く。囮になる、そうとわかってはいても何かやり切れない感情がふつふつと沸いてくる。
「みぃっつ、醜い夫の理不尽、奪ってみせようそのココロっ!」
最後の台詞が聞こえると同時に龍樹は床下の動きに全神経を集中させる。
メキメキメキ。
木材が割れる音と共に床下が―――割れていない。
気付いたときには背中に生温い感触と強烈な重力。上から降ってきたカマホリックと龍樹の体重に耐えかねた床がばきっという音と共に抜けた。
「ち、ちくしょおぉぉぉぉぉぉっ!!」
結局床下へと引きずり込まれることになった龍樹は、絶叫をあげながら暗闇へとその巨体を沈めていった。
「あっ‥‥ファル、ライトお願いっ」
言われるがままにファルが光の玉をふよふよと浮かせて穴の中を照らし出し―――目を背けた。
映し出されたのはどうにか最後の一線を守り抜いたと思われるアラレモナイ格好の龍樹と、龍樹に負けない筋肉ムキムキの体躯をし、体のラインぴっちぴちのタイツに身を包んだ謎の金髪おさげ中年。二人はがっちりと組み合って動けない状態にあった。
「ファル‥‥目を瞑って後ろ向いて」
こめかみをひくつかせながら呟くエルマに、不思議そうな顔をしながらも素直に従うファル。
「まぁまぁ‥‥これでも食べて落ち着いて」
「あ、ありがとう」
そして何故か雛あられを取り出し、お茶を添えてエルマに差し出すコルリス。エルマはにこりと微笑んでそれらを受け取ると、ずずっと茶を啜った。
「はふー‥‥生き返りますねー」
「えぇ。やはりあられにはお茶ですね」
「何故だ‥‥何か俺に恨みでもあるのかっ!!」
組み合った状態で目の前の中年を睨みながら叫ぶ龍樹を尻目に、二人はどこか遠い目で穴の開いた屋根から空を眺めていた。
「うふふ、あなたもきっとわかるようになるわ‥‥さぁいらっしゃい、目くるめく世界へっ!」
「行くかぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
更に力を込めるおさげ中年―――カマホリックを必死で抑えながら龍樹は再び叫ぶ。
少しの間の硬直状態、しかし長くは続かない。カマホリックは大きく息を吸い込むと、口の中から何かを吹き出した。
「うおっ‥‥」
何を吐き出したのかはさっぱりわからないが、問題はそれに反応してしまったこと。
思わず手の力を緩めてしまった龍樹の後ろに、するりと回りこんだカマホリックは、そのまま龍樹の腕をねじ上げて身動きを封じる。同時に一体どういう仕掛けになっているのか、カマホリックのタイツもはらりと脱げ落ちた。
「しまっ‥‥」
「うふ、うほっ。おほほほほっ! いっただっきまぁす♪」
「‥‥やっぱりだめぇぇぇぇぇぇっ!!」
エルマの倫理感ならぬ正義感に燃える叫び声が響き、その手から冷気が吐き出されたのと、カマホリックの瞳が妖しく揺らめき、龍樹の後ろに照準を定めたのはほぼ同時だった。
カキーン。
エルマの放ったアイスコフィンは見事にカマホリックを氷の牢獄に閉じ込めることに成功した。徐々に固まっていく自分の身体に戸惑いを隠せないカマホリック。
「いやぁん、何これっ!?」
カマホリックは自分の身体―――特に腰の辺りに視線をやりながら驚きと困惑の声をあげる。
「‥‥おい、ちょっと待て‥‥このままじゃ俺まで‥‥」
低い声で呟いた龍樹はわなわなと震えながらゆっくりと視線を下に移す。
カマホリックは凍りつく前に龍樹を羽交い絞めにするような格好で、自らの下半身を曝け出した状態だった。当然今もその状態。
「冗談じゃない! このまま固まられて堪るかっ!!」
「嫌よっ! せめて最後ぐらいおいしい思いしてやるんだからっ」
何とか呪縛から逃れようともがく龍樹。
自分の身体がもう長く動かせないことを悟ったカマホリックは、最後の力を振り絞り龍樹の太腿に頬ずりをしようと龍樹の股間に顔を密着させて―――完全に固まった。
まるで時が止まったかのように彫像と化したカマホリックとそれに捕まった龍樹を見つめるエルマとコルリスの二人。
「あ‥‥えと‥‥お似合い‥‥です」
抜群に微妙な言葉で慰めようとしてエルマはそっと視線を逸らす。心なしかその肩がぴくぴくと震えているようにも見える。
と、観戦一方だったコルリスがスタスタと龍樹のほうへと近寄って来た。
しばしの間目の前でつながった龍樹とカマホリックを交互に眺めていたコルリスは、龍樹の肩にぽむと手を置き、もう片方の手で雛あられを龍樹のほうに差し出して一言。
「‥‥ぐっじょぶです」
「ぐっじょぶ、じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
その日、夜半のキエフに一人の男の絶叫が木霊した。
●あふたー。
こうして、キエフを騒がせた怪盗カマホリックは冒険者たちの手によって見事に捕らえられた。
固まったカマホリックから逃れるために衣服を脱ぎ捨てているところを自警団に見つかり、龍樹も一味と思われて逮捕されそうになったが、それはご愛嬌。
しかし既に奪われてしまった人々の心はもう戻ってはこない。今回の件でこれ以上犠牲者を出ないようになっただけ。
それだけカマホリックの残した傷跡は人々の心に深く刻まれた。
その後の取調べによるとカマホリックはとある組織に所属していたとのこと。
キエフという土地柄なのか、春になると突如として現れる謎の変態たちは皆そこに所属していたのだという。
しかもどうやらその組織は動きを活発化させる方向にあるという。
キエフに存在する自警団は、便宜上その組織を【結社】と呼称することを取り決めた。
今後この【結社】の活動がどのようにしてキエフに襲い来るのか。
冒険者たちの戦いはまだまだ続くのであった‥‥。
〜Fin〜