【結社】流離いの芸術家。
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■ショートシナリオ
担当:鳴神焔
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 85 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月06日〜06月09日
リプレイ公開日:2009年06月14日
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●オープニング
その日、キエフの街は妙にしっとりとした空気に包まれていた。
まるで雨が降る前兆のような纏わりつく大気が、行き交う人々の心に不安と苛立ちを置いていく。
おまけに空はどんよりと曇っていた。
「‥‥一雨くるかな」
店先から空を眺めた花屋の店主マードックは、舌打ちしながら店頭にある飾り用の花を店内に片付けていく。
花はデリケートな生き物だ。雨に打たれて水分を含みすぎたらすぐ枯れてしまう。
そんなマードックは花とは似ても似つかぬ強面の男だが。
「綺麗な花ね」
最後の花を店内になおそうとしたところで、突如背後から声が飛んでくる。
振り向くとそこには流れるような金髪の男が立っていた。
「お客さんかい? すまんが花は店内にあるやつを―――」
「アナタは何色がお好み?」
マードックの言葉を遮り男が問いかける。
「あん? そうだな。俺が好きなのは薄い紫の花だな」
「そう」
素っ気無い返事だ―――マードックは率直に思った。
その後何かを考えるような素振りでマードックをじっと見つめた男は、やがて満足そうに一人頷いた。
「?? あのな、冷やかしなら他所で―――」
「決めたわ! アナタには真っ赤なバラがふさわしい!」
またも言葉を遮って叫んだ男は指をパチンと鳴らす。
するとマードックの両脇にガッシリとした丸太のような腕が絡みついてきた。
「‥‥なっ!?」
必死にもがくマードック。
しかしどれだけ動いてもビクともしない。
よく見ると柄の悪そうな男二人がマードックの腕をがっしりと押さえつけていた。だがその瞳はどこか虚空を見つめていて、まるで自分の意思がないようだ。
「光栄に思いなさい。私の―――この流離いの芸術家カーリー・ヤザッキーの最初の作品となれるのだから!」
「何を‥‥う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
ぽつり、と空から滴が零れ落ち、やがて盛大な雨音のオーケストラがキエフの街並みを包み込む。
そう、まるで止め処なく流れ落ちる涙のように―――
「それで‥‥送られてきたのがこれ、ですか」
キエフの冒険者ギルドに勤める受付嬢は、言いながら手元の紙に目を落とす。
そこには色とりどりに活けられた数々の花の絵が描かれていた。
ただし、その根元が刺さっているのはどう見ても人間の尻だが。
「はい‥‥どう見てもうちの主人の‥‥その‥‥」
さめざめと涙を流しながら依頼主の女性が言い澱む。
「断定できる要因があるのですね?」
「えぇ、ほらここの部分―――」
受付嬢の問いかけに女性が指差した場所、そこには小さな黒い点が描かれていた。
「これは‥‥?」
「ほくろ、ですわ。よく見たら星型になっていますでしょう」
女性の言葉に目を凝らしてみると、なるほど確かに星型をしている。
「こんな変わったほくろが、こんなところにある人もそうそうおりませんし。それに‥‥」
そこで女性は再び言葉を詰まらせ俯いてしまう。
「それに‥‥なんです?」
痺れを切らした受付嬢が促すと、女性は意を決したように顔をあげた。
「この絵が送られてくる前日から、主人が部屋から出てこないんです‥‥活け花が、とかカーリーが、とかブツブツ言いながら」
受付嬢はふと手首を返して絵をひっくり返す。
そこにはこの絵の作者であろうサインがでかでかと書かれていた。
『Y.カーリー』と。
●リプレイ本文
●おはなやさん。
キエフの街外れにある小さな花屋さん。普段は閑散とした通りにあるため馴染みの客以外がここに来ることは余りないのだが、ここ最近少しお客の数が増えたようだ。
「いらっしゃいませー」
笑顔で呼びかけるソペリエ・メハイエ(ec5570)の声が通りに響く。飾り気のない素朴な服装にフリフリの可愛いエプロン姿のソペリエ。ジャイアント故に身体はでかいがその仕草には男を惹きつける何かがあった。
「可憐だ‥‥」
滅多に見ない純朴なジャイアントの女性―――と本人は思っているようだ―――に熱い視線を送るのは春日龍樹(ec3999)。既に目がうっとりしているのはきっと気のせいではないはずだ。
「お願いだから仕事してくださいよ‥‥」
そんな龍樹の様子にソペリエは嘆息する。
一方もう一人の冒険者シャルロット・スパイラル(ea7465)は、道行く女性に声を掛けては花のうんちくを披露していた。
「この花はジャパンの山桜という花である。お嬢さん、花言葉を知っているかね?」
「えっ、知りませんわ」
「この花の花言葉はぁ‥‥貴女に微笑む」
「まぁ‥‥」
ニヤリと笑みを浮かべるシャルロットに頬を赤らめる女性。普段からこうやって声掛けてるんだろうなぁと、もう既に何度目かになるシャルロットのナンパをどこか遠い目で見つめるソペリエ。
「なるほど‥‥花言葉は意外に使えるかもしれんな」
何やらブツブツと呟きながら必死にメモを取る龍樹。
ソペリエはただただ頭を振って溜息をつくだけだった。
「あ、龍樹さん。すみませんがバラの花が足りなくなったので仕入れをお願いできますか?」
「おう、心得た」
ソペリエの願いに即答した龍樹は、愛馬『蛍石』に跨り颯爽と通りを駆け抜けていった。花屋の仕事をしながらも、周囲への注意は怠らない冒険者は、走り行く龍樹の後姿をじっとりと眺め、その後を追う一つの影の存在を見逃さなかった。
「シャルロットさん」
「わかっている。こちらも行こうではないか」
顔を見合わせて頷くソペリエとシャルロット。影が見えなくなったところで急いで店の閉店準備を行い、臨時休業の立て札を立てて二人の後を追った。
●いけばな。
馬に跨ってしばらく、龍樹は後ろから迫り来る気配を敏感に感じ取っていた。
「どうやら一人になったのは正解だったな」
誰にともなく呟いた龍樹は手近なところで馬を止めて休憩する振りをする。気配の方もその足を止めてこちらの様子を窺っているようだ。
「さて‥‥と。そろそろ行くか」
再び馬を走らせようとしたそのとき、一人の男が龍樹の前に姿を現した。流れるような金色の髪の男は何やら青い花を眺めながらゆっくりとこちらに近付いてくる。
「やぁ、美しい君よ。仄かに香るその香り、素敵な花たちのダンスが見えるようだよ」
意味不明な言葉を並べる男に何故か背筋が寒くなる龍樹。
「‥‥何か用か」
警戒は怠らない。しかしここで取り逃がすわけにもいかない。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。
それが今回彼らが考えた作戦。囮となるのは誰でもよかった。たまたま龍樹に白羽の矢がたっただけ。そう、たまたま―――
「あなたは何色の花が好きかしら」
問い掛ける男。その男の顎が、うっすらと髭で青くなっているのを見た龍樹はやはりどこか理不尽さを隠せないまま頭を振った。
「そうだな‥‥やはりここは情熱の赤、と言っておこうか」
「‥‥いいわね、それでいきましょう!」
叫んだ男の指がパチンと鳴らされ、龍樹の両側から太い腕がにゅっと伸びてがっしりと絡みつく。
ここまでは報告の通り、龍樹は少し抵抗する素振りを見せながら敵が自分を連れて行くのを待つ。
しかし、現実はいつも残酷なものである。
両側から押さえる屈強なスキンヘッドの男たち。彼らはどうやら操られているようでその目には生気がない。その男たちがおもむろに龍樹のズボンに手をかける。
「えっ!? ここでっ!?」
それは予想外、と言わんばかりに抵抗を強める龍樹。しかしがっちりと絡みついた腕はそう簡単に離れない。
「大丈夫よ、ちょっとチクっとするだけだから」
不吉なことを言いながら近付いてくる金髪の男。さらにスキンヘッドの男たちが龍樹の身体をくるりと反転させる―――ちょうどお尻を金髪男に見せるように。
「いや、待て! こういうことはじっくりと静かな場所で―――」
ぷす。
何かが刺さる音が龍樹の耳にいやにはっきりと響き渡る。
嗚呼、幸せな人生ってどこにあるんだろう。
そんなことを思いながら龍樹はぐったりと項垂れた。
●せんとう。
シャルロットとソペリエが龍樹の愛馬に連れられたのはキエフから少し離れた場所にある小さな小屋だった。
「ありがとう。あなたの主人は必ず助けるわ。だから大丈夫よ」
そう言って蛍石の首をそっと撫でるソペリエに蛍石はヒヒンと嘶いて応える。
「さて‥‥中はどうなっているか」
どこか嬉しそうに窓から小屋の中を覗くシャルロット。
覗くなんて悪趣味な気はするけれど、といいつつも一緒に覗くソペリエ。
小屋の中は一面花で埋め尽くされていた。赤青黄紫、様々な色が部屋を彩っているため、じっと見ていると目が痛くなりそうだ。そんな一面花畑な部屋の中に、龍樹はいた。
「うーん、なかなか構図が決まらないのよねぇ‥‥こんなに大きな受けは初めてよー」
呟きながら首を傾げる金髪男―――カーリーは、尻を突き出して這いつくばる龍樹の周りをくるくると回っていた。龍樹の身体は屈強な男二人に完全に抑えられて身動きが取れない。
「これがこうなって、アレがこうだから‥‥うん、こうね!」
ぷす、ぷす、ぷす。
カーリーが花を次々に刺していく。その度に龍樹の身体はびくんびくんと蠢き、「あっ」とか「うっ」とか「そこはっ」とか色んな声が聞こえてくる。
そんな光景を見ながら、シャルロットとソペリエはただただ深く息を吐いた。
「‥‥なんというか‥‥強く生きてほしいもんだな」
「えぇ‥‥」
覗かれているとは知らず、カーリーは瞬く間に見事な活け花を完成させた。
「できたわ‥‥さぁ、次はこれを形にしないと―――」
「そこまでよっ!」
声と同時にバァンと小屋の扉が開かれ、シャルロットとソペリエの二人の姿が躍り出る。
「何よあなたたちっ!」
振り向いて金切り声をあげるカーリー。しかし二人はそんなことはお構いなしにずんずんと前進する。当然進む間にある花を踏みつけながら。慌てたカーリー、龍樹を押さえていた男たちに二人を止めるように命令する。がっしりと抱擁するようにそれぞれが二人を押さえつける。
「全く‥‥せっかくの時間を邪魔しないでほしいわ」
「そいつはすまないな」
先程とは全く違う方向から声が聞こえる。カーリーがそちらに顔を向けると、手に炎をチラつかせながらニヤリと笑うシャルロットが。
「な、何‥‥? え、だって今―――」
狼狽して先程の場所に目を向ける。が、依然として押さえつけられているシャルロットとソペリエの姿はそこにある。更にもう一人のソペリエまでもが龍樹の傍に駆け寄っている。
「大丈夫? 今助けてあげる」
そう言ってソペリエは龍樹に刺さっている花に手をかける。
「ちょ、ちょっと待て! 頼むからゆっくりだ、ゆっくり‥‥あぁっ!?」
龍樹の懇願を無視したソペリエが一気に花を引き抜き、龍樹は頬を赤らめてパタリと床に倒れこんだ。何が起こったのかわからないままソペリエは龍樹を揺り動かす。
「何なのよ、もう! あなたたち、あの二人を―――!」
「おや、いいのかね? 焼いてしまうぞ? この花を」
命令しようとするカーリーの言葉を遮って、シャルロットは手近にある花に火を近付けながら怪しい笑みを浮かべる。固まるカーリーの表情には明らかに焦りと怒りが取って見えた。
「よっくも‥‥俺の、俺のぉぉぉぉぉっ!」
後ろから怒り任せにソードボンバーを放つ龍樹。カーリーだけでなくスキンヘッドの男たちと、自分たちの分身もまとめて巻き込んでいく。それぞれがガクリと膝をつき分身がさらりと灰に帰る。
「こ、ここにある花たちは‥‥大事な作品たちの礎なのよ‥‥!」
恨めしそうに見上げるカーリー。
「礎ってことは‥‥まさか」
「ふふ‥‥私の作品が納得できるまでは、下僕たちが協力してくれたのよ。これはそのときに使った花たち‥‥」
「ならいらんな」
「えぇぇぇぇぇっ!?」
その後カーリーは捕縛され、小屋は丸ごとシャルロットによって燃やされた。
なおカーリーに従っていた男たちはその後無事正気に戻った。ただし、何故か逞しい男性を見るときゅんとする後遺症に悩まされていたそうだ。
〜Fin〜