【北の戦場】フロンラタン前哨戦。
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■ショートシナリオ
担当:鳴神焔
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 85 C
参加人数:9人
サポート参加人数:4人
冒険期間:06月25日〜06月30日
リプレイ公開日:2009年07月04日
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●オープニング
外壁都市フロンラタン。
つい最近ダンタリアンという一匹のデビルによる不穏な動きがあったものの、冒険者たちの活躍により今は平穏を取り戻している。といっても街の人間はそんなことは知る由もなかったため、普段通り過ごしているだけなのだが。
そんなフロンラタンの外れにある小さな墓地。
少女が一人、静かに祈りを捧げていた。簡素なレザーで繕った鎧に黒のマントを羽織った少女は、しばらく黙祷を捧げた後ゆっくりとその瞳を開けた。
「‥‥ゆっくり休めてるかな」
誰にともなく呟いた少女はそっと墓に手を乗せる。今しがた少女によって添えられたのだろう白い花が、風に揺られて小さくその首をもたげていた。墓に書かれた名前はタロス。そして祈る少女の名はサフィニア。
恋人―――ではなかったのかもしれないが、非常に仲がよかった二人の関係は、タロスがデビル側についたことにより突如終わりを迎えた。
「結局‥‥どうしてかわからなかったね‥‥きっと理由があったんだよね」
そう言って微笑むサフィニアの顔には哀しげな色が浮かんでいた。
サフィニアの脳裏にタロスと過ごした楽しかった日々が浮かんでは消えていく。
彼女はここ最近ずっとこうしているようだ。
どれくらいそうしていたのか、やがて彼女を照らす日の光が赤を増し夕闇の足音を知らせる。
「‥‥そろそろ、行くね」
そう言って名残惜しそうに墓を撫でるサフィニア。
突如、女性の悲鳴が街中に響き渡る。
彼女が声のした方に顔を向けると、広場の方から何やら人が駆け出している。その慌て方から尋常な事態でないことが見て取れた。サフィニアは考える前に広場へと駆け出した。
「フロンラタンが制圧された」
緑林兵団第一部隊隊長リューレルがギルドに来るなり発した言葉がそれだった。
「フロンラタンって‥‥この前ダンタリアンとかがいた?」
受付嬢の言葉に頷くリューレル。
確かデビノマニとなった兵団の一人を冒険者が退治して終わらせたはずだ。それに制圧というのは随分大事である。
「制圧って‥‥デビルでも攻め込んできたのですか?」
首を傾げる受付嬢にリューレルは首を横に振る。
「いや‥‥攻め込んだ、というよりは―――街中に沸いた」
聞けばフロンラタンの街中に突如大量のズゥンビが地面から出没。自警団が住民を避難させる間もなく、あっという間に街の入り口や街路に至るまでズゥンビが徘徊し始めたそうだ。
「今は生存者が中央にある教会に立て篭もっているそうだが、そこも時間の問題だ。我々も出撃するが、何分数が多すぎる。冒険者諸君の力も貸していただきたい。それと―――」
そこでリューレルは少しバツの悪そうな表情を浮かべる。受付嬢は再び首を傾げる。
「うちの団員が一人、その教会の中にいる。アレが今のところ何とか教会だけは守り抜いているようなのだが‥‥余裕があれば助けてやってくれないだろうか」
そう言ってリューレルは深々と頭を下げた。
●リプレイ本文
●急行せよ。
「ブラック‥‥ホーリー!」
掛け声と共に眼下のズゥンビを黒い光が貫きその活動を停止させる。しかしどさりと崩れるズゥンビの上を更に別のズゥンビが乗り越えて近付いてくる。
「はぁ‥‥はぁ‥‥キリがないじゃない‥‥」
街の中心にある比較的大きな教会、その屋根の上で小さな少女が肩で息をしながら呟いた。
外壁都市フロンラタンを突如襲ったズゥンビの大量発生。その難を逃れた街の住人が今教会の中に立て篭もっている。生ある者の匂いを追ってくるのか、ズゥンビたちは徐々に教会を目指して集まり始めた。何とかそれを防がんとたまたま居合わせた少女、サフィニアが屋根上からの魔法で凌いでいたのだ。だが動きが遅いとはいえ押し寄せる量は徐々に増えてくる。その上サフィニアの力は有限、次第に教会自体が包囲されつつあった。
「させるもんか‥‥この街は護るんだから‥‥っ!」
気合を入れて吐いた言葉、同時に放出されて敵を貫く黒い光。しかしそこで彼女は足を滑らせる。
「あっ!?」
声をあげたときには既に屋根から落下し、サフィニアは地面に叩きつけられていた。疲労は確実に彼女の体を蝕んでいたようだ。落下した彼女を取り囲むように押し寄せるズゥンビ。
(‥‥ごめんね‥‥タロスくん‥‥貴方の眠り場所、護れなかった‥‥)
死を覚悟した彼女は既にこの世にいない想い人に胸の内で謝罪する。ズゥンビの腕が目の前に迫ったところですっと目を閉じる。
一瞬の間―――地を揺らすほどの轟音が響き渡り、サフィニアは慌てて目を開けて痛む体をゆっくり起こす。彼女の目の前にあった光景、それは―――
「大丈夫ですかっ!」
ズゥンビを斬り伏せながら掛けられた声はマグナス・ダイモス(ec0128)。
「あな‥‥た‥‥は‥‥」
虫の息で答えるサフィニアに背中越しに微笑みを返すマグナスは迫りくるズゥンビをもろともせずに倒していく。だが彼女は包囲されていたはずだ。後方は―――
「回復だけを考えろ。後は俺たちが殲滅する」
「‥‥すみません‥‥」
アンドリー・フィルス(ec0129)の言葉にサフィニアは安堵の表情を浮かべる。
冒険者たちはサフィニアにとって憧れでもある存在。かつて何度か行動を共にした冒険者たちもいる。そんな彼らがこの窮地に駆け付けてくれた。しかし今助けるべきは教会の中の人々、サフィニアは痛む身体を無理矢理動かし前後の二人に声を掛けた。
「あ、あのっ‥‥助けていただいて何なんですけど、私よりも中にいる街の人をっ‥‥」
「心配ない」
サフィニアの言葉にアンドリーが静かに上空を指差した。差した先には翼をはためかせて旋回するグリフォン。グリフォンはきゅいっと一声鳴くと教会入口前に向けて急降下を開始する。
「雑魚どもが‥‥邪魔だっ!」
グリフォンの背に跨って息を吐くのはオラース・カノーヴァ(ea3486)。地上付近まで降下した後にそのままホバリング状態で教会に群がるズゥンビを次々と撃破していく。
「おい、セイル、ディアルト! そっちは任せたぞ!」
「言われなくてもわかってらぁ!」
「お任せをっ!」
オラースの言葉に威勢よく答えたセイル・ファースト(eb8642)とディアルト・ヘレス(ea2181)が騎乗したペガサスを駆って教会の裏手へと回り込み、教会の壁に張り付いていたズゥンビに斬撃を放つ。セイルのペット、グリフォンのヘイムダルも旋回しながらその鋭い爪でズゥンビを切り裂いていく。一通りズゥンビを駆逐した後にディアルトは教会の内部へと移動。
「もう大丈夫です! これから少ししたら皆さんで脱出しますよ」
微笑みながら住人たちに声を掛けるディアルトは、そのまま教会の内壁にホーリーフィールドを数箇所張っていく。これで壁が壊されても時間は稼げる―――最も、外の面々の目を掻い潜ってここまで辿り着くなど、到底不可能だろうが。
一方外部では教会周辺にいたズゥンビは粗方始末されており、更に後方から教会に近付いていたズゥンビが上空から発生した突風に吹き飛ばされていた。
「もうすぐ皆が壁を壊すはずよ。そろそろ脱出路を確保するわよっ!」
空中よりふわりと降り立ったヴェニー・ブリッド(eb5868)が教会周りの仲間に声を掛ける。
熟練した冒険者たちの前ではズゥンビなど一溜まりもない。教会に近付く度に次々と駆逐されていくズゥンビ。
数刻後には教会周りに出来ていたズゥンビの円はその空洞を二廻り程広げていた。
●破壊せよ。
フロンラタン外壁西側。
少し前に冒険者たちが西門傍の外壁を破壊した場所は、既に石造りではなく木で覆われていた。さすがにこの短期間での修復は不可能だったのだろう。一般人がそれを壊そうと思えば並大抵のことでは崩れない程度の頑丈さはあるものの、冒険者相手では特に意味を成さない。
「ふはははは‥‥燃えるがぁいい!」
とても人々を護る冒険者の台詞とは思えない笑みを浮かべて張りぼての壁を攻撃するのはシャルロット・スパイラル(ea7465)とそのペットであるリオート。炎を操る術に長けたこの組み合わせ、当然木製の壁など一溜まりもない。業火に焼かれてあっという間に崩れ去っていく。破壊された西門の壁の向こうに見えたのは数十体に及ぶズゥンビの群れ。
「騎士団の皆さんは私たちの後に続いて来てください!」
エルマ・リジア(ea9311)は大声で今回一緒に行動している緑林兵団の一団を誘導する。彼女はつい最近別の村で起きた事件を思い出していた。その時の悲惨な光景が頭から離れない。
「‥‥皆さん、無事でいてください‥‥!」
祈るような気持ちで進行方向側面のズゥンビをアイスブリザードで蹴散らしていく。
「急いで道を作りましょう。でなければ何が起こるか予測がつきません」
先頭で進路の確保をしながら陽小明(ec3096)は歩を早める。勿論街の住人の安全が第一、だが小明は街で一人頑張るサフィニアが気掛かりでもある。
「さぁ‥‥道を開けてもらおうかぁ!」
シャルロットとリオートが教会目掛けて一直線の道を開けんと炎の渦を撒き散らしながら一気に駆け抜ける。
「火葬の手間が省けるだろう? こんがぁり焼けたまえ!」
通った後にはぶすぶすと焦げたズゥンビだけが転がされていく。その上を騎士団とエルマ、小明が駆け抜けていく。
目指す教会までは後少し―――
●脱出せよ。
「‥‥数が、減ってない‥‥?」
前方のズゥンビを見ながらマグナスは呟いた。
教会周りのズゥンビを退けた冒険者たち。しかし近くにいた敵を排除したにも関わらず目視できるズゥンビの数は減っているように思えない。報告ではその数およそ百と聞いていたのだが、あれだけ倒してまだこれだけ残っているというのは明らかにおかしい。
「おいおい‥‥増殖でもしてやがんのか、こいつら」
一向に減らないズゥンビに半ば呆れ顔で苦笑するオラース。無限増殖の危険性を危惧していたのは他でもない彼であり、実際に力は温存してあるため問題はないのだが、実際に身に起こるとなると面倒であることに違いはない。
「発生源を叩きゃそれで終わるんだろうが‥‥まずは住民の避難だな」
「あぁ。このままじゃジリ貧だからな」
セイルの言葉に頷くアンドリー。
と、そこで包囲するズゥンビの一画から火柱が噴きあがる。
「‥‥! 来ました! 皆さん、西門に向けて道を切り開いてください!」
ディアルトの叫びと同時に教会の周囲を護っていた冒険者たちが一斉に行動を開始する。
まず最初に動いたのはオラースとセイル―――騎乗した二人は並びながら低空で滑空し、ズゥンビの群れを駆け抜けていく。同時に左右それぞれで武器を振るう二人の通った後には、綺麗に一本の道が作り上げられていく。その道の先には西門から向かってきたシャルロット、エルマ、小明の三人と騎士団の姿。
「西門傍の外壁は既に開いています! 足の遅い方をなるべく先にして脱出を開始してください!」
「敵の引き付けは我らに任せてくれ!」
エルマの声に呼応するかのように兵団の面々が開けた道を護るようにしてズゥンビたちを抑えにかかる。それを見たディアルトが教会の扉をバンと開け放つ。一斉に飛び出す住民たち。
「シャルロットさーん」
「うむ、心得たぁっ!」
住民が道に入るより早く、シャルロットの放つ炎がヴェニーの起こす風に乗って威力を増し、そのまま片側のズゥンビの群れを焦がしながら吹き飛ばしていく。さらにマグナスとアンドリーがパラスプリントを駆使して反対側のズゥンビを強襲、突然の攻撃に体勢を崩すズゥンビを兵団が抑え込む。その間をすり抜けるように通っていく住民たち。だが敵には人間の姿を模っているモノもいるということを冒険者は忘れてはいない。幾重にも張り巡らされた探知によると今回の住民の中にデビルに傾倒する者やデビル自身が変化しているというのは確認されていない。
「味方に紛れ込んでいる心配はないようです。あとは脱出するための道と時間を稼ぐだけですね」
「私も‥‥私も闘います‥‥!」
声に反応して振り返った小明の視線の先にはサフィニアの姿。明らかに満身創痍な彼女、だがその瞳からは強い決意が滲み出ている。少しの間沈黙していた小明は、柔らかな笑みを浮かべると彼女の肩にそっと手を乗せる。
「貴女は十分に頑張った。後は私たちに任せなさい。それに‥‥貴女が傷付くことで悲しむ人もいることを忘れてはいけないよ」
サフィニアは涙を堪えてぐっと飲み込む仕草をする。思えば最初に彼女を叱ったのは小明ではなかっただろうか。その小明が自分の身を案じてくれている。よくやったと褒めてくれた。
「‥‥っ! わかりました。後はお願いします!」
浮かべた涙をごしごしと拭い一礼したサフィニアは西門へとその足を向かわせた。
●退却せよ。
通常殲滅するだけでも冒険者相手にズゥンビが太刀打ちできるわけはない。まして今の冒険者は退却に全力を向けている。その甲斐あって教会にいた住民は全てフロンラタンの外壁より外に脱出することに成功。足止めをしていた緑林兵団の面々も重傷と呼べるような怪我もなく続々と退却を開始する。
「これで全員、でしょうか?」
最後に出てきた兵団のメンバーを見送りながらエルマが問い掛ける。
「多分、な。一応さっき上からざっとは見てきたがズゥンビばっかりだったぜ」
ペガサスの首筋を摩りながらセイルが答える。
教会を抜け出す際にディアルトが確認はしているが、念のためにということでセイルとオラースが上空から再度確認。結果残っているのはズゥンビだけというところまでは目視している。
「街‥‥護れませんでした」
悔しそうに俯きながら呟くサフィニア。
想い人が眠るあの街を何とか護りたい―――その一心で闘っていた彼女にとって、この退却は望ましくはないものだ。それを見たエルマがそっと彼女の手を握る。
「大丈夫です。街はまた作れますけど‥‥人はそうはいきませんから」
「それに見なさい、あの子達の顔を」
にこりと微笑むエルマ。小明は先行する街の住民たちのほうをすっと指差した。サフィニアが視線を移すと、逃げている途中とは言え無邪気に遊ぶ子供の姿が。
「今あの子たちがあぁしていられるのも、貴女が頑張ったからです。誇りに思いなさい」
「‥‥はい‥‥!」
返事を返したサフィニアの顔は少し、明るくなったように見えた。
「それより‥‥一体何だったのでしょうね」
首を傾げながらマグナスが呟いた。
以前同じようなことがあった村では人間同士が争い、それにより死亡したものがズゥンビ化していくという負の連鎖が起こっていた。今回は街に突如沸いたズゥンビ。そして何より気になるのが街の外までズゥンビが出てこない事。
「以前奴は一ヶ所に人々を集めようとしていたなぁ。あのときは儀式がどうとか言っていたようだがぁ」
「ったく‥‥何考えてんだかわかんねぇ陰険な奴だな」
シャルロットの報告に眉を顰めて嫌悪感を露にするオラース。彼はそういう面倒なことが好きではない。
「案外何も考えてないのかもしれないな」
これはアンドリー。実際今までのダンタリアンの行動を聞いてみても、一貫性と言えるべきものは見当たらない。寧ろ思いつくままに行動しているようにも感じる。
「ま、今考えても仕方ないわね。まずはここから離れることを考えましょう。まだ他にも何か出てくるかもしれないし、それに一般人を巻き込めないわ」
肩をすくめるヴェニーの言葉に頷いた一同は、住人を一時的に避難させるためにキエフへと向かって歩き始める。
外壁都市フロンラタン。
この後、調査に訪れた緑林兵団の兵士によって都市中心部が蒼く輝いていたという報告が冒険者ギルドに届けられたのはしばらく経ってからのことだった。
〜Fin〜