黄昏の乙女伝説

■ショートシナリオ


担当:成瀬丈二

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月09日〜01月14日

リプレイ公開日:2006年01月19日

●オープニング

「で、これがその反物です」
 狩人の与ひょうは江戸の冒険者ギルドの卓の上に、白く輝く反物──その源は鳥の羽が織り込まれていたところにあった。
「これは天竺(インドゥーラ)の品でしょうかね?」
「オラには判りません。黄昏時に家に転がり込んできたべっぴんな娘、『おつう』が助けて貰ったお礼にと、今は寝込んでいる『かかあ』の機織りを引っ張り出して『決して見ないでください』と機織り小屋に立て籠もり、作る度にげっそり痩せていって。確かに金は入って高い薬で『かかあ』の調子は良くなりましたが‥‥『おつう』などという娘を助けた記憶はとんと無くて」
「それで当ギルドに何をして欲しいのでしょうか?」
「商人さんが『おつう』をもっと、良い機織りを融通するから、うちで働かないか? と言い出しまして。『おつう』にも相談したのですが‥‥」
「何と?」
「オラに恩を返すまでは、そばを離れるわけには行かない、と」
「健気ですね。もっとも健気は本来は勇気のあるという意味合いですが」
 ギルドの受付が蘊蓄を垂れるが、与ひょうにはどうでも良い事だったらしい。
「そしたら、商人さんが近くに、陸奥流の道場で、名の知られたかなり腕利きの武芸の達人を集めていると噂に聞きまして、この火事の始末のどさくさに『おつう』が人掠いにあうのではないかと、気が気ではなくて、取り越し苦労だと良いのですが」
「つまり、『おつう』さんを守り抜けばいいのですね? 宜しい、ならばギルドも仲介料に応じた腕利きを派遣します。気分を大きく持って、『おつう』さんと仲良くやって下さい。おつうさん──無事だといいですね」

●今回の参加者

 ea2831 超 美人(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4927 リフィーティア・レリス(29歳・♂・ジプシー・人間・エジプト)
 ea8737 アディアール・アド(17歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea8903 イワーノ・ホルメル(37歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0062 ケイン・クロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb1490 高田 隆司(30歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 復興、未だに止まぬ江戸の街。
 冷え込みの激しき日々の中、鎚音は響けど、冷気にそれは空しく吸い込まれる。
 そんな中で、暗殺拳では無いかと噂される、陸奥流の道場の玄関を叩く者がいた。

 その当人である超美人(ea2831)に対する、陸奥流浪人の入り身の素速さは凄まじい勢いであった。
 まさしく稲妻の如し。
 正直、体術に長けていない美人では一方的に間合いを詰められるだけであった。何せ自分から──
「ここは強者揃いとか。お相手願いたい」
 と、申し出たのだ。
 彼女は敢えて陸奥流の道場に、おつう誘拐の際、自分が弱いと錯覚させ、相手を油断させるべく、美人は出稽古を装っていったのだが。
 相手は殆ど技を出さず、基本的な体あしらいだけで、回避軽業に疎い美人の懐に飛び込まれ、木刀の美人に対し、素手で鳩尾にきつい一撃を浴び、そのまま失神するのであった。
 まさしく刀と体術の融合した陸奥流ならでは──であった。
「噂にたがわぬ腕前。参りました」
 と、真の意味で実力差がある事を認めざるを得ない、美人であった。
 いや、正確には相性の問題であるが。
 陸奥流から、高弟をひとり、引き摺り出した。陸奥流としても、相手も仮に江戸の実力者として名高い美人を相手取ろうというのに出し惜しみはしないという事であった。
 したたかな当て身、陸奥流の基本技を受けて、美人は卒倒してしまった。

 その頃、与ひょうの家では、与ひょうと母親が腰を抜かしていた。
 依頼された冒険者の一団を見てである。
 リフィーティア・レリス(ea4927)に、アディアール・アド(ea8737)と、イワーノ・ホルメル(ea8903)。
 そして、ケイン・クロード(eb0062)という外国人を初めて見たカルチャーショックである。
 高田隆司(eb1490)がいかにも面倒くさげに、懐からギルドの書き付けを母子に渡し、縁あって与ひょうの依頼に入ったのは彼等だと証し立てる。
「いや、おら、天狗様かと思っただよ」
 与ひょうの声に母親は応えて。
「ほんに、ほんに」
「まあ、天狗かどうかはおいといて。商人め、女をさらおうとするのは感心できないねぇ。
 まぁ、めんどくさいが助けるとしよう」
 等と隆司が言うが、手ぬぐいを取り出した彼は──。
「そうそう、忍法よけにこれで顔を覆うから、怪しいモンじゃないと、確認してくれよ?」
 と、おもむろに顔下半分に巻き付け出す。
 ケインはおもむろに突っ込みたい衝動に駆られるが、ここで突っ込んでは『負け』という意識があり、あえて自分自身を押さえ込んでいる。
「しかし、欲しい物は力ずくで、か。同じ商人でも、比良屋の御主人とは大違いだね」
「はあ──」
 与ひょうは聞いた事のない店の名前を引き合いに出されても正直、困惑気味するしかなかった。
「本人が望んでいないのに力で無理矢理連れていこうっていうやり方が気に入らねぇな。
 あ、もしそうならっていう話で。
 ホントは何もない方がいいんだがな」
 リフィーティアが腕を組んで頷く。
「相手は陸奥流の達人で忍者か浪人かどっちかなんだよな?
どっちもどっちでやっかいだよな。
忍者の場合は忍術もあるし。
なるべく間合いは詰められないようにしたいよな。
俺だって、そこまで接近戦が得意だっていうわけじゃなし」
「恩返しか…理由は知らないけど、そのひたむきな想いを邪魔させるわけには行かないからね。
新しいこの飛燕に──銘は九字兼定だけどな──誓って必ず護り抜いてみせるよ」
 ケインは、鞘に収めたままの愛刀で、誓いを立てる。
 では、不躾ですが──、と。
 昼間の間の護衛も兼ね、弱っているおつうを家事の一環で覚えた応急手当術で介抱を始める。
「かなり、衰弱しているね、無理はしない方が良いと思うよ」
「異人さま、有り難うござます」
 おつうは、如何にも倒れんばかりの美しい黒髪の細面。そして、黒々とした大きな瞳が印象的な女性であった。
 しかし、窶れている尋常ではない程、窶れている。
 ケインはお粥や豆類の病人食の調理も、と甲斐甲斐しく働きだすのであった。
 お母さんの介抱も一緒に行い、与ひょうは家にいては何だと思い、表に狩りに出る。
「与ひょう殿は狩人だったな。最近は何が獲れるのだ」
 後ろから声をかける美人。
「今は小鳥ばっかりで、参ったもんです‥‥尤も大きなモンでも狩ったら罰の当たりそうなシロモノが、この前罠にひっかかりましたがね──鶴ですよ」
「鶴が罠に? 狩人らしくないが、与ひょう殿らしいな」
 そこへイワーノが与ひょうへの挨拶に改めて入った。
「俺ぁ、イワーノ・ホルメルっちゅうだ。
よろすく頼むべ。
恩返しだべか‥‥俺ぁ、是非やり遂げてもらいてぇだな」
「でも、あそこまで無理を為されてしまったりするうと、おつうの事が心配で、オラ」
「ん、ん、ん。その気持ち良く判るっぺ」
 頷くイワーノは続けて。
「与ひょうどんは、一緒に小屋の周りで寝起きしてくんろ?」
「それは構わないけど、何?」
「誰かを人質に取られっと、それに従わねばなんねぇからな。
 それとおっかさんも依頼の間、近所の家に泊まっててもらえねぇか?」
「近所と言っても、動かすのも難しそうで‥‥」「なら、仕方ないべ──あ、くれぐれも小屋ん中さ覗いちゃなんねぇぞ。
 そんくれぇの約束は男なら守れるべ?」
「いえ、おつうさんの命の危機にはそれを破ってでも──」
「──‥‥悪いことは言わないだべよ」
 イワーノは念押しした。
「後な、おつうさんと皆には、もう言ってあるくんろ。襲ってきたら、小屋の入り口前にバキュームフィールドつう見えない、魔法の罠を張るべ。だから何かあったら、小屋の出入りには気をつけてくんろ」
 一方、アディアールも防衛案をイワーノの回答待ちとはいえ、話を進めている。
「おつうさんが、機織りをするなら、そこと与ひょうさんの母上との両方を守るべきでしょう。
 いっそ、どなたかにおつうさんと入れ替わって囮になって頂くのも、いいかもしれませんね。具体的に誰と言えないのが残念ですが‥‥異国人ばかりでは無理がありましたね。忍者の人遁の術の使い手でもいれば良かったのですが、そうは上手く行かないようで」
「すみません、私には一日一刻でも早く、機を織り上げないと」
 おつうは困ったような表情を浮かべる。
「ところでおつうさん、恩ってそんなに急いで返さなければいけないものなんですか?
 ご自身が体を壊すようなペースでは、却って心配をかけると思うのですが」
「確かにそれはそうでしょうが‥‥」
 その言葉に語尾を濁して顔を背けるおつう。
 おつうの済まなさそうな、そして儚い背中に。そうですか、とアディアールは残念そうにため息をついてしまった。
(変だな‥‥ふたりの幸せが長続きしないような気がするなんて‥‥きっと気のせいだよね──あのふたりは幸せになれるよね)
 ケインはその言葉を自分の胸の内にしまっておくのであった。
 一方、植物好きの自分にとっては、趣味と実益を兼ねた、敵の潜みそうな場所のチェック──と、森の確認に向かうアディアールであったが、グリーンワードでこまめに植物たちから話を聞くが、植物の知性では、おつうの受けたという“恩”に関しては、まるっきり手がかりらしい、手がかりを見いだす事が出来無かった。
 限定の多い、植物の知性では恩という抽象概念は理解出来ないようであるらしい。
「さすがにこれだけ寒いと、毒草採取もな」
 ひとり、ぼやく、アディアールであった。
 また、自身が隠密に長けていないため、相手がこちらを襲う際に、どこをどう隠れればいいのか、試行錯誤したが──やはり、通り一辺倒の事しか判らなかった。
 そして、おつうが籠もって機織機の棹が駈られる、幾晩かの時間が過ぎ、最終日の朝を迎える前に、陸奥の誘拐組は動き出した。
 一瞬、煙が忍法による爆発音が遠方で響き、絹を裂くような鋭い女性の声が響く。
 露骨な誘導だ。
 冒険者達一同は急ぎ、予め与ひょうに予告していた風の精霊魔法を小屋の入り口にかける。
 淡い緑色の光が一瞬、闇夜を照らす。
 もちろん、リフィーティアが結印を行い、金色の淡い光に包まれながらも、ライトの魔法で、光源を作り出す。
「うわっ!?」
 明るいところが苦手なイワーノが驚いて、退いてしまう。
 ともあれ、遠方は薄闇ではっきりしないが、柿色の装束を着込んだ人物が数名おり、その内ひとりが抱きかかえているのが、“おつう”らしい陰である事が、しっかりと締められた猿ぐつわの上から見て取れた。
 しかし、アディアールが機織り小屋の中から、未だ音がするのに気づく。
「噂のニンジャのニンポーってやつ!? 人遁の術か、みんな、誤魔化されるな!」
「なら──躊躇わず‥‥迷わず‥‥我流、飛燕剣のケイン、行きます!」
 叫びケインは我流剣術、飛燕剣“参式”の間合いに侵略する者がいないか、気配を探ろうとする。
「翔けろ‥‥飛燕!」
 リアクションの無さに策がばれたと気づいたのか、向こうでも小爆発が起こり、一気に間合いを詰めてくる。
 それを見ると、ケインは封魔の外套越しに隠した刀から、衝撃波を飛ばす。飛燕の重量を存分に活かした一撃であるが、相手に呆気なくかわされる。
 攻め寄せてくる相手に向かって、隆司は面倒臭そうに──。
「さて、眠いし、めんどくさいからこのまま退いてくれるとありがたいが、そうでないなら腕の一本ももらうぞ」
 押し寄せる陸奥流であろうの面々は沈黙のまま。
 そこへ、アディアールもプラントコントロールの魔法と、サイコキネシスで使うため、ボーラの様な物を作り、足止めをしようとするが、如何せん冬。枯れ草では刹那しか止められない。
 ボーラは1度に多数は動かせない、という結果の魔力の無駄遣いに終わってしまった。
「しまった、魔力を消耗しすぎた!?」
 その一方で──更に戦いは激しさを増す。
「未熟!‥‥そこの忍者待てぇ!」
──ケインが叫ぶ、大ガマの魔法で創造された巨大な蝦蟇が、べったん、べったんと湿った音を立てながら、飛び跳ねつつ、小屋に迫り来る。
 そこへケインが阻止に入るが、こちらの攻撃回数の事よりも、向こうの手数が上回り苦戦せざるを得なかった。
 一方、イワーノは、蟾蜍の上から手裏剣を投げまくって、迫ってくる忍者の相手に手傷を受けながらも、呪文詠唱と結印をすませ淡い褐色の光に包まれてローリンググラビティーの術を発動させる。
 周囲の重力が一瞬消え失せる。
 相手が空中に放り出され、そのまま、地面にたたきつけられる。
 蝦蟇のダメージは深刻ではないようだが、手にしていた手裏剣を全て失う事で、相手の戦術の幅は狭まった。
「イワーノさん、グッドジョブ!」
 戦いの合間を縫って、イワーノにケインはサムアップサインをする。
「ならば行くぞ、舞え‥‥飛燕! 壱式!」
 外套で太刀筋を見せないようにし、見えない斬撃で蟾蜍に着実にダメージを食らわせるケイン。 弱った所へ──。
「切り裂け‥‥飛燕、弐式!」
 再び刃を外套に隠し、太刀筋の見えない斬撃を浴びせるや否や、続けて飛燕の重みを存分に活かした一打を浴びせる。しかし、大味になり、体術が長けている相手に対しては有効打たり得ない。
「甘いぞ! そんな大降りではこちらに何をしているか教えて居るも同然!」
「何だと! だが、見ろ飛燕剣の神髄はここからだ!」
 しかし、同等の力量の相手であり、そんな相手に弐式を決められる程には、負傷による彼我の能力差は縮まっていなかった。
 閑話休題。
 一方、佳人の美人を魔の手が襲う。相手は装束は一緒だが、持っているのは日本刀。
 直刀の忍び刀とは一線を画していた。
 その凶器を見た、アディアールが守りに入り、淡い褐色の光に包まれながら、一瞬にして詠唱と結印を済ませ、サイコキネシスの魔法を発動。
 大地の精霊力で軌道をねじ曲げようとする。
 だが、他人の持っている品は所有者が居れば、当人が抵抗できるのだ。
 この瞬間、魔法使いとしてのアディアールは無謬ではなくなった。
 そのまま、深々と刀で斬り込まれる美人。
 鮮血がライトの明かりをかき消していく、茜色の空に吹き上がる。
「数が‥‥多すぎる!」
 夜故、剣を取ったリフィーティアも戦闘技術で完全に圧倒され、鬼神ノ小柄を扱い切れない左手側を中心に攻め立てられている。
 しかし、ダブルアタックなどの技を覚えており、尚かつ両手利きで無ければ、両方の手に武器を持つことに意義はない。
 ギリギリの差で行動に触る場合もあるのだ。
 辛うじて、リフィーティアは相手を惑わせるトリッキーな小柄捌きで、ギリギリ、相手に攻撃を入れ続けるが、それも威力そのものが半減してしまい、着込みで弾かれてしまう。
「非力だな、その程度で戦っているつもりか」
「くっ。駄目か?──いや、今だ、チャンスだ!」
 しかし、粘りに粘って、太陽が昇りきった瞬間、リフィーティアは舞を踊り、金色の淡い光に包まれる。
 魔力により収束され、熱線と貸した太陽光は、リフィーティアの目前の浪人を打ち据えるが、やはり、体力上のアドバンテージは相手が上であり、初級レベルの魔法では根本的な解決にはならなかった。
 そして、江戸のギルドから派遣された一団は、質は同等だが、数は上回られているという点で、苦境に陥ってた。
 蝦蟇が防衛ラインを突破し、おつうが機を織っていた小屋を舌で破壊したのだ。
 先程のダメージがあっても、次の大ガマを出せばいいだけの事である。的確な攻撃と破壊力であった。
 ともあれ、扉は破壊されてしまい、中から白い羽毛が飛び散る。
 そこで機織り台の前に居たのは1羽の丹頂ヅルであった。
 機織り台にかけられた、制作途中の反物。
 その純白で、きめ細やかで美しい布地、はひと棹毎、ひと棹毎に、ひとつひとつ、おつう、いやこのツルの羽毛を織り込んで作られたのだろう。
「化けヅルか‥‥構わない、反物が織れればそれでいいんだ。其れが依頼だからな」
 ジャパンには化けネコ、化け狸といった妖怪変化が存在する。このおつうもそのひとりだったのだろう。
「‥‥おつう、本当はツルだなんて──嘘だ、嘘だと言ってくんろ」
「ご免なさい、与ひょうさん、今まで隠していて、私はあなたが仕掛けた罠に掛かっていた鶴です。縁起を担いで──うっ」
 おつうが、そこまで言った所で、忍者のひとりが全身を煙に包ませながら忍法を発動させる。
「風下に立ったが、うぬの不覚よ──」
 魔法を放った、忍者のひとりが勝ち誇ったかの様に囁く。
 幽かに残る甘い香りに、美人はこれを春香の術と看破したのであった。
 おつうは抗しきれず倒れ伏す。
 しかも、それぞれ相手をしている冒険者を浪人達が足止めしている間に、化け鶴を引っ掴んで去っていくのであった。
 統率の取れた動きで、冒険者達を完全に巻いてしまう陸奥流の一団。
「しまったべ! しかし、与ひょうならば、連れ去られた先も判るのではないべ? 反物を売った所だっべよ」
 イワーノが提案する。確かに今は、傷を癒やすことが先決かもしれない。
 だが、しかし──‥‥与ひょうの嗚咽が聞こえてくる。それこそ身も世もないほどの。
「──おつうー! おつうー! お願いです、皆さん、おつうは自分にとって、人であろうと、妖怪であろうと、かけがえのない、方なのです。どうか、力をお貸し下さい」
 もちろん、一同は、与ひょうの、おつうを思う悲痛な叫びに胸を打たれて、江戸の街へと乗り込んでいった。
 一同は足並みを揃え、前進していく。
 その頃、反物を扱う呉服店では、羽毛が半ば毟られたようになっている、おつうを単なる反物製造器として遇していた。
 それを見ていた朝早くから働く周囲の面々からもあれは何だと、訝しげな声が上がるが、大火事の影響から、立ち直り切っていない江戸では、少々怪しげな荒くれ者どもが弱った鶴の1匹や2匹、呉服店に連れ込んだからと言って、大騒ぎする神経の者は多くなかった。
 冒険者達が、江戸についた頃には、もう野次馬の冷やかしの騒ぎは終わっていた。
 既に陸奥流の一団は解散し、残る守り手は店の若い衆のみとなる。
 どいつもこいつも懐にドスを呑んでいる様な輩で、この店自体も傾奇者相手に商売を営んでいるというのだ。相応の胆力がなければ勤まらないだろう。
 そこへ早速乗り込む一同。チンピラ同然の輩は一生者の傷にならない程度に手加減して斬り込み、店内へ乗り込んで行く。
 殊にケインの怒りは凄まじく。彼が前にいるだけで、店の若い衆は算段を乱して逃げていった。
「追いつめたぞ、観念してくれや」
 隆司が気の抜けた声で、地下に逃げ込んだ、店の主に声をかける。
 油壺と火口を抱えている。
「はははははは。いざとなったら、この化け鶴もろともに焼け死んでくれる。お白州にたかが化け鶴ごときで、引っ立てられてなるものか!?」
「どうか、お願いです。私を与ひょうさんの所に戻してください!」
「そんな虫のいい話はないな。いつまでも私の為に反物を織り続けろ、死ぬまでだ」
 おつうが悲しげな声をあげる。それに応えるかの様に──。
「翔け抜けろ‥‥飛燕! 零式──起動」
 ケインが放った最大奥義は、牢の格子越しに狙い澄ました一撃を浴びせる。
 刃の重みを乗せ、飛び出す衝撃波は、ケインの外套に隠れて、余程の視力の持ち主でも無ければ見切る事は不可能な領域に達していた。
 一刀両断。寒牡丹が咲いたかのような有様である。
 一方、火口はイワーノのサイコキネシスで受け止められ、大火災に繋がる心配はなかった。
 もちろん、しばらく経ってから、おっとり刀で、与力や岡っ引き達がこの騒動に駆けつけてきたが、全てが事後処理となった後では、一行を問いつめて、前後事情の確認を取るしかなかった。
 更に捜査の手は、陸奥流の道場にまで伸び、8人の高弟達がそれぞれに独断で引き受けた依頼という事が判明し、陸奥流そのものにお咎めは無かった。
 というより、冒険者達の立場が微妙なのであった。
 江戸市中に妖怪を招き入れた罪と、悪徳呉服屋を清掃した事で、トントンにしようという、政治的な判断の結果であった。
 ついでと言っては何だが。ある程度、使用したポーションと、怪我の回復費は何とか、清掃の方の辻褄合わせでどうにかしてもらえた。
 しかし、短い吟味の末、結果としておつうは江戸に出入りを禁じられてしまった。妖怪だからである。
 そんな中、儚げに、おつうは語る。
「江戸出入り禁止とか、もうそんな事はどうでもいいのです。与ひょうさんの為に機を織り続ける事が出来れば──‥‥」
 イワーノはおつうの言葉に一抹の希望を感じるが、続くおつうの言葉は非情だった。非情すぎた。
「‥‥──しかし、皆様方に、化け鶴という、妖怪の正体がばれてしまった以上、ここには居られません」
 その言葉を予感していたケインは当然、落ち込み、リフィーティアとアディアールも落胆の色を隠せなかった。
「では、お別れ?」
 と、悲しげに美人が尋ねる。
 一方、隆司は、事の落着の際には、甘酒を飲もうと思っていたが、今は到底そんな気分にはなる事はできなかった。
(こんな時に、旨い酒に逃げられないっていうのも、辛いもんだな)
 無慈悲にも別れの時を自ら、おつうは宣言する。
「はい、これにて与ひょう様と、皆様とはお別れでございます。
 もしも六道の筋が、人と妖怪の様に、互いを分け合わなければ、来生こそは妻夫になりとうございます」
 言って、おつうがつま先立ちになって、ひと回転すると、半ば以上、羽根の抜け落ちた翼の丹頂ヅルが姿を現す。
 改めて見て見ると、その容貌は切なく、同時に鬼気迫る雰囲気を感じる。
「おつうさん、最後に聞かせて、何でそんなに急いで恩を返そうするの?」
 アディアールが、そう問いかけを投げかける。
「さあ、どうしてでしょう? 人間がどうして、人間で。妖怪がどうして妖怪なのかを尋ねるくらい、難しい問いだと思います──鶴は千年、亀は万年と言いますが、それでも私には一生答えが出ないでしょうね‥‥‥‥」
 そう言うとおつうは名残惜しそうな動作で黄昏の空目がけて、懸命に羽ばたいていった。
 その直前に一同の頭上を数度回る。
 そして、おつうは落日の彼方目がけて飛んでいった。た
「どうか、皆様方もお体に気をつけてください」
 最後のおつうの声が冒険者達一同と、与ひょうに聞こえてきた。
 多感なものは感極まって涙を流す。
 こうして悲劇は幕を下ろした。
 これが冒険の顛末である。