●リプレイ本文
大宗院鳴(ea1569)は驚いていた。
「歌や踊りで、飢えに苦しむ人々が救えるなんて、わたくし初めて知りました。神楽のようなことをして神の力を呼び起こすのでしょうか」
と、歌や踊りの魔法的な効果で人々が救えるものだと天然で勘違いする。それに対しスティービィは否々と首を振り──。
「歌や踊りといった精霊魔法では、満腹感を紛らす事は出来ても、真に人の餓えを満たす事は適いません。唯一、仏陀とジーザスの白の教えにある、クリエイトハンドの神聖魔法こそが人の餓えを収める法力です。しかし、私もその法を収めておりませぬし、江戸の民の餓えをおさめるだけの、食物を生み出すなど不可能でしょうな」
「まあ、そうでしたの? 世の中不思議な事が沢山有るものですわね」
鳴は掌を拳で叩き、やや得心したかのように小首を傾げる。
建御雷之男神の巫女として、異教の祭事に関わる事の問題は特に彼女の脳裏に浮かばなかった。
人が困っているのだ、それだけで十分ではなかろうか?
それでも巫女のバイトという本質が判っていない彼女は──。
「わたくし、ちゃりてーこんさーとと云うことですので、飢えに苦しむ人々のために神に皆さんを救ってもらえる様に、神楽を舞いたいのですが宜しいでしょうか。見る方も馴染み深い舞などがあった方がより楽しめると思うのですが」
と未だに勘違いしているが、まじめに人々のことを考えているつもりの発言を行った。
フェネック・ローキドール(ea1605)はシフールの竪琴の音量の無さを再確認すると、横笛に持ち替えて──。
まだジャパンの言葉にも不慣れで、土地勘も殆ど無い身ではありますが。
「自分の出来る範囲で精一杯お手伝いしたいと思っております。
どうぞ宜しくお願い申し上げます」
と、メロディーラインを紡ごうとするが、やはり不得手であり、得意の歌唱に切り替える。
彼女の故郷らしいイスパニアの歌、冒険期間を長く過ごしたノルマンの歌、そして唄い慣れたアラビア語の叙情歌を披露。
だが、残念なのはアラビア語の歌詞の内容を完全に理解できるものがこの場にはいなかった事だろう。
だが、その豊かな表現力は皆の心を魔法抜きで打った。
一方、超美人(ea2831)は物事を広く伝えようと思ったら人が集まる場所であろう、と思い立ち。
「私の名声などたかが知れている。
それでも役立つならばやらせてもらおう」
と、以前依頼で世話になった松之屋、難波屋等の飲食店に宣伝を要請。
「リュートという楽器の演奏を慈善で行う。
客に呼びかけてはもらえないか」
「もう、事前金は出す余裕がないが、客に呼びかけるだけなら──」
という事で、美人は店で働きながら、人々にイギリス帰りのスティービィのコンサートを地道に訴えるのであった。
「うーむ‥‥。自分は今まで大火関係にあまり関わっていなかったからな」
ずっと江戸にいたんだがなぁ‥‥。まぁ、ちょうどいい機会だ、と自分に言い聞かせる鋼蒼牙(ea3167)。
江戸で一、二を争う実力者との誉れも高い自分の名声でスティービィ氏のコンサートを売り込もうとするが、成果は芳しくない。
「一応、頼み込んでみるか──」
と、蒼牙は自分の主君に勧めてみる。慌ただしい時間を縫って御前に出て──。
「疲れた心にリュートの調べなどいかがでしょうか。1月27日、渋谷の荒野にてスティービィ氏がリュート演奏を行います。また、その公演では先日の江戸の大火による被害への義捐金も受け付けております。余裕のある方は是非とも寄付をお願いします」
「ええい、こちらの出した金が源徳めの懐に転がり込むのが癪じゃ。自分の家屋敷の修繕で手一杯だとでもその異国の坊主にでも言っておけ」
「しかし‥‥」
押し様は他にもある様な気がしたが、何しろ自分の名声を表に出した方策でこちらはついで程度に思っていたので、二の句が継げない。実際に日限が切られている中、江戸の市中に主君がいるのだ。大火の影響も無いわけではなかろう。
(市中と言わず、こちらを中心に見据えるべきだったか‥‥?)
「かしこまりました。その様に申し上げておきます」
(ふむ‥‥。江戸の復興が一日でも早くできたらいいが‥‥‥。‥‥復興はできても今後どうなるかね)
ドナトゥース・フォーリア(ea3853)は(漢を磨き、あの人に相応しい男になるさー。
異教の人々とは言っても、武器を手に持った者が護る責を負うべき相手だろうしね)との、胸中の思いも高らかに、渋谷で蒼牙と一緒に下見に余念が無かった。
いざ場所を決めると、一生懸命岩をどけ、整地する蒼牙とは対称的に、刺客がくるという観点から、ドナトゥースは愛犬の咬み丸を傍らにしながら──。
「どうだい咬み丸? 例えば、歌ってる人の側に大樹があったら、興奮した観客が木から会場に飛び込むかも知れないし。命を狙う相手が隠れていたら射撃点とか確保されてしまうからね」
──語りかけながらも、安全の確保に余念がない。
「ふぅ〜疲れたネ」
羽鈴(ea8531)は、江戸の街々の人目に突きそうな場所で、派手な化粧と服装センスを売り物に、雑伎団ばり(自称)の踊りで宣伝してきたが、どうも芳しくない。どうやら踊りがいま三つくらいだったようだ。
そんな結果にもめげず鈴は。
「クスクス、でも、笑い事ではないけど愉しい事をするのは賛成ネ♪
気持ちまで暗くなっては駄目ネ」
と悪戯っぽく笑い飛ばす。
とりあえず、知り合いにも声をかけておいたが。平治親分、特急便月華、喧嘩屋系、箱根の日ノ本様にはシフール便で急ぎ、連絡を請うたが、水戸藩の方などは連絡すらつかず、他の者も皆、多忙故にこれないようだ。
「あいやー、やっぱり踊りにも精進あるか、誰?」
「けひゃひゃひゃ、我が輩のことは『ドクター』と呼びたまえ〜」
トマス・ウェスト(ea8714)が鈴に呼びかけた。
「何だ──トマスあるネ」
「そのいい方はバッドだよ、まだ二十歳に達していないから、鈴君の我が輩に関する、その嫌悪感溢れる、呼び様も我慢してあげる事にしよう。ううむ、しかし、何だね。やはりこうゆう『人の為』とかいうものは、我が輩には合わん気がするね〜‥‥」
言ってトマスは眉を寄せる。
「まあ、何だね? 不埒な輩が居たら、我が輩の実験材料にでもなってもらうか? けひゃひゃひゃひゃ」
アルバート・オズボーン(eb2284)は心配だった。
そういえば今回のコンサート、きちんと吟遊詩人ギルドの了承を得ているのだろうか。一応、スティービー氏にたずねてみよう)
「していないが」
とストレートな返答。
「まだ済ませていないのなら、後々で厄介の種にならないように、きちんとギルドへの顔出しを済ませておくべきだな」
「そもそも勘違いしているようだが、ノルマンやイギリスの様に、バード達がある程度の数がまとまっている時に、バード達の調整機関としてギルドがあるのであって、こんな月道でしか一握りのバードが来訪しない所にギルドがあるとは思えないが?」
「そういうものか?」
「そういうものだ」
ともあれ、アルバートは冒険者ギルドの壁に今度行われるコンサートの事を書き出して張ってもらえるように職員に頼む事にした。
ギルドならポスターを見る人間も多いだろうから、という判断であったが、ギルドの受付からはこう言われた──。
「では、仲介料を頂きます‥‥」
「待てぃ! ギルドじゃ金を取るのか?」
「皆様の依頼料金も、ギルドが仲介手数料を引いた上での頭割りです。
ここは物事を仲介する事で利益を得る所です。あなた方の依頼の成功は祈っていますが、その手段として当ギルドを利用するならば、相応の仲介料は払っていただきます」
「世の中、金が全てか。どうりで坊主が金を取ってコンサートを開く訳だ」
そして、1月27日。
バーゼリオ・バレルスキー(eb0753)は、スティービィと楽器談義に耽っていた。
「色々と楽器を持ってきましたが何がいいですか?」
「では、このバリウスを遠慮無く、借りるとしよう」
「ならば。スティービィ殿がリュート演奏ですから、自分は他の楽器がいいですね」
「琵琶『檜皮雅』など、どうだね? 私も合奏するのは初めてだが」
「では、それで。肝心な所どうしますどうします曲は? 西洋で有名どころにしますか、それともバックダンスに合わせますか?」
「フェネックさんのノルマンでの歌の数々に期待しよう。スペイン語やアラビア語のノリが判る客はそう多くないだろうし。フェネックさんリードを頼みますよ」
そして、集まった数百名の観客を相手取ってのコンサートが始まった。
西洋かぶれの傾奇者、十数名が熱狂して、自分達も舞おうとして、ステージに突入しようとするのを、ステージ上で舞っていた瀬戸喪(ea0443)が華麗に舞いながらダイブして、当て身を次々と食らわせていく。
うずくまった彼等に、トマスがゆっくり魔法を唱え白い淡い光につつまれ十字架を翳すと、動きが一瞬にして止まる。
「じゃあ、行こうではないか、我が輩のラボへけひゃひゃひゃひゃ」
続けて魔法の呪文を唱えているトマスに迫る後ろからの影!
そこへさっくりと神楽聖歌(ea5062)が幻惑するような刀捌きで、浅傷を負わせる。
フェネックが平穏を願う歌を歌いながらステージからゆっくりと歩み出すと、混乱は半分がた収まった。残り半分は魔法の抵抗に成功した連中だ。
別に彼等は暴れたい訳ではないので、トラブルは収まった。
こうして無事に600G強の義捐金が手に入ったコンサートが成功した。
「やれやれ、火事と喧嘩は江戸の華、とでもいうのかね? やはり東国は荒れてていけないな」
スティービィはこの大金を奉行所に納めに行った帰りに一同に告げた。
こうして、義捐コンサートは一応の成功を見た。ここに江戸復興の始まりの終わりが始まる。
これが冒険の顛末である。
荒野の風は今日もつめたかった。