●リプレイ本文
「まず我々は人魚を2体以上撃破しなければならない。全部倒すのは前提だが、船の改造の失敗によって、15Gの出費があった以上、これはもはや“せねばならない”になったのだ」
船上で語る岬芳紀(ea2022)は船の改造修理の総責任者であったが、日曜大工に毛の生えた程度の設計と改造手腕では、船のバランスを取るどころか、返って全体の機能を低下させ、そこで専門家に頼んで、総改修。資材費と船を傷つけた事による損害の補填費として15Gが泡と消えたのだ。
そんな言葉を赤毛の女ファイター、ドロテー・ペロー(ea4324)は複雑な気持ちで聞いていた。
「魔物や人間、動物を殺めた事がないのに‥‥いきなり女の人を3人も殺さなくてはいけないなんて──」
普通なら心の中で思うだけだが、裏表のない彼女はつい口に出してしまう。
借金造りの一因であった、名前に似合わぬたおやかな女浪人、薊鬼十郎(ea4004)は、彼女の言葉を聞き、自分とはまったく違う存在がいると思い知らされた。
(死中にあってこそ剣の腕は磨かれる‥‥それが私の依頼を受けた理由だというのに、恵まれた方もいるのですね。うらやましいかもしれない)
鬼十郎は自分より一回りは年が上回るドロテーの言葉に複雑な思いを抱く。
そして、陸路と水路に分かれて岩礁攻略作戦が始まった。
「うん、3人いるよ、赤毛と金髪と黒髪の」
リルウィウス・アルクス(ea2035)は陽精霊の力を借りて、超望遠視力を発揮する。
1キロ先など目と鼻の先と変わらない。
周囲の詳細な地形を伝えて、狙撃班として遠距離から攻撃出来る様に位置取りを急ぐ。
船に乗った陽動班のアリアス・サーレク(ea2699)が決意を明らかにする。
「すでに二隻の船が沈んでいるんだ、放って置く訳にもいかんさ。‥‥それにノルマンは船によって成り立つ国だ」
「そうだな。だが、相手は人魚ではなく『セイレーン』かも知れんな。その美しき歌声は船乗りを魅了し、海原を渡る船を難破させたそうだ」
船を操りながら芳紀はぽつりと漏らす。
一方、アトス・ラフェール(ea2179)は焦燥に駆られていた。
「人魚の歌の影響を受けないギリギリを行きたいのだが、相手の能力が判らなくてはそれも出来ないか‥‥芳紀、判らないか?」
「人魚でもセイレーンなら判らないし、月の精霊魔法なら相手のレベルが判らなければ、対策の立てようもない」
ユリウス・クラウディス(ea2999)が眼を懲らし襲撃班の展開を見極めるが、まだ若干時間がかかりそうだ。
岩礁を見てドローテが吹っ切れた様に、ショートボウに矢を番える。 距離は30メートル、この弓ではぎりぎりだ。
視界に映るは3人の美しい人魚の影。『金髪』『赤毛』『黒髪』であった。
金髪と視線が合い、好機を逸する。
矢は放たれたが、そのまま水上に落ちて流されていく。
(あ、ヤダ、目が合っちゃった! 今夜は悪い夢を見そうだわ〜〜〜)
赤毛がセーヌに飛び込み、自ら間合いを詰めてくる。
「オンマリシエイソワカ」
と、鬼十郎もジャパンでも武士の守り本尊とされている摩利支天の真言を唱え、精神統一を図るが、対象はユリウスであった。
彼が船頭を勤めていないのは幸いであった。
だが、芳紀の取る舵を必死に邪魔し、船を岩礁に突っ込ませようとする。
鬼十郎、ドローテが手足を掴んで懸命にその動きを止めようとする。
相も変わらず歌は響いていたが、ふたりはその魔力に翻弄されなかった。
一方、コトセット・メヌーマ(ea4473)が襲撃班に地道にかけ続けたバーニングソードと、自分にかけ続けたフレイムエリベイションの溜め、魔力は3回分と底を突いているが、士気は高い。
(さて、勇者足る者がこの中にいるかどうか‥‥)
(人の心を蕩けさせる歌声‥‥興味がある。でもその歌が人を不幸にするとなればどうにかしないと。
彼女達は何故、人を呼び寄せるのだろう。船を難破させてどうするのだろう。遭難した人を喰らうのか? それとも‥‥)
「マリウス!」
銀髪のナイト、マリウス・ドゥースウィント(ea1681)に呼びかけるは、紅毛、紅瞳のシフール、黄牙虎(ea4658)。蜻蛉の羽根で羽ばたいている。
「どっちでもいいよ、撃破すればいいんだよね。じゃあ、偵察してくるね。木はないけどね」
牙虎が水面ぎりぎりに滑空する前に闘気を高めて士気を向上させる。桃色の光が彼女の全身を包み込んだ。
『黒髪』が歌い出した。牙虎が見つけられたのだ。
その蜂蜜の如き声に一瞬クラッとなる牙虎。だが持ち前の健康さと魔法の援助もあって心を奪われたりはしない。
太陽を背にして、レイピアの突きを繰り出す。衝撃がそのまま『黒髪』を襲う。
避けきれずに直撃を受けるが、女性美の肉体には微かな刺し傷から血が流れる。しかし、その傷が見る見る塞がっていく。傷ひとつ付いていなかった。
「上陸だ、行くぞ」
と、声をかけるマリウス。
「言葉を解すか? 我々は船の運行を危うくするお前達を退治に来た」
陽動から側面に回ってチャンスを伺っていた襲撃班の動きに会わせ、船を進めようとする。皆、歌を歌ったりするなど、這々の体で人魚の呪歌から逃れようとしており、その騒ぎで陽動班が注意を引きつけた意味は余りなかった様である。
「ふんっ、この程度で私達を抑えれると思うんじゃないよ!」
ジュラン・オーディア(ea3002)は歌っているクチである。
言いながらも、ルーク・フォンセイン(ea3934)の後ろに回り込む。
「やれやれ、前も美人、後ろも美人か。美人と戦うのは趣味じゃないのだが‥‥これも仕事なのでね。その命、確実に奪わせてもらおうか」
「良いか? にんぎょと、思うからココロに来る、じんぎょと呼べばさほどでなし」
言いながらカイエン・カステポー(ea2256)は河を泳ぐ。
「大変! 陽動班の方に人魚が向かって、岩礁に突っ込まされそう!!」
リルウィウスが大声で皆に告げる。
岸に立たずむ、レイジ・クロゾルム(ea2924)はその言葉に冷めた口調で。
「仕方在るまい、向こうでどうにかするだろう」
「レイジは冷たいよ」
「違うな、冷静な判断だ。阿呆の様に河に飛び込んで、魅了される事を覚悟で呪文の届く間合いまで泳げば満足か?」
「莫迦ーっ!」
「急げ、急がないと魔法の持続時間が切れるぞ!」
コトセットは襲撃班の迅速な行動を促す。
その頭上を金髪の人魚目がけてリルウィウスの怒り混じりの光線が飛んでいく。
ダメージはさほどでなく、また再生していく。
ともあれ、狙撃班の合図に一同は岩礁に乗り込む。
そちらに向き直って歌う人魚の口を見て、リルウィウスは恐怖した。
開かれた口の中にはびっしりと牙が生えているのだ。
「うそ──だよね、人魚ってあんなもの‥‥なの?」
ルークとジュランが上陸し、黒髪の人魚目がけて走り寄る。
炎に包まれたルークのロングソードとダガーが変幻自在の舞を踊り、相手の間合いを盗み、斬りつけていく。
そしてその背後から──。
「悪いね、これもお仕事なんだ! 恨むならここでこんな事してた自分達を恨みな!」
叫んだジュランが炎に包まれた鞭を放ち、黒髪を締め上げる。そのまま間合いを埋めてダガーで相手を失神させようと試みるが、利いた様子は全くない。
その距離から噛みつく人魚。
びっしりと生えた牙が剣の鋭さを以て彼女に食い込む。
「ちっ」
「放すな!」
ルークが人魚を押し倒し、ダガーで喉を掻き斬った。
「行くぞ!」
とコトセットが炎を付与した矢を金髪に的中させる。
マリウスと牙虎、そしてカイエンも殺到し、押し包んで動きを封じようとする。
人魚は姿を変え、下半身を人間のそれに変え、逃走しようとするが、十歩以上離れたレンジの牙虎のレイピアの衝撃で体勢を崩し、更にリルウィウスの光線が灼く。
とどめとばかりに全てを捨てて突撃してきたカイエンの一刀が命を奪う。
一方、アリアスは赤毛の人魚に苦戦していた。仲間3人が船の操舵件を賭けて争い。
残った自分の剣は相手に通じない。
何度か甘い誘惑を振り切ったが、それもどこまで持つか‥‥。
しかも、残り1体となった時点で、皆に付与されていた魔法は切れている。
逃げようとする所へ、ようやく成就したアトスのホーリーフィールドが人魚の抵抗を打ち破って完成する。
そこまでお膳立てが整った時点でレイジが泳いできて。
「では、本当の魔法というものを見せてやろう」
片手を人魚に向けたまま、印を空中に描く。
そして、人魚に向かって延びる一本の黒いライン。結界を破壊し、人魚に大打撃を与える。
カイエンもコトセットに最後の魔力で剣に炎を付与してもらい、魔法の余波で転倒した人魚を串刺しにした。
「はっはっはっは、私は強くて格好良くなる神聖騎士!! 我が神の教えの元に彼方へとふきとぶがいい!!
無駄無駄!! 尻がうろこのじんぎょなど、私の信仰的思考の前に無意味!!」
ユリウスの呪縛はいまだ解けず、軟禁せざるを得なかったが──。
「死した人々のための祈りが一つ、あとはアンデットになられても困るしな。強く格好良くなる私は後始末も忘れないのだ」
戦いが済むと人が変わったかのように(?)、カイエンは死者への手向けを忘れない。 アトスも花を手向け。
「あなた方の無念は晴らした! 母なるセーヌで安らかに眠れ!」
そして、持ち帰られる人魚の首に向かいジュランは。
「ま、あんた達も色々と事情があったんだろうがね‥‥ああいう事をした時点で、運命は決まってたのさ‥‥Amen」
と十字を切る。
セーヌ川におけるこれが事件の顛末であった。