●リプレイ本文
「皇虎宝団のやっている事は子供誘拐ですか。
やっていることそのものが許せない行いですね──。
相手の好きにさせるのは気に食わないですし‥‥。
しかし、大変ですね。
下種なかたがたですね。
細かい作戦は──どうでしたっけ?」
と宣って、天然で、周囲をずっこけさせるのは神楽聖歌(ea5062)。
「冒険者ギルドに帰れば思い出せるような気がするのですが、そうも言ってられないようですね。もう、八王子ですし」
「困りましたね──」
と、語るのは禿頭で、修験者姿の十郎坊。彼は少年の体ながら、高尾の大天狗、大山伯耆坊に代わって、高尾山にいる大山伯耆坊の眷属の天狗達を仕切っている烏天狗である。
がふたりいる。
城戸烽火(ea5601)は現在、人遁の術でその姿を写し取っているのであった。
しかし、彼女の忍法の実力の関係上、6分間しか、その姿を維持できず。次に10秒かけても術を練り込んでも確実に人遁の術を発動させられるかは怪しいものであった。
「ともあれ、十郎坊さん。高尾山の方で、旋風とダッケルは預かっておいて下さい」
「ええ、皆さんの苦労を考えると、その程度容易い事です」
と、烽火の言に、十郎坊が返すと──。
「わたくしに出来る事は剣を振るう事だけですが、精一杯頑張りますわね」
そう神剣咲舞(eb1566)も力強く、幼げな顔とはアンバランスな、たわわな胸を揺らしながら宣言する。
「神剣さん──期待していいですね? ジャパンに名だたる二天一流の腕前、どうぞご存分に御振るいください」
「そうなると──こちらの手の内もある程度ばれていると考えざるを得ませんわね」
「有名人のつらい所ですか」
咲舞の言葉に刀根要(ea2473)は腕を組んで頷く。そして、根本的すぎるので手の打ちようが無いと判断したところで、十郎坊に向き直ると──。
「十郎防さん、お久しぶりです。あれから皇虎宝団は今回の件以外で表立った行動はしていないのですか?」
「表立った──と限定されるとやっていないようですよ」
「そうですか」
と要。
すかさず、言葉を継ぐ。
「では、この機会にまた山に侵入するかもしれません、警戒はお願いしてもよろしいでしょうか?
私の知合いが関った鳳凰の件で不自然な情報漏洩があったと聞きましたので、もしかしたら此度の皇虎宝団──忍びの関与をとも考えまして繋がる道を見つけたいと思います」
「鬼面党が事件の現場に足跡を残していくとは思い難いのですが」
十郎坊の言葉に少し頭を回転させて要。
「ですが、あれば儲けモノです。おのが無事に助け出せれば精々漁ってみましょう」
「まあ、忍びが鬼面党だけとは限りませんけれどね──」
ぼやく十郎坊。
日向大輝(ea3597)もぼやく。
「『おの』も襲われたり、さらわれたり大変な奴だな‥‥。
要も言っていたけれど、出発前にこの隙を狙ってくるかもしれないから太郎坊、警戒しろよ」
「ぷるぷる‥‥太郎坊だなんて畏れ多い。あの方は私の名付け親ですよ」
その予想外のリアクションに大輝少年はツッコミを入れる。
「そうなの? だって、あっちの方が有名だしさ。ふーん名付け親なんだ」
「そりゃ、日の本十大大天狗ですからね。まあ、昔にお気に入りにされまして、弟子という扱い──‥‥まあ、そういう事にしておきましょう。9人目だから、自分から数えて十番目だから十郎坊という名前を拝命したのですよ。あの方は何でも気に入れば自分の弟子にしてしまう方でしたから」
「何か天狗業界(?)ってややこしいのな。でも、まあ、いいや。ともかく、これ以上、おのを巻き込みたくないしな」
「そうですね」
大輝少年の言葉に相づちを打つ十郎坊。
それから、指定のあった廃村の方にしばし移動し、十郎坊は天狗の隠れ里の防備に就くべく、高尾の滝へと戻っていく。
「ついて行きたいのは山々ですが、白乃彦様も動けず、大山伯耆坊様も動けないとなると、陣頭指揮は自分が執らざるを得ないので──皆さんも快く勧めてくれたので、ここでお別れです。おのさんの無事を天に祈ってます。
この場合の“天”とは頭の上に広がる『天』ではなく、仏教の黒の教えの頂点たる『天』の事だ。
烏天狗の本性を明らかにして、十郎坊は隠れ家に羽ばたいていく。
時は移って、一同の前に、鬼面党から指定された、林に囲まれた廃村が見えてくる。そこで──。
「宜しくお願いします」
高貴な少女めいた、しかし確実に男性である若者、アリエス・アリア(ea0210)。
「相手の巣に飛び込む事は判っていて、余り良い策も浮かびませんでしたが‥‥それでも、何もしないよりもずっと、ずっと良いと思うのです
だから、今、私は私にできる事を‥‥。
──少女を攫った彼らの罪科が如何な物か、閻魔の元に攫いましょう‥‥」
アリエスは、自らのソルフの実を、クレア・エルスハイマー(ea2884)に委ねる。
それはイギリスの風土でしか育たない、魔力を回復させる効用のある実だ。
受け取って頷くクレア。
「判りました。爆炎の魔術師の手練手管をとくとご覧下さい──」
結印と詠唱と共に、淡い赤い光に包まれると、クレアはアリエスの縄ひょうに、彼女自身の持つ最大限の魔力でバーニングソードを付与する。1時間は保つ、クレア級の魔力を持つ者ならではの匠の技が冴え光る。
とはいえ、クレアの魔力の消耗は激しかった。
ともあれ、最年少のキット・ファゼータ(ea2307)と、烽火を伴い、アリエスは林の中に消えていく。
余談だが、キット少年の切り札のパラのマントは、彼が使用しても効力を発揮しない。
パラのマントはパラ程度の身長の者、即ち身長が130センチ前後のものに効力を発揮する。しかし、キット少年の身長は150に近く──もっとも大柄なパラ、身長145センチクラスよりも、身長が高いのだ、パラのマントの力の及ぶ範疇を越えている。
そして鬼面党は予めトラップの類を大量に仕掛けていったのだ。ひとつひとつは小さな──しかし、無視すれば何時牙を剥くか判らない沈黙の刺客達。
しかも地形は入り組みに入り組んでいる。そこにもトラップはあるのだ。
アリエスとキット少年がそれらのトラップ群を丹念に潰していくだけで、アリエスの縄ひょうへクレアが付与したバーニングソードの魔力は途絶えてしまった。
烽火は──。
「おの様が囚われている倉の類を捜す前に、こちらの方が難航しそうです。陽動班の皆さんも──治療魔法の使い手無しに、この森を突破して退却戦を行うのは至難の業でしょう」
弱音を吐く彼女に対し、応えたアリエス曰く。
「しかし、少女を掠った鬼面党の罪には、相応の罰を与えねばなりません。ここまで来て引き返しては、本末転倒でしょう──きっと」
「すみません、あたしが忍び足だけで、トラップを解除する術がなくて、足を引っ張ってしまいまして」
烽火は自分の未熟さに怒りを覚えながらも、解除し終えたトラップの群れの中を気配を感じさせないように進むのみであった。
キット少年は沈黙に耐えきれず、烽火にすかさずツッコミを入れる。
「何言ってるんだい! 俺はいざとなれば自分を囮にして離脱してでも、烽火──あんたを廃村に突入させるつもりなんだぜ。ジャパンの忍者なら色々な手練手管を知っているだろう?」
「キットさん、ご免なさい。あたし忍術も囓っただけなんです。咄嗟に術を使う事も適わなくて、相手の執拗さに辟易している所です」
その烽火が発した言葉に、キット少年は沈黙して、ただ悄然と行く手を阻むトラップを解除するだけ、となってしまった。
烽火は胸の中でキット少年に詫び続ける──。
(ごめんなさい、キットさん。ごめんなさい‥‥)
さて、その頃、交渉班であるが、事実上門前払いを食らっていた。
「──白虎の白乃彦を連れてきては居ないようだな」
木々の間から押し殺した声が漏れる。
その声に対し、大輝少年が咄嗟に──。
「白乃彦がいないんだ。理由は封印解除には時間がかかる。また、封印解除後に勝手にどこかへ行ってしまわないようにする必要があり、連れ出すのは難しいんだ」
──と嘘八百というより、自分でも事の真偽を確認していない事を並べ立てて、鬼面党と思しき面々を説き伏せようとするが、返ってきたのは10本ばかりの矢の乱射のみ。
本気ではないのか、一同の足下に次々と突き立つが、矢の先端がどす黒く変色しているのは見て取れた。
毒を使う気は満々の様だ。
続いて覆い被さる声。
「そちらの都合を聞いているのではない。白虎がいるかどうか──おのとかいう娘の命を救いたければ、大山伯耆坊に牙を剥いてでも、白虎の白乃彦を連れ出してこい」
声だけが陰々と響き渡る。
クレアが食い下がろうとする。
「せめて、おのの安否の確認を──」
「それは白虎の白乃彦を連れてきてからのセリフだ。何しろジャパンに名高い、ウィザードがいるのでは、どんな搦め手を使ってくるか判らん。それを防ぐには、近寄らせないのが一番だというのは、六大精霊魔法も闘気の術も解析している、こちらからすれば自明の理。
もし、何か怪しげな光を放とうものなら、おのの手足の一本がなくなると思え。もっとも寺院に行けば繋がると開き直るなら、話は別だがな‥‥」
(すぐ殺す気はないんだな──)
一瞬入り交じった殺気とは裏腹に、大輝少年は安堵する。
とはいえ、鬼面党側の宣言に焦る要。
(こちらにオーラ魔法も使わせない気ですか。もっとも使われたら厄介なのはお互い様ですけれど‥‥)
そこでクレアは乾坤一擲の大バクチに出た。
もう打つ手は無い、という演技で、さりげなく後ろに回り、懐のスクロールを取り出す。
金色の淡い光に包まれて、彼女の全身からまばゆい光が降り注ぐ。
「振り向かないで! 前へ進んで!!」
彼女の切り札である『ダズリングアーマー』のスクロールであった。
そして、間髪入れずに一瞬で魔法を成就させる。
「受けなさい!! “我は導く魔神の息吹!!”」
淡い赤い光に包まれた彼女の掌から火球が飛び出し、廃村を包む林の中で爆風となって吹き荒れる。
その爆音はアリエス達にも届いていた。
少なくとも3人に判るのは緊急事態という事であった。
些細な罠は無視し、身体を毒が蝕むのをあえて耐え、解毒剤やポーションの手助けを借りて、今までの事は無かったかのように、前進をする。
「ち! 役割が逆になっちまった」
キット少年が事の進展について行けずに、ぼやきのひとつも漏らすが、廃村の中には農民風に繕った。しかし、半弓を携えた面々がたむろしている。
アリエスが矢を引き絞り、撃ち放つ。この奇襲により、喉笛を狙ったピンポイントな攻撃でも十分に余裕を持って射撃できた。
それもアリエスの影よりも静かな足取りによるポイント取りがあっての事だが。
キット少年は両手に短刀を構えて躍りかかっていく。魔力の込められたそれに対し、判別のつかないながらも脅威と見なされ、一瞬の結印と共に、内に煙に包まれ3メートルはあろうかという巨大な蟾蜍が姿を現す。
その口を開けて、乱打してくる蟾蜍の舌を華麗な足裁きでいなしながらも、キット少年は、蟾蜍を盾にして撃ち放ってくる半弓の乱射に辟易していた。
その間に烽火は十郎坊に化けるべく、人遁の術を行使する。10秒間のあまりにも長い時間は、森の中にいる事で的になる事を防ぐ、いわばアリエス達をも囮とした、二重の囮策であった。
そして十秒という戦場では無情なまでに長い時間を過ごした烽火は、修験者姿の禿頭の少年──十郎坊の仮の姿──に身をやつしていた。
しかし、問題があった。
鬼面党と思しき集団が、守っている建物はあれど、そこへ潜入するには烽火自身の体術では疑問符がつきすぎるのだ。
仮に接近しても相手も闘気を操る身。闘気の力には長けているだろう。烽火が当てにしている当て身も、春花の術も皆、闘気を磨いた相手には通用しない。
素手の技では相手が十郎坊の姿を見ても驚いた様子を見せない以上、奇襲となるか危うい。春花の術は耐えきられる可能性があまりにも大きすぎる。
それでも『おの』の身柄を確保せんと、再び10秒間の詠唱に全てをかける。
微塵隠れの術ならば、瞬間的に間合いを詰める事が出来るはずだ。
術は未だ未熟。賭けるものはあまりにも大きすぎる。しかし、烽火はその賭に勝った。
林の中で一陣の煙に包まれて、爆発を引き起こす。
そして、木々の悲鳴を後に建物の真ん前に瞬間移動する。
乱刃の中に飛び込む烽火。
そこへ爆風を巻き起こしながら突き進んでくる、クレアの姿があった。
要が、懐に飛び込んだ相手に野太刀で辟易しながら──普通は生死を分ける間合いであったが、要ほどの達人ともなれば、その程度の飛車角落ちは何らハンデキャップにはならない。
闘気を使う時間こそないが、圧倒的な力量で斬り伏せる。
しかし、火遁の術には辟易する。突撃して間合いを詰めようにも、装備品が重すぎ、十分な移動力を取れないのだ。
しかも通常の魔法と違って、抵抗の余地がない。
火遁の術で十分に焼き焦がされた後、間合いに飛び込んだ忍者が発動するのは竜巻の術。
ダメージを十二分に負った身では、更に空中に巻き上げられ、深手を負う。
(羽生──‥‥)
空中に見えた愛鳥の影。命令を理解できないので、仕方なしについてきたその影に懐かしい物を感じながらも、要は意識を手放すのであった。
一方で、魔力の消耗の激しさと戦いながら──大魔法使いの宿命である──クレアは、スクロールを広げ、対象を『おの』に指定して、テレパシーの魔法を発動させるのであった。
銀色の淡い光に包まれた彼女は、テレパシーの魔法が範囲内にいる『おの』に届いた感触を得たが、呼びかけに対する返事は無く、範囲内のどこかにいるという感触しか得ていない。
「意識を失っているの?」
クレアは絶望的な感情と戦わざるを得なかった。
一方、咲舞はキット少年に加勢し、双刀から繰り出す返しの刃で蟾蜍を一撃で斬り捨てた。いや、正確には二連撃ではあったが‥‥。
「やれやれ──‥‥これだけ苦労したんですもの。きっと後で呑む茶は美味しいに違いありませんね」
「つえーな、姉ちゃん」
今まで防戦一方だった相手を切り伏せた咲舞の手並みに、キット少年はまるで鬼神を見たかのような畏怖の表情を浮かべる。
「ホントは姉ちゃんじゃなくて、おばさんだけどね。でもね、ほら女はやっぱり、若いって見られた方が嬉しいから、そう呼ばせてあげるわよ」
咲舞は茶目っ気たっぷりにそう返すのであった。
と、ジャイアントならではの巨体で、咲舞はキット少年を見下ろすのであった。
(強いだけじゃない──‥‥女はこえー)
キット少年の胸中を咲舞が気づいたかはおいておくとしよう。
一方、烽火の手助けに入ったのは、中条流の使い手──聖歌であった。
「こうなれば計画も何も関係ありませんね」
と、両手で構えた、闘気の籠もった日本刀を以てして、烽火の行く手を阻む鬼面党の忍者達を斬り伏せていく。
本来、野太刀と小太刀の使い分けを以て良しとする中条流であったが、聖歌の域まで達すると、得物を選ばず、獲物も選ばない。
「行って、烽火──‥‥ここは私が食い止めます」
「お願い──」
そこへ大輝少年も割ってはいる。
「俺も行くぜ」
「子供はここで──」
烽火が止めようとするが、大輝少年はいつものフレーズを繰り返す。
「いつまでも子どもじゃないぞ!」
その決意に烽火は頷いて──。
「では、一緒に行きましょう」
言って、烽火は元々村長宅だったらしい、眼前の建物に乗り込んでいく。追従する大輝少年。
「──おの、待ってろよ」
「待って、最後の力を──‥‥」
近寄ってきたクレアが、大輝少年の持っている小太刀に触れながら結印すると、淡い赤い光に包まれ、次の瞬間に小太刀の刀身が炎に包まれる。
「行きなさい──そして、おのさんを連れて帰ってくるのですよ」
クレアは微笑んだ。
大輝少年と烽火が踏み込んだ先は整頓された部屋であった。床の一隅がぽっかりと空き、地下へと続く縄ばしごが垂らされている。
大輝少年が先んじて降りてゆく。レディファーストとはジャパンは縁遠い。
そして短い通路があり、先は座敷牢に繋がっている。いるのはばられたまま、こんこんと眠っているふたりの『おの』。
それに警戒しつつも、烽火は入り組んだ鍵を楽勝で開けると、たいまつに照らし出された空間へと、互いを進ませていった。
大輝少年が縛られた身を解放すると、活を烽火が入れて、意識を取り戻させる。
「おのさん、救出にきました。私達の問題に巻き込んで申し訳ありません」
と烽火は、十郎坊の真似をして、未熟ながら雰囲気で伝える。
「あれ? ここはどこ」
「大輝? 大輝だよね?」
別方向のリアクションを返す『おの』達。
そこへ大輝少年は、まず『おの』が本人かどうか確認だ、と──。
「あの時の枝理銅て言う『犬』は元気か?」
と聞いてカマをかける。
「何言ってるの枝理銅は犬なんかじゃないよ?」
「枝理銅はユニコーンだよ!」
ふたりの『おの』の返答に対し、大輝少年は──こっちが本物だ、と素早く、最初に応えた方を庇いに入る。
「悪いけど、おのがユニコーンなんて言葉を知っているとは思えない」
「迂闊──」
と低い女の声で、もうひとりの『おの』はいらえを返す。
そこへ素早く入り込んできたアリエスが縄ひょうで喉笛を抉る。
しかし、血の一滴も出ない。
烽火は咄嗟に左手にしていた銀のナイフで斬りかかるが、運悪く交わされる。しかし、炎と燃える大輝少年の霊力が籠もった小太刀による新当流の技も冴え渡り、深々と右腕を抉る。
「火輪童子──この恨みは忘れぬぞ」
言って、偽おのは姿を消す。
「ねえ、一体何が起きたの? ねえ? ねえ?」
全く状況を把握できていない『おの』であった。
上に戻っていると、ポーションで傷を回復させられた要が獅子奮迅の働きをし、鬼面党は撤退戦に移っている最中である。
逃げられないと踏んだ者は自決していた。
悽愴な光景が広がる。
尚、烽火が入念に調べたが、白虎に関する文献も無く。皇虎宝団、鬼面党に関する文献、資料も存在しなかった。
そして、アリエス達が切り開いた迂回路を通って、罠のない、安全な帰還を果たした一同を出迎えたのは少年姿の十郎坊であった。
烽火の友、ゼッケルと旋風を連れてきている。
皆を見て破顔一笑。
「いやぁ、ご助言ありがとうございました。鬼面党と思しき一派の襲撃を受けまして、辛うじて撃退には成功しましたが、こちらも相応の深手を負って、後始末に忙しい所です」 そこへ駆け寄る大輝。
「なあ、丁度良いから交渉させてもらうけれど、もう鬼面党とか、その雇い主とかの向こうにも『おの』は関係者として認知されちゃっただろうし、下山させても同じことの繰り返しになるかもしれないから特例として置いておいてくれないかな?
それにほら、『おの』は女人って感じじゃないし修行の障りにならなさそうだろ‥‥聞かれてないよな」
と、大輝少年はきょろきょろと周囲を確認。
「はあ、大輝くんも女人がどうのって考える齢だったんですね。これはちょっと以外」
「一体、幾つだと思ってるんだ? 怒らないから正直に話してくれよ」
「いやぁ〜11才位かなって」
十郎坊はきっぱりすっきり言い切った。
「──絶対泣かしちゃる。俺は15だ」
「またご冗談を〜。まあ、『おの』さんは今は良いとして、2年、3年経ったらどうなるか保証しませんよ。修験者だって木石じゃないんですから」
そして、大輝少年は帰る前、『おの』にこの前の介抱のお礼にかんざしを贈った。
「これ挿して少しは女の子らしくしろよ。まぁ普段みたいのも嫌いじゃないけどさ。
だけど、修験者の人たちの前では挿しちゃダメだぞ」
「うん、ありがとう──」
いそいそと髪にかんざしを挿す『おの』。
「似合う?」
「えーとなー」
大輝少年が何と応えたかは『おの』と、ふたりだけの秘密の事。
全てを成し遂げたと確認すると咲舞のふるまった茶を一同、堪能しつつ江戸へと戻るのであった。
これが高尾山を巡る冒険の顛末であった。