●リプレイ本文
満月が頂点にさしかかり、陰陽師が淡い銀色の光に包まれ、ムーンロードの呪文を唱えると、遙かイギリスと、ジャパンの江戸を繋ぐ次元回廊が開かれる。
遙かな異国との距離を一時的にとはいえ、ゼロにする奇跡。順当であるとはいえ、それはひとつの神秘であった。
たった6分間の短い時間に大金を支払った様々な者たちが激しく動き回る。
月道から続々とあふれ出てくる人々。ある者は異国から一攫千金を成し遂げ、故郷に錦を飾ろうというものであったり。またある者は冒険とスリルを求めて、異国から己の腕一つを頼りにきた危険な来訪者であったりしていた。
しかし、いずれも月道を通るときに身元は証明されたものばかりである。
そんな光景を瓦葺きの屋根の上から眺めながら、実際の年齢とは裏腹にもう、14、5に見える源徳長千代は平服のまま、眼を煌めかせていた。
逞しい体格に浅黒い肌。エキセントリックなまでに吊り上がった眼。
それが長千代のポートレートであった。そして唇を開いては──。
「イギリスか──一度は行ってみたいものだな。いや、イギリスだけではない、まだ眼にしたことのない、全ての国‥‥いや、まだ人の通わぬ人跡未踏の地をもこの眼で見てみたい」
「長千代様──その様な事を仮にも神皇様の従兄弟であらせられる方が仰られては困ります。ジャパンの地を支え、政を行い──」
そういうのは振り袖の侍女姿が異様に艶めかしい少年、柳生左門であった。まだ幼少なのに、源徳家で小姓を務めている。
柳生宗家の人間ではあるが、故在って長千代に使えている身だ。
「──夢を見る事は自由だろうに‥‥月道の喧噪ももう終わりのようだな。皆の話の続きを聞きたいが」
と、長千代はシフールのイフェリア・アイランズ(ea2890)に異国での冒険譚を語るよう促す。
「まいど〜、よろしゅうな〜♪
ん〜オモロイネタか〜‥‥おお」
右の握り拳で、左手を打つ。
「んじゃなぁ。キャメロットに罠職人がおってな、作ったトラップの性能試験という事でトラップハウスを攻略する‥‥っちゅう依頼があったんや。
そのトラップのひとつは『ダストシュート』っちゅうて、要は階段が畳まれて、突然タダの坂になって滑ってまうやつや。
これは何べんか滑ってもたけど、皆、何とかクリアーしたんや。
そんでな、あとは、『ゴールデンハンマー』っちゅう‥‥まあ‥‥男の人の股間の『アレ』を、ちーんってやってまう奴っちゃ」
そこまで言ってイフェリアは苦笑いを浮かべる。
周りにいる男性陣は皆、何らかの形で内股気味になっていた。悠然としていたのは長千代くらいである。
それに勇気づけられたのか、イフェリアは話を続ける。
「でな、挑戦した兄ちゃんらは、予想外の所で『ちーん』ってやられて悶絶しとったで‥‥」
イフェリアは合掌する。
「でな、結局そのトラップは結局クリアー出来へんかったわ。
ん? うち? うちはこうやって──」
と言いながら、羽をはためかせて。
「──空飛べるやろ? しかも女やから、どっちも引っかからんと、あっさりクリアしたで」
と『にぱ』といった感じで小悪魔めいた笑みを浮かべる。
「なるほど。イギリス人は色々と面白いものを考えるのだな。まるで忍者屋敷だな?」
と、長千代は笑って話を促す。イフェリアがまだ何か言いたそうな雰囲気を察したからだ。
「そう言ってくれるとうれしいわ。ほなら、も1個聞きたい? ん〜‥‥ほんじゃあ、もう1個。とっておきの話や。
ある時、教会のシスターはんからの依頼でな、ゴーゴンっちゅう『見たモンを石化出来る姉ちゃん』を説得しに行った事もあるんや」
「ごーごん──初めて聞きますが、えらく恐ろしげな怪物の様に聞こえますね」
左門が『ゴールデンハンマー』の恐怖から立ち直り、相づちを打った。
「ま、な。でも、説得せなあかん。結局、原因は人間側やったし。ゴーゴンの姉ちゃんも好戦的やなかったから、酒盛りしつつ話したら、分かってくれたんや♪ ええ姉ちゃんやねんけど、直接見られへんのが残念やった。あとは、依頼主のシスターはんが実は天使やったんや! めっちゃ綺麗やったし、ちゃんと羽もあったから納得してもたけどな〜」
「西洋ではクレリックは皆、天使なのか? どうも、そういう話ばかり聞くが」
長千代が疑問符つきでイシュリアに言葉を投げかける。
「さあな? でも、楽しかったで。まあ、そんな感じでうちの話はこれで終わりや」
「では」
と、真幌葉京士郎(ea3190)はおもむろに眼を見開いて。
「良い月だ。こんな夜には、たまには、のんびりと昔を語るのも悪くは無かろう。
さて、この世に邪悪がはびこる時、必ず現れるという希望の光、聖杯。これはその伝説の、ほんの一端。
──俺達は走った。水時計が時を刻み切るまで6時間。その間に6大精霊の神殿を突破し、その先にある皇王の間へたどり着けなければ、聖杯が導きし月の道と、その鍵たる姫は、黒き御前の手に落ちてしまう。それはすなわち、世界の滅びをも意味した」
「いきなり、大きく出たな」
長千代が眼を丸くして、京士郎の言葉に聞き入る。京士郎はその期待に応えて──。
「『みんな、ここは俺に任せて先に行け!』神殿に待ち構えるデビル、仲間達を先に進ませる為に、俺はその場に踏みとどまった。
(姫、俺も必ず後から‥‥)激闘── ‥‥そして、閃光。
一方、先に向かった仲間達も、最大のピンチを迎える事となる──そう、黒き御前が姫の体を乗っ取り、勝負を挑んできたからだ。
「ふふふ、俺はただ時を待てばよい、だがこの体は姫の体、お前達に姫を討つ事が出来るかな?」
姫を人質を取られ、尚かつ奴の強大な魔力の前に、次々と倒れていく仲間達。誰しも最後の時を覚悟した、絶望が満ちようとしたその瞬間──『鳳龍聖撃斬!』
掛け声と共に放たれた光の刃が、姫の体を貫いた。
崩れ落ちる姫、息を飲む仲間‥‥そして、間一髪の所で刀を振り切った『俺』は彼女に声をかけたのさ。
『ジェンカ、さぁ目をひらいて‥‥俺は君の美しい体を傷つける刃は持っていない』『‥‥京』
その後、彼女と何があったのか。そして、この話を信じるか信じないかは、お前達の勝手だがな」
と微笑を浮かべて京士郎は長千代に背を向けた。
ウォル・レヴィン(ea3827)はその京士郎の後を受けて──。
「おーし、やるぞ!」
とクールげに見えた外見とは裏腹に、大声で気合いを入れる。ウォルはまだ若い少年の身であった。だが、どちらかというと左門の如く少年より少女に見える。あまりにも雄の匂いを感じさせない質であった。
「さてと、面白い体験談か。
月道に興味があるんならイギリスでの冒険の話にするかな?
んじゃギルフォード男爵の治める地の石切り場での冒険の話でも。
講釈するまでもないが、石ってのは道を整備するのに必要で。石切り場はイギリスにとって重要な場所だ。
しかし、何故か、そこの石切り場には変な奴らがたびたび現れて、ここが俺達のアジトだとか言って占拠していったんだ。まあ、具体的に言うならその連中は──仮面をかぶった奴とか、自分をオーガと勘違いした奴とか。
ともあれ、その侵入者来訪を受けて、俺たち冒険者が依頼を受けて、石切り場から変な奴らを追い払うのが常になってた。
そして、その石切り場に何かあるのではと思われた。
予感は的中した。
悪魔ヴァプラ‥‥。その白鳥の翼を持った獅子の外見を持つ悪魔までもが、その石切り場を狙い出したんだ。
勿論、そいつは俺達冒険者で倒したが、ますますその地に何かあるのは確実になった。 そして、真実は明かされた。
実は、その地にはクエイクドラゴンが封印されてたんだ。
デカくて地魔法を使う厄介な敵だ。
その封印を、悪魔達が破ろうとした結果、変な者たちを呼び寄せてたんだな。
だけど、かつて悪魔に洗脳されて、その石切り場を狙った奴らも正気に戻って、俺達に協力してくれてな。
最後には皆で結束して再びその地竜を封印した。
江戸でも変な奴らが沸いて出る所は用心した方が良いかもな」
「ドラゴンか──一度は見てみたいものだな。何しろこのジャパンには龍神はいても、ドラゴンはいない。何故かは知らぬがな。どれほど、強大な存在だろうか──」
長千代の言葉にウォル少年は応えて。
「それは実際に見てみないと判らないだろうな──悪魔だの変人だのが跳梁跋扈するのを覚悟で身に行くのは──やっぱり、やめた方がいいだろう、多分」
と締めるが、長千代は──。
「そうか。だが、今度親父の言いつけで、南の島まで鳳凰の検分にいかないといけないんだよな。城を出られるのは嬉しいし。鳳凰というものも滅多にいない瑞兆だと聞くが、そこで神の教えだの、江戸の大火事の遠因が、その鳳凰の仕業らしいと聞かされても今更な感じがするんだよな──」
「長千代様。それも源徳家の人間としてはたすべき仕事のひとつです。まあ、正直自分も良く判りませんが──おろそかにしては、江戸の市井の者にもどんな災いが降りかかる事か。江戸では万単位の被害者が出たのですよ。こんな事を繰り返していては江戸の街もあっという間に滅んでしまいますよ」
左門が口を酸っぱくしていう。
そこへアイーダ・ノースフィールド(ea6264)が冷ややかに言葉を挟む。
「話をしてもいいかしら?」
「頼む。どんな話だ?」
と長千代は左門から顔を背け、アイーダの紡ぐ言葉に耳を傾ける。
「私は魔物ハンターの一人、アイーダよ。
今まで私達が狩った中で、一番厄介な魔物の話をさせてもらうわ。
その発端は、ある宿場町で生き血を吸われた死体が見つかった事。
そして、事件が起きているのは、ある宿場の女郎の周囲だけ。
でも、その女郎の周りの人は誰ひとり彼女を疑っていないし、その女郎‥‥お宮は何人もの男達をいつも周りに侍らせている。
私達はその不自然さに気付いたけれど、周囲に侍っている人間を排除する手段を用意できなかった。
仕方なく、仲間がお客のフリをして、お宮を誘き出したけれど、相手にはバレバレだったのね。
囮になった仲間は正体を現したお宮‥‥蛇女郎に魅了されてしまったの。
その上、私達の持っている武器ではお宮に傷ひとつ付けられなかったわ。
結果、私達は惨敗した。しかし、諦めなかった。
2度目に戦ったのは、しばらく後。
今度は、武器にオーラパワーを付与してから、お宮を誘い出したわ。
前回とは違い、闘気の力でお宮を傷つける事はできるようになったけど、蛇女郎の力である『魅了』や月魔法を防ぐ手段は限られてたし、蛇女郎には受けた傷を自ら癒す再生能力があり、自身も持つ、高い戦闘力もある。
結局、トドメを刺す事はできなかったの。
でも、諦めなかった、今度も。
そして──最後に戦ったのはそれから半年以上経ってからの事。
お宮を誘き出すのではなく、早朝、宿で寝静まっている所を襲撃したわ。
仲間の精霊魔法のフレイムエリベイションで、魅了や魔法の対策をした上で、ブレスセンサーとオーラセンサーで、敵の居場所を確認しながら、魅了された男達をひとりずつ排除し、無防備になったお宮に奇襲を仕掛けたの。
それでも蛇女郎は強かった。だけど、私達は今度こそお宮を狩ったの。
魔物ハンターの名にかけて──。
話はこれでお終い」
「それが魔物ハンターのふたつ名の由来ですか‥‥」
左門がため息をつきながらアイーダを見る。
「半年もかけてひとつの獲物を狩るとは──戦いたくはないな‥‥」
同様に長千代も言葉が無いようだ。
「魔物ハンターは諦めない──ただそれだけ」
「そうかね? けひゃひゃひゃ、我が輩のことは『ドクター』と呼びたまえ〜。昔話のトリは務めさせてもらうかね?」
トマス・ウェスト(ea8714)屋根の上でポーズを取りながら、長千代と視線を合わせた。
「あ〜、我が輩はつまらん昔話でもしようかね〜‥‥。
さて、エゲレスのある漁村出身の青年がいた〜。
それなりに優秀なクレリックであったその青年が、故郷の司祭になろうかというときに、流行り病があってね〜。
この病は医者に見せれば、何とかなるようなものだったのだが、その故郷では不漁が続き、医者を呼べるような状況でもなかったらしい〜。
青年は色々と手を回し、故郷へ教会から送金していたのだが、ついには家族と故郷を失ってしまったのだよ〜。
というのも、村への使者が送金を着服していたのだ〜。
やがて青年は金を着服した使者を突き止めた〜。
使者が着服した理由が判るかね〜?」
「酒手でしょうか? それとも女で身を持ち崩したとか?」
トマスの問いに左門は頭を振り絞る。
長千代は無言で続きを促す。
「話を急くのは、若人の悪い癖だね、けひゃひゃひゃ。答えはだね──使者の家族も流行り病に侵されていたのだよ〜。
さあ、君ならどうするかね〜?
誠実に生きれば家族を失い。不実に生きれば他が犠牲となる〜。
おお、なんと悲しきことか〜」
そこで白衣を翻し一回転するトマス。
「どれだけの月日が経ったかは語るまい──その後、青年は追い詰めた使者から、月道使用料を奪い取ると月道の中へと消えていったという〜。
さて、どこまで信じるかね〜?」
「全てを信じよう」
おもむろに長千代は応えた。
「けひゃひゃひゃひゃ。ならばこの物語は君にとっては真実という事だ。まあ、それが何を意味するかは、また別の話だがね〜」
トマスは立てた人差し指を左右に振る。
「その青年はトマスさんじゃないんですか?」
左門は控えめに言葉を返す。
「成る程、成る程、つまり我が輩は家族を失った悲劇の司祭という事だね〜? ま、この話は我が輩が語った以上でも、以下でもない。完結している物語という事だ。ま、眠れぬ夜にでもゆっくりと思い返すのが良いだろうね〜。けひゃひゃひゃひゃ」
その笑う満月に照らされた影から、ひとつの狩衣に包まれた姿が現れる。
次の瞬間、トマスは白い淡い光に包まれて、魔力を解き放つ。屋根の上で硬直したその影はそのまま転落しようとする。
女性と見たその影に、ウォル少年は手を差し伸べる。
ギリギリの膂力を振り絞り、そのまま女性が屋根から転落するのを防いだ。
一同は協力して、屋根の上で彼女を安定させる。
「けひゃひゃひゃ、まあ、しばらくは動けんよ。コアギュレイトの魔法を使ったからね」 トマスは宣告する。
「曲者?」
アイーダも弓に矢を番えているが、彼女の口上を聞く前に動きが封じられたので、どうにもリアクションに困っている。
やがて、厳重な監視の元、狩衣姿の女性は身体の自由を取り戻すと、皆に一礼し、話を切り出した。
「わたくし、この度、江戸で騒ぎを起こしたとして、お白州にあげられた不死鳥教典の数が内のひとり、陰陽師の理恵と申します。冒険者ギルドで長千代様がここに向かったと聞いて、訴えを聞いていただきたく、参上しました」
「けひゃひゃひゃひゃ。いきなり魔法で現れるのが君たちの流儀というものかね? 悪いが、誤解されて当然だろう」
トマスは理恵に胸を張って宣言する。
「返す言葉もございません。それと助けていただき、有り難うございました。異国の方」
ウォル少年に向けて頭を下げる。
「当然のこと」
「忝なく存じます」
理恵は屋根の上で三つ指をつきながら、長千代に向き直ると、深々と頭を下げ── 。
「この度の沖ノ鳥島への航海、この一度だけにて源徳家の介入は止めていただきたく願います。それを申し上げに参上しました。島にいる鳳凰の翠蘭様は心優しき方。されど悪魔の奸計に付け込まれれば、いかなるまがつ神となるやも知れません。悪魔は既に不死鳥教典の身辺にまでも及んでおり、冒険者の方々の機転なくば、そのまま翠蘭様と接触させる所でした」
京士郎はその言葉に──。
「悪魔は文字通り、神出鬼没。まあ、何が起きるかは‥‥な」
「悪魔の危機は、西洋から来た冒険者から、色々聞き及んでいる」
長千代は返答を始めた。
「だがな──初めて会った人物から、会った事もない相手の事を聞かされて、それで全てを知ったつもりになるほど、脳天気ではないぞ」
イフェリアはその言葉を聞くと──。
「長千代はん、やる気満々でんなー?」
──とボケをかます。
「いや、海には出たいが、その鳳凰の吟味をしろ、というのが納得いかないだけだ」
シリアスに返す長千代。
イフェリアは更にボケ倒したい芸人根性を押さえて、続く話に耳を傾ける。
「大体、翠蘭の方が迷惑だと思わないのか? こんな見も知らぬ小僧にいきなり引き合わされて、それで事の是非を勝手に決められるなんて。もし、非となれば、源徳家総出で討伐でもしろというのか?」
「長千代様、それはお言葉が過ぎるというもの──」
左門が言葉を添える。しかし、長千代は──。
「俺は翠蘭が自分の部(べ)の民と、静かに暮らしたいなら、放っておけばいいと言うんだ。そりゃ、鳳凰なんて好奇心をかき立てるものは確かに見たい。自分のこの眼で、な。しかし、平和に暮らしたい奴の所に行って、お前は悪だから討伐する、などという権利はどこから出るんだ? 武士とはそれほど偉いものなのか? 源徳だからと言って全てが許される等という事があってたまるか!」
「おー言い切ったわ」
イスフェリアが拍手する。
「これは面白い。自分の立つ瀬である武士階級をあっさり否定するはね〜。ま、悪魔関連は一応見捨てないでいてくれる、聖なる母様とは相容れない存在だがね。用心するに超した事はない、というのが非常につまらない一般的な見解だがね〜。まあこれで悪魔万歳、などと言おうものなら、流石の聖なる母も我が輩を見放すだろうしね〜」
言って、トマスは気がなさげに拍手をした。
「ありがとうございます、異国の方々」
理恵はか細い声で一同に返し──。
「今回のお願いは翠蘭様の事が悪魔に関わりのない事を只1度のの航海で証し立てていただきたいのです。幾度も部外者が渡航すれば、悪魔や皇虎宝団といった世の平安を乱す輩が蠢動いたしましょう。その為に最初で最後の航海で、全てを証明して欲しいのです」
皇虎宝団とは江戸の西方で忍者を雇い暗躍している謎の集団である。詳細を知る者は当事者達以外にはいないだろう。
ともあれ、理恵のその言葉に長千代は腕組みして。
「では、俺の目に全てを賭けるというのだな? それが如何なる結果であろうと受け入れる覚悟はあるのか?」
長千代の言葉に理恵はしばしの沈黙の後、首肯した。
「全ては長千代様のご判断で。先のお白州で、訴えるべき事は全て上奏しました」
「では‥‥──」
と長千代が言葉を返そうとすると。
「長千代様、お言葉は少ない方が宜しいかと──‥‥迂闊な言質を与えるべきではないと思います」
鋭く左門が割り込んだ。
「慎重な侍女君でございますね」
呟いた理恵。左門の性別には気づいていないようだ。
「公の場ではない故、慎重にさせていただいています。ましてや源徳家の方でございますから」
「そうですか。それでは請願はこれにて打ち切らせていただきます。不作法な来訪失礼いたしました。失礼ついでに魔法にて退出するご無礼をお許し下さい」
そう言って、理恵は長千代の許可をとりつけると、理恵は結印と詠唱と共に銀色の淡い光に包まれ、足下の月光が織りなす月影の中に吸い込まれていった。
「やれやれ、台風一過といった所かしら?」
アイーダは緊張の色を隠せないまま番えた矢を外した。感じた理恵の力量は自分より上。自分が圧倒されて、手も足も出ないままに倒されるとまでは思ってはいないが、油断は出来ない印象を感じた。
「でも、俺としては悪魔のやらかす陰謀には気をつけるに超した事はないっていう考えには賛成だ」
一方、ウォル少年は、黎明の紫色に染まってきた東の空から差し込む光に銀髪を嬲らせながらも、かつての石切り場での事件を思い返して長千代に忠告する。
京士郎も同調してうなずいた。
「悪魔は人の堕落を誘う。それが高貴なものであればあるほどだ。おまえの魂を値踏みするほど、話し合った訳じゃないが、源徳家の中核に位置する家の人間をたらし込めば、悪魔が行動する際、何かと便利だろうよ。ジャパンを滅ぼさないよう、せいぜい気をつける事だな」
こうして屋根の上の会話は終わった。
これが満月の夜、ひと晩で行われた事の顛末である。