●リプレイ本文
「夜十字信人‥‥剣客だ」
夜十字信人(ea3094)はそう言い置いて、船に乗り込む。
迎えるは英波。
「宜しく頼む」
「早めに仕事を終わらせて、釣りでも楽しみたいものだ──そうは行かないだろうが」
──いってらっしゃぁ〜いっ☆
と、ジュディスが川崎の港から旅立つ一同を見送って早三日。
ジュディスのサンワード‥‥金貨を触媒に太陽に語りかけ、情報を得る魔法‥‥では、移動物体の発見は至難を極めた、というか無理。
「なーに、期待はしてなかったさ。復讐の日が少々延びただけのこと」
英波は豪快にその誤差を笑い飛ばす。
そんな彼を見ながらか細げなエルフのウィザード少女、ロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(ea7209)は──。
(お子さんを亡くされたとは悲しいことですわ。
仇をとるというわけではありませんが。
ですが、仇を討ち終えたあとはどうするのでしょうか?
心情は理解できますが、悲しいことです)
──胸中で囁いていた。
一方、アイーダ・ノースフィールド(ea6264)は不敵な笑みを浮かべ。
「10年も息子の仇の鯱を追い続けている、か。
それでも尚鈍らないとはね。
魔物ハンターに勝るとも劣らないスゴイ執念ね。
改めて、気に入ったわ。全力でサポートさせてもらいましょう」
と、言って英波から仇の鯱の特徴を教えてもらおうとするが、彼女の、他の鯱と区別がつく程度に詳しくなれば、オーラセンサーに引っかかるようになるかもしれない、という目論見は自分の過信に過ぎない事が露呈した。
全身を覆う古傷の位置を逐一説明されても、ジャパン語に詳しくない彼女には理解しきれず、見た目だけの区別だけではオーラセンサーでは識別できない。
識別には最低数日旅を共にしたレベルの親密さが要求され、日常会話程度の内容の話を聞いただけでは英波の執念が伺えるだけで、彼女の欲する情報レベルには到底達せなかった。
その鯱との対話から、以心伝助(ea4744)は10年前の戦いの凄みを思い知らされた。
息子の最後を伝え聞いた、その嫁は衝撃のあまり流産したという。すでに英波の血を伝えるものは何もないのだ──。
航海の間は自給自足、その合間を縫っては、伝助は魚の血を集め続け、樽に丸めて放り込んだ、予備の帆布に注ぎ込んでいた。
囮として、アッシュエージェンシーで造ったダミーを流していたが、信人はその際、ナイフで自らの手首を掻き斬り、鮮血を海へと捧げる。
「効果は期待してはおらぬが、俺が役立てるのはこんなところだろうな‥‥」
虚ろに呟く信人。
「血なら足りませんから、こちらに流してくださると、助かりまっす」
伝助の声が聞こえておらぬかのように──。
「‥‥何かさせろよ、俺にも」
変に意地を張る信人であった。
「やっぱり、こういう時はレヴィンさんが頼りになるっすね」
ともあれ、鯱に関して、伝助の陸での情報収集は芳しくなく、レヴィン・グリーン(eb0939)の莫大な人智とも思えぬほどの知識が役に立った。
しかし、レヴィン自身は憂い顔。
「人の味を覚えてしまったのですね‥‥やはり退治するしかないのでしょうか‥‥」
そんな彼の背中をバンバンと叩く、所所楽石榴(eb1098)。彼女に取ってはレヴィンは背の君である。
「食は、生きるために大事な事だけど‥‥人の被捕食について、人は諦めが悪くなるよね‥‥それだけ複雑な感情をもつ生き物だから、なのかな? でも、留めは英波さんの仕事‥‥って思うんだ」
「‥‥言葉がもし通じたなら、こういう事態も避けられたのでしょうか‥‥?」
「んな事ないって、言葉が同じな人間様でも、京の方でも大騒ぎがあったし。でも、言葉があるからレヴィンとこうして語り合えるんだよ」
「石榴──」
と、ふたりが感極まっている隣では、日向大輝(ea3597)が曙褌の上からサラシを巻き、法被姿で、揺らぐ船の上で、トライデント片手に結印の練習を繰り返している。
少年の周囲に、赤い淡い光が収束しては消えていく。
「とっさに出来るかどうかは五分五分切ってるな──博打に手を出すより、か。でも、当たれば大きいんだよ──」
その脇で蒼い顔をしたまま、スクロールを広げ、銀色の淡い光に包まれたロゼッタが何やら魔法を発動させている。
「ん? 何の魔法だろう。月系統だよな」
大輝少年の疑問をよそに、見るからに足取りが怪しい、というよりまるでロゼッタの現実の船の揺れを無視した足取りは、嫌な音を立ててエルフ的に有り得ない方向へ足首を曲げる。
自分の作り出した幻覚の世界に埋没するロゼッタには、その苦痛という触感すら伝わっていないようだ。
「あー、これはひどいっす。急いで魔法で‥‥って、白の神聖魔法使える人いないっすね? どうしましょう、じゃなくて、ポーション一発で解決っす」
伝助が派手な身振り手振りと共に取り出した、ポーション。
恍惚の笑みを浮かべたロゼッタの唇をこじ開け、強引にポーションを流し込む伝助。
魔法の持続時間が切れた所で、砕け散る波しぶきが頬にかかり、ようやく自分の状況に気づくロゼッタ。
「ひょっとして、迷惑かけた?」
「いや、大したことないっす。ご安心を」
「ウィザードが私事で魔法使うのは戦力として問題かな、でも船酔いが‥‥」
以下、ロゼッタのイメージを崩すシーンにつき、記録係権限で削除。
結局、大輝少年の提案通り、えさ場の豊富な水域を探すこととなった。周到な、伝助の情報収集と下準備がここで役に立つ。
汚れた茶色に染まった帆布を海に流す。
一方、船の周りをアッシュエージェンシーで造った囮が泳ぎ回る船を離れて、シフールのアルフレッド・アーツ(ea2100)が周囲の警戒に当たる。
とはいえ、アルフレッド少年の体力、精神力に限度があり、四六時中飛んでいる訳にもいかず、今は空樽の上で休息中であった。
強大な風の魔力を行使し続け、消耗気味のレヴィンから、大声で指示が飛ぶ。
「逃げろ!」
その声にアルフレッド少年は咄嗟に飛び立とうするが、間に合わない。
樽ごと尻尾で叩かれ、海上に漂う羽目になる。
レヴィンが咄嗟にライトニングサンダーボルトを行使しようとするが、十分な威力のそれを放てない。やはり、魔法の乱発のしすぎの様だ。
「海の中は彼奴の領域‥‥潜って追うには状況が悪いか‥‥。ならば、餌に釣られて海面に現れる、一瞬で仕留めるしか無い‥‥か」
信人がクレイモアを片手に、帆柱に結んだ己の命綱を弄んでいるが、あまりの間合いの遠さに、飛び出すチャンスを逸する。
ちなみに隠れている積もりであるが、周囲には存在感丸出しである。隠密の技に長けていないのだ。
皆、レヴィンの指示待ちで、手に手に得物を持っているが、鯱は船の直下から襲ってきた。
転覆させるつもりの様だ。
そこへ大輝少年が綱で繋いだ銛を海中に投げ込むが、呆気なく避けられる。
石榴も同じく打つが、結果は同じ。
力量差がありすぎるのだ。
伝助も槍を投げつける。あさっての方向に飛んでいく。
「魔物ハンターの矢は外れない!」
アイーダが乱射するが、海という障壁に阻まれ、空しく避けられる。
元々が呼吸孔を狙ったものだが、自分の知識ではない生半可さ故、彼女の鋭い目を持ってしても、見切れない。
彼女と違えど、矢を放つ人材はいた。
ロゼッタである。先程から懸命にムーンアローを放っているが──単純に威力が、皮膚を貫通できていないようである。
そして、スクロールは魔力を段違いに消費する。
彼女が気づいた時にはアイスコフィンを放つ魔力は残されていなかった。
3メートルの間合いに入り込むより、鯱の体当たりが、船をひっくり返す方が先であるかに思える。
しかし、ソルフの実で魔力を回復したレヴィンが辛うじて、スクロールを展開する。
褐色の淡い光に包まれ、レヴィンは大地の精霊力を以て、鯱の動きを封じる。
その余裕がロゼッタに魔力を成就させる機会を与えた。
もう、鯱が目の前に見える範囲である。
「今だ!」
「チェストー!」
英波の声に、飛び出した信人が真空刃をクレイモアから打ち出す。重量の十分に乗った一撃であった。
致命傷にはほど遠かったモノの、ロゼッタが淡い蒼い光に包まれながら、発動させるアイスコフィンへの抵抗力を奪うには十分であった。
そして、1時間後。小舟に乗り、氷棺の封が解ける瞬間を待って、網で絡め取られた鯱に対し、一同は一斉に銛を突き込んだ。
ひとりレヴィンを除いて。
「復讐は終わりましたか」
背中を向けたまま、石榴に尋ねるレヴィン。
無言で頷く石榴。
感涙に噎ぶ、英波と船乗り達を背に、レヴィンは改めて命の尊さを噛み締めるのであった。
これが冒険の顛末である。