●リプレイ本文
──時は暫し遡る。
「眠り続ける少女の命を救うため、怪異に挑む‥‥ってなんか今回はまともだなぁ。雨でも降るんじゃねえか?」
ぐっしょりと濡れた翼の生えた子猫を小脇に抱えたロヴァニオン・ティリス(ea1563)が次の段階として毛を逆撫でにしようとすると、雨が降り、雷が轟き、夏の青空は一変して、嵐の最中に放り込まれた。
「おー、道理で行儀がいいわけだ? あの猫、なんだが知らないが、たらいに漬けて洗おうが、毛を逆撫でしようが、大した反応しなかったしな。ねこじゃらしには反応しなかったけどな」
ロヴァニオンが自分が猫に行った実験の数々を挙げると、殺気が返ってくる。
怒りを孕んだアハメス・パミ(ea3641)の黒い目が、彼を見つめていた。
「『バステト女神に仕える君』を意味するパミの家に生まれた者として、猫を貶めるモノは許せない。非礼を承知でデティクトアンデッドをかけてもらおうと決意したが、そのやりようは敵対行為と判断する」
淡々と殺気が漏れる口調でアハメスはロヴァニオンに迫る。
むろん、その言葉を協調するように稲光が背後に下る。
「すまん、俺が悪かった。じゃあ、この子を乾かすのはおまえに任せたから」
と子猫を押しつけると脱兎の如く逃げ出すロヴァニオン。
「みっともない所をお見せしました──さて、セーラに仕える者を探さなければ。しかし、雨か‥‥いやなものだ」
同時刻、パリ。
「ええい、図書館というのは整理されていないと相場が決まっているが」
自分の知識量にあっという間に見切りを付けたエルド・ヴァンシュタイン(ea1583)は「翼が生えた猫」「猫及び其の他に変化出来る、もしくは其れと同等の形状の夢魔」に関する知識を求めていたが、ただ書物を片端から放り込んだだけの図書館──これは世界中の相場である──にそれを求めたが、5日という時間でははかばかしい結果は出せそうになかった。
強いてあげれば『デビルは何にでも化けられる』という記述があったが、それもかなり曖昧な表現で現状突破の鍵にはなりそうもなかった。
同行しているファイゼル・ヴァッファー(ea2554)もついため息を漏らす。
「眠り姫は王子のキスで目を覚ますか──ロマンチックだが。ノルマンに王子はいないな。悪魔にしろ精霊にしろ、全く数が多すぎて絞り込めない、月の精霊関係か? 悪魔関係は教会の方が詳しいだろうが、ラテン語は読めないんだよな」
「王子のキスか──確かにロマンスに溢れているな‥‥これが我が姫だったら」
と、ファイゼルの視線が向けられている事に気づいて、エルドは咳払いをし、資料の捜索を実行するのであった。
雨が上がり、別荘の内外を調査するジャドウ・ロスト(ea2030)。
魔法的な痕跡のあった場所を探すが、古代魔法語らしきいかにも『胡散臭い』場所はなく、後はジプシーに頼んでリヴィールマジックでも使わなければ判らないだろう、という所まで詰めは済んでいた──いざといいう時の水源の確認している。
ラシュディア・バルトン(ea4107)という古代魔法語のエキスパートが居ても肝心の怪しいブツが無ければ仕方がない。
という事で、シフールのシャクリローゼ・ライラ(ea2762)を動員する。
彼女は初期に彼女の眠りに魔法的な要因が絡んでいると踏み、魔法で確かめてみたが反応はなし。という事でジャドウの怪しげなもの探索行につき合ったが、魔力を発生しているものはなかった。
マナ・クレメンテ(ea4290)は屋敷の外で雨の後始末にする使用人達を観察するに止まったが、あまり得るものはなかった。どうやら、使用人達は本気で少女の事を心配しているらしいという事以外は──。
「どうだ在ったか? ローゼ」
「在れば、よい魔女の私としては、みんなに教えています」
「全く、少女を目覚めさせるのに芝居とは‥‥非論理的だ、想像を絶する」
「ややこしく考えすぎ」
いや、とラシュディアは自分の意見を述べる。
「夢の中で永遠にたゆたう。それもまた悪くないのかもしれない。夢の中は理想通りに物事が進む‥‥けど自分独りしかいない。そんな世界より、自分とは違う人がいて、だからこそ『痛み』で溢れていて、けどだからこそ、独りじゃない喜びがある現実の方が俺は好きだ。もし彼女が夢に囚われてるなら、救ってやりたいって思う」」
「夢に囚われた姫か‥‥」
エルドは感慨深げに呟いた。
リサ・セルヴァージュ(ea4771)も少女の部屋と、猫が発見された地点で空気が淀んだ理由を魔法によって解析した。部屋の空気が淀んだ理由『何時も点いているランタンの煙』、『別に淀んでいないよ』という味も素っ気もない返答もあって些か傷心気味であったが、尚、猫も少女も鏡に映しても何の反応もなかった。己の策が全て破れ、別荘の周囲の並木道を歩きながら心を癒していた。
一方、雨が止み、晴れ上がった空はマナの目に印象的に映った。
「いつまでもこんな空を見ていられると良いのに‥‥」
図書館から一直線に別荘に戻ってきたエルドとファイゼルを待っていたのは、キラ・ジェネシコフ(ea4100)の見解であった。
「多分、敵は夜に紛れて娘の夢に入り込み、生気を吸うデビル。夢魔ですわ。
翼がついた白猫はシムル。エンジェルの類でしょうね。
もっとも確証はありません。うわさ話程度ですからね。信じて命を落とすもみなさんの責任、わたくしは自分の言葉を信じていますけどね。皆さんが裏付けを取ってきていれば、それに越した事は無かったのよ」
「エンジェルとデビルか、判りやすい構図だな」
「全く、今回の事件はデビルがらみの事件ですかな。明らかに自然発生した事件とは思えない。超常的な何かの関与によるものと考えるべき。眠っているということは眠っている時間に何かあったと考えるべきか。そうなると、人が寝る時間の夜が一番危険な時間か」
ツヴァイン・シュプリメン(ea2601)の熟年ならではの識見に皆は頷いた。
「主人はパリでバリバリに仕事中、ここ最近では変わった事なしよ」
細身のフェミニンで髪飾りを付けたエルフ、ヒスイ・レイヤード(ea1872)が聞き込み用男性口調から一変して、本来の魂の形を発揮して、小指を立てながら皆が集まった報告に出る。
「娘さんが、猫を飼っていたのは、もう6年前になるようね。死因は老衰ですって。それはもう猫可愛がりだったようよ」
アリオス・セディオン(ea4909)は自分なりの見解として、人間の犯行ではないだろうとの、見解を打ち出す。
「使用人から総合した彼女の評価は概ねいい、であって。型で押したような良い子というわけではないようだ。本当に悪く思われているのなら、全員が口裏を合わせてまで、彼女を良い子と外部には称える事もあるだろうが──まあ、分析はともかく、人為的な事件ではない。断言しよう」
そこへ羽根が乾ききっていない子猫を連れてきてアハメスもその席に加わる。
「ご免なさい、いきなりの嵐で遅れてしまって」
アリアン・アセト(ea4919)がずぶ濡れで入ってきた。外見ならば一番の高齢であり、アハメスが期待していた魔法の使い手である。
「お願いしたいのですが、デティクトアンデッドでこの翼在る猫の潔白を証して頂きたい」
「構いませんよ。では──」
聖句を唱え、彼女が十字架をかざすと、白く淡い光に包まれる。
「これは──近くにいます。この猫ではありませんが、確か少女のいる部屋のあたりに4体の邪悪な力を感じます」
一同に緊張が走った。
ロヴァニオンは闘気を高めて淡いピンク色の光に己を包み、自らの剣に闘気を付与する。
「戦う者は炎の精霊により加護を与える。急げ! 少女に残された時間は少ない! さて‥‥彼女の為にも‥‥元凶を見つけ出し火を以て灰へと返すか」
「Waffen(我が剣に)Hiebwaffen(集え火霊)『BurningSword』」
エルドが前衛に立つ者、それぞれの得物に炎を纏わせていこうとした時制止する。
「私も前衛を手伝いしよう。多分、私の方がバーニングソードにかけては上だ」
赤く淡い光に包まれて、ツヴァインがなぞった武器に炎の精霊力が付与されていく。
「一撃の威力は上がるが、こちらの魔力の消耗は烈しい、そこで貴殿には数は多い、矢などの担当をしてもらいたい」
「実力差を見せつけられてはな」
マナの矢に魔力を付与する事に集中するエルド。
そして少女の部屋に踏み込んだ時、猫はうなり声をあげた。
時は戻る。
「少女にひとつと、天井にみっつ、です」
アリアンの指示に目を懲らすが、それらしい影は見あたらない。
「月影よ、この矢はこの館でもっとも強い魔物に当たる」
アリア・エトューリア(ea3012)が高らかな歌声と共に虚空を指さすと、月影の如く淡い光が、矢となって飛んで行くが、空中で止まったかと思うと、出鱈目な軌道を描き、アリアの下に突き刺さった。
「は、まさかお前が最強の魔物!」
と、ロヴァニオンが叫ぶが、一同は一斉に違うって、と突っ込む。
だが、アリアンは少女のベッドの傍らで呪文を唱える。
少女に付与された神聖魔法で、憑依している体から飛び出した影は知性と徳に満ちあふれた爽やかかつ頼りがいのある青年僧侶の影をして現れた。
笑顔と目が合うと彼女の心はそれに引きつけられた。
アリアとシャクリローゼ、キラも自分の好みにあった姿に目を奪われる。
一瞬にして険悪な四角関係が発生する。
一方、現れた銀髪の少女の影を目にしたロヴァニオンは叫ぶ。
「俺の人生はまだ終わってねぇー!」
そのまま鎧窓を突き破って別荘から逃げ出す。
「我が姫程ではないが、仲々──そそられる」
エルドはその少女が自分の下に降りてくると、思わず抱きしめる。少女も彼の首に手を回す。
ラシュディアは自問自答をする。俺の目の前にいるのは元許婚だな。ん? なんで元なんだ、って?‥‥‥‥あ〜、それは俺が彼女を守れなかったせいだ‥‥‥‥あの時の彼女の眼が今でも俺を――ってそんなことどうでもいいよな。ま、とにかくうるさいくらいに明るいやつだよ。あいつ、今頃きっと幸せになってんだろうな‥‥。
「だが、ここは現実だ!」
「セプデト!」
目の前の影にアハメスは驚愕した。
「裏切り者──」
「お前を迎えに来たんだ、仲間達に煩わされる事はない、さあ」
その時、アハメスの頬が疼いた、その傷が。
「お前は私が殺した、雨の日に、私のこの傷と引き替えに」
彼女の目が燃えた。
「亡骸を葬ったのはこの私だ!」
炎に燃えさかる長剣が心臓を突き刺す。
「皆さん騙されないで下さい、これは夢魔の誘惑です。あなた方の理想の異性を映しだしているだけです」
翼ある猫が喋りだした。
「やはり、御使い」
アハメスが納得したように呟く。
一同は自分に都合の良い異性を見せられていたことに気づくと、猛然と反撃を開始した。
周囲に結界を張り、夢魔、インキュバス、あるいはサッキュバスをこの空間に閉じこめる。
冒険者達の猛然たる反撃が始まった。
そして最後にジャドウが凍気を帯びた手で顔をむんずとつかみ、その精霊力を以て、最後のサッキュバスを無に帰させた。
「ふん、理想の恋人像を造るとかいうふれこみだが、俺の理想の高さにはついてこれなかったようだな。もっとも──恋人など不要」
事態の収拾がつくと翼猫は語りだした。
「すみません、私では夢魔を彼女から分離する魔法は使えなかったのです。そこで人が集まらないかと、姿を現したのですが。ありがとうございます。セーラ神の慈愛が皆を包み込んで下さるように」
言って翼猫──シムルは破れた鎧窓から飛び出していった。
そして5日目の朝陽が一同を照らし出す。
一同は彼女の父親から追加の報酬を受け取ると、ひとりを残して去っていった。
「12才の少女には荷の重い事件だったかもしれません。その後のケアも重要ですね」
アリアンは彼女の枕元で目覚めるのを待つ。
そして、彼女は目を開いた。
「長い長い‥‥夢を見ていた気がする──」
「でも──本当の夢を叶える力はあなた自身にあるのですよ、天使の加護もあったのですから」