相模の国に『鬼』ありき──

■ショートシナリオ


担当:成瀬丈二

対応レベル:9〜15lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:9人

サポート参加人数:9人

冒険期間:07月13日〜07月22日

リプレイ公開日:2006年07月21日

●オープニング

 相模の国に鬼ありき、人喰鬼の卯狩(うかり)と号するなり。
 そもそも相模の国にて、暴れたるこの人喰鬼。両腕とも言うべき2匹の人喰鬼、巣狩(すかる)核矢(かくや)を付き従え、50に近い、豚鬼の群を率いるなり。
 その3匹の人喰い鬼の様、濃い褐色の肌に大柄で体格の良い姿をしておるが、ジャイアントと異なりしは、凶悪な顔立ちをしており、頭に2本の角が生えているという。
 性、凶暴にして凶悪な肉食なり。好んで人肉を食べる事多し。体格の割に俊敏にして、夜人里から人をさらっていくことも甚だあり。
 彼ら一同、身は8人の猛者により打ち倒されども、死して魂魄は地に留まり、“鬼”と成り果てぬ。
 夜の闇に乗じて人を襲い、生気を奪い、去っていく。
 高徳の僧と言えどもホーリーやピュリファイを持っているとは限らず、生き残った僧兵も事情は変わらず、打つ手はないに等しい。
 そこで江戸表のギルドに使者を差し向け、早速に冒険者の一団を差し向けるよう、僅かな金子と共に、依頼を行うのであった。
 危険な相手故、報酬として次の経巻を以てあてるという、1種類の経巻は2本までしかなく、ひとり1本が成功の際の追加報酬となるという。

SCROLLofストーンアーマー専門
SCROLLofブラックボール専門
SCROLLofアイスミラー専門
SCROLLofフレイムエリベイション専門
SCROLLofリトルフライ専門
SCROLLofライト専門
SCROLLofインビジブル専門
SCROLLofスリープ専門
SCROLLofテレパシー専門
SCROLLofパースト専門
SCROLLofアースダイブ専門
SCROLLofマジカルエブタイド専門
SCROLLofインフラビジョン専門
SCROLLofレジストコールド専門
SCROLLofフォーノリッヂ専門
SCROLLofレジストメンタル専門

 武蔵の国の“鬼”の災いは打ち払うことが出来るだろうか‥‥?
 死人との冒険の幕が上がる‥‥。

●今回の参加者

 ea0548 闇目 幻十郎(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea2011 浦部 椿(34歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea6154 王 零幻(39歳・♂・僧侶・人間・華仙教大国)
 ea6764 山下 剣清(45歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8417 石動 悠一郎(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1421 リアナ・レジーネス(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb1555 所所楽 林檎(30歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2292 ジェシュファ・フォース・ロッズ(17歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

物部 義護(ea1966)/ ユリア・ミフィーラル(ea6337)/ シャルディ・ラズネルグ(eb0299)/ 陸堂 明士郎(eb0712)/ キルト・マーガッヅ(eb1118)/ 鷹碕 渉(eb2364)/ 所所楽 柳(eb2918)/ 磯城弥 魁厳(eb5249)/ 宿奈 芳純(eb5475

●リプレイ本文

 王零幻(ea6154)曰く──。
「この世に未練を残した死人の内、実体を持たないものの、打たれ強さは生前の魔力に比例する。この人食い鬼達が魔法を行使したという報告はないので、魔力を推し量る事は危険‥‥かもしれない」
 死人に関する深い造詣を持つ霊幻であったが、そのベースとなった、モンスターの能力に関しては別の領域であり、知る事は適わなかった。
 ともあれ自身の知識を総動員して自問自答──しかし、重大な示唆を一同に与えていく。
「死人は生前に身に付けていた武術の技を使用できるのか? これは死人憑きの様な鈍重な相手ではないので、使用できるだろう。相手の理性の残り具合に左右される為、やはり現物の人食い鬼を知らないため、断言はできないだろう──しかし、三位一体らしき行動を行う辺り、結構理性は生前と変わっていないようである。使えると見なすのが順当か」
 半ズボン姿の少年エルフ、ジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)が、霊幻の言葉を聞きながら目を通していた本を閉じると、自分の知る雑学から、答えのひとつを教唆する。
「うーん、オーガ類って人間より知性が低い分、魔力は劣っているんじゃないのかな?」「妥当な推理だと思うが、やはり類推しかないか━━」
「うん、そうだね。だって、僕のもっている知識って専門知識じゃなくて、雑学の類だよ。お婆ちゃんの知恵袋みたいなものだよ〜」
 ジェシュファ少年は特に急ぎもせずに、本を開きなおす。尚も、自問自答を繰り返す霊幻。
「ならば、霊体からの攻撃を武器受けすると接触したとみなされ傷を負うのか? これは否。素手で受けでもしない限り、武器で受ければ問題はないだろう」
 別に律儀に答える必要もないのだが、霊幻の言葉に、ジェシュファ少年はまたいちいち本を閉じ━━。
「霊体って接触すると傷を負うんだ〜。前に立って戦う人は大変だね? とりあえず、僕はウィザードだし、後方からアイスブリザートの魔法と、ライトニングサンダーボルトのスクロールで援護するのが手一杯だけどね」
「魔法の武器で霊体の接触攻撃を受ける事のできるのか? これは是。通常の武器でも受ける事なら出来る筈である」
「頼りにしているぞ。では、霊体化したものが物質である武器を持ちうるのか? 霊体は通常の物質に干渉できないだろう。霊力の籠もった品ならば、話は変わってくるが。しかし、以前の冒険者ギルドの報告書では、3匹の人食い鬼の所持していた武器には霊力が籠もっていた、という記述はない。使者の話でも打ち捨てられたそうだ。とりあえず霊体が持っているとすれば、自分の霊力で創り出した品だろう」
 その霊幻の講義を聴きながら、若旦那の山下剣清(ea6764)は色気の無い話だと思った。同時に──。
「ふむ、亡霊相手とは、やりにくいな、それに華もない。ともあれ、勝利の鍵は生前の技量がどれくらい反映されるかだな? それが相手の理性次第とは厄介だ。やっぱりに、なかなかやりにくい相手だな」
「依頼を受けた以上、やりにくいも何も、是非はない。しかし、あの鬼ども、きっちり退治したつもりだったのだがな‥‥‥‥死して尚、世に災いを振りまくか」
 以前卯狩退治の依頼を受けた石動悠一郎(ea8417)が愛刀のアマツミカボシの柄に手をやって呟く。
 その悠一郎が、この皆の集まる冒険者ギルドに来るまで、江戸市内を3周ばかりした事は誰も敢えて口に出さない。
「あ奴らも死して新たなる力を得た様だが、拙者とてあの頃の拙者とはちと違うぞ」
「お心強いお言葉で──四代目、闇目幻十郎、推参しました」
 背後から音もなく声をかけた、闇目幻十郎(ea0548)の挙動を見た悠一郎は腕を組み。幻十郎の背にした長大な長巻を目にすると──。
「何の四代目だか知らぬが、随分と大層なシロモノだな?」
「持っている武術がどうも、威力を底上げするのに向いていませんので、最初から大きな得物で補おうかと──攻撃用の奥義も習得しておくべきでしたかね‥‥‥‥」
「うむ、確かに見事な得物故、破壊力はありそうだ。しかし、肝心の腕の方が失礼だと思うが、あの鬼にはついていっていなのではなかろうか?」
「そこまで差が出ますか?」
「うむ」
「同じ相手と何度も戦うということ、この国でもよくあることなんでしょうか?」
 そう言って、『百鬼狩りの魔術師』のふたつ名と、ジャパン最強のウィザードという噂も高い、考古学者のリアナ・レジーネス(eb1421)が会話に加わった。
 今まで冒険者ギルドの報告書を読んで情報を吟味していたのである。
 宮侍の浦部椿(ea2011)はその言葉にゆっくりと──。
「ジャパンの内外を問わず、あまり見られない事例のようではないのか? 詳しくは知らんがな」
 と、その豊かな胸にそぐわぬ、男のような口調で斬り返す。
「死した後も人に害をなすとは、つくづく業の深い鬼たちですね‥‥」
 リアナが椿の言葉に頷く。
「やるしかないでしょう。状況は選べませんが」
 と、女性めいた容貌の、ベアータ・レジーネス(eb1422)が困っている人は放っておけない、という良心の固まりめいた善意を以って、ふたりの会話に入り込む。
「人間同様、鬼も亡霊になることがあるんですね。しかも強力な‥‥」
「なあに、俺に任せろ。嬢ちゃんたちはまとめて俺が守ってやる」
 剣清は爽やかな笑みを浮かべながら、3人に近寄る。
「あの嬢ちゃんって‥‥」
 一歩退くベアータ。
「ん? 不服か? 戦う女というのも粋で良いと思うけどな?」
「私は男だ」
 剣清はその言葉にまばたきを一回すると。
「じゃあ、自分の身は自分で守れよ、じゃあな」
 とベアータへの態度を豹変する。
「女扱いは不服だ。守られる必要などない」
 女である自身へのコンプレックス故、必要以上に強い口調で断言する椿は、今にも剣清に向けて刀を抜かんばかりの形相である。
「おいおい、どんなに頑張ってもお前さんが女である事には変わりないだろうが」
 剣清の言葉に椿は━━。
「好きで女に生まれた訳ではない!」
「愛とは試練‥‥その想いが乗り越える糧‥‥」
 少々遅れてギルドに入ってきた所所楽林檎(eb1555)が呟く。
「試練とは、『天』が与える愛のひとつ‥‥戦場に自ら立つ事もまた、試練であり、成長へと続く愛であるといえるでしょう。
 そして、試練だからと言って猪突するのは、愚かな行為。自分を高めよ、という『天』の教えとは相対するものでしょう。
 という事ですので、山下さん。あなたの行為はあたしから見ると愚かです」
「あちゃー、断言されちまったな〜」
 林檎の言葉に冷や水をかけられた心境の剣清。
「‥‥鬼の霊は、生前特に際立っていた3体だけなのですか?
 彼らが率いていたと言う50の鬼も皆、霊となって同様にやってくるのでしょうか‥‥?」
「いや。使者から聞いた話では3体だけの様だ」
 との霊幻の言葉に、林檎は頷きながら。
「夜間に鬼達が来るとか‥‥?
 ならば開けた場所で待機していれば向こうから獲物と認識してやってくるでしょう‥‥。
 使者の方から、鬼達がよく通過する場所を伺い参考にして、対峙する場所をある程度目測つけておきましょう。
 その上で、あとは‥‥昼のうちに、灯りの設置をして備えようかと思います。
 灯りを携帯した状態での戦闘は、あたし達には不利かと思いますし‥‥『天』の加護たる、命の息吹を感じる魔法では、認識できない相手ですからね」
「その為に俺がいるのさ━━夢想流の腕の冴え、とくと見るがいい」
 剣清の宣言に続けて、ロシア生まれのジェシュファ少年は、暑気に負けて、本に顔を突っ伏しながら━━。
「ロシアと違って、江戸は蒸し暑いよ〜。ねえ、魔法使って冷やしていいかな?」
「おいおい、だから、ウィザードは魔法にばかり頼りたがるって言われるんだ! 暑けりゃ褌一丁になって、井戸で水でも浴びて来い!」
「褌なんて穿いてないよ〜」
「筆おろしも済んでいないような、ガキなんぞ、誰も見やしない」
 ジャパン語の語彙を脳裏から検索し、思い当たる内容に気づき、本に顔を埋めたままジェシュファ少年は赤面する。
「筆おろしって。〜えーと‥‥女性の前でそんな事言って恥ずかしくないんですか?」
 しどろもどろに返答するジェシュファ少年に、剣清は━━。
「だから、ガキなんだよ。別嬪な女を傍に侍らせる、それも数が多ければ多いほどいい。それが俺の美学ってもんだよ」
「そんな美学を持った大人って━━」

 一行はこの依頼に参加する頭数が揃ったのを確認すると、早速に相模の寺へと旅立った。
 途中でジェシュファ少年が荷物の多さで動けなくなったのを皆でカバーしたり、馬を預けたりしながらも、大過なく、寺までたどり着く。
 そこで早速、林檎の提案通り、光源の確保に、僧兵や小坊主たちを急き立てて、まだ、明るい内に、と一向は動くのであった。
 そして、陽が落ちると、篝火に照らされて、3体の巨躯が天空高く現れた。ジャイアントを凌駕する体格のそれは頭に2本の角を抱いている。
 半ば以上透き通る腕には、卯狩は2本の棍をやはり、自身と同じく透き通る状態で持っていた。
 僧兵達の話では、触れただけで、重傷まで持っていかれる者が続出したそうである。
 巣狩と核矢もそれぞれ、大振りの斧に見えない事もない、霊体の塊を持っている。
 視界に入った瞬間に、リアナが淡い緑色の光に包まれながら空中に印を描き、契約した風の精霊との力を呼び起こす。
 その形は稲妻━━。
 巣狩を捕らえるが、抵抗には成功した様だ。霊体となった事で、魔法への抵抗力が上昇したのだろう。
 3匹の動きは動きは霊幻の予想通り、かなり素早い。
 空中をなんの制約もなく、馬のような勢いで走りぬけてくる。
 そのスピードのまま、遠距離から魔法を使われた段階で、難敵とみなされたのか、霊体たちは散開していく。
 その間を縫うようにして、霊幻は合掌と共に白く淡い光に包まれながら、レジストデビルの魔法を前衛に付与していくが、この技を十分に修めておらず、ロスタイムばかりがつのって行く。
 一方、迎え撃つジェシファ少年も、空中に印を描きながら淡い青い光に包まれ、手のひらから冷気と氷片を水の精霊力の元、打ち出していく。
 しかし、3匹を巻き込めず、核矢を巻き込んだのみ。
「思った通り、ならば遠距離で削って攻撃だな」
 間合いが7軒に達した所で、剣清も『オロチ』を抜き放つと、一気呵成に剣圧で押しにかかる。
 卯狩も棍を振るうと、中間ですれ違う、ふたつの波動。
 そこへ悠一郎も加わり━━。
「卯狩を狙え! 集中砲火だ。妄執に囚われし愚者などに拙者は負けぬ! ‥‥飛動烈震斬、剛破!!」
 逆撃など考えぬ捨て身の一打。
 巣狩も再びリアナの放った雷に捕らわれ、動きを鈍らせている。
「生前そのままの強さを持った『鬼』ということなら、
 まともに戦ったらこちらが不利ですしね。
 これぐらいのハンデはつけないと」
 ベアータの声と共に鳴り響く弓絃の音。
 使用者の魔力を消耗しながら、亡者を力を削ぐ結界を張る『鳴弦の弓』の霊力が発揮される。
 動きの鈍ったところでようやく幻十郎も、巨大な得物、長巻『相州行光』を巣狩目掛けて一閃させた。避け切れない所へ椿が短刀『月露』でなぎ払う。
『兵闘ニ臨ム者ハ皆烈シク陣前ニ在り‥‥はぁぁあっ!』
 もはや、半ば以上、原型を留めていない巣狩に対し、霊幻が━━。
「自分には、多くの〈白〉僧のような癒しの力は持ち合わせぬ。
 ただ、死霊を滅するのみが己に課した定め。
 生者の安寧の為、六道を踏み外し還れぬ者を浄化するが我が人生。例えその相手が餓鬼道を生きた者だろうと変わりはせぬ。
 弥勒の慈悲は広大無辺、浄化するのもまた慈悲だ。
 死霊としてのかりそめの生など、生に非ず! 浄滅せよ!!」
 念仏の声と共に、その数珠を握る手に力を込め、霊幻が白く淡い光に包まれると、絶叫と共に巣狩の姿が大気に溶けるように消滅していく。
「南無━━」
 しかし、予想外の展開を迎えた。
 ジョシュファ少年の放ったアイスブリザードを強引に乗り越えた核矢がそのまま、ジョシュファ少年の体に入り込んでいったのだ。
 冷たい負の生命力に侵されていく少年の肉体。
 核矢の動きは制限されていても、エルフでまだ未成熟といったジョシュファ少年の根本的な脆さは庇いきれず憑依を許してしまった。
 耳元で囁かれる殺戮を命ずる言葉のまま、ジョシュファ少年は空中に印を結び、凍気と氷雪の刃を仲間目掛けて解き放つ。
 霊幻はレジストデビルをかければ、憑依した霊体を被憑依者の肉体から弾き出せると知っているが、放たれた魔力の前に負傷を負い、更に謎の体の変調もあり、十分に動けない。
 そこへ間合いを詰めた林檎が、颯爽と現れ、数珠を片手に一瞬の内に黒い淡い光に包まれ、神聖魔法を完成させる。
「素直に焼かれ、あるべき場所へとかえりなさい‥‥聖黒‥‥!」
『天』の聖なる力を集中させた、そのブラックホーリーは、ジョシュファ少年の肉体を何ら損なう事無く、一方的に魔力を浴びせかける。
 無論、この堕落しきった霊は『天』により、完全な悪と断じられ、抵抗の余地を一切与えない。
 それでもジョシュファ少年を操り、アイスブリザードで周囲を巻き込もうとするが、ジョシュファ少年がフルパワーで魔法を放つには、少年自身の技術が幼すぎて、必ず成功とはいかない。
「霊となってまで執着する、殺戮の何が楽しいのか‥‥狂気ですね?
 狂気は正さねばなりません‥‥」
 対照的に、そこへ確実にクリーンヒットを入れていく林檎。
 通常の生ある者なら、逃走に移る所なのだろうが、死してなお、冥府より立ち戻り、新たな殺戮を振りまかんとする程の狂気に駆られた巣狩には、その様な思考形態はないようであった。
 一方、悠一郎は微妙に打ち込みタイミングをずらして打ち込まれる双棍を半分は食らう覚悟で卯狩と正対。
 ベアータが構築した結界があって尚、万全とはいかない。しかし、霊幻のレジストデビルが打ち込まれる威力を半減させていた。
 空いた手数で、トリッキーな刀裁きで相手の回避を封じつつ、浅い一撃とはいえ、着実にダメージを蓄積させていく。
 そこで卯狩の余裕が無くなった所で、着実に剣清が霊刀での攻撃を浴びせる。更に動きが鈍った所で、相手が完全消滅した幻十郎が戦線を変更して支援に当たる。
 ベアータの結界と卯狩の今まで累積した負傷、そして幻十郎の得物の霊力があって、ようやく互角に戦えるのが彼自身の限度であった。
 しかし、自身を蝕んでいた謎の病の発作から強引に、霊幻がピュリファイによって、ジョシュファ少年に憑依していた核矢を消滅させると、そこで魔力が底を尽き、林檎もベアータも魔力が限度に達した。
 卯狩は空中に舞い上がり、霊幻のピュリファイの届かぬ遠方から、遠当で霊幻を攻撃しだす。
 今までの負け続けの戦いぶりを見て、もっとも恐るべき相手が霊幻だとようやく判断できたのだろう。
 しかし、剣清と悠一郎も負けずに剣勢で押し返す。
 卯狩は大気に消えるように消滅し、断末魔の絶叫をあげた。
「引導を渡してやれぬが無念」
 霊幻と林檎は合掌した。
 ここに、武蔵の国を襲った『鬼』の猛威は終わりを告げた。
 早速に寺の住職が、リカバーの法力を行使し、傷ついた皆の体を癒していく。
「京都でも近江でも手強い鬼たちは多かったですけど、こちらでも結構いるもんなんですね。
 化けて出てくるのは、この連中だけにしてもらいたいものですけど‥‥」
 ベアータがぼやくが、まだこの周囲には43匹の豚鬼が烏合の衆なれど徘徊しているのだ。
 卯狩達がいなくなってからの消息はつかめていないのだが。
「では、報酬のスクロールを渡す事としましょう」
 住職の声と共に一同に生気が戻る。
 ジョシュファ少年はテレパシーでもっともレベルの低いスクロールはないか? と、住職に尋ねるが、住職の言う事には━━。
「この寺は本来、精霊牌文学を学ぶ為にあるものでして、最下級のスクロールを使うような柔な修行をした者に渡すスクロールはないのです」
「使い勝手といろいろあるよね? でも、ないんじゃ仕方がないかな」
 そう言って、ジョシュファ少年は丁寧に保管されているスクロールの中から、月の精霊魔法である『テレパシー』を選んだ。
 ジョシュファ少年は未だ、このスクロールを使えないが、修行に専念すれば、その内使えるようになるだろう。
 やはり、スクロールを使いこなせない、というより、興味の埒外にある林檎はフレイムエリベイションのスクロールを選んだ。自分の手にあるだけが全てではない。親しき友に渡すなり、エチゴヤに転売するなどして、役立てる法は幾らでもある。
 ベアータは今度はぎりぎり使いこなせないが、将来の展望としてか? 地の精霊魔法『ストーンアーマー』のスクロールを選んだ。
 彼がスクロールを使いこなす道を選ぶか、それとも友か、エチゴヤに委ねるかは判らない。ともあれ、ひとつの選択であった。数少ない防御魔法であるストーンアーマーはそれなりに需要があるだろう。
 歌って踊れる魔法使いを目指すリアナは、月の精霊魔法『バースト』を選んだ。多彩でトリッキーな魔法ゆえ、自分で覚えられなくとも、使いたがる者は結構多いのだろう。
 歌って踊れる、という自身の方向性がハッキリしている彼女はこのスクロールを使えないが、だからといって決して不自由はしないのだろう。
 悠一郎はスクロールに頓着しなかった。自分で使えない力は意味がない━━等の深遠な人生哲学によるものか、それとも本当にどうでも良かった━━過去の因縁に決着をつけられればそれで良かったのかは、余人のうかがい知る所ではない。
 しかし、彼が選択しなかったのは事実である。
 浪人ゆえ、決して自力でスクロールを扱う事のできない剣清が選んだのは、地の精霊魔法『ブラックボール』のスクロールであった。
 きっと、入れ込んだ女にでも渡すのか、忘れ去られたまま戸棚の片隅に置き去りにされるのか、そこまでは誰にも判らない。若旦那の胸三寸であった。
 この戦いで大奮戦した霊幻が選んだのはリアナと同じく、月精霊魔法の『バースト』であった。
 やはり、このスクロールを使いこなすにはギリギリで技量が足りないが、死人の研究に見切りをつけたならば、きっとスクロールの研究でもするのだろう。しかし、違うかもしれない。それは霊幻次第であった。
「諏訪大神の加護が在らんことを」
 寺の境内で仏に祈らず、己が氏子となっている寺社の加護を願った椿は、スクロールの内容を見て選ばず、一番手前のスクロールを無造作に引き抜き報酬とした。
 そのまま、中身を見ないで荷物の中に放り込む。見たところで自分だけでは使い様がないのが十分判っているのだろう。
「貰える物は貰っておきましょう」
 とは幻十郎の弁。忍者らしい実用性に徹した割り切り方と言えない事もない。
 使えない物は只の重しにしかならない。それを心底しっているだろう。
 彼は神に祈る事もせず、ただ単に目にとまったスクロールを引き抜いた。
 その結果が吉と出るか、凶と出るかは関係ない。使えない、という一点は変更しようがないのだ。
 こうして冒険者たちは己の任務を終え、相模から江戸へと帰路に着くのであった。
 帰りの道ではジョシュファ少年は自分の宿泊地の近くにフリーズフィールドで氷を張り、それを砕いて、暑気を凌ぐ。
 野営の間が精々であったが、熱帯夜を過ごすには十分な涼が取れた。
 昼間はアイスコフィンで抱き枕。
 結局、荷物が多すぎる事には変わりなかったが、霊体に取り憑かれた挙句、仲間を攻撃してしまったジョシュファ少年の心の傷を埋めるには、故郷のロシアを思い起こさせる環境に置くのがいいだろうと一同は暗黙の了解をしていた。
 これが黄泉帰りし鬼を巡る冒険の顛末であった。