●リプレイ本文
「鈴彦の女の好みねぇ‥‥あいつは年増気味で、肉(しし)置きの良い、むっちりとした女が好みだったからねぇ」
表装師の加藤に、カイザード・フォーリア(ea3693)が、尋ねた浮世絵師、三寅鈴彦の趣味は前記の様なものであった。
尚、カイザードは以前の教訓から──。
『只でさえ知名度のある冒険者なのだから、相手に知られたくない場合はしっかりと』
と、皆に言いたかったが、ジャパン人の仲間ですら、目の色は青く、肌は白く、と規格外の面々であったため、自分の言葉が空回りするのを感じ取り、言葉を引っ込めていた。 それを感じ取っていた以心伝助(ea4744)は加藤に──。、
「三寅さんが最後に立ち寄った場所。好む所、人、物。それと何か悩み事が無かったか? この辺りっすかね」
──身振り手振りを交えながら、三寅の包囲網を狭める事に余念がない。
「鈴彦の奴が最後に立ち寄ったのは俺の長屋だったな。まあ、賑やかな場所がすきで、人だったら、やはり──女だな。物といえば、布団が妙に好きだったな。あ、いやそういう意味じゃなくて‥‥」
と、鋭い瞳のアイーダ・ノースフィールド(ea6264)に掌を向ける。
「気にしなくていいわ。本当は絵師のお守りなんて性に合わないんだけど、実力に見合った依頼が持ち込まれないんじゃ仕方ないから。
腕が鈍らないように、街中での“狩り”をさせてもらうわ。
所で三寅さんの持ち物何かある? 犬に追わせてみたいのよ」
「奴の書いていた絵で、まだ手をつけていないのがあるから──それで」
「じゃあ、頼むわ」
と、アイーダが自分とは対照的な、肉感的な女性が大胆に描かれた描かれた浮世絵の匂いを愛犬のティグレットに追わせるが、着いたのは鈴彦の長屋であった。
「ここの匂いが一番強いのは予想できた事──よくやったティグレット」
「疾ッ!」
と、伝助は詠唱と結印の後、煙に包まれると、加藤が言っていた、鈴彦好みの女性へと姿を変えていた。
「じゃあ、加藤さんの長屋から、跡を辿っていきやす‥‥いくわ」
と女言葉に口調を変えながら、伝助は人混みに紛れていく。
「温い‥‥温いぞ‥‥貴様等。酒は後でたんまり飲ますと宣えばいい。刃傷沙汰とて絵が出来た後なら問題無い。
奴が御用になろうが知った事か‥‥。俺達はただ依頼主の注文だけ‥‥奴に描かせればそれでいいんだ。
約束など‥‥反故。なに、その気にさせてしまえばこっちのものよ‥‥」
と、依頼内容を知っている関係者が聞けば卒倒しそうな程、不穏当な言葉を吐く三度笠の渡世人は氷雨雹刃(ea7901)。
「けひゃひゃひゃ〜。まあ、雹刃君と当座の目的が一致しているのは良い事だね〜。事後は色々と齟齬がありそうな気がするのは、我が輩の勘だけではなそうだにぃ〜」
と、痩せても枯れても聖なる母の使徒、多分‥‥本当に、のトマス・ウェスト(ea8714)が雹刃に向かって囁く。沈黙しか応えが返らないのにひとり頷くと、トマスは行き交う人に──。
「金髪ながらジャパ〜ン人風な顔つきだ〜。そんな目立った風貌の人物は見かけなかったかね〜? 締め切り前に逃げ出した絵師君なのだよ〜」
「ああ、三寅さんの事、3日前に見たけど?」
「3日前〜? 情報の鮮度としてはかなり落ちるが、まあ、聞いておいてやろうかねぇ〜?」
アルバート・オズボーン(eb2284)はそんな一向に頭を掻きながら合流した。ちなみに浴衣姿である。
「いや〜、参った。参った」
「それ以上、聞かなくても判る‥‥凶報だな」
アルバートの言葉を聞くまえにざっくり斬り捨てる雹刃。
「う‥‥」
情報を集めながら、銭湯、色町、酒場、オークション会場と鈴彦が気分転換に赴きそうな場所を地道に探して行ったアルバートだが、もう一つ行く場所が彼にはあった。
冒険者ギルドだ。
追っ手の冒険者達から自分を逃して欲しいという依頼を相手がギルドに出しに行くかも知れない。
残念な事にここも空振りに終わった。
だが、後が良くない。
アルバートは暇そうにしている冒険者に小金を払って、鈴彦がこないか見張りをしてくれ、と依頼したのだ。
これが冒険者ギルドの顰蹙を買った。
冒険者ギルドの収益はどこから出ているか? それは依頼に対して冒険者ギルドが冒険者を集める事で得られる依頼者の仲介料からである。
アルバートはその収益に反する行為を、冒険者ギルドの目前で行おうとしたのだ。
当然、空気を読める冒険者達は断っていった。
なかには、遠回しにやんわりと忠告しようとしていった冒険者もいたかもしれないが、アルバート自身がそこまでジャパン語に堪能ではなかったのだ。
浴衣姿で冒険者には見えない、と当人は思いこんでいたが、江戸に知れ渡る名声の彼の顔など冒険者ギルドにしてみれば、判らない道理がなかった。
と、愚痴が出そうなところを雹刃に先を越されてしまい、アルバートは些か悶々としていた所へ、トマスの証言を元に、女性へと変じた伝助が情報を獲得し戻ってきた、
「夢想流の道場で、後輩達の指導に当たっているっす」
「行こう」
とカイザードが一同を促す。
「説得か?」
アイーダが尋ねる。
頷く伝助。
「任せた」
言うと彼女は一同から距離を取った。どうせ、ジャパン語は堪能ではない。
それに弓使いが接敵してどうするというのだ?
確かに三寅鈴彦は見栄えのする伊達男であった。金髪だけでなく、体格も如何にも歴戦の勇士然としている。
夢想流の道場で、基礎のブラインドアタックの鬼のような反復をこの夏空の下、門下生にさせていた。
「そんな太刀筋では、相手に見切られる。見切られる前に斬れ! デストローイ!」
最後の言葉は意味不明であるが、一同は当人だと確信するに至った。
伝助は慎重に声をかける。
「あの、三寅さんでしょうか?」
「デストローイ! 如何にも!」
伝助のイメージして作った所の肉置きの良い年増がシナを作りながら──。
「お探ししていました。何でも美人絵の着想が浮かばぬとか?」
「デストローイ! 如何にも! だが、今は行き詰まった只の浪人だ」
「ならば、今は頭を空にして、楽しいと思える事を片っ端からやってみてはどうでしょう。
でなければ、普段あまりいかない所に行ってみるのはどうかと?
海とか山とか闘技場とか‥‥何か真新しい物を見て回れば気分も上向きにならないでしょうか。
それと、何か話したい事があるのならいくらでも聞きます。
でも、悩みとかそういうのがあるなら、本当は加藤さんに話したり相談してみるのが一番だと思います。
これから先もコンビを組んでいくならお互いの事を知ってた方が絶対いいと思うのですけれど」
「説教とは片腹痛い。デストローイ! 女、お前は加藤の事をどれだけ知っているというのか?」
「そういえば、調べなかった‥‥です?」
「‥‥分かる。分かるぞ‥‥浮世の儚さを知ってしまったのだな‥‥お前は」
後ろから近づいていた雹刃が気配を露わにする。
「愛しきも美しきも‥‥夢想に散り逝くが定め。だがしかし‥‥お前は逃げてはならぬ。その儚きを‥‥より多くに伝える事こそ‥‥愛」
「デストローイ! 愛なんて〆切の前には見えやしねぇ!」
愛で押し切るつもりであった雹刃は、愛を完全否定されて二の句が接げなくなった。
そこへトマスがウシャシャと言葉を挟む。
「まあまあ、遠慮せずに〜、好きなものでも食べたまえ〜。おっとお酒はダメだね〜」
「酒は駄目だ」
カイザードも口添えする。
「ならば、天ぷらでも食べに行くか、門下生をつれてな、行くぞ、皆、デストローイ!」 カイザードが泣きを見た事は言うまでもない。
一方、アルバートは──。
(連れ戻したら絵を描かせるわけだが、これが今回最も難しい所だな。絵の案が頭に何も浮かばないからこそ、外で気分転換をして何とか絵の案を捻りだそうとしていた訳だしな。となれば何とかして、その案を作り出してやらなければならない。強制するだけなら何か大事な物を取り上げて『完成すれば返す』とでも言えばいいんだがな。そうだな‥‥) と、やや頭を捻って。
「江戸城内の宮廷絵師の部屋に行ってみないか? あそこには様々な絵師がいる。中には三寅の刺激になるような絵を描く絵師もいるだろう。それに自分の好敵手達の絵に絵師魂が感化されれば、恐らく負けまいというやる気も自ずと生まれてくるはずだ」
(まあ、三寅に本当に向上心というものがあるのなら、だが)
「初日に行った! だがなー、あんな規制だらけの絵は、デストローイ! 到底、浮世絵のセンスについてこれはしねえ。萌え、そんなものはクソ食らえだ!」
アルバートの人物鑑定眼では、鈴彦が単なる負け惜しみで言っているのか、それとも真に自分のセンス最高と思っているのか判別はつかなかった。
トマスは気怠げに──。
「それならなりふり構わず進めばいいではないか〜。他人の迷惑など我が輩の知ったことではないね〜」
「デストローイ! その通りだな、良し天ぷらもうひと盛り」
「己の目的のためならば、他人を犠牲にしても構わないのだよ〜」
犠牲者、カイザード。
「ただ〜し! 今、我が輩たちの目的は君を確保し、絵を描いてもらうことだ〜!!」
「腹もくちくなった事だし──デストローイ、描いてやるか」
「女手が必要な仕事‥‥接待とか、モデルとか、が必要なときに手伝わせてもらうわ」
アイーダが口にするが鈴彦曰く。
「デストローイ! 鶏ガラみたいな女には興味がねえ!」
そして、アイーダの弓が唸りをあげ──。
鈴彦のふたつ名に『もろ出しの──』がついたのであった。
何とか納品期日には強引に間に合った。
後日、雹刃が一同に加藤が、この奇跡を記念して、一同を食事に招きたいと言っていた、という話が一同に告げられ。
行ってみると、そこには酒を呑み、目が据わった鈴彦が待っていた。
「当て身っす、当て身!」
「皆、我が輩の盾になりたまえ〜! コアギュレイト! コアギュレイト!」
鈴彦の動きが止まった頃合いには、奉行所から、不審の文があった故、取り調べると、岡っ引き達が踏み込んできていた。
雹刃は彼方からそれをみやり、自分の掌の上のゲームを楽しげに終えるのであった。
これが冒険の顛末である。