●リプレイ本文
師走の江戸の港。
何者かの策謀によって江戸の霊的バランスを破壊しようとしていると虚偽の訴えで、一旦は奉行所の世話になった不死鳥教典の党首『伊織』であったが、無事、冒険者達の懸命な策により、陰謀の罠から救い出され、自由の身となり、江戸の遙か南、沖ノ鳥島と太田道灌が命名した小島に四神相応の一角を担うとされている火の精霊に深い関わりを持つとされる霊鳥『鳳凰』──西洋風に呼ぶならフェニックスである──の元で暮らしていたが、たまの時節にはこうして江戸に買い出しに出る事もある。
「少し見劣りしますか──」
ルーラス・エルミナス(ea0282)は自分が馬に乗せて積み込んだ酒や食料といった嗜好品が、不死鳥教典が運び込んだそれらの量の半分近くしかない事に些か落胆した。
「しかし、保ちますか? 船旅は一週間程行くのに時間を要すると聞きましたが」
「アイスコフィンでだましだまし持って行きます」
「成る程──陰陽師が居られましたらスクロールも使えますか」
「それにおせち料理は生もの以外、長持ちするように作られるもの、正月三が日をこれだけで暮らせる様にという知恵ですから」
「僕は羽雪嶺(ea2478)。あちらの似た顔の女性は僕の姉、羽鈴(ea8531)だよ。
過去の経緯は南天輝(ea2557)さんに聞いたから良く判ったよ。僕達も鳳凰のことに関することは口外しない事を約束する」
そのまるで耳の尖っていないパラに見えた姉妹は腹違いの兄弟で両方とも父親似なだけで全く双子という事実はない。出産が真夜中を越すなどの例外を除けば、誕生日が違う双子などというものは存在しないのだ。
それを聞いた伊織は少々あきれ顔で口元を扇子で隠した。
「本当に南天さんから話を聞いていますのや?」
「は?」
雪嶺は困ったような顔で返す。
「もう、この話は奉行所にまで、届いていて。挙げ句、江戸城から源徳家のご子息まで確認しにきております。もう、秘密という段階はとうに越えておりますわ、そうでなければ口が堅ければ誰でも等という条件は付けませんわ」
「あ、あ‥‥そうなんだ。じゃあ、ところで、依頼後にも何か揉め事はあったの? 依頼に際して情報は多いほうが良いからね。
僕でも知ってる人たちも多いから、簡単に遅れをとる事はないだろうけど、過去の経緯を聞いたら警戒するべきだと考えてね」
「まあ、確かに江戸の出先の方には小虫程度のやからは入り込もうとしますが、何度も打ち払っております」
「奉行所には?」
「もちろん報告は入れてます。けど丸焦げではちょっと──」
「そうか」
「翠蘭──。
懐かしいな、友の俺としては依頼以外でも出向きたいところだが、まだ完全に彼女達の安全が確保されていないから、無理をしては騒ぎを酷くするだけだからな。
俺らしくなく我慢が必要だから、この依頼は助かるよ」
と輝が腕組みしながら南方の海をきっと見据える。
伊織も江戸の町の味も懐かしいだろう──と、思ったが、伊織は京育ちだった。
(そう言えば、京で人を集めたと言ってたしな、迂闊だった。しかし、翠蘭は酒を呑んでいたが、お屠蘇とか呑むのだろうか)
「ところで、この品を使うと魚が捕りやすくなる。沖ノ鳥島で新鮮な魚を食べられれば、それに越したことはないだろう──受け取ってくれ」
言いながら輝は、魔女の煮汁を伊織に渡す。
山本建一(ea3891)曰く──。
「ゆっくり調べてきます。
久しぶりに翠蘭さんに会えますからね、楽しみです。
伊織さんたちと会うのも久しぶりです。
料理は美味しく頂きます」
と、安穏とした空気を漂わせていた。
そんなまったりとした雰囲気の中、碧の髪と瞳をしたシフールのレダ・シリウス(ea5930)は輝から顛末を聞き、伊織から補足を受けると──。
「火の精霊さんではないなのじゃな、ちょっとがっかりじゃ。
今回は怖いもの見たさで参加したのじゃ。私は何時の頃からか火がすこ〜し苦手での、精霊さんを間近で観て、火は怖くないと信じるようにしたかったのじゃ」
「それは残念ですが、ここに詰める志士は皆、火の精霊魔法使い──有事となれば、火の秘術を振るいます。もっとも、そうならない事をいのっておりますが──」
「陽と火、ジャパン語では同じ読みとは不可解じゃのう」
レダは伊織に空中でホバリングしながら向き直ると──。
「まずは過去色々あったようじゃからのぅ、私の能力を皆や教団の者に知らせておくのじゃ」
レダの目的は部外者がいたら私の魔法が見破る可能性があるということを知らせて敵対心を確実に持たせるようにする様、誘導する事である。
「私はリヴィールエネミーという魔法を習得していての、敵対心を持って、この船に乗って、島で何かをしようとするものを見分ける事ができるのじゃ、妙な事を考えているものがいるなら船に乗らない事を薦めるのじゃ」
言って、レダは舞を踊りながら金色の淡い光に包まれる。
宮廷作法のそれではない、むしろ大地と太陽の息吹を感じさせる、神の領域に入っているのではないか、そう思わせるような見事な舞であった。
アイーダ・ノースフィールド(ea6264)はいつまでも見つめていたい、そう願った。
しかし、10秒で踊りは止む。周囲を見渡すレダ。
「とりあえず、問題はなさそうじゃ。
ところで、スペードは私の荷物も持ってくれているのじゃ、連れて行っても良いかの?
おとなしい子なのじゃ」
必死に伊織に訴えかけるレダ。シフールという非力な存在である彼女には荷物を運んでくれるパートナーはどうしても欠かせないものであった。
「いいでしょう」
「よし、スペードよい子にするのじゃぞ」
言って、レダは微笑み返す。
「ところで、私は『天に愛されし舞師』を目指して名乗っているのじゃ、正月の祝いのs席で舞を舞っても良いかの?」
「よろこんで!! 翠蘭様もきっとお喜びになるでしょう」
伊織は破顔一笑。
かたや、アイーダは複雑な顔つきで──
(フェニックスを神として崇める‥‥ねぇ。
やっぱりジャパン人の考える事は良く分からないわ。
輝から事情を知らせてもらえなかったら、うかつに攻撃しちゃうかもしれない所ね)
もっとも、見も知らない相手をただ居るから、というだけで何百里もの大海原を越えて狩りに行くほど魔物ハンターは酔狂ではないだろうが。
しかし、狩るべき『理由』が存在した瞬間から、駆け抜ける距離が、何百里が何千里だろうと。越えるべきが、大海原であろうと、死の砂漠でも、踏破していく事を躊躇わないだろう。魔物ハンターとはそういうものだ、多分。
とはいえ、輝から皇虎宝団が関わっている──即ちデビルも関与しているという情報も聞き及んでいるアイーダは覚悟を決めていた。
「またあいつら?
じゃあ、警戒は怠れないわね」
とはいうものの、彼女の頼るべきは鋭い視覚と、愛すべきペット達であった。
しかし、愛犬のティグレッドに毒薬の匂いを嗅ぎつけろ、とは命令するが、専門的な訓練もされていないティグレッドには抽象的すぎる命令であった。
そこへ響く、最後の来訪者の声。
「鳳凰、鳳凰ね〜。そういえば、以前そんなことを言う陰陽師を捕えたことがあったね〜」
江戸──いや、ジャパン最強(あるいは最凶OR最狂)のクレリックの呼び声ありしは、マッド・ドクター、トマス・ウェスト(ea8714)である。笑っていないと判らないかもしれないが、トマス・ウェストに間違いない。
「やあ、理恵君だったね〜、元気だったかね〜、けひゃひゃひゃ」
ほら、トマス・ウェストだ。
「いつぞやは無礼をしました」
尻込みしながら引き下がる理恵に──月の陰陽師であり、以前月道見物の時、先に話の出ていた源徳家の子息‥‥源徳長千代に翠蘭の無実を訴えにムーンシャドゥでいきなり来た所をトマスのコアギュレイトで瞬間硬直‥‥依頼それが精神的外傷になったらしい──一歩、また一歩と近づいていく。
「いや、な〜に、精霊魔法に強い者が皆、神聖魔法に強いわけではないのだよ〜。まあ、我が輩のコアギュレイトで捕まって、暴力担当の面々に瞬殺されたくなければ、もっと知性と精神力、そうメンタルコンディションとインテリジェンシーを磨き給え。もっとも瞬殺したら、我が輩の薬草の実験台になってもらうがね〜。運が良ければ生き返る事が出来る、いや、きっと大丈夫だよ、まあ根拠はないがね〜ものは試しという言葉もジャパン語ではあるではないかね〜。実に良い言葉ではないかと思うのだがね〜。大丈夫、我が輩は不思議なことに未だに聖なる母の力を失ってはいないのだからね〜。これも奇跡の類かね〜?」
ともあれ、不死鳥教典が仕立てた船は江戸を出て五百里の波頭を越えて、沖ノ鳥島まで紆余曲折しながら進んでいく。風も波もあれば、潮の流れもあるのだ、一直線という訳ではない。
そんな中、レダは神に愛されたような舞を踊りながら、陽の精霊魔法で、敵意を持つものがいないか、確認をし、道中の無事を確認していった。
やがて、一同は南に行くに連れて、防寒着を着込むと汗ばむのに気づいた。亜熱帯である。大晦日の晩に沖ノ鳥島に漸く到着する。
そこへ大きく翼を打ち羽ばたいて翠蘭が飛んでくる。
「あれが翠蘭‥‥綺麗や」
レダが自然の造形美を目の当たりにしてため息をつく。
「全てを焦がす炎じゃない、何て言うか人を暖める熾火──」
船から一斉に朝の宴に向けて一斉に人々が動き出す。
その暁を待つ間に、輝は鈴と東の岸に位置する。
鈴の方から一緒に初日を誘ったのだ。寒くないかと羽鈴にも甘酒を渡す。
寒くはないが、輝の好意そのものが嬉しくて鈴は微笑んだ。
「また、一年が始まるか──」
「──今度の一年も一緒に過ごしてくれる?」
「ああ、雪嶺も一緒にな。おい、何黙っているんだ?」
「何でもない、何でもない。初日を輝さんの腕に抱きついて拝めるなんて、いい年になりそう」
そこへレダと翠蘭が舞い降りて──。
「小さき民よ。踊りを見せたいとな?」
「異国の踊りじゃが、風変わりでいいじゃろう」
「うむ、では頼むぞ」
と、翠蘭が言うと、
ペットのスペードからレダはアンクル・ベルを取り出し、踵につけると舞い始める。
輝が口を出して、ついでにリュートベイルを取り出した。
「丁度良い、伴奏は任せろ」
中東、西洋、といった異文化の芸術がアドリブで錯綜し、翠蘭、いやその場にいた者全てを恍惚の域へと引き込んでいく。
しかし、時は移る。
「駄目だ──俺じゃ力不足だ」
輝が精根尽き果ててリュートベイルを投げ出す。
糸の切れたマリオネットの様にレダも手足を投げ出しながら大地に墜ちる。鈴はやさしくそれを受け止めた。
「見事であった、これだけの舞は何年生きていても見られるものではない」
翠蘭は断言した。
一方、彼らが戻ると手際の良い、不死鳥教典の面々が席を作っており、一同は翠蘭を上座において、思い思いの場所に座る。
「翠蘭様。今年もどうか、ジャパンの炎をお鎮め下さい。破壊ではなく、再生のための小さな炎を、人々の心を鍛える強き炎をお与え下さい」
伊織が先導すると、不死鳥教典の残りの面々も唱和する。
乾杯の音頭が取られると、一同は酒杯を飲み干す。
空いた所へルーラスが樽を持ってきて──。
「異国のハーブワインです。どうか楽しんでください」
と皆に勧める。
「翠蘭様、新年明けましておめでとうございます。
此度より参りましたルーラス・エルミナスです。
宜しくお願い致します」
「うむ、異国の戦士よ──」
「すみません、仮にも叙勲したナイトですので、戦士という言い様は、ご存じないかと思われますが、少々礼儀に外れています」
「では、異国の──‥‥ナイトよ。喜んでその杯を受け取る事で、その詫びとしたい、注いでもらえるか?」
翠蘭は鳳凰故手を持たない。お猪口に注いだ酒をついばむのである。
「こちらこそ喜んで」
そこへ雪嶺がほろ酔い加減で──。
「島でこの霊長が鳳凰、凄いや。
ランクは落ちるけど僕が虎で白虎。鈴ネエが龍の武で青龍。鈴ネえのペット陸翁が玄武と見立てると四神の完成なんて失礼だったね」
「うむ、失礼だな」
「──怒ってる?」
「いかにも」
空気が張りつめた。
「はい、ここで雪嶺を返してもらって、どっちが鈴かショーをやるから」
ほら、来るの──と、強引に鈴が雪嶺を引きずって物陰に隠れる。
しばしのハイブロウな戦闘の後、同じ衣装を着込んで現れるふたり。
「これで、どっちが鈴かあてれば良いんだろう?」
輝がほろ酔い加減で事態を進行させる。うなずくふたり。
「じゃあ、右の方が鈴と思う人は手を上げて」
翠蘭も翼を上げた。無論、ここにいる全ての知性体も同じである。
「な、何で判る?」
「男の方が細身だ。お前の方が明らかに肉がついている」
初対面で人間なれしていないはずの翠蘭にも指摘された。
細身の雪嶺と、豊満な鈴とでは身長が同じで顔が似ているからといって、見間違える者は誰もいないという事だ。
「雪嶺、あなたも胸と尻に肉をつけるの!」
「男だよ〜」
「そこでボケる!」
輝がハリセンですかさず雪嶺の脳天をたたき割る──もとい、ツッコミを入れる。
「しかし、夜の内に皇虎宝団よけに罠をしかけておいたが──前の俺たち程度でも、楽に排除できた罠を越えた、という自信はあるが、皇虎宝団に関して江戸の冒険者ギルドで読んだ限りの隠密行動のテクニックを考えると、特化した忍者ひとりで楽に突破されるな」
「信州ではこの干したキノコを削ってふりかけにするのだ〜」
そこへトマスが妙に傘の張ったキノコを干したものを取り皿に乗せて、健一の前に出す。
「漢方ですか? でも、美味しく頂きます」
「そうだ、さあ、このキノコ、食してみないかね〜?」
トマスが怪しい、本当に白のクレリックかどうか、危ぶまれるオーラを垂れ流しにしているのに、全てのものを美味しくいただくという健一の思想の前ではスルーされる。
「はむはむ」
「それは!」
伊織の声が上がる。
「ベニテングダケ!」
「天狗というからには霊力に関係が?」
「毒キノコです!」
言って伊織が強引に食道に指を突っ込み戻させる。新年につき詳細な描写はしない。
「ちぃ、食べないか〜‥‥。この程度の少量では大丈夫だが、万が一の場合にはアンチドートで解毒準備済み。親切だね〜我が輩。
ちなみに症状は吐き気、下痢。
嘔吐することでキノコが胃の腑に残らない可能性が高い為、これ以上症状が重くなることはない
ただし常習的に食べると肝の臓を破壊される
上手くいけばトリップする、て教祖、幹部はこのキノコを知ってそうだ、と思ってたけど本当に知っているとはね‥‥皆は危険だから真似しちゃダメだよ☆」
「ダメだよ☆ じゃない!」
ハリセンで突っ込みを入れようとするが、瞬時に発生した白く淡い光がトマスを包み込み、次の瞬間、輝を止める。
「暴力反対だよ〜」
そんな輝への心配をよそにアイーダは弦を梓弓に張り直す。
「他に見せられるようなものは無いし‥‥また、矢の的当てでもしましょうか?
揺れる船上だと陸地よりも緊迫感は出るけど、さすがに100mもの広さは無いでしょうから、難しくもないのよね。
いっそマストの上に的を置こうかしら。
上を射るのは結構難しいし」
と、いう声にレダが扇子を置くと、思いついたようにルーラスに向き直る。
しばしの相談の後、軍馬を借り、目隠しをして、軍馬に跨り背中を向ける。そのまま走らせると、振り向きざまの瞬撃で扇子を射落とした。
「これくらいしないと──芸にもならないわ」
と、異様なまでにハードルを高くして、尚かつ楽々とクリアーしてみせるアイーダ。
最早常人の及ぶ所ではない。
ともあれ、一同の拍手喝采を浴びながら、今度来る時はどこまでハードルを高くして良いのかかすかに悩む。
(次は扇子をみっつ同時に射抜く位はしようかしら?)
次の機会があるかどうかは判らない、それでも自分を高める事は悪くないだろう。大いなる父の信者でないにしても。
妙芸に見ほれた翠蘭をじっと観察するトマス。
「我が輩の研究に使えそうな気もするが〜‥‥まあ、いいか〜」
「何か用か?」
「──いや、少々クレームが。我が輩は植物研究を通じて医学に貢献する身だがねぇ? その翠蘭という名前だから、植物に関する何かを期待してもおかしくないではないか〜? そこでちょっとクレームを入れたいのであるよ〜!」
「クレーム? 何だ、それは?」
「いや、ジャパン土着のクリーチャーでは異邦の言葉は判らんか〜? 人間だって努力すれば異邦の言葉とて自由に出来るというのに〜。大した鳳凰ではないのかね〜」
「で、結局、クレームとは何のことだ、判りやすいように言え」
「ならば、言ってやろうかね〜。我が輩なりに判りやすいようにかみ砕いていうと、苦情だよ〜。赤い鳥なのに、翠の蘭とはまさしく『看板に偽りあり』ではないかね〜?」
そこで翠蘭の動きが止まる。
別にトマスがコアギュレイトをかけた訳ではない。
世の中の生物の動きが止まるのはトマスのコアギュレイトのせいばかりではないのだ。
原因は翠蘭自身の迷いにあった。
「そういえば、自分も何でこの名前にしたか──覚えていない。一体、何度転生した時に決めたのだろうか?」
「成る程〜、自分のアイデンティティーに悩む位には繊細に出来ている様だね〜?」
「トマス様、そんなに翠蘭様を責めないでください」
と、伊織が割ってはいる。
「トマスと言うな、特に女!」
トマスが伊織に向き直るが、伊織は翠蘭の首根っこにしがみつき。
「翠蘭様が幾たび転生しようと、この身が滅びようと、きっとお側に侍ります」
「献身的だよ〜、泣けるね〜。と、言いつつ緊急退避だ〜」
と、船の方に向かって猛ダッシュ。
ともあれ、不死鳥教典の一同は島に残り、江戸の出先機関に六兵衛と、往復する船を残して、隠遁する事になった。
これが当初からの予定だったという。
奉行所や源徳家の介入がイレギュラーであったというだけで。
イレギュラーな割りには冒険者を予め証人として準備しておくなど、準備は万端整っていたようだが──。
無論、生きるために不死鳥教典の面々へ定期的な物資の搬入などは行う。
この島はあまりにも狭すぎる。大地の恵みを望むことは出来ないのだ。
こうして、船は島を離れた。輝は翠蘭と別れを惜しみ、それでも伊織の側にいたい。伊織が自分の側にいたい様に、と告げる。
無言で首を抱いて、別れを輝は告げた。
「のう、レダ?」
「翠蘭、なに?」
「また、そなたの舞を見たい?」
その言葉にレダはおずおずと、しかし、確実に翠蘭の鶏冠に指を触れた。
精霊ではない、血肉を持った存在。それでも、確実に“火”に近い存在である。
微笑むレダは告げる。
「また、きっと」
「そうか、どんなに時が経とうとここで待とうぞ」
転生を繰り返していく鳳凰の時は永い、最早人の営みとは関わり合わないほどに。それと添い遂げようとする不死鳥教典が『異端』なのだ──。
それとも『人』の方が異端なのか?
命題は解けないまま沖ノ鳥島を船は離れた。
こうして、南から北へと船は進んでいき、やがて誰からともなく防寒具を着け始めた。
江戸が見えてきた。
正月も三が日を過ぎて、早いところでは松の飾りも取っているだろう──そして、停滞していた人々の営みは日常へと戻っていく──僅かなハレの日々が置いていった残り香を惜しみながら。
その空気を吸いながら、皆は再び江戸の港へと脚を降ろていく。
しかし、次の沖ノ鳥島への荷物搬送が何時になるかは判らない。ともあれ、六兵衛は一同の元を辞すると、不死鳥教典の出先の家へと向かっていった。
「輝?」
「何だ鈴?」
「翠蘭と私、どっちが好き?」
「──」
鈴の問いに輝は無言のままであった。
こうして、異郷とはいえ、無事に正月を一同は過ごした。
これが南の島の正月の顛末である。