【源徳大遠征】涙晴れるまで【黙示録】
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■ショートシナリオ
担当:成瀬丈二
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 85 C
参加人数:3人
サポート参加人数:4人
冒険期間:01月06日〜01月09日
リプレイ公開日:2009年01月16日
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●オープニング
伊達政宗動かず──その報は八王子勢の出足を鈍らせた。
江戸という東洋一の巨大都市を背景にした伊達軍の根本的な兵力差に加えて、江戸城攻略には厄介な問題も内包している。
現在、冒険者は中立の傭兵戦力として戦場次第で源徳にも反源徳にも雇われているが、江戸を攻めた場合は伊達側に味方する者が多い。この数年で江戸の町に基盤を持った冒険者は少なくなく、誰であれ住む場所を攻撃されるのは嬉しくないのだ。
江戸という『地元』を制された八王子勢は苦しい。とはいえ、江戸城は江戸の町の中心にある巨城。町を焼き払う覚悟が無ければ、落とせるものではない。
「やはり、地下空洞からの侵入は難しいのか?」
「入口の多くは固められ、中は要塞の如き有様とのこと。一軍を全て工兵とすれば或いは‥‥」
「伊達が見過ごす筈も無し、兵数で劣る我らには絵空事か」
江戸の切り崩しを如何に行うか──源徳長千代と、大久保長安は、かつて戦陣を共にした仲間達と論じていた。
「伊達はデビルと通じている、という線が一番かね」
江戸の冒険者に、伊達側にデビル──七大魔王が一柱『マモン』──がいる事を広く知らしめ、いや伊達政宗こそデビルの手先であり、ジャパンを滅ぼす悪行を能動的に進めているという情報があれば、冒険者達は江戸を焦土と化しても伊達討伐に力を貸すのではないか。
「客観的な情報が示せるならば、良いアイデアだろう。だが、それこそデビル――マモンの思惑であるかもしれぬぞ」
「人間同士を争わせるためにな、ありそうな事だが」
デビルの策謀にはどんな裏があるか分からないだけに、冒険者達にも躊躇はあった。それに、ジャパンという土壌はデビルへの危機感が乏しい。
「危機感を煽りすぎるのも、また宜しくはない。ここは十二分に用心をしてだな」
「そんな慎重論では、話が進まん」
「多くの民の命がかかっているのですよ、十分に配慮して最良の選択をするべきです」
「複雑な策より、行動だと思う」
一朝一夕で答えが出るものでもなかったが。
八王子陣屋。
陣内なので、具足は脱いで振り袖姿の柳生智矩は──実際の性別は男性の筈だが、何があったのかは不明だが少女めいた容姿に相応しく? 女装をしている──冒険者達が意外に保守的なことに驚いていた。
江戸の冒険者は源徳家康に大恩がある。伊達政宗は卑怯な手段で江戸を奪った極悪人だ。どの勢力につこうとそれは冒険者の自由だが、大多数の冒険者は進んで八王子軍を受け入れ、江戸城までの道を開けてくれると期待していた。
「――愚かなことを。町が焼かれるのを喜ぶ者がいるものか」
自嘲の笑みを浮かべる。
どうあれ、江戸の町人である冒険者が、すべて源徳の味方につく訳ではないようだ。
「しかし、味方とせねば勝てないな」
先程の議論を思い出す。
デビルの奸計という言葉は政治的にありがちなうたい文句である。しかも客観性に欠ける。
目の前でマモンが姿を現して「俺は伊達の味方だ、我が伊達軍を倒してみよ」と云ってくれれば早いが、流石に魔王がそこまで間抜けという事態は考え難い。いや、仮にあったとしても罠としか思えない。
「‥‥地道な調略しかありませんか」
切り口としては悪くないはずだ。
江戸の街を守らんとする冒険者達に、実際にデビルと対峙した経験のある冒険者の口から、デビルそのものの恐怖と、不老不死の視点からなる、すさまじいスパンの陰謀劇がある事を語らせる事で、こちらの味方に引き入れる。まだデビルの事をよく知らない冒険者達への啓蒙にもなるだろう。
だが‥‥ただ話すだけでは効果は薄い。
「そうだ、劇仕立てにすれば、肩肘張らずに見てくれるかも?」
思いついたのはいい物の、ノウハウがない。
「必要なものは演劇のノウハウを知っている人と、デビルの危機をジャパン人にも判りやすく説明してくれる人」
そんな依頼が冒険者ギルドに出たのは門松が取れる前であった。
悪趣味芝居が始まる。
●リプレイ本文
睦月の空のもと、カイ・ローン(ea3054)の声が響く。
「いまは地獄と繋がったりもするけど、ジャパンはデビルの危険性が伝わっていない土地だ。いい機会だから、デビルの危険性を正しく知ってもらおう」
戦時下の江戸。
小田原まで来ている源徳軍が今にも攻め込んでくるという噂もあり、また八王子の大久保勢や房総の里見など反伊達勢の動きも慌ただしい。そんな時勢だから町はどこか殺気立っており、伊達の侍と押し問答のひとつやふたつ、想定していたカイである。
「何事か?」
大通りで演説をぶてば、町奉行所の同心が寄ってきた。
彼らは大半が元源徳武士で今は伊達武士である。三河以来の譜代でなく、大半が江戸が大都市化した後に仕官した者達で、源徳や伊達がどうこうよりも江戸という町に雇われているような所がある。
「デビルの脅威を知らせる公演だ」
「でびるぅ?」
同心は首を傾げたが、とりあえず趣旨を呑み込むと、
「ちゃんと届けは出したのか?」
「あー‥‥宜しく教えてほしい」
町奉行所は治安維持も兼ねるが主な役割は役所だ。カイは同心から手続きを細かく教えて貰い、次第に渋面を作った。
三日という限られた時間を使っての行動である、カイには一刻の猶予も許されなかった。そこで百両もの身銭を切って、役者を雇い入れる。本人は手続きやら手配で走り回る事になる。この三日でどれだけの公演が出来るだろうか?
「俺ひとりで‥‥やれる、のか?」
カイは絶望しかけたが、そんな中、小器用にリーベ・レンジ(eb4131)が裏方仕事に回ってくれた。神の助けとはこの事だろう。カイが手を合わせて頼むとリーベは不平も言わず、臨機応変に協力した。
江戸の冒険者ギルドからもうひとり冒険者が手配されるはずであったが、やってこない。何かトラブルでも在ったのだろうか?
冒険者ギルドではケルベロスへの物見を行う心積もりだったという。
そんな猛者でも戦時下の江戸では何が災いするか判らない。
ともあれ、そんなふたりの危惧を余所に、公演の準備は着々と進んだ。戦時下であり、名の知れた冒険者が企画した公演というので伊達家の侍が査察にやってきた。
「戦が始まったというのに、演劇とは、変わっていますな」
「悪魔退治も冒険者の仕事ですから。こんな時に戦争なんて、まったくジャパンは危機意識が薄い国だ」
「ほう」
カイの話に頷きつつ、伊達の家臣は台本の監査に余念がない。
何も無い所から反伊達のメッセージをくみ取ろうとする様は真摯であればあるほど滑稽さを増していった。真面目に演劇を志す者ならキレたかもしれないが、カイは神聖騎士である。伊達侍の疑念に大真面目に返答した。
「この話は祖国イギリスの有名な物語でして、長年デビルと戦ってきたイギリスには多くの経験談がこうした形で伝わっているのです」
「なるほど。うちの郷にも、妖怪や鬼が出てくる話は沢山あります。どこが違うのでしょう?」
武士の無邪気な質問は、一千年以上デビルと戦ってきた欧州との風土の差を感じた。逆に聞きたいぐらいだ。なぜジャパンにはデビルの話がそれほど少ないのか。
奥州武士が長談義の末に帰ったあと、カイは愛馬メイに尋ねた。
「ジャパンのデビルのことを教えてくれないか?」
インタプリティリングを使ってみる。或いは、メイはただの馬でなく天馬だから、こんなアイテムの力を借りなくても全て分かっているかもしれないが。
天馬――ペガサスは、エンジェルの一種であると聞いたことがある。
「デビルと戦うために地上に降りてきたのだろう?」
「‥‥」
メイは自分がデビルと戦う立場にある事は肯定したが、肝心のデビル情報は殆ど持っていなかった。オーガに関する知識以外は平凡である飼い主であるカイとどっこいどっこいのようだ。神聖騎士のカイも、戦場でデビルに後れを取らない技は身に付けているが、専門家としての悪魔知識は持たない。
「天使というのは、横のつながりは希薄なのかな‥‥ともかく、収穫はなしか」
「そう悲観したものでもないよ。とりあえず、ぜんぜん役に立たないってことはないと思うし、すくなくともさ、八王子の不利にはならないと思うよ」
公演のために下働き同様に雑用一切を引き受けているリーベ。お坊ちゃん育ちに見えるこのパラは、彼の話によればアトランティスからやってきたばかりの鎧騎士だという。竜騎士を目指しているという彼が何故この仕事を受けたのかは分からない。
「こちらに来て、まだそれほど政治関連の話は判らないけどね」
肩をすくめるパラの青年。
アトランティスのウィルという国で、石で出来たゴーレムに乗って、天界の球技をやっていたという経歴は一種浮世離れしている。まるで夢の国の話のようだが、却ってそれがリーベという若者に一本軸を通している様にカイは思えた。
カイの執筆した脚本を元に劇団の面子が通し稽古をしていた、自分の描いた芝居ながら、鮮やかに脚色していく様にカイは感嘆の念を隠せない。むしろ感動した。さすが金を用立てただけの事はある。
その通し稽古を一緒に見ていた、依頼人の柳生智矩も町娘体に装って観劇をしていた。
「凄いお話ですね。これはカイさん自身が体験為された事ですね?」
「それに関しては企業秘密という事にさせてくれ。男は秘密が少しくらい会った方がかっこいいだろう? もっともそれは俺の正義に反する事ではない、と明言させてもらうが」
「『あの』カイさんが仰るならば判子を押されたも同然ですね。そうですか──デビルはこんな風にして人々の心に滑り込んでくるのですか、悪魔のように狡猾とは正にこの事でしょうか?」
「俺も詳しくは知らないが『デビル』は『DO+EVIL』、つまり『悪を為す』という事が語源だそうだ、受け売りだがな」
ガラにもないと、照れくさそうにカイは鼻をかく。
「地上にもカオスに似たものはいるんですね?」
その話題にリーベがにっこり笑いながら入ってくる。カイはリーベの方に向き直る。
「さあ、俺はカオスという者は知らないが、人々がそれを打倒しようと心から願えば、撲滅できる。
諦めない限り、いつだって可能性はあるのだから」
まるで言霊を自らに刻むかのようにカイは力強く言い切った。言霊という思考形式があるのはカイの半身に由来するのかもしれない。
「僕もカオスが何なのかは判りません。しかし、国同士の恩讐を越えるだけの連帯感は持てるようだね」
「国同士の恩讐──ですか、とてもじゃないけど今のジ・アースでは無理かもしれない」
今、ジャパンという、ジ・アースそのものから見れば、爪の先程の欠片でしかない小国で、マンモンという伝承に残る七大魔王──ダークロード──が現れても、人々が結束する事はない。精々がとこ、互いの政治宣伝に使うだけである。しかし、その政治宣伝を聞いて民衆は思うのだ──デビルって何?
智矩はその状況を打破する事が第一だと思った、だから草の根的な運動に出たのだ。
もちろん、カイはデビルが絶対悪である事を知っている。彼らは人と契約を結び、願望を叶える。どんなに人との取引が、短期的には人に有利になろうと、デビルの永遠と言えるタイムスパンからすれば絶対、デビルが得をする様に動くのだ。
それをカイ自身も良く判っていた。
そして人間の弱さも知っていた。皆が皆、カイの様に物理的にであれ、精神的だろうと強くなれはしない。
カイも自分自身が強者だとは思っていなかった。
だから団結するのだ。
──劇が終わった。
充分な前宣伝が為されなかった芝居小屋に人はまばらである。僅かな期間で孤軍奮闘した成果は、この少ない観客と、カイの話を熱心に聞いていた伊達侍くらいか。江戸中にどれだけ伝わるかは不分明である。
ありがとうございました。
そう智矩は言った。
カイは微笑んだ。
「カーテンコールは残ってますよ」
その言葉にリーベも笑みを浮かべた。
智矩の手を取るカイは進み出る。
「Show Must Go On」