●リプレイ本文
時は神聖暦1002年4月の末頃。場所は江戸沖の船上、そこで黒衣のスナイパー、クオン・レイウイング(ea0714)は膝の上に横たえた魔弓『夜の夢』の弦をリズミカルに弄びながら───。
「鳳凰か? 俺の国でいうフェニックスと同じものらしいが、実際はどんなものか見たことは無いから何とも言えんな。
もっとも見ても何が判るか‥‥‥と言われても困るが。
ともあれ、ただの鳥とは違って頭は結構良さそうだ。なあ、輝?」
袂に手を入れたまま南天輝(ea2557)はクオンの言葉に頷くと───。
「そうだ───俺に頭の善し悪しを判ずる事が出来る訳ではないが、翠蘭は太田道灌の手先に追われて、ストーンの精霊魔法で石化するまで追い込まれて、魔法を解除された途端に眼にした俺たちと、まず話し合いを持とうとした。その心根の優しさだけでも、俺は翠蘭の為なら命を賭けられる」
「ジャパンに知れ渡る程の剣豪の言葉に値千金の重みがあるな。俺もそこまで友誼に命を賭けてみたいものだ」
クオンは唇の片端を軽く持ち上げて、輝の言葉に応える。
「最近の行動は読めないが、デビルや皇虎宝団あたりが翠蘭に何かしたのではあるまいな。もしそうなら俺は全力で対抗するまで、俺は何者であろうと翠蘭を気に入ったんだ。手出しをしたら後悔させてやる」
とりあえず、輝が要と森を介して、港を当たってみたが、この戦乱の折、状況を把握しているものは居なかった。
船探しにしても、急を要す調査ではなく、じっくりと腰を据えての調査ならば何か答えは出たであろうが、1日しか使えない調査では、結果は自ずと限定される。
それに江戸のいくさに伴って逃げ出そうとする人々も少なくはないのだ。
───結論は“判らない”であった。
西中島導仁(ea2741)は───。
「厄介事はひとりではやって来ない。必ず何人も引き連れてやって来る‥‥‥と言うそうだが、まさに現状はその通りだな」
───と溜息を漏らす。
「何にせよ、これ以上江戸に厄介事を持ってきてもらう訳にはいかん。鳳凰は友となってみたいものだが、この混乱した現状ではひとまず元の所へ戻ってもらいたいもんだ」
と、戦闘馬や、韋駄天の草履にものを言わせようとするが、如何せん相手は海上のもの、残念ながら船の上で幾ら足踏みしても往路が短縮されるわけではない。翠蘭の進行ルートを不死鳥教典の航路から割り出せないか、と尋ねてみても。翠蘭は翼持ち天翔るもの。人間が割り出した航路など超越した視点から見るだろう、と不にべもない返事が返ってきた。
噛み砕いて言えば──判らない、である。
と、その言葉を導仁は背筋を凛々しく伸ばした聞くのであった。
(己こそ己の寄る辺、己置きて誰に寄るべぞ‥‥‥まあ、戦いになるまでに自分がやれる事と言えば、せいぜい力仕事や見張りくらいだしな。
口上は‥‥‥鳳凰は悪とは限らない上に、仲間になる可能性もあるから、今回は止めておこう」
その隣で導仁のペットであるエレメンタラーフェアリー『如月』が、彼女と双子という設定のペットである(もちろん、ひとつの卵から二匹のエレメンタラーフェアリーが生まれるわけはない)イフェリアのペットであるエレメンタラーフェアリー『弥生』とあったばかりの興奮で少々騒がしく、それが少しだけ、ほんの少しだけ導仁の尺に触った。
「さわがしいですわ。ちゃんとペットのしつけはするもんどすえ。ここは冒険者長屋ではないでっしゃろ?」
西園寺更紗(ea4734)も導仁と同じく、翠蘭と海上で接触できれば───と、一縷の願いを託していたが、聞き手が変わったからといって返答が変わるわけではなく、また船上では警戒のみしか自分の存在意義を見いだせないで居た為、悶々としていた。しかし、イメージトレーニングは欠かさない。
観ずるは佐々木流の奥義である『燕返し』である。
佐々木流の奥義である『燕返し』を完成させるには野太刀を一呼吸でふた振りするだけの筋力が必要である。
更紗はその条件はクリアーしていた。
だが、何故ふた振りか?
西洋のコナンやカールスの様に鎧ごと一太刀で相手を仕留めてしまえばいいではないか?
だが、佐々木小次郎は自らの業の精髄である『燕返し』には、それを選ばなかった。
そこで佐々木流の基本的な業であるブレイクアウトがぬっと更紗の脳裏に浮かんでくる。
直接相手に当てる事を狙わずにギリギリまで自分の体勢を崩さずに、相手の防御を攪乱する業だ。
心身優れた者には利かない事が多いが、夢想流での抜刀術による防御の無効化と同じように、佐々木流では最初のひと振りで相手の防御を崩し、返すふた振り目で、致命的な一撃を相手に叩き込む事を必勝の手段として選んだのではないか?
佐々木流の基本を学んだだけの更紗にはそれ以上の思案は出てこない。
イメージトレーニングは崩れて、燕返しの方も脳裏に消え去り、代わりにひとつの言葉が浮かんでくる。
「そやけど何で江戸に向かって来てるんやろか? それもわざわざ伊織はんを連れて」
山下剣清(ea6764)は更紗の思わず口を突いて出た言葉に対し返すは。
「できれば、戦闘はさけたいところだな。
伊織殿の状態も気になるところだが。
なぜ、こうなってしまったのかが判らん。
何らかの理由があると判断するべきなのだろうが。
それさえあれば少しは対応できるとは思うのだが。ところで中東の遙か彼方にはハーレムというものがあって、俺はそれに憧れている。どうだ、更紗? 俺のハーレムに入らないか?」
「お断りどすえ、はーれむが何か知らんけど、剣清はんにそれだけの甲斐性在る様に見えへんし」
「それだけの美貌を勿体ない‥‥‥」
更紗の鋼の如く鋭利な銀髪に、滑る様な白い肌、対照的な黒い瞳の更紗には、豊満なボディと相まって東西ハーフならではのエキゾチックさが漂っていた。
一方、ジャイアントの宿奈芳純(eb5475)は空を飛ぶ何かが見えてきた───という報を聞くと、ひとさし舞うと、黄金の淡い光に包まれて、遠見の視力を得ると、燐火の輝伯天を自分の周囲に漂わせながら、大凧を取り出そうとするが、視界の焦点が合わない為に大凧をバックパックから取り出すだけでも芳純は一苦労。バックパックは咄嗟にものを取り出す場所ではなく、数分かけて荷物を引っ張り出す場所である。更に視界の悪化も相まって、遙か上空を羽ばたいていくのが見えただけであった。その背中には確かに儚げな女性の姿がある。あれが伊織であると、一同から話を聞いていた、芳純には見て取れたが、船が乗っている潮の流れが急反転して航路を逆走できる様なシロモノではなく、一同が力を合わせて櫂を漕いで反転して強引に逆風の中を突き進むのであった。
芳純の全力で飛ばす大凧の速度を軽々と振り切り、視界外から消えようとする。
そこへバックパックからフライングブルーム───空飛ぶ箒───を取り出した輝が空中で絶叫する。
おればフライングブルームで飛んで翠蘭のそばに行き伊織の様子を確認
「待つんだー! 待ってくれ!」
ホバリングする翠蘭、空中に停止したその姿は正しく一幅の絵画そのもの。まさしく伝説ではなく神話の時代の息吹を感じさせた。
「翠蘭、俺だ久しぶりだな。伊織が疲れているようだ、一度其処の船におりてくれないか? 伊織の様子を確認させてくれ」
「おお───」
輝か久しぶりじゃのうと続けようとしていたであろう、翠蘭の言葉は継がれる事はなかった。
一瞬の内に尾羽で印を組むと、2発のファイヤーボムを一気呵成に船上に叩き込む。
「やはり、人間など信頼した妾が莫迦であった。二度も同じ手は通じぬぞ!」
翠蘭の視界の先にいた者。それは牽制の為、魔弓を構えていたクオンの姿であった。
話し合いだが、牽制が必要であろうと判断した黒衣の射手クオンの手によって、全ての話し合いはご破算になった。芽生えた友誼も刈り取られる。
それを信じられず翠蘭に絶叫を向ける輝。
「伊織に何かあったのか? 力になれることであれば俺達が手を貸そう。
今、江戸は再度戦乱の危機が迫っている、翠蘭が下手に上陸すれば伊織に迷惑が掛かる。俺は翠蘭を守るためなら源徳でも新田でも立ちふさがるがね。だが、ふたりが争いに巻き込まれるのは見たくはないんだ。
何かの異常があったのか? 危機を伝えて瑞兆に導くのであれば俺が使者に立つ。
頼む、一度時を俺にくれ!!」
芳純もようやく追いつき───
「お取り込みの所、失礼。お初にお目にかかります。陰陽師の宿奈芳純と申します。この度、江戸にお越しくださったのは如何なる御用向きでございましょうか?」
更紗も船上でどなり、翠蘭に───
「あんたはんは、一応神さんみたいなもんやねんから、軽率な行動したらあきまへんぇ」「勝手な事を───」
細められた翠蘭の瞳に、更紗が直接の危機に晒される事を予感したクオンが魔弓に矢を番える。
「本意ではないが───」
急所を外した一撃を見舞おうとするが、矢自体が翠蘭の身にまとった魔力の障壁を突破できない。
不死鳥教典の皆はそれからも執拗に降り注ぐ、翠蘭のもたらす破壊に対して、懸命に高速詠唱で相殺を試みていたが、船自体への爆風の被害は防ぎようがなく、導仁も芳純も剣清も更紗も自分たちの限界を思い知らされていた。
剣で天翔る相手を倒すのは至難の業。
しかし、船の帆が完全に破壊された段階で、翠蘭は破壊に飽いたのか、それとも空しさを悟ったのか、爆炎をゆるめ、北上していく。江戸へ、江戸へと。
しかし、最後に虚仮の一念で背中を向けた翠蘭の背中からずり落ちた伊織を輝が助け上げる。
「伊織だけでも返してもらうぞ! だが、翠蘭、俺は諦めないからな! 忘れるなよ」
そのまま、廃船へと降り立つ輝。
魔法を相殺する術はなく傷ついた一同に不死鳥教典からポーションの支給がある。
固辞する者もいたが、自分たちの本尊が引き起こした事だから、と傷が癒えるのを期待する。
というのも、船は櫂で漕いでいくしかなくなり、衰弱して意識を失った伊織以外は即戦力として使われる。ギブ・アンド・テイクであった。
帰ってきた時には江戸城は陥落し、奥州の伊達政宗が江戸を制し、源徳家は離散したらしい、というのがもっぱらの噂であった。
政宗の動きに対する北奉行所と南町奉行所の深刻な対立。
そして、混乱の江戸の中、吉兆とも凶兆とも判りかねる、巨大なウスバカゲロウが襲来し、更に翠蘭と思しき鳳凰(多分)が江戸城の天守閣に炎に包まれて現れ、それを見とがめた伊達軍の弓の達者が追い払わんと、矢を射たが、躱された挙げ句、何処へともなく去っていった。
これを江戸城の新たな城主を鳳凰が祝福しに来たと言う者。伊達自らそれを追い払ったのだから天命に逆らったというもの。源徳にも伊達にも天命はなかったのだと、口を開いた分だけ意見があった。
ともあれ、不死鳥教典の支部は戦火に合わず、機能していた。
元々が大した機能がない連絡所程度の役割しかないのと、政治に関係しないマイナーさで無視されたのだろう。
ここを中心に情報を集めていると、冒険者ギルド等、江戸の諸機関はトップが伊達政宗に変わっただけで、今までと同様の生活が待っているという。あくまで平穏な暮らしを望む者達にはだが。
そこまで情報を集めた所で、漸く、伊織はか細きながらも意識を取り戻し、ぼつぼつとながら事の経緯を語り始めた。
もはや、文明を離れ、辺境の沖ノ鳥島に住む、不死鳥教典の面々には月日の縛りはなくなり、何日の事か等という些末事は最早判然としないが、多分4月のある日、伊織と翠蘭がふたりだけで一緒にいた時、翠蘭は唐突に西の封印が破れた。かくなる上は我が霊力で押さえ込むしかない。
とはいうものの、自分はどうやってここまで来たのか、石化されてから、太田道灌に運び込まれたので、江戸という所にはどう行けばいいか判らないから導いて欲しい、と懇願され、押し切られてしまい、本尊の意志を無碍にも出来ず、皆に心配をかける事になったという。
「西の封印? 四神相応の白虎って奴か? あれ、高尾だっけ?」
輝が状況を再整理する。
先月、源徳家は新田家を討つべく、各大名に号を飛ばし、兵を興したが、援軍となる伊達家、上杉家、武田家が相次いで裏切り、源徳家の名の由来ともなっている、武家の長である階位、源氏の長者の正当なる後継者足るべく、奥州に潜んでいた源義経が立ち上がり、源徳家はその正当性を疑われている事。
現に三種の神器も全てが源徳家が外戚としてコントロールしている安祥神皇の元になく、正当性を、神皇自身が疑われている事。
五条の乱の残り香である。
話を江戸表に戻したならば、甲州街道で繋がっている高尾方面は人食い鬼の集団が巣くっていて、行き来は難しくなった為、現状の早急な把握は困難であるが、それを突破して江戸城地下の大空洞に雌伏していた高尾山に家康の子孫らが向かった───少なくともそういう依頼に精鋭が集まった事。
その仕事は世界レベルの冒険者が動いているが、あくまで源徳家を長らえさせようという存命依頼の為、伊達家のコントロールからは離れた依頼となっている。
これが伊達の統治下における、冒険者ギルドの二枚舌の典型的な例だろう。
また、話を飛ばせば奥州軍勢は領地にいる万単位の無数の鬼が後背を脅かしており、奥州勢は戦力を投入し放しには出来ず、伊達政宗が江戸城の主となった事、その他諸々、エトセトラ、エトセトラ、事象をあげれば切りがない。それほどにこの4月の末は激動の日々だったのだ。
「すみませんが、何かご迷惑をかける事になるかもしれませんが、新しい依頼をする事になるかもしれません。ともあれ自分が本復するまでお待ち下さい」
伊織が頭を下げた。
情報は集まっていく、しかし、肝心の翠蘭がどこに行ったのか、何処の空へ飛び去ったのか、それだけは判らなかった。
そして───‥‥このパーティー最後の夜。
「クオン、お前があの時、あの話し合いの場に弓を持っていなければ───」
輝は今でも恨みがましげに言葉を連ねる。
無言で背中を向けるクオン。少なくともあの場で魔弓を番えていたのは───自分の選択、周囲への警戒とはいえ、軽率であった。
まだ見ぬ生き物を見物に行くっていうのもワクワクしてくる位楽しみだぜ、などと浮かれていた面があった。
行った事の無い島の事は解らないからその辺りは知っている奴に任せるぜ、等というプロにあるまじき自分での下調べを怠っていた点もある。。
しかし、それを言いだしてもキリがない。
それも、ふたりとも判っていた。
この翠蘭と伊織を巡る事態が決裂した事は、いつかはけじめをつけなければならない問題である事。
夜空の三日月が、そんなふたりを見下ろしていた。
これが翠蘭を巡る冒険の顛末である。