●リプレイ本文
江戸の町から程近くのとある漁村。
今そこに、牛鬼退治に集まった冒険者が7人。
正直なところ、音に聞こえし大妖怪を屠るには、ちと頼りの無い顔ぶれである。
それが漁村で冒険者達を出迎えた北町奉行所の同心の偽らざる心情だった。
「昨夜、見張りをしておりました村人が牛鬼の姿を見かけました故、ご足労頂いた次第にござる。その晩は牛鬼は海から村の様子を伺うようにして立ち去りましたが、今晩あたり襲ってくるのでは無いかと」
同心はこの春の大戦では江戸城にて歴戦の冒険者達の姿を見ている。それらと比べると、目の前にいる冒険者は一段も二段も落ちる印象だった。
「ご心配には及びません。牛鬼は強敵ですが、これ以上被害を拡大させる訳にはいかない。必ず僕達が倒します」
同心の顔色を察して酒井貴次(eb3367)が言った。決意は言葉にすれば自然と身が引き締まった。
「あ、いや‥お願い致す。我らに力添えできる事あれば、遠慮なく言うてくだされ」
恐縮したような同心に、貴次少年は笑いかけた。
「助かります。あとで村人の避難をお願いするかもしれませんが、まずは村の周辺に詳しい人から話を聞く事はできますか?」
「心得ました」
貴次は心中で苦笑する。同心の懸念に寄らずとも、半人前である事は痛いほど知っている。今回の仕事に限っても、嵐の化身と評される牛鬼を前にして前衛が不足しているなど不安材料は多い。
「たとえ半人前でも、今はこの村の命運が僕達に託されているんだから。みんなで頑張りましょう!」
「とりあえず、牛鬼について調べられるだけ調べてきた。時間が無くて、大した情報はないがな」
シャノン・カスール(eb7700)はウィザードをしている。今回の牛鬼も水の精霊と言われており、ある意味専門家と言っても良いが、このジャパン固有の水精霊のことは馴染みが無い。
シャノンが『まちのものしりさん』から聞いてきた情報によると。
牛鬼は、いびつな6本足の巨大蜘蛛で、顔は鬼面であるそうな。体長は5、6mもあるというから、華奢なエルフなど体当たりされたら只ではすまないだろう。
「猛々しい海の精霊で、嵐の夜に海岸に迫り、しばしば集落を襲うこともあるそうだ。まあ、つまり今回のがまさにその通りの状況だな」
相手は力技が得意そうなので、シャノンは所有するスモールアイアンゴーレム2体を連れて来ていた。2体のゴーレムで、足りない近接戦闘担当をカバーするつもりだった。
「牛の頭に蜘蛛の身体ですか‥‥あまり気持ちの良い敵では無さそうですね。ですが、そういう存在をのさばらせてはおけませんし、斃さなくてはなりませんね」
ルーフィン・ルクセンベール(eb5668)は白髪を伸ばし、女性と見紛うばかりの容貌であった。イスパニア生まれの戦士は、樫の長弓を使う弓兵。ルーフィンは伝え聞く牛鬼の堅さを心配していたが、持ち前の明るさで不安はおくびにも出さない。
明るいと言えば、着物の上にエプロン姿の刈萱菫(eb5761)である。
「髪結の刈萱 菫と申しますわ。よろしくお願いしますわね」
髪結がどうして牛鬼退治か不思議に思うところだが、冒険者には普段は別の生業を持つ者が珍しくない。菫は歴とした武門の出で、今は主家を持たない浪々の身だが、実は今回の仲間で最も経験豊富な冒険者は彼女である。修羅の槍を振るい、戦闘では連携の要となる予定だ。
「手筈としては、まず後衛の方々が全力で攻撃を加え、牛鬼が接近してきたら、前衛とゴーレムが足止めと攻撃を加えると言う所ですわ」
冒険者達は正面から牛鬼を打ち破る気だった。勝てるかどうかもわからないのに真っ向から命を張るのは、豪胆ゆえというよりは若さだろう。
シャノンが陰陽師である貴次少年に牛鬼の事を聞いた。
「五行相剋なら水には土が有効かと思うのだが、どうなのだろう?」
彼は地の精霊魔法を得意としていた。
「えっと‥」
話を振られて、貴次は言葉に詰まる。陰陽師には陰陽五行の思想があり、占いを得意とする貴次もそれなりに知ってはいる。少年らしい生真面目さで真剣に考え出した貴次に、シャノンは苦笑した。
「ふと思っただけだから気にするな」
「だけど、力押しだけじゃなくて対策は考えといた方がいいわよ。私も水のウィザードやってるから、同業の厄介さは知ってるしね」
レイ・カナン(eb8739)はそう言ってため息をついた。イギリス出身の女エルフ。特技は迷子という困った人である。村までの強行軍で、体力に自信のないレイは少々疲れていた。
「やっと戦が終わって、新しい生活を始めようと頑張っている人たちが襲われるなんて、こんな酷い話は無いわ。なんとかここでケリをつけないとね」
「気が合いそうね。あたし、モンスターが嫌いなの」
十六夜りく(eb9708)は依頼を受けた動機を吐露した。
「精霊か何か知らないけど、人に仇なすモンスターは許せないわ。だから今日も張り切っていくわよ〜」
「意気込みは立派だなぁ。それだけで勝てる相手じゃなさそうだが」
石動流水(ec1073)はりくの気負いを茶化すように言った。33歳の浪人は、見かけ上は今回最年長。ついつい仲間に苦言を吐く役割となるが。
「しかし‥‥‥本当にむごい事をする。たった一晩で漁村が壊滅するなんてな。
それでなくても春の戦が終わって半年、落人や野武士の成れの果ての山賊被害もまだまだ続いてるっていうのに、困ったもんだなぁ」
しみじみと呟く流水。あるいは、牛鬼にも何か事情があるかもしれないが、人間の事だけでも手一杯なのに化生の事情など知る余裕もない。少なくとも、一つの村を壊滅させた牛鬼は人の敵であり、踏み砕くのが彼らの仕事だ。
一同は戦闘準備を整える。その間に、レイが同心らと協力して村人を説き伏せ、牛鬼との戦いの間だけ村人たちを村の外に避難させる。
「大丈夫、お姉ちゃんが牛鬼を退治するから」
夕方になり、風が徐々に強くなった。
牛鬼だ!
誰かの叫びで、一同はシャノンの元へ集合する。急ぎシャノンがスクロールからフレイムエレベイションの術を仲間達に付与する。専門ランクのスクロールはシャノンも確実に使える物では無く、何度か失敗しながら皆の精神を高揚させる。魔力を大量に消費するスクロールの多用で、ソルフの実を何度も口に入れる。
「牛鬼がこっちに来ます!」
木に登って海岸を見ていたルーフィンの声が挙がり、一同に戦いの時がやってきたと知らせる。
高みからそのままルーフィンはオークボウに矢を番え、冒険者達に気づいたのか接近してくる牛鬼に射放つ!
ねらい澄ました一撃であったが、矢は弾かれる!
「なにっ!?」
胴体は元より無理と推測して顔面、出来れば目を狙ったのだが、予想以上の防御力だ。至近距離から今一度試す手もあるが、ルーフィンは逡巡に秀麗な顔を歪める。
完全に冒険者たちに狙いを定め、海から上がったばかりの牛鬼は7名に突進した。冒険者達は陣形を組み、まずレイの詠唱が完成した。
青く淡い光に包まれた銀髪のエルフは、牛鬼を直撃する様にアイスブリザードを解き放つ。
「お願い、効いて!」
水の精霊に水魔法が効くかどうか危ぶんだレイの、氷結系の魔法ならあるいは───との一縷の願いもむなしく、冷気は一片たりとも侵入した様子はない。もっとも、仮に効いたところで牛鬼の巨体にどの程度効果があるかは疑問だ。間近で見た牛鬼は巨大で、冒険者達に恐怖が湧きおこる。
落日の太陽の熱気を束ねて光線とする貴次の一撃があびせられる。だが圧倒的に威力が足りず、牛鬼の肌を焼くには程遠い。
「くっそー、昼間だったら‥‥たぶん効かないんでしょうけど」
嵐の夜に現れると言われる牛鬼。サンレーザーでは相性が悪い。効くか分からないが、彼が使える残る一つの魔法を試そうと詠唱を始める。
術者達を守るため注意を引こうと後ろから飛びだした流水が草早の剣で牛鬼に斬りかかる。あっけなく牛鬼に避けられた、瞬発力も意外にあるようだと見えたが?
「悪い、今のは騙しだ───」
と。フェイントを織りませながらの一撃、しかし、そのフェイントの悲しさは威力を半減させる事。鎧の硬さとは異質の感触に、剣が弾かれる。ルーフィンの矢を防いだのと同じ、精霊の体を覆う魔力障壁。
(「当てれないことは無いが───しかし、打撃力も防御力も向こうが上手か───やってられないな」)
攻勢は半ば断念して、流水は踏み止まって足止めと防御に専念する。
だが巨体を止めるのは独りでは無理。シャノンがゴーレム二体に慌ただしく指示を出す。
その間に、忍犬のらいを連れて、りくが進み出ていた。
「水には火の術、いくわよ!」
忍びの印を組むりく。狙いは火遁の術だが、この術は射程が短いので殆ど近接距離での詠唱になる。この隙を牛鬼に狙われたら命は無い。主人を守るためらいが牛鬼の注意をひきつける。
りくの全身が淡い煙に包まれた。
牛鬼に向けた掌から炎が噴き出すが、飛び出すが、牛鬼は無傷。火力が足りないのか無効化されているかは判断がつかない。
「死なない───あたしは弱い?」
彼女は勘違いをしていた。ウィザードでなければ無理もないが、水は火に勝ち、風に負けるのが四大精霊力の関係である。
そんな彼女の前で、牛鬼が青く光る。
「させません!」
察知したシャノンが高速詠唱で重力波を放つ。しかし、魔力障壁を突破できず、巨体と六脚の安定感もあってか転倒もしない。
鬱陶しい人間どもを薙ぎ払おうと、牛鬼がアイスブリザードを放射する。威力は高くないが、体力のない術者には脅威だ。フレイムエリベイションがかかってなければ、この一発でグラっと崩れたかもしれない。
「長期戦は不利かしら」
菫は修羅の槍を牛鬼の脚に突き入れる。しかし、硬い防御に防がれて殆どダメージが通らないのが感触から分かった。この魔物を倒したければ、対精霊武器か、或いは大剣や斧槍のような大型武器を叩きつけなければ難しいだろう。
要するに、力技で今の彼女達が倒すのは無理なのだと、分かってしまった。
撤退の二文字が頭をよぎった時、彼女の横を二体のスモールアイアンゴーレムが通り過ぎる。感情を持たない鉄の戦士達は猛り狂う牛鬼に恐れもなく立ちはだかった。
「退けませんわね」
牛鬼に有効打を与える事が絶望的な中での防戦。
何度も何度も試した貴次のシャドウバインディングが幸運にも牛鬼の動きを封じる。このとき、仲間が全滅してなかったのは運が良いとしか言えない。
影に縛られて身動き出来ない牛鬼の首を、冒険者達は苦労して切り落とした。ともかく中々ダメージが与えられないのだから首を落とすのも一苦労で、目を背けたい衝動にもかられたが再び動き出したら手がつけられないのも確か。
牛鬼の命が消えた瞬間、巨大な鬼蜘蛛は水の固まりになって還元されたのである。
そして───。
「これ以上、モンスターに殺される人が出ないように、あたしがきっと、全てのモンスターを倒すわ」
それはあまりに真摯で果てのない願いの様に思えた。
りくの祈りが冒険の結末である。