【源徳大遠征】影の地帯

■ショートシナリオ


担当:成瀬丈二

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:7 G 56 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月20日〜12月29日

リプレイ公開日:2008年12月31日

●オープニング

 駿河伊豆を併吞した源徳家康はいよいよ小田原に迫り、盟友武田信玄の要請を受けて江戸城の伊達政宗も数千の軍勢を相模に派遣した。更に八王子に備えて軍備を固め、此度ばかりは江戸市中を戦場とする大戦も已むなしとしきりに浪人や冒険者を雇い入れている。無論、それは八王子勢、源徳勢なども同じ事だ。
 源徳家康と反源徳勢、約一年半ぶりの決戦である。
 それぞれが運命に挑もうとしている中、源徳側の中枢から、小田原に向かう新田軍──上州の新田義貞率いる兵2000──の食糧を焼き討ちし、足止めをしてくれという依頼が秘密裏に降った。
 何故秘密裏なのか?
 単純に言えば、食糧を失った新田勢が丁度良く、源徳との決戦時に食糧を消耗しているなどという幻想は上は考えていない。新田軍にとって上州、武州、相州は同盟領内であり、そうそう致命的な兵糧難に陥る事は考えにくい。またその気になれば現地から直接徴集、更に言葉を連ねるなら物資の略奪に走る可能性は十分にある。旧領の民に対して、直接的にその原因を源徳側が作ったと思われたくない。だから、誰がやったと明確に分からぬ方法で――それにより新田の行軍が多少なりとも鈍れば、上々の戦功と云える。

 源徳が手を下した、という証拠さえ残さなければ、手段は問わない。
 歴史に名を残さず、人々の記憶に残るだけの仕事。
 それでもやりがいがあるのだろうか?
 影働きにそれだけの価値がある?
 納得した者は師走の空気に己を曝したのであった。
 影の地帯ここに。

●今回の参加者

 ea8218 深螺 藤咲(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb5375 フォックス・ブリッド(34歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec5084 叶 陣護(35歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec5098 入江 宗介(46歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 師走が終わり行こうとしている。
 西の小田原決戦を中心に、収束するかと思われた事象が中々に終わらない。以外と根っこは深いようだ。まるで親知らずである。
 この冒険の一幕も、その戦いの一部をクローズアップしたものだ。
 しかし、自分を頼らぬ者も、他人に頼る者もそれぞれに誤謬を起こす。
 最後に勝ち残るのは自分を頼り、他人を頼らないものであった。

 天井の木目を瞳で追いつつ、深螺藤咲(ea8218)は悔やんだ。
「私って足手まとい──。何でこんな依頼受けたんでしょうか? でも、マジックアイテムは貸したし、出来る事はしたよね──」
 自己憐憫に陥りつつある、感情を制御して藤咲は江戸残留を決める。
 己の技量では人知れず今回の仕事を遂行するのは無理と、彼女は判断した。少なくとも達人級の忍びの技を必要とする超難事。
「ご武運を」
「‥‥まぁ私達は出来ることをするだけです」
 深螺を残して、わずか三名にて新田軍の足止めに向かう。
 敵は二千の新田軍。いかな英雄、豪傑とて身震いを覚える、影の仕事に相応しい旅立ちだった。

 出発より少し前――叶陣護(ec5084)は冒険者ギルドで呟く。
「自分が生きた証の残し方はそれぞれです。自分はそれが望みです」
 一見悟りに達したかの様な言葉である、もちろん『証』が新田軍糧食の焼き討ちという闇仕事とは、誰にも思い寄らないことだろう。
「そうですか、手紙は──まだ戻りませんか」
 彼はシフール郵便で依頼者宛に、薬物の無心をした。
 ようやく戻った配達員の口から、手紙の届け先不在という報告を受ける。仕事の性質上、居所をくらましたものか、それとも依頼人は既に小田原か。
 ともあれ、叶は一日を無駄にしたが、仕事の不首尾でおたおたするほどの軽輩ではない。黙然と旅支度を整える叶は、街道で待つ入江宗介(ec5098)と落ち合う。
 二人はいかにも偶然出会ったが如く世間話を装い、その裏で声を潜めて話した。
「陣護君を待つ間に、上州へ向かう侍や冒険者を何度も見た。あれは新田勢に仕官するクチだろう。少し出遅れたが、今頃は新田軍でも臨時雇いの対応をしている頃だ。我が輩らもその列に加わる形とすれば問題はあるまい」
「ああ、問題無い。本気の仕官ならば別ですが、自分達の目的は雑兵の端に加えて貰えれば十分」
 しかし、冒険者と知れれば冒険者の部隊などに配属されるだろう。二人とも、江戸の闘技大会の常連で、それなりに名が売れている。襤褸をまとって偽名を名乗り、米の飯目当ての最低の雑兵を装う方法を二人は確認する。
 閑話休題。ジャパンで冒険者ギルドが出来たのはつい最近だが、そのモデルとした西洋の冒険者ギルドは商業ギルドから派生している。キャラバンなどを襲う山賊等に対し、内通のおそれがない、傭兵を雇う──信用商売──がその原点だ。古来、傭兵が賊に変じるのは珍しくもない話で、軍隊も怪しい者には敏感である。
 雑兵に変じた間者が騒ぎを起こす、等という話は誰でも警戒する事だ。新田の忍びの目も光っていよう。二人の忍びは傍目には世間話に興じるふりをして、熱っぽく段取りを確認した。

 寒く響く、闇と風の中進む影在り、されど音も残さず、足音も立てない。それは飛んでいた。
「このあたりか──」
 ババヤガーの空飛ぶ木臼に乗るフォックス・ブリッド(eb5375)は丘の上まで来ると、木臼を隠して眼下を見下ろした。暗闇だが、インフラビジョンとテレスコープの併用で、フォックスの目には新田軍の軍勢がありありと見えている。
「さて、兵糧はどこでしょう‥‥」
 フォックスは神隠しのマントや、藤咲が貸してくれた隠密度を上げるマジックアイテムも使い、荷駄部隊に目星をつける。
 時刻は頃合い、そのまま決行した。
「他の方々の行動も気になりますが、何度も近づけるとは限りませんし‥‥」
 足音を消して、沈黙の中を新田軍の輜重車に近づく。
 歩哨の側では息を止めて神隠しのマントの神通力に頼った。

 距離はギリギリ。
 新田兵の寝息が肌に触れるかと思うほど。いつ新田軍に発見されるか、暗闇から手裏剣が飛んで来ても不思議は無かった。
 魔法とアイテム、技量を駆使したとはいえ、これほど近づけたのはまさに僥倖。
 だが。
 予めかけておいたファイヤーコントロールとインフラビジョンの効果が切れている。6分で近づけなかったのは彼の手落ちではない。むしろ急いでいれば、とっくに発見されていただろう。
(「私のスクロールの成功率はおよそ6割。進退窮りましたが、ここまで来れば‥‥やれることをするだけです」)
 フォックスは思い切ってスクロールを広げた。一段目は成功、彼の全身から淡い赤光が放たれた。
 全身に怖気が走る。
 発見されたと思って良い。一瞬でその場の空気が変わった気がしたが、心を鎮めて次の巻物を開く。わずか10秒が、無限に思えた。
 ぽっ。
 乾いた糧食に小さな火が点る。
 フォックスが腕を振ると、ひとつかみの炎は全てを燃やし尽くす劫火に成長し、夜の空を赤く染める。
「くくっ‥‥‥やった、やったぞ!!」
 その炎より尚赤いモノがフォックスの目に点った。
 ハーフエルフの宿業、狂化だ。
 戦場でバーサーカーと化す彼らの姿を目撃する事は少なくない。忍び働きは、最も向いていないと言える。だが敵陣深く侵入し、仕事をした男に、その程度の一般認識はあてはまらない。
「燃えろ、もっと‥‥もっと燃えるんだ!」
 逆立つ髪を振り乱した狂戦士は、近づく敵兵を弓で射抜く。
 深夜、突如の敵襲に新田兵は混乱した。雑兵の一人が背後からフォックスの頭を強打した。その一撃で呆気なくフォックスは倒れたが、昏倒した事が彼に幸いした。
「この野郎!」
 気絶から回復した彼の眼前に槍の穂先が見えた。
 死んだ、と直感したが体は反射的に動いている。僅かに首を捻った事と、10個の守りの指輪が効力を発揮し、フォックスの命を救った。
「あっ」
 敵兵は驚きの声をあげる。止めを刺そうとした敵の姿が突然かき消えた。
 実際は姿が見えないのみで、フォックスは相変わらず敵兵の足元に横たわっているのだが、気付かない。
「ち、どこへ行きやがった? さては源徳の忍びに違いねえ‥‥」
 敵兵が立ちさると、フォックスは這うようにしてその場を離れた。新田兵は秩序を取り戻し、敵兵の捜索と消火活動に励んでいた。新田兵の横を、正気に戻ったフォックスは無言で通り過ぎた。
「‥‥」
 逃げるフォックスの目に荷駄隊の指揮官の姿が見えた。攻撃すれば今度こそ死ぬだろう。兵糧も十分に焼けたとは思えないが、間違いなく新田の忍びは周囲に集まっているはずなのだ。
「新田勢のみなさん、それでは、頑張って──ワーストを尽くして下さい、チェリオ」
 フォックスは自分なりに役割を尽くした。まさしくワンマンアーミーの如く戦い、人知れず撤退する。

 江戸に通じる街道の検問を避けたフォックスを、みすぼらしい姿の二人連れが声をかけた。
「おおい、我が輩だ。フォックス君ではないか?」
 良く見れば、宗介と陣護の二人である。
 新田勢に混じり、騒ぎを引き起こそうと江戸を出てきた二人は、フォックスに新田軍の様子を聞いた。
「‥‥その格好は?」
 答えず、フォックスが問うと、陣護は作戦を説明する。
「フォックス君も加わるか?」
 襤褸を手にした宗介がめかし直したフォックスと向き合う。
 戦場で泥にまみれ、すすけた服は洗濯してあり、毛穴のひとつからも炭が出ないように、念入りに冬空の下、清水に体を浸していた。他人の前にみっともない格好で出る事はフォックスの心情が許さない。
「‥‥遠慮しておきます。それに、昨日の今日ではさすがに不可能と思いますから」
 飛んで火にいる何とやらだ。
 フォックスから話を聞いた二人は彼の八面六臂の行動に驚いた。
「ううむ。それは無理か」
「みすみす捕まりに行くようなものだ」
 二人は計画を断念し、フォックスはそれが賢明だと言うと、先に帰った。

 24、25日は江戸に雪が降った。
 江戸城に迫った八王子軍が江戸城に突撃し、遠い小田原でも武田と連合軍が衝突し、関東のいくさもたけなわだった。八王子軍は苛烈に攻め込んだが、守りを固めた伊達軍相手に決定打を持たず、消耗戦を嫌って撤退した。
「江戸は大変な戦ですね」
「何でも江戸城には伊達政宗が残っていて、八王子軍は苦戦しているようだ。房総では里見が動くらしいとも聞く――」
 陣護と宗介が冒険者ギルドに戻ると、藤咲とフォックスの姿は無かった。
 暫くして八王子軍は江戸から撤退した。小田原の激戦の噂が江戸にも聞こえてくる。
 その頃、藤咲とフォックスの姿が小田原にあった。
「おや、奇遇ですね」
「ここが最後の機会です」
 小田原まで上州軍を追跡した二人の結末は、別の物語でかたられる。
「ところでフォックスさん。貸したマジックアイテム役に立ちましたか?」
「ええ、おかげさまで」
 これが『影の地帯』という冒険の終幕である。