●リプレイ本文
樹々に積もった雪が高木源十郎秋家(ea4245)の一喝で落ちてゆく。
熊と出会い頭に、源十郎秋家が放った一声であった。
コロボックルのコンルレラ(eb5094)は出発前に聞いた助言を、ロシアエルフであるジェシュファの言葉を思い出す。
まず、熊と出会わない為にはこちらから人間がいる事をアピールする事。
それでも出くわしたなら、牽制して、戦う意味の無い事を熊側に教え込む。
「熊って蝦夷の熊と違うのかな?」
素朴な疑問。コンルレラの脳裏に、幾重にもジェシュファの言葉が積み重なる。
「───だけど、判った?」
「‥‥うん」
本が書けそうな程のジェシュファの蘊蓄は、ふたりの旅路で熊との遭遇を回避させる事はできなかったが、最悪の事態であった(だろう)戦闘を回避する事はできた。
そもそもが、江戸の冒険者ギルドの受付では、3人いる予定で来ていた。
しかし、ひとりが急な用件が出来たとかで、とんぼ返りして、結局、蒔子からの依頼は、ふたりでこなす事になったのだ。
冒険者にはこれが多い。とはいえ、一度受けると決めた依頼は中止できない。いや、行くだけ行って、人数が足りないので辞退すると依頼人に平謝りすることも無理ではないが、コンルレラと源十郎秋家はそうしなかった。ほとんどの冒険者が、そうするように、彼らは二人で依頼に赴いた。
あらかじめ、源十郎秋家が、ジェシュファに授けられた策がある。それにより、向かい合っていた熊が、慎重に、しかし確実に、後ろへと、下がっていくのを見て、コンルレラも胸をなで下ろす。
すこしづつ溶けていく緊張。
あまり正確ではないが、コンルレラの目分量では、ふたりがかりで総力戦を挑んでも、芳しい成果は得られなかっただろう。
熊の方が退いてくれた事を、今は幸運と思うべきだ。
その前提を、事細かに伝えてくれたジェシュファに感謝しつつ、森の中をコンルレラは遅滞なく進んでいく。
そして日没頃、落日が雪を煌めかせる中、コンルレラと源十郎秋家は目当ての薬草を摘み出す。
「上々ですな」
刀を握って周辺を警戒していた源十郎秋家が、笑みをこぼす。
僅かに芽ぐむ青いものに、にっこりと微笑むコンルレラ。
「冬詰みか──暑いよりは、楽だよね」
少年の、その紅潮した頬をみやりながらも、源十郎秋家は周囲の注意を忘れない。植物の知識が無い分、この青年武士は熊に対する事に集中していた。
「そうですか? わたくしは夏も冬も、どちらも御免です」
控えめに言って、軽口の為の軽口にあまり突き合う趣味のない源十郎秋家は言葉を手短に返す。笑いを含んだいらえが戻ってくる。
「そうかな、まあ趣味次第じゃないかな? 必要以上にとらないのは自然への礼節に反しているから、それに来年になってもまた採れるようにっていう事だよ。大地に敬意を払えば、戻ってくるのは実利でもあるって事。
ねえ、秋家? やっぱり、爪を噛むのは良くないよ、形が悪くなるし」
「すみません癖なんです。どうにも治らなくて」
無理もない。予定より少ない人数で、まだまだ冒険者として源十郎秋家は新人の部類だ。コンルレラも五十歩百歩だが、一日の長を感じてパラはそっと笑った。
ともあれ、用件で依頼された分だけを採取し、必要以上に採らない。それがコンルレラなりの自然への畏怖であり、愛情であった。
先程遭遇した熊ですら、倒した後は骨ひとつ残さず、有効利用する積もりであったが、あくまで心構えの話で、遭遇して分かったが、彼の猟師としての腕前はその域に達していない。
「さあ、これで十分。後は江戸に帰ろう」
ふたりは最短距離の行程で、森を抜けて、平野部に出る。折り返し街道へと戻る。
「熊を倒せていれば、幾らかの貯金は出来たろうにな」
名残惜しげに源十郎秋家は、今来た森を振り返る。
「かもしれないね。でも、そんな事をしても、貯まる金よりも、寺社への喜捨の方が大きくなるんじゃないかな?」
コンルレラは、深い森から伸びてきた、ふたりの足跡を名残惜しげに眺めていた。
「そういえば、貴殿の名前は何か意味があるのですか?」
道すがら、源十郎秋家がコンルレラに問うた。
他愛もない、時間つぶしのような言葉。
しかし、偶にはこんな事も悪くはない。源十郎秋家をして、そう思わせる何かがコンルレラにはあった。
それをくみ取ったかの様に、コンルレラからの真摯な言葉が返ってくる。
「蝦夷の出身って珍しいのか時々聞かれるよ。僕の名前はコロボックル語で『凍る風』って意味なのさ」
自分の名前を誇らしげに語れる、そんな原初的な喜びが喜びがコンルレラ少年の言葉の端々から滲み出ていた。
「『凍る風』ですか、貴殿にはぴったりな名前ですね」
「ありがとう、源十郎もそう言ってくれる? この意味を教えると、みんなそう言ってくれるんだ」
コンルレラの屈託の無い笑い声が周囲にこだまする。
そして、街道に戻り、伊達の占領下にある江戸へと帰着する。冒険者ギルドに戻りついた。
そろそろ帰ってくる頃合いだと、待っていた依頼人の蒔子に依頼の薬草を渡した。
蒔子はふたりの無事を確認しつつ──。
「寒い中、お疲れ様です」
依頼量の薬草を受け取ると、彼女もふたりに向かい、ありがたげに頭を下げる。
「‥‥寒い方が調子出るし、ちょっとした散歩程度の事だし」
「わたくしども依頼ですので、蒔子さまもどうか──」
コンルレラも源十郎秋家も蒔子の平身低頭ぶりに苦笑。
「では、ギルドの方を通じて、料金を支払わせて頂きます」
そして、今ギルドへの報告書を認める事になった。
コンルレラもジャパン語には苦労する。
これが春色に染め抜かれた冒険の顛末であった。