●リプレイ本文
「御願いだよ。もっとなじって下さい」
にっこり微笑んで風生桜依(ec4347)が、シャルル・ファーブルに迫る。
明朗快活なマゾヒストという側面を持った、この女武士は、かねてより、マンモンに会いたかったという人が聞けば『ヤバイ』という行動理念があった。その原動力になっていたのが、この依頼に冒険者ギルドの記録係がつけたタイトル『深淵より』の深淵をカオスと勘違いして、デビルがカオスと融合するらしいという噂の真贋をかの魔王に直接問い質したいという求道者的な事があった。
深淵はイギリス語だと、アビスだったり、ピットだったりする。翻訳者にも依るが、混沌というニュアンスは無いようである。
それを指摘されてM回路発動。
「あなた、マルバスって知らない? 境界の王」
「それは混沌の怪物、デビル、両方の事を知りたいのかね? 鴉の形を取った、生け贄と引き換えに城壁を築いてくれる強力な存在だ。少なくともマルバスに関しては」
ちなみにこのシャルルというウィザードは、モンスター蘊蓄大会でも開催されれば、かなり良い所まで行く才能である。
「ふうん。じゃあ、今度のデビル達が敗残兵を戦っているのは、やっぱりマインドコントロールとかしている訳?」
「いやいや、デビルは人間が『自由意志』で、堕落させるのが目的だから、自分の意志が介在しない悪事は契約しない。敗残兵でも立ち上がる底力があったのだろうね」
「ああ、仮説を次々とつぶすのが溜まらないよ!」
アロセールとの戦いで武勲を立て『獅子王』の主となった桜依だったが、そこで仮説は途切れ、カイ・ローン(ea3054)がため息をつく。
「先生。相手がどこまでやれるかは判りました。罪の無い人々理不尽な暴力は許せない、という点でも一致できると思います」
カイの正論は『過ちのある』人々へは自分の守護はおよばないという方向性に転がりやすい。
人は意図してであれ、また、心ならずとも罪を犯す事はある。そして、その罪と向き合うのも、罪を犯した人々の数だけ方法論があるのだ。
もっとも、聖職者ではないシャルルがそこまで、神聖騎士であるカイに忠言をする必要は感じなかったようであるが。
カイの愛天馬は狩野幽路(ec4309)の風花と並んで仲良く草をはんでいる。
「恐怖に負けて、デビルの走狗に成り下がるとは。まったくもって美しくないですね」
とは幽路の弁ではある。如何にも重たげな『キャルタンの剣』を持っていたが、魔力を帯びたこの得物は小田原を脅かす野伏たちの血潮を充分に浴びていた。
如何にも妖艶な色の容姿に、血飛沫が走っている。全て返り血であった。派手な聞き込みの為、却って野伏を呼び、それをまとめて返り討ちにした所である。
十数名を斬って落とし、無数の乱撃を浴びるが、手傷ひとつ負っていない。
童顔に加えて、幼児体型という、能力とはかけ離れた姿態を持つ、ハーフエルフのクレリック、メイ・ホン(ec1027)は幽路が殺しかけた野伏達を次々と金縛りで固め、死なない程度に手当をして、引き渡していた。
初歩的な応急手当であるが、後の始末は多分、巡回医であるカイがする事になるのであろう。
数を削れば、治安維持に乗り出すだろうとメイは考えていたが、これもまた、政治的な含みを残す。一体、この板東で誰が正式な秩序の維持者であろうか?
しかし、それを理由にメイが困っている人を放っておく事は出来なかった。不利な性分である。
ひとり足りない──。
夜が更け、月が照らす中、首級をぶら下げた巨漢、武藤蒼威(ea6202)が一同の元へ戻ってきた。野伏の首魁、八朗と対峙して、互いに僅かな傷を与えながら戦う、達人同士の戦いであった。メイも幽路もその気迫に手出し無用と悟り、更には蒼威の腕に関する絶対的な信頼から、戦いに差し出がましい行いはしない事を選択したのである。
その首級を見て一同は蒼威の勝利を確信した。しかし、カイとメイ、桜依がはっとした表情をする。
光と共にロザリオを握りしめたメイが一瞬で魔法を完成させ、蒼威の体を戒める。
「───」
何かを問いたかったのだろう。蒼威が動きを止める。
次の瞬間、蒼威の体から何かが出てくる。
青い水干に身を包んだたおやかな肢体。東洋の粋を凝らしたかのような憂いを帯びた瞳。
そして、レミエラ輝く、太刀。
不死鳥教典が頭首、伊織である。それとも冒険者の仮説に従い──。
「大鴉──いや、マンモンだな」
カイが歯と歯の隙間から呼気を押し出した。
蒼威が戦っている隙に、深傷を負った隙を突いて、憑依したのであろう。
「ばれないとは思っていなかったよ」
桜依はシリアスな表情を湛えて──。
「あなたマルバスって知らない? 境界の王」
「教えてやる。で、幾ら出す? 安くはないが、勉強してやる」
「えっと、相場は?」
「一万両と、心づくし。その剣とか魂でもいいぞ」
刹那!
「青き守護者、カイ・ローン参る!」
ペガサスにレジストデビルの魔法を付与するよう指示を出しながら、白い矛を月光に照らし出して、カイが迫る。
指刀でさっと空中に魔法語を描き、あふれ出る黒い煙と共に、マンモンの周囲を漆黒の劫火が包み込む。
その劫火は結界となり、カイの一撃を阻んだ。
それでも尚、踏み込む。
一歩ごとに全身を熱が突き通った。
辛うじて一撃を浴びせる。しかし、攻撃までの過程で一旦、動きが止まった為、チャージングは出来ない。
幾重もの魔力と、急所への一撃を外す事により、大鴉は立っている。
月光が陰る。
「ふむ、予定外の出来事か? 残念だが、この場は退こう」
大鴉が念じると姿が消えて失せる。
「何、あれ?」
メイが月光を閉ざした影を見る。
そこに居たのは全長数十メートルの白い羽毛に包まれ、巨鳥の翼と、山羊の頭を戴いた、異形の姿であった。
首元に法被を着込んだ、少女が所在なげにしている。
「プロポルティア──」
自分がかつて出会った、江戸城地下に安置されていた、銀色の繭。その中から現れた、古代の王国の遺産。仮説に依れば、竜脈操作にも応用できるだけの地の精霊力をも内包した存在。
次の瞬間、カイはプロポルティアが淡い白い光に包まれ、自分をのぞき込んでいるのに気がついた。どうやら、しばらく意識を失っていたらしい。
少なくともメイの感触では周囲にデビルはいない。プロポルティアと、その背中に乗っていた少女、月の精霊、西洋風に言えばアルテイラ、東洋風に言うならガーベラがカイの顔を心配そうにのぞき込んでいた。
青い髪がふたつに結わえられて、肩に掛かっている。
「こないなとこでカイはんに会うとは思わんだけど、とりあえずうちらがが、味方やって証明してくれへん?」
蒼威もプロポルティアの神聖魔法──光の色からして白、弥勒菩薩、聖なる母に乗っ取った力により、命を取り留めていた。後はこの怪物が本当に味方であると、証明できるか否かであろう。
カイは傷みが消えたのを感じて、苦笑いを浮かべた。
「大丈夫だ。彼女はマンモンのターゲットだ。言い換えれば味方だ。正確には被害者かもしれないが──しかし、何で小田原に?」
どうやら、ムーンシャドウで瞬間移動を繰り返し、西、高尾山に向かっていたが、微妙な誤差を補正しきれず、小田原まで出てしまったという。
「奇縁か? こちらだけでは多分、ギリギリマンモンに倒されていた───かもしれない。そして、そちらは間違いなく、マンモンに抗し得なかった。ふたつの勢力が号する事で、初めてマンモンを撤退に追い込めたのだから」
幽路が微かに呟くが、月光のみがそれを聞いていた。
ガーベラ達は自力で高尾山を目指すという。カイも恩義を感じては居たが、小田原にひとつ正義の灯火が生まれた事を江戸に報告する使命があり、袂を分かった。
これが冒険の顛末である。