【源徳大遠征】江戸戦景【黙示録】
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■ショートシナリオ
担当:成瀬丈二
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 76 C
参加人数:5人
サポート参加人数:2人
冒険期間:08月28日〜09月02日
リプレイ公開日:2009年09月07日
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●オープニング
江戸の近辺は未来の劇作家の格好の種となるであろう、混乱にあった。
強いて語るならば、どこの勢力も江戸を掌握する、あるいはしきるだけの決定打に欠けている。
八王子勢もかつての千に欠いた戦力から、千六百に、と旧日を超す戦力となった。
これらの戦力を得た経緯、特に英雄的な活躍は別の場所に語られる事であろう。
江戸城の伊達政宗も、どんどんと無視できないほど拡張された戦力も、府中から西をほぼ掌握し、武蔵の国を制圧しきるだけの手札はあったが、やはり多摩川を越して、江戸城に再び王手をかける余裕はなかった。
出来ても三日天下であろう。
最高の結果でも家康が、小田原を抜けて強行すれば不可能では無いかもしれない。
とは言う物の、机上の空論を当てにして、人の命を賭札にす博打、そこで失われる命は掛け替えの無いものであろう。
高僧という命を繋ぎ止める手段が在った所で、全ての命を救える訳ではない。軍事的冒険は政治的冒険に、そして、救うべき民の命を砕く、本末転倒な行為であろう。
閑話休題。月道の運用など江戸の命脈を絶つ訳にいかない伊達の陥穽をついて、江戸の冒険者ギルドにひとりの珍客が訪れた。
背は以前に訪れた時より、15センチは伸びただろうか、2メートルに近い長身。褐色の肌。凛々しく釣り上がった瞳を宿す精悍な表情。今年13とはとうてい思えない姿は、江戸の冒険者ギルドでも記憶しているものは少なくなかった。
家康の息子のひとりであり、現在は八王子勢の盟主、源徳長千代である。
世間には記記に知られている軍神『経津主』。
しかし、本当の情報通であれば、経津主も転生のひとつに過ぎず、現在は風の精霊魔法に長じた神『級長津彦』である事を知っているのは冒険者ギルドの記録係でもごく少数であろう。
その一軍の長が、敵地に単身乗り込む。
あまりにも剛胆である。一種、莫迦であると言っても良いかもしれない。
ともあれ、長身とは裏腹に年通りか、まだ声変わりしていない声で依頼を告げる。
「近々府中に客が来るので、北に迎えに行ってもらいたい。保険だ。客人も腕が立つ。府中砦で烏帽子親になってもらう」
「烏帽子親ですか」
貴種における成人の証と、後見人としての意思表明。
ギルドの受付はおそらくどこかの武将か、名の轟いた兵法家、あるいは強大な術者ではないか? と思いを馳せる。
そして、今まで功のあった八王子代官の大久保長安では何故いけないのか? そこまで踏み込んで考えた所で、長千代は言葉を続けた。
「須藤士郎」
「──?」
「この名前の意味する所が判る事、それがこの依頼を受ける為の最低条件だ。逆に言えば、判らず、調べず、聞かずの人間はこの依頼では不要だ」
須藤士郎の知己か、素性を調べようと冒険者ギルドの資料を漁るが、一時の恥と既に知っている者に訪ねるか、その程度を出来て当然という事なのだろう。
「この烏帽子親が府中に来なければ、仮に江戸城を──江戸を奪回し、源徳家と御所の亀裂がなくなり源徳が国主となっても、血肉を分けた者の戦いが始まる。戦いはこの一連のものだけで、十二分に過ぎる。更にデビルが介入して、戦いの終わりが見えない──だからこそ、その次に来るものを考えたい」
級長津彦として、転生した長千代に戦いの無い未来を渡したい。
受付はそんな心の声を聞いた様な気がした。
「最近の得物は、中途半端な攻撃を無視出来ると聞く。そこで求められる者は癒し手と、占者だ。先に相手の気配を探り、先制攻撃で吹き飛ばす。その程度は期待したい」
何処に集まれば良いのか? 仮想敵は?
との受付の確認に。
「集まる場所は府中砦。仮想敵は、忍者あるいはデビルだ、この件が伊達側にばれていれば、江戸の中で最も熾烈な戦いになるだろう」
源徳長千代はそう告げると、ちょっとした変装をして、冒険者ギルドを出て行った。
冒険の幕が上がる。
●リプレイ本文
指定された地点に、来訪者はいた。
小者と、側女。それにふたりの若い──しかし注意深い者が見れば隙だらけの中に、確固たる手腕体捌きを持つ事を確信させる──護衛を引き連れた、まだ青年とも言える男が居た。
アイーダ・ノースフィールド(ea6264)は近寄っていくと、自分のみに見える水鏡に、護衛が慎重に変装しており、幾つか魔法のものらしい輝きをまとう事に気がつく。
須藤士郎──那須与一その人である、
シェリル・オレアリス(eb4803)が事前に付与していた、探知魔法にも魔力は感じるが、悪意は感じない。
以前に顔を見た事はあるが、士郎は特に覚えている、という事はない様だ。
「若者の願いをお聞きとげ下さる様にお願いします」
「“えるふ”の目から見れば、皆若人ではないかと思います」
その声を聴きながら、カイ・ローン(ea3054)は天狗との会談の際使っていた偽名だと、見当をつけていた。その上で持戒が胸の中で渦巻いている。
作戦をすりあわせる──カイ自身はそれで問題がない、と思っていた。
今回は実際、士郎に張り付く、ものばかりで、調整する必要がなかった。しかし、それに反するアイディアを持っていた場合、自分が折れてその案を受けるべきか、確固たる意図と、理論的に相手の行動が自分達のそれと同じくさせ、意識の統一を図る、という方向性を選ぶべきか、その答えは出ない、出さなかった。ギルドですりあわせられない作戦など意味は無い。各個のスタンドプレーの結果を持ってして、成功非成功が決まるだけである。
一方で、陸堂明士郎(eb0712)は笑みを浮かべ──。
「須藤士郎様。お迎えに上がりました」
旧知の仲なので、事態は全て了承と目で合図、士郎も視線で返す。
「──!」
そういう事か、クーリア・デルファ(eb2244)が明士郎の声にとっさに言葉を閉ざした。
ここでの武器は秘匿そのもの。
もし、ここで自分の思うまま、与一の身を守りたいが故、那須藩士になった、と口にしようものなら──別に忍者の全てが魔法で変装している訳でもない、忍者装束に身を包んでいる訳ではない──どこから話が漏れるか判らない。。
ましてや、伊達政宗が江戸で安穏と殿様気分に浸っているとは思えない──いや、あの独眼竜ならやりかねない。月道で京に向かい、詩句のひとつでも捻り出した後、何事もないかが如く、江戸で軍務を執り行う位はやってのける──。
(あたいはこの人を護る為に、今の藩士として勤めるんだ。我が身は不敗の手段、如何に傷付いても護りきる!)
オレアリスは、クーリアの緊張を知って知らずか、馬主を巡らせ(正直、軍馬を御するには彼女の肉体面は低下しているきらいはある)、クーリアに囁く。
「大丈夫。100メートル以内にデビルが居れば、探知できるわ。万が一奇襲をかけても結界を展開できる」
そして、一同の予想と反して、あっけなく、府中に到着した。
「無事──あるいはデビルの目くらましか?」
信じられない様にカイが言葉を漏らす。
「源徳長千代殿並びに、八王子代官、大久保長安殿に面会を申し込みます。書状は既に送り済みであります、これを持って身分の証明としたい」
砦から走り出た隊長格に、三ツ葉葵の紋章のついた短刀を渡す。
「失礼だが、お名前は?」
「須藤士郎と言えば、長千代殿はお判りだ。時が惜しい、一刻も早く言上したき議がある」
わずかな時を置いて、狩衣姿の壮年の男が現れた。アイーダはお馴染みの大久保長安だ。八王子代官であるが、八王子同心の頭でもある。
魔力を検知しているものには、多数の魔法の品が、それこそ歴戦の冒険者と同等に体を包んでいるのが見て取れるだろう。
刀も大業物である。
そこへ一陣の風の様に現れる影。
「お初に御意を得ます。陸堂明士郎啓郷(あきさと)と申します」
反骨と礼儀を適度にミックスした面持ちで、明士郎は現れた影に告げた。
予想通り、そこから発せられた声は未だ声変わりしておらず、甘いトーンを称えていた。
「お手間をおかけした、遠路はるばる痛み入ります。喜連川那須守与一宗高(きつれがわ なすのかみ よいち むねたか)様」
「何! まさか──」
「その通り。正真正銘の与一様ですわ。私がいれば、デビルの変装だったり、乗っ取られているという状況は私がデビルと組んでいない限り、あり得ません。その程度の信用はおありでしょう? 逆に、些細でも疑いがあるならば、どんな嫌疑でも──」
シェリルは謎めいた笑みを浮かべた。
「晴らしてご覧に入れましょう。弥勒菩薩の名の下に」
「しかし、一体何故、宇都宮ではいくさがおありでしょうに、今は客をお迎えするには」
限度か、長安はパニックに陥っている様である。
「今は、そんな事はどうでもいい。北方の進発に合わせて、元服の議を執り行う。その為、秀康兄君と文をやりとりし、烏帽子親と橋渡しを頂いた。軍の士気を挙げるに、主格の元服は効果的だ。しかし、八王子代官が烏帽子親では格好がつかない。故に武勲著しく、万人から納得の行く人事をの采配を兄から頂いた」
長安は何かを言おうとしたが、そのまま卒倒した。
「単に失神しただけだ。ご加護で精神のショックは直せます。とりあえず──」
カイは飛び出し、倒れ込む長安を支え、脈を取る。肉体のショック、心臓の停止や、脳溢血などといった可能性がないと確認すると、白い淡い光につつまれ、長安の呼吸を穏やかにする。
さすが、聖なる母の加護を受けた医師といった所か。それからも立て板に水で、的確な処置を告げていく。
「それでは、元服し、名を忠輝(ただてる)とする」
忠輝(ただし、これ以降も冒険者ギルドでは記録の統一性を図る為、長千代と表記する)に与一が、大鎧に身を包んだ(レミエラ等の付与や、体力の関係で、長千代はこの装備でも魔法が使える)頭に烏帽子を乗せる。
進発する軍隊から喝采があがった。
無論、冒険者達は様々な処置を執っていた。しかし、もっとも有効な防御手段は“時間”であった。
もし、行軍に遅れれば、この儀式は意味を大きく欠いただろう。もし、魔法を伴わない陸路を取れば、伊達側に情報が漏れた可能性、デビルが手を打つ暇を与えかねない。
強力な冒険者ならばごく当たり前の事である、それでも、時間というリソースを計算しないで最小限の浪費に止めたのはセンスというものだろう。
一応、補足しておくが、デビルが独自の力で姿を消した場合、魔法探知では直接は出来ない。もちろん、悪意や変装を見破る魔法なら、話は別である。
そして、唐突に矢音がした。風の精霊の加護を受けた魔弓より疾く走る。
「お喋り‥‥」
アイーダが放った矢であった。しかし、何かすっきりしない、全力を出した実感がない。
気づいたシェリルも一瞬で結界を発生する。菩薩の加護は事実上、破る事が不可能である。
「何?」
明士郎も視界の隅に頭を射貫かれた、烏が屋根の上にあがるのを見る。
そして、烏は喋った。
「クライマックスは見逃したか」
何も言わずにアイーダは次の矢を放つ。衝撃で吹っ飛ぶ。屋根の向こうの烏。
明士郎が走る前に闘気を集中して、己を高める、その上で烏の落ちた場所を目指す。クーリアとカイが短剣の力を導き出し、聖なる母に与一を守ると宣言する。さらに魔法を発動するのは、タイムロスが多すぎた。
屋根の向こうから出てきたのは巨体。
ふたつの烏の頭を頂いた、司祭服を着込んだ、ジャイアントでさえも、滅多見られない。
黙示録の戦いが終わって尚、ジャパンに徒なす存在。
明士郎は一声叫ぶ、しかし不可視のプレッシャーが襲い、軍神とでも言うべき手腕を十全に発揮できない。
(恐怖、いや違う。もっと別の何かか?)
瀕死でも尚、戦う時の様な徒労感。
それでも一撃は確実に巨体を捉えた。司祭服がはじけ飛び、肉体をあらわにする、世界広しといえど、あれだけのプレッシャーを当てて『命中』させる存在は数える程であろう。
「小悪人の魂は、天界風に言えばジャンクフード、聖者や大悪党の魂はフルコースだからね──」
更にアイーダの矢が降り注ぐ。
三本の矢は躱された。
そこへシェリルが魔法の解除を図る。残念ながらリヴィールマジックで分析するには間合いが有りすぎる。そして、彼女の重量は体力に比して重い。
「じっくり楽しませてもらおう。まあ急ぐ事もないからね。こちらには」
突如巨大な竜巻が吹き上がりマンモンを包む。
レミエラを輝かせた長千代の術である。
風神時代の古代の魔法技術か、もうひとつの魔法も同時に発動していた。
足下からはい上がる雷。
しかし、マンモンは素手で裂いた。
トルネードとライトニングトラップの合わせ技を破る。
追いついたカイも衝撃波を放つ、槍の鋭い切っ先から放たれたそれは、マンモンを唱える、しかし、マンモンの防御フィールドを抜けない。
マンモンは憎悪に満ちた二対の視線をカイに向けると、おしゃべりをやめて、姿を消した。
そして平穏。
夜になると与一公に、クーリアは問うた。
「那須は関東の戦に対してどう動くのですか? 家康様のやり方は戦ですから仕方ない部分はありますけど強引というか焦りすぎというか。このままでは勝っても負けてもジャパンにとって良くない気がします。和平の道を探れないのでしょうか?」
「それは当然の意見です。
しかし、和平はどちらが折れるのでしょうか? 独眼竜を北に帰らせる、あるいは源徳が東海に帰る? 大穴で義経君が正当なる源氏として、江戸城に座す、という事もあります。
自分が秀康公から聞いていた未来図はこうです。江戸を家康の直下。西を八王子藩、北を宇都宮藩、東を水戸藩としたい、と。
つまり、江戸を奪還するのが前提であり、自分は神皇の説得を受け入れない。
自分が来なければ、八王子を守りきった功で長安殿が八王子藩の事実上の指揮者となったでしょう。
そして、次の源徳家の家長の後見人は誰か、という血を分けた兄弟が、
ですが、八王子藩の後見人は自分です、おまけに長千代君は人の上に座したくない、と手紙で寄越しました。
富も不要、人も不要。
いっそ、士籍から削られた方がすっきりする。
冒険者ギルドに入るのが今のところ、一番自分の近い事ができそうだ」
「そこまで言うのは人前では恥ずかしい、いっそ僧籍に入ろうかと思いましたが、長千代が意識を取り戻してみたら、頭が涼しいのは考え物、しかし」
「人は刀を帯びずも、大事なものを守れる。
人は馬に乗らずとも、万里を駆けていける。
‥‥こういう人間に骨肉の争いをさせるのは、惜しいと思いますし、秀康君の方としても、自発的に後継者争いが無くなり、ジャパンの闘争の種が消えるのは、望んではいないが、民の為になる。
もっとも家康殿が閨房でこれ以上、後継者を作らなければ、の話ですが」
与一は現実味があるだけに、下手で不謹慎な冗談を述べた。
クーリアは窘めながら酌をする。
「少々、酒をお召しすぎかと」
そして、一同は戦場へと帰る、冒険者は与一の後ろ姿が消えるまで、北を見ていた。
見えなくなっても、しばし見入っていた。
源徳軍が多摩川を越え、戦火が拡大していく頃合い。
秋の先触れであった。
これが冒険の顛末である。