●リプレイ本文
──中秋の名月が過ぎた頃、八王子勢の陣中で具足姿のまま、八王子代官『大久保長安』は、自分の主君である源徳忠輝──以降は、慣例通り長千代とギルドの記録では表記する──に向かって、宣言した。
「どうやら、こちらがブランを横領してマンモンと手を結んだという、輩は何も物的証拠を出せないようですな。つまりは甲斐の金山普請から、雷王剣の事件の流れでは、何一つ具体的な証拠を出せないという証左でしょう」
長安の勝利宣言である。
しかし、それは今の鉄の匂いを孕んだ風には似つかわしくなかった。
長千代はその言葉に表情を変えなかった。しかし、何時か降すべき裁断の刃の置き所に関しては思う所があったのだろう。
全ては風が知るのみ。
「ほっほっほ、どうやら、また道を変えたようじゃのう、来るたびに道を変える、その努力を地上に振り分けていれば、源徳勢も苦戦をしただろうに、陰の陰陽寮もいささか、間が抜けておるの。それとも、研究の方が大事なのか──まあ、若干腰に来るがのう」
「凄いですね、この一体に全部、魔法がかかっているんですか? 迷宮造りの事は考えた事はないですけど──やっぱり凄い」
ヨシュア・ルーン(eb9105)のまだ声変わりを迎えていない、甘い声が密やかに江戸城地下の大迷宮に広がる。
マギー・フランシスカ(ea5985)は当初、罠のありそうな場所をストーンダイブ、ウォールホールで突破を試みていた(もちろん、敵陣突破の矢面に立つのはシャルグ・ザーン(ea0827)の仕事である)。
困った事に一同には癒し手も、偵察やトラップの解除要員もいなかった。
癒し手がいないのは想定の範囲内にあった事である。
しかし、トラップの解除要員がいないのは桁外れに大きなファクターであった。
どうやら上、迷宮ではなく江戸の方で、何かのっぴきならぬ事態に巻き込まれてしまったのであろう。それに関しては詳細が不明である、また当人の口から語られる事もある)、迷宮自体にトラップとは限定しないが、何かの魔法的なしかけがほどこされている事で穴を開ける事でショートカットが出来なくなったり、アースダイブでもトラップのカラクリに岩や木をのぞいた材料が用いられている事で、事実上マギーの手は『詰み』となってしまった。
「しかし、魔法が施されているあたりから、雰囲気が違うのう? 空気が違うというかもしれないが、それは迷宮の作り手が違うという事かもしれぬ」
シャルグもその言葉に同意する。
「成る程、上のトラップより高度かつ、小田原城の様な大規模な魔法戦を想定した造りという事ですか?」
小田原城といえば、魔法の一撃で数十人がなぎ倒される等、大規模な魔法の投入(これが組織的でなかったのは、打ち倒される側にとって不幸中の幸いだったかもしれない。もちろん、こんな超人的な魔法の力量を持った者が多い訳ではない)によって、戦いの主軸に冒険者──今までは、流れの武芸者などと変わらぬ、単純に腕の立つ程度の存在でしかなかった──を必要とし、相手もそれだけの腕前を以て対抗するか、あるいは様々な戦術的なパラダイムシフトに繋がった。
時々、熱い炎を打ち込んでくるだけの存在ではなく、五分五分で死ぬ。それだけジャパンいや、ジ・アースはおろかアトランティスの魔法技術は洗練されてきたのかもしれないが、それだけの魔法を以てしても、江戸城や小田原城の様な、遙か過去に存在したらしい魔法技術──この地下迷宮も含めて──を前提として、大地を揺らそうが、天から雷霆が降ろうとも、それが戦いの決定打にはならなかった。
江戸での戦いはそれを上回るものとなるかもしれないが、如何とも図りがたい。
「探知系の魔法、罠の発見、解除、癒し手、これだけ欠いているのにここまで来るのは凄いと思いますよ」
ヨシュアは単純に感嘆している。
歌い手としての彼の想像を超えた容赦仮借無きトラップの数々と、それを切り抜けて尚進もうとする一同、そしてその一員に自分が控えているという事にであろう。
「とはいえ、ここまで複雑に回廊がつながっており、無数のトラップが、仕掛けられている。単純に月道を秘匿するだけでは考えられない。やはり、奥に何があるのでは?」
シャルグがそう疑問を口に出すと、声が返ってきた。しかし、聞き慣れた言葉ではない。
「その通り!」
一同の緊張が高まる。
ヨシュアは自分が行動に制限を加えられない様に、自分の精神を防衛する為、レジストメンタルの魔法を唱え始めた。
柔らかい声と共に銀色の光が少年を包む。
当然のことながら、シャルグも油断無く身構える。
「およし、単なる使い魔だよ。デビル魔法の『ファミリアー』という事だ。相手はマンモンかもしれないが、そうとは限らない。確かに油断はしない方が良いが、肩肘張る相手ではないよ」
シャルグの目には一匹のヒキガエルが迷宮の一角にいるのを捉えた。
マギーの知識が正しければ、物理的な意味で有害ではない。
もちろん、顔に張りつかれでもすれば気持ちが良くないだろうが、短剣のひと振りで決着をつけられる相手でしかない。
「やれやれ、ケレン味を捨てられぬ方々だのう」
声の主はマギーは察しがついた。
「太田道灌、ウォルター・ドルカーン、一体どちらの名前で呼べばよろしいのかのう?」
「やはり、ここはウォルターの名前で呼んで欲しいのう」
マギーは一瞬状況を吟味した後、ウォルターに言葉を返す。
「で、ウォルター殿、この戦いの雌雄は決したも同然。陰陽寮の方々に中立を守るならば、あえて伊達に義理立てする事も無き故、ここはどちらからも手を引いて欲しい、と伝えてくれるかのう? もちろん、マンモンおぬしに聞こえる様に言うておるのだが」
「──一ヶ月遅かったようじゃな。我らの目標は、最終段階まで来ている。マンモン──いや、上では伊織かの──の直接の技術提供にようてな、もっっともこの技術提供はジャパンだけではなく、全世界、アトランティスを巻き込んで行われているが」
「上のレミエラ工房の事か?」
シャルグがおもむろに声を差し挟む。
「その通り!」
ヒキガエルからマンモンの重低音の声が響いた。
「世界最後の夜明けをご覧に入れよう」
「ウォルター殿、誠か?」
「誠実不誠実は技術の前には関係ない。
我らの実験はほぼ最終段階まで達しておるよ。
後は最後の言葉を唱えるだけ──ふむ、ちょうど良い、吟遊詩人までおるか。
ワシがフランクから着た頃より幼い。
それだけ長い間、伝説を語り続ける事ができるであろうからな」
「一体僕は何を歌い続ければ良いんですか?」
「英雄の復活。竜王の英霊、いやジャパンではこう呼ばれておる『スサノオ』とな」
──素戔嗚尊、記紀に語られる最強の『トリックスター』。
姉である天照に悪戯をし、その咎により高天原を追放され、地に下っては八岐大蛇を倒し、後に神皇の血筋に委ねられるべき神剣『草薙の剣』をもたらした英雄という神格がメジャーな取られ方である。
「スサノオ! 海と異界の主催者」
ヨシュア少年は自分の知識から、ジャパンの比較的メジャーな天津神故、名前を導き出す。
一同が状況を理解したという認識を得たのか、ヒキガエルは深々と自己満足たっぷりにうなずくと(?)重々しい声で言葉を繋げる。
「実はこちらもも陰陽寮の方から話を持ちかけられるまでしらなかったがな。
まあ、ともあれだ、部品のひとつを流出させてしまったが、伊達の金にあかせて、レミエラを作り続ければ、多少なならば、それだけの『格』を持った品々を造れようというもの。五万一千十三個のレミエラがいちどに起動する光景は──」
「マンモンどの、お楽しみを先にあかすのは良くない。我々の誘いに乗って訪れれば、見届けて伝説とするも良し、逆にマンモンを打ち倒して、自らが伝説になるも一興。
ただ、こちらから見るとおそらく、こちらの儀式には間に合わない。
有り体に言って、そちらの瑕を治す品々はもうとっくに切れているが、こちらには千を下らぬ罠が、準備されている。
こちらの訪問を断りたい、というなら自由。
まあ、推奨はしない。こちらが助力したからといって、別に魂は取らないよ。
欲しいけど。
特にそちらのジャイアントの魂は美味そうだ。
しかし、こちらからは契約を振る様なネタがない。
逆境になってから改めて話を振るとしよう」
「何があろうと、決してその様な判断は取らぬ。誓ってな」
シャルグの言葉に、マンモンは含み笑いをして。
「そういう高潔な人物の方が、魂の価値は高い。なあに、売り手市場だ、誓いの対象が変わるのを待つとしよう」
「あえて、その選択を受けよう」
「マギー殿、正気か?」
シャルグが言葉をかける。
「これでも、諸々の怪物の知識は蓄えておってのう。
例外なくデビルは自分の意志で魂を売りたい、という状況を好む。
逆に言えばこちらがデビルの助力を買いたい、と言わなければ勝手に魂に関する契約を結ぶなどの手出しは出来ん。
マンモンは自分自身は英雄の魂は欲しいが、その実験を見物させる事は魂の売買契約につながる事はないと明言している以上、こちらの方でいきなり堕落させるなどの弱みにはならない。
デビルは人間以上に律儀なのだよ。
しかし、約束によって行動が制約されるような、太田道灌がどう出るかは判らないのが正直な不審点ではある。
とはいえ、マンモンは契約を交わさない限り、こちらを排除するしか、選択肢がない。
それでも来いというのはこちらを罠にはめる自身があるのか、それとも、自己満足を満たしたいのか、どちらかであろう」
「マギーさんの言葉からするとマンモンは、多分苦境を下して、僕が足手まといになって、それで、僕を見殺しにしたくなければ、魂を売れ──という選択を考えているのだと思いますけど。僕の為に魂を売ったりしないで下さい」
ヨシュアの決意に満ちた表情。
「もちろん、僕も魂を売ったりはしません。地下にあるスサノオがアンデッドかもしれなければ対象方法は思いつきませんけれど、デビルの行う事に一分の良心があるとは思えません。僕は決してデビルに負けません。勝てないかもしれませんけれど」
「私の息子もデビルの誘惑にあった。だが、振り切った、父親が息子を手本にするのは逆だが。マンモンよ。そなたの思惑は決して成就はせんぞ」
そして、数時間後一面の大空間に通された。
マギーがマッピングしようとしたが、人間心理へ洞察、トリックなどといった生やさしいものではなく、この迷宮を造った存在は人間として大事な何かが壊れている様に感じられる。
案内人がいなければ、攻略は不可能。
導かれたのは直径数百メートル、高さ一キロはありそうな空間である。
具体的サイズは判然としない。
空間が歪んでいるのだろうか?
それぞれに魔法を使える面々であったが、生の魔力を感じていた。
そして、その中央に無数のレミエラが宙に浮き。中に何か巨大な生物の骨がいくつも浮いていた。
直径百メートルの魔法陣。それぞれが精霊碑言語、古代魔法言語を刻まれ、緑色の輝きに包まれていた。
なぞる様に、陰陽師とおぼしき幾十人の姿が伏し拝みつつ、現代の言語ではない意味が不明の文句を詠唱している。
「あれはドラゴンの骨?」
マギーが骨のサイズから類推する。しかし、レミエラにより、繋がれたそれの大きさはジ・アースのものではない。例え、最強種であるラージ・ドラゴンでもだ。
そして、マンモンである。
宙に浮かぶ姿はシャルグをも凌ぐ巨体。
双頭の烏の頭、手にした巨大な杖(本来はランス並の大きさがあるが、対比すると人にとっての杖程度の比率となる)は七つの水晶、いや正八面体の結晶が連なっている。
ヨシュアはその杖の伝承に心当たりがあった。
「セブンフォースエレメンタラースタッフ──世界で十指に入るレジェンドアイテム。莫大な魔法力を──? あれ七つの水晶玉が連なっているのじゃない?」
「今はそんな事を考えている場合ではない」
ザーンは闘気で盾を展開する。
「残念だが、儀式は終わっている」
マンモンは宣告するがシャルグが突進。
ヨシュアの知識では精霊を封じた宝玉がその莫大な力の源らしいが、マンモンの手にした品は違っていた。
マギーの目から見ると、どう見ても西洋のインプ──最下級のデビルである──を封じているようにしか見えない。
「汝らよ、伝説の証人になれ!」
マンモンの叫びに呼応するかの様に杖のレミエラが連続して砕けていく。虚空に消えたインプの叫びの様に音が響き渡った。
「起動せよ──ウィンディ・ドラゴン・ボーン・ゴーレム! 『スサノオ』よ、汝を呼ぶものの元へと羽ばたけ!」
無数のレミエラが一斉に砕け散る。数万年を超える日々の中で蓄積され放出される強大な力。
陰陽師達の中には魔法の反動だけで、血反吐を吐くものもいた。
直径百メートルの強大な竜巻が巻き起こる。
マンモンは何かの呪文を唱えると、その竜巻が黒い炎を巻き込み、天井を突き破る。
スサノオはその隙間から飛び立っていった。
月道へ、京へと走る。
一同の展開する暇もない。
「ふっふっふ。カオスの台頭が無ければ、月道が常時開かれるという事はなかった。月の精霊力の高まりに感謝しなければな」
「月の精霊はそんな事の為に活性化したのではない。人々がふれ合う事が出来る様にだよ」
マンモンはヨシュアのその言葉を笑止と見下す。
「レミエラ技術が人の手によって、ここまで進化を遂げなければ、スサノオの復活はならなかった。正直、人間の進歩には驚いた。私もな、もっと単純な事しか考えつかなかった。
それでも、常に開く月道、スサノオの保管者、レミエラ技術の進歩、この三つが合わされば──古代のドラゴンは蘇り、荒ぶる神となり京の都を蹂躙し、新たな時代の礎となる。これで伊達と源徳、どちらが勝ってもいい状況になった。
神皇に色々ちょっかいを出している奴がいる様だが、果たして、江戸とイザナミの大乱を抱え込んで、どこまで十二神将レベルで通用するかな?」
差し込む月光の中、マンモンは姿を消した。そして、陰陽師達も月影を渡り次々と消えていく。
最後にウォルターが月を見上げ語った。
「これがアトランティスとムーが地上にあった時代から伝わる竜の骨を用いたゴーレムの到達点。そして、陰陽寮のジレンマの解決だよ。
我らは何の為にこのゴーレムを保存するのか? 朝廷が成立するまでの戦いで部品が散逸し、起動するのが不可能なものを守り続けるのか? 正直レミエラがここまで発展するとは思わなかった。
如何なる犠牲を払ってでも起動する。例え、朝廷がどうあろうとも。それがまつろわざる者達の目的。
私個人としては、朝廷への復讐だよ。将門公をうち捨てた」
「復讐、そんな事の為に!」
ヨシュアが反射的に口にするが、マギーは制して。
「で、復讐『した』気分はどうだったかのう?」
「口づけをした気分だ──我が亡命の日々より長く、我が復讐より甘美な──」
そして、次の瞬間、ウォルターは銀色の光に包まれた消え去った。
シャルグの攻撃がそこまでウォルターがいた空間をなぎ払う。
「終わったか」
「いえ、始まりです。ぼくらの戦いの」
ヨシュアのボーイソプラノは固い決意を示す。
「僕はこの光景を歌い続けます。デビルと戦う人々を導ける様に」
ルートは判っているが、長い帰り道になりそうであった。
これが冒険の顛末である。