──そして、聖夜に鐘が鳴る
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■ショートシナリオ
担当:成瀬丈二
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 80 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月29日〜01月13日
リプレイ公開日:2010年01月07日
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●オープニング
八王子で杣柳人少年はおびえていた。
原因は己のふがいなさ故のマンモンとの契約であった。
アトランティスを経て、ジ・アースへと放り出された彼は、何も持っていなかった。昨日へ帰る靴も、今を生きる糧を、明日を夢見る仲間も。
そこへマンモンが融資してきた。少々の流血と魂を引き替えに契約すれば『本物の』黄金を君にあげよう、と。
最初は生きる金と自分に言い聞かせていたが、次は遊ぶ金、次は贅沢をする金と、要求は自分でも判らないうちにふくれあがっていた。
そして、マンモンに魂を捧げると、自分の中で何かが失われていく感触だけが残る。
江戸を離れて、八王子で少々の騒ぎがあっても、まだ自分だけは大丈夫だと柳人少年は確信していた。
そんな花鳥風月を楽しむ余裕もないまま、カラスが飛んできた、そして人声で。
「契約の精神に基づき、契約を限定変更する必要が出てきた。クリスマスにはこちらは少々動きがとれないので、代理をよこす。それで問題があるなら、大晦日の夜、煩悩の百八の鐘を突き終わった瞬間、マンモン当人が参上しよう」
柳人はとりあえず、反射的にカラスに『大晦日』と返答した。
「そうそう、大事な事も教えておこう、契約を打ち切る方法をふたつ、だ。私を倒せば、より上位のデビルが悪魔以上の悪意を持った存在と認め、死かデビノマニになるかの二択を強制する。もしくは得た富を全て放棄すると宣言する。今まで降り積もった財産は無くなり、逆に借金となる」
人の道を外す、全ての財貨を失う。
自分の得た何かを必ず失う。
カラスは飛び立った。
柳人少年はすぐさま、江戸の冒険者ギルドに依頼の書状を出した。
とにかく、大晦日まで時間稼ぎをしなければ、と思いつつ。
──今度、魂を売り払えば、もはや永遠の下僕であるデビノマニになるしかないだろうから。
●リプレイ本文
除夜の鐘の108番目の音が鳴り響いたとき、八王子の宿屋でも乾いた音が響いた。
エリザベート・ロッズ(eb3350)が、ルーフォン・エンフィールド(eb4249)の頬を叩いた音である。
信じられないかのように、ルーフォンの目がガラスの下で見開かれた。
「あのね──友達が苦境に陥ってるから、護ってあげたい。それは立派よ。でもね、状況の根本的な回熱にはなっていないのよ‥‥自分の魂を、柳人の為に差し出そうなんて!」 起き上がりながらルーフォンはつぶやく。
「大事な人の為なら、魂だって‥‥投げ出せるよ」
「僕にだって、柳人さんもルーフォンさんも、口に直接出すのは恥ずかしいけど、大事な人だよ。当然、死んだら泣くし──、デビルになれば地獄まで行って二度と操れないように、する位はするよねぇ。僕から見ると道徳的な魂をデビルに捧げようなんて、多分ジーザス教的な思考かもしれないけど、自分をおとしめて何かを得ようなんていうのは、絶対にやってはいけない事なんだよ」
ジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)が柳人の書いた契約書を見ているが、最初は自分の血や、家畜の生け贄で済んでいたのが、エスカレートしていくのが、鏡文字の署名からして、見て取れる。
そこから必要な予算を、頭の中で演算するジェシュファ。
「んー、冒険者ギルドの依頼って予想外に経費がかかるな」
正座させてルーフォンと柳人に説教するエリザベート。
「そもそも、お金が欲しいなら稼ぎなさいよ。ちんちくりんだって不法行為は一切していないけどしこたま稼ぐわよ」
「あれはオークションで色々と、まぁ──違法でないのは確かだよ。ノウハウは教えるけど」
「ほほう、それは素晴らしい」
野太い男の声がする。
「マンモン!」
柳人が叫ぶ。その声に三人が視線をやると、司教服に身を包んだジャイアント、ただし頭部は双頭のカラスのそれであった、が、ひとりでハモった。
「その通り──契約を履行し、我が配下につくか、我を打ち倒し、更に強大な魔王を──このマンモンを倒したのだ、ルシファー様の分身が出てくるかしれんな」
何千人もの英雄が寄ってたかって、覚醒前のルシファーを封じたといういきさつは知られており、ルシファーが事実上出てくる事はない。あくまでマンモンのはったりである。故に『かもしれん』と断言しないのだ。
どこまでも食えないデビルである。流石に江戸の冒険者ギルドで地獄に行った猛者が、倒したデビルの本体を食ったという事例は伝わっていないので、本当は食えるかもしれない。味はチキンか?
「先ほどから、聞いてみたが、柳人君ではなく、ルーフォン君、君の魂でも構わないよ。金髪碧眼の美少年などは傍らに置いて、永遠なる歌姫──まあ、男だが──とするのも一興。
「ちょっと、ちんちくりんと、工面して作った資金、これだけあれば、金は返せるでしょう? 契約は解除。本当はね、デビル何かと取引するよりも、徹底抗戦したい、だけどね、力の差が判っていて玉砕する程、莫迦じゃない。大いなる父だって、頭を使うのを許してくれるわよ。知恵だって立派な力だし、武器だから」
「ほう、物わかりのよい。ならば、精算するか」
マンモンは宿屋の床をきしませながら、あぐらをかく。
金貨を一枚一枚、愛おしむように眺め、時折笑みを漏らして(?)袖の裾で磨きつつ、枚数を確認していく。
「ふむ、全然足りないな。しかし、契約の精神には応じよう。故に命ず『カエサルの物は、カエサルに』」
どこからともなく取り出した、白い玉──杣柳人と頼りない筆致で認められている──を柳人に放ると柳人の顔面に吸い込まれていく。見たという人物は少ないが、これがデビルがデビル魔法で取り出した魂である。更にこれに自分でサインをさせる事でデビル魔法による、呪いの媒体とする事もできるらしい。
金貨の山も消え失せ、マンモンは笑みを漏らす。
そこでジェシュファがのんびりと漏らす。
「返してもらっていないモノあるよ?」
マンモンは動きを止めた。
「この契約では、柳人さんは髪の毛を捧げているけど、返してくれるよね?」
「は?」
意外な言葉にルーフォンも動きが止まった。
かつて、自分が柳人が髪を斬った時、エリザベートが切り揃えさせたが、柳人にとって髪の毛がそこまで大切なモノであるとは、彼女には予想外だった。
「何かこの契約書を見ると、柳人さんにとって命よりも大切なモノ、みたいにあるけど、そのレートで取引したからには、、それだけの価値あるよね? まさか返さない、とは言わないよね」
「ひょっとして、聖ヴァレンタインの時?」
エリザベートも同調した。
「語るに落ちたって、こういうシーンで使うと格好良い台詞だよねぇ。誰か使ってみない?」
「自分で言いなさいよ、ちんちくりん」
「では、計算しなおそう──」
開き直って、マンモンは申し出た──。
結果、柳人少年は身ぐるみ剥がれた、小太刀から、それこそ下着の一枚まで(化学繊維や合成ゴムなどは、ジ・アースにとってはオーバーテクノロジーなのだ)。そのまま、ジェシュファから服一式を借りて、新たな年を迎えた。
ルーフォンの方は背の丈の関係上、色々とあわないのだ、成長期なので。
「ロシアじゃなくて、良かったよぉ」
かつて、ジェシュファが魔法を研鑽した、ケンブリッジで履いていた半ズボンから華奢な足を出す柳人。そこにエリザベートが──、
「もうすぐちんちくりんの背を追い越すわよ。そうしたら、ロシア行きよ」
と発破をかける。
そんなふたりを見て、ルーフォンがジェシュファに問いかける。
「あれって恋なのかな? 言われないと判らないけど」
「うーん、僕も良く判らないな。恋もした記憶ないから。まあ、女の子が隣にいて言う台詞じゃないのかなぁ?」
「女の子?」
ルーフォンは周囲を見渡すが、答えは出てこない。そして──。
「一応、言っておくけど、僕、男だよ」
「あっ、そうだったんだ、でもルーフォンはルーフォンだしねぇ」
互いに恋愛経験0のオクテである。
相も変わらぬ、年になりそうであった。
これが新年の顛末である。