●リプレイ本文
「で、依頼したイギリス語に堪能な女性の方はどなたでしょう?」
と、イギリス語で依頼人のお藤は冒険者ギルドに集まった一同に尋ねる。
「おい何て言っているんだ?」
「そう、聞かれても」
とゲルマン語のざわめき。
「‥‥で、依頼したイギリス語に堪能な女性の方はどなたでしょう?」
少し言葉に詰まったムーンリーズ・ノインレーヴェ(ea1241)とは対照的にネイティブなイギリス語の持ち主、レジエル・グラープソン(ea2731)が今の会話を訳して一同に伝える。
「その資格を満たした女性なら私がいます」
と、イギリス語でサラ・コーウィン(ea4567)。
女性ではあるが、彼女のイギリス語も少し怪しい。
「すまん、素直にジャパン語で尋ねて下さればいいのだが」
と浪人、円 巴(ea3738)は尋ねるが、お藤は首を横に振った。
「精霊魔法などに関しても、突っ込んだ会話をしたい。しかし、私は元々ノルマン方面にくる予定がなかったので、ゲルマン語は知りません。故にイギリス語で会話できて、気兼ねなく会話できる女性をと指定したのですが?」
勿論、この会話もジャパン語であった。
観光の前にと、巴の主導でショッピングが開始される。
遠目から判らない様にと、巴とお藤で同じ仕立ての礼服を揃える事になったのだが、意外と彼女に受けた様だ。
もっぱらこういう場所ではサラと天城 紅月(ea4082)が護衛につく事になる。女性で意志疎通が出来るとなると、限られてくるのだ。
このショッピングで参ったのが、先行して冬月源五郎対策に回ろうとしたトール・ウッド(ea1919)、フェイテル・ファウスト(ea2730)、ロックフェラー・シュターゼン(ea3120)であった。
女性主導のショッピングはどこに行くか、皆目予想がつかない。
あっちの通りからこちらの通り。かと思えば、前の店の方がいいかと、逆行し、まるで暴れ馬に乗っている様な気分になる。
「さて‥‥どこだ‥‥? 達人‥‥」
億劫そうに槍を担いながらロックフェラーはそれでも、鼻歌を歌っている。
「ふむ、そうですね、全くこの依頼はなかなか面白そうですねー‥‥・・裏があるかもしれない仕事、というのもたまには良いでしょう。駆け引き云々の仕事なら、私の出番ですー♪」
ニコニコしながらフェイデルが返す。
「いや、それ以前にこの迷走をどうにも思わんのか?」
トールは溢れる戦意を抑えつつロングソードの柄を握った。
背中のバックパックにはこんな武器が爪楊枝に見える武具のセットが収められているが、今回は手数で勝負という事らしい。
こうして1日目はドレスを買うためだけに費やされたのであった。
閑話休題。
「‥‥源五郎、言う名前の人、知らないか?」
ティーア・グラナート(ea4210)が最早閉ざされた、月道付近の夜の酒場で聞き込みを始める。
十数人に当たった後、漸く関係者に行き当たる。ノルマンの商人だ。
「ああ、これからも護衛にと誘ったが、断られたよ」
と、シフール(もちろん通訳だ)を連れた商人が重たげに口を開く。
「どこにいる、知らないか?」
港の方に向かっていったよ、と。話を聞く。
彼が護衛に連れてきたのだが、ノルマンに来た時点で契約が切れて分かれたので、それ以上の行方は知らないと言う。
「感謝、する」
その情報を聞いた源五郎を独自に追う紫微 亮(ea2021)は納得の行かない様子で港の木賃宿の外で物思いに耽る。
(百GP叩いて逃げる女と追う男‥‥ね。何か‥‥ね)
「いやー、この広いパリ、人相風体だけで当て所もなく探すのは大変だけど、絞り込めるとジャパン人って結構目立つからね。日本刀持たずに、小太刀だけっていうのも逆に珍しいし。だが──
音楽は世界共通さ。聞き手の人格は反応で何となく判るぜ」
その言葉を聞いた、オレノウ・タオキケー(ea4251)が、笛を取り出す亮を横目に三味線を取り出す。木賃宿に、雅な音楽が流れるが、源五郎が顔を出す様子はない。 どうやら、音楽には興味のない人物らしい‥‥。
「じゃあ、ストレートのストレートで攻めますか」
と、オレノウ。
宿に入り、ここにジャパンの人が宿を取っていないか? と尋ねると、ひとり止まっていると宿の受付が応える。
雑魚寝の部屋に入り、源五郎らしい影を探す──見つけた。
「昨日騒いでたけど何でなの?‥‥いやさ、犯罪者を追ってるとかかと思ってね。
ところで音楽なんていかが?」
周囲からブーイングが上がる。
木賃宿に泊まる様な面々だ。旅行費を安く上げたい連中ばかりに違いない。流しのバードなどお呼びでないという訳だ。
「お代は結構」
「五月蠅い、黙れ」
とブーイングは止まない中、オレノウは源五郎に向かって──。
「妾なんて‥‥確かにあの女性は魅力的だけどさぁ‥‥」
と苦笑しつつ話掛けた後、三味線をかき鳴らし始め、全身を銀色の淡い光に包ませる。テレパシーが成就する前に源五郎らしい影は鎧窓を突き破って飛び出していく。
で、実際、どういう事情なのさ。あ、これはうちらバードの得意技のテレパシーって奴。人混みの中でも内緒話やナンパが出来る優れものさ〜♪ と伝えたかったのだが、走りに走ったのか、自己紹介をする暇もなく、源五郎はテレパシーの範囲から離れていってしまった。
どこをどう走ったのかは当人にも判らないだろう。追いかけようとした、オレノウは途方に暮れた所に後ろから冷ややかに亮に一喝される。
「何であんな所で魔法を使う──言葉が通じるなら、それで話せばいいだろう?」
「方法論の違いってやつ? あーあ、また振り出しに戻る、か」
愛馬メテオローに跨り亮達と本隊(?)の伝令役となったスティル・カーン(ea4747)が、ホテルに泊まっている一同にお藤には伝わらないように、念を押しつつ昨晩の顛末をオーラテレパスで伝えていく。
(冬月さんと紫微さんタオキケーさんが接触した。場所は港近くの木賃宿、しかし、冬月さんは逃走。現在行方を捜索中)
オーラテレパスも完全に成功するという境地に至っていないため、失敗した分などで魔力が底を尽きそうになるが、それでも亮達の話し合いは終わっていない、と判断。スティルは港方面に戻っていった。
翌日は野太刀を背負ったカイエン・カステポー(ea2256)の提案で教会巡りである。
(ふっふっふ、美人の護衛! しかもエキゾチックジャパン人、大いなる父よ感謝します、この様な素晴らしい試練をお与えなさったことを。
うむ、言葉が通じないのは残念だが、幸いにも通訳できる奴もいるし、色々と大いに解説しよう。有名な教会などを廻ることにしよう)
以下解説。
「あー、ここは有名な寺院らしいが、宗派が違うので詳しいことは知らん」
「この教会は何か謂われがあるらしいが、外国の事なので、詳しい事は不明だ」
以下略。
さすがにノルマンのジーザス教白の教会の解説を、イギリスのジーザス教黒の神聖騎士がやるのは無理があったようだ‥‥。
ダギル・ブロウ(ea3477)と、ケイ・ウォルフガルド(ea5957)のふたりはその間もきっちりと警護に入っている。
ムーンリーズがその中。
「彼は、どう言う経緯で貴女を追っかけて来たのですか? もし宜しければですが、お話を聞きたいのですが?」
と、真摯な表情で訴えかける。
「さあ、向こうが私を見かけた経緯など、とんと見当がつきません。いきなり現れて、妾になれ、と」
「それは──また随分と乱暴な話ですね」
「あの、お藤さんに尋ねたいことがあるのですが‥‥良かったら答えてもらえませんか?」
「話次第によりますけど」
「どこで冬月さんと出会ったのですか? 冬月さんは結婚しているのでしょうか?」
「あれは忘れもしない、今年の正月。江戸へと向かう川崎の宿場町でした。結婚はおそらくしているのでしょう。妾と言う位ですから。ですが、妻を放り出して私を追いかけ回している彼をどう思っているやら」
そして──5日目の朝が来た。
キャメロットに向かう為、といい彼女は港に向かう。
一同はスティルの定時報告を受け、港方面に源五郎がいるのは既定のものとして扱われている。ただ、お藤に告げていないだけだ。
だが、彼女は周囲の緊張を鋭敏に悟っていたようだ。
何故なら目前に髪をざんばらにして、衣装も洋装に変えて追跡を逃れた源五郎を見ても、眉ひとつ動かさないから。
ダギルとケイが動くよりいち早く、トールと烈しく打ち合い、しかも小太刀一本でノーマルソードと互角以上の戦いを繰り広げているのだ。
コナン流の一撃必殺。破壊力のみを追求した“先に殴って一撃で倒す”超武闘派。対する北辰流は型の無い、ひたすら相手をうち砕く為の一撃と、絶えず切っ先を揺らし続ける惑いの剣はこびから、一転して嵐の如く攻めに回る“静”と“動”の烈しい剣術。
両極端の武術がそれぞれの持ち味を引き出しつつただ争い合う。
(この状態で大降りしても、当たる可能性は1割か──もっと下だ)
割って入る機会をロックフェラーも亮が伺うが、彼の腕では付け入る隙を全く見いだせない。
(よし‥‥確かに見たぞ、達人の技)
カイエンも割って入るのは無理と一応、呼びかける。
「おちつきたまえ、浪人。美人と、異教徒、美人を信じるのが普通ではないかね? ほら、誰か早く訳したまえ」
「女性を追う悪漢は、須らく万死に値しますー♪ この攻撃を、避けられますかー?」
カイエンの言葉はスルーされ、歌いながらもフェイテルは月の精霊力を紡いで一条の矢とする。
当然命中。僅かだがトールの方に戦の天秤は傾く。それでもトールの方が分が悪い。
ダギルはバックパックからロングソードを取り出しながら、お藤の前で完全に壁となる。
(もうすぐ俺もあの領域に達せるのか──あと一歩、あと一歩で)
上質な彫像のような品の良い顔立ちに滾る闘争心を抑えてただ、盾となる。
「冬月源五郎ってのは強いだろう。強いだろうとは聞いていた。そりゃ、手合わせに興味もあったが、タイマンは避けたかった。後まあお互い怪我はしかたねェとしても、死ぬようなことにはしたくないよなァ。 だが、ありゃ、俺の腕じゃ、即死ぬ。欠片も勝機が見いだせねェ」
思わず一歩退くケイ。
(駄目だ──如何に人の心の透き間を縫う、落日と言えども、あまりに格に差がありすぎる。北辰流とはあれか! いくさ人とはこれか!)
巴もただ、刀を落とすのみ。
「ん、私では役不足だな‥‥」
同じく紅月も不戦敗を宣言する──つもりだったが。
それを聞いた巴は色めき立って。
「ならば何故戦わない!」
「だから、役不足と‥‥」
「洒落のつもりか。役不足とは、その俳優に見合わない格下の役を当てられる事を指すのだ」
「すまん、力不足の誤りだ‥‥」
その後ろでお藤は何か呪文を唱えていた。全身が淡い赤い光に包まれる。
「源五郎は真っ正直で誠実な人間と雇った商人から聞いている」
と聞き込みを済ませたティーアが一同に話す。
「そうなのか? いやぁ、間合いには入っているけど、あの戦いの勢いでどちらかにスリープ使ったら、間違いなく、眠った方が死ぬね。だから一曲♪」
オレノウがメロディーで不戦を訴える。
だが、利いたのはトールの方だけだった。思わず剣を落とす。
言語の差ではなく、単に魔法への抵抗力の問題なだけだろう。
「中断だ。いかんいかん」
だが、一方的になますにされたトールの命は風前の灯火。
「この毒婦が!」
余勢を駆って源五郎の一撃が隙間を紅月とダギルの間隙を縫うようにして、一直線に伸びていく。それを受け止めるはお藤。全身を淡い茶色の光に包まれ、一瞬にして水晶の剣を以てくい止める。
「“くりすたるそーど”と“ふれいむえれべいしょん”の秘術で私の力は跳ね上がっている。今なら互角に戦えようぞ」
「な‥‥」
「‥‥レディへの思いは捨てがたいものです、しかし無理強いはいけません。
ジャパンに、恋に盲目になると馬に蹴られて星になる、と言う諺があるそうですね、今のあなたはまさにそれ。」
そこへムーンリーズの宣告。
「我が一撃は疾風迅雷。貴方と私どちらが早いでしょうかね?」
一瞬の詠唱と共に伸びた雷が源五郎を打ち据える。
「少し眠っていて下さいな♪」
更に片手のダガーを投げ捨てて、フェイテルが呪文を唱え、今度は運悪く眠ってしまう源五郎。そこをスティルが縄で縛り上げる。
「皆さん、ありがとうございました。船の時間があるのでこれでお別れです。キャメロットでも皆さんの活躍をお祈りいたします」
言って依頼料を渡しお藤は去っていった。
船は遠くセーヌを下っていき、そして見えなくなった。
そこで目を覚ます源五郎。
「むう、これは?」
「さっさとお縄について下さい」
「あの女が逃げるというのか?」
「貴方の過去に私は興味はない、貴方の今が貴方の昔や過去を表すからだ。ほらほら格好良い台詞だから、誰か早く訳してくれたまえ」
とカイエン。
「世は並べて事もなし、ですー♪」
とフェイテル。
「あれは人の家に忍び込んで先祖が主君から賜った家宝の刀を盗んで散財した盗人だ!」
「何故、それを先に言わないのです!」
「そこのエルフが怪しげな呪文を使うからだ!」
亮の視線が痛いオレノウ。
「海はいいねえ‥‥河だけど」
「じゃあ、お藤さん悪人?」
フェイテルは呪文を唱えた。
「ムーンアロー指定。嘘をついた人」
矢は散々迷走した挙げ句、フェイテルに返ってきた。
「‥‥う、嘘は言っていないようですね」
だが、任務は果たしたのだ。5日間、彼女を守り通すという契約を。
一同は少し空虚な気持ちで、セーヌ川を見守るのだった。