●リプレイ本文
黒く淡い光がヒスイ・レイヤード(ea1872)を包み込んだ。数度のトライアンドエラーの末の事である。
「あまり、魔力を消費できないけど、持続時間を考えると、仕方ないわね。6分おきに魔法を唱え直すのもなんだし」
言いながらも身を巨大な鴉に変えていく。ミミクリーでは変身しても全体の体積は変わらないのだ。
羽ばたいて偵察に飛び立つヒスイ。
シフールのルー・ノース(ea4086)もそれに随伴して飛んでいく。
「えぇと‥‥コボルトが、3匹ですか‥‥それなら、僕でもきっと、お手伝いできますねぇ〜♪ 恐くなさそうですし‥‥ブイ」
必死にヒスイは桁がひとつ違うぞ、と訴えようとするが、あっけらかんとしたルーには通じていないようであった。
「こ、恐いですけれど‥‥戦えませんから、そ、それくらいは頑張ってみますぅ“シャドウボム”を撃ち込んでぇ、適当な速さで逃げてくれば良いんですよねぇ〜?」
彼等を見送りながらも森の中でブービートラップ造りに精を出すジン・クロイツ(ea1579)。
「刃物のひとつも持ってくるべきだったな」
多分、大本命になりそうな木を用いたトラップを考えても、一同には木を具合良く斬るのに向いた斧使いはいない。
という事で戦闘班にいて、比較的暇そうなロヴァニオン・ティリス(ea1563)に頼んで、剣を貸して貰う。
オーラパワーを込めた剣で切れ目を入れるが、やっぱり剣は木を切るのにはあまり向いていないようだ。
「まあ、何とか──なったか」
「この借りは今度、酒をおごって貰うという事で」
と、剣を鞘に収めつつ、ロヴァニオン。
だが、実際は試してみなければ判らない。しかし、それで木が倒れてしまっては元も子もない。あちこちに倒木があれば、さすがのコボルトも疑うだろう。
ジンは蔦による単純なスネアを主体に。蔦を結びつけた木々を倒しての大打撃、一箇所に集中する事で互いの木々がその重量で連鎖的に倒れるのを狙うのは『運が良ければ』の切り札程度に思う事にした。
ふたりに追従して、飛刀 狼(ea4278)少年であったが、偵察というには些か、足下がおぼつかない、気配も消し切れていないようであった。
「人数が多いのは心強いけど、敵も数が多いんだよな‥‥。無理の無い範囲でやるしかないか」
罠に関しては開き直る事にしたジンが密やかな声で狼の耳元に囁く。
「隠密行動になれていなくても、とりあえず喋らないで」
黙って頷く狼。
そして、コボルトの居留地上空。
「あのヒスイさん。なんであんなにコボルトがいるんです? ひのふの‥‥30匹はいるんじゃ」
ゲルマン語を囓ったばかりのルーが絶句する。
冒険者ギルドの募集に書かれていたコボルトの数30を3と間違えたのだ。
正確な数は29匹と、大型のが4体。そして──。
「け、けけけ桁が違うですよぉぉっ!? いやぁんっ! やっぱり今回もギルド詐欺だったですぅ〜!! こ、こっち来ないでくださぁいっ!!」
ルーの少女の様な顔が涙に歪む。
ヒスイは頷く。
何か下の方でコボルトの声とは明らかに違う声が響く。その音源を確かめるヒスイ。青い髪のシフールがコボルト達に指図している。
ルーと、ヒスイへと石が投げつけられてくる。
技能は無くても、数は力なりで、ふたりにも着弾する。このままでは怪我が積み重なり、行動に大きな支障を来たす。
ジンが急ぎ、気配を消したまま矢を放ち、ふたりの撤退のフォローに入るが、敢えて挑発の為、投石をすべく身を晒していた狼は前進しだしたコボルト達に巻き込まれかかる。
「走れ狼!」
ジンが尽きかかった矢でコボルトを牽制し、どうにか狼も逃げる隙を見いだす。
「お前の方が足が速い。敵の数は29匹と、でかいのが4匹、それにシフールが1匹だ! 罠の位置を忘れるな。迎撃の準備を整えさせるんだ こっちは構うな。森の罠で数を減らす」
開けた土地で半包囲の陣を敷いていた戦闘班は森の方で木々の倒れる響きを聞いた。
狼が辿り着いた頃にはヒスイ達も既に戻り、シャミ・パナンド(ea5193)の力でルーの怪我は癒されていた。
一斉に周囲で桃色の光が点り、騎士や武道家達が闘気を練り始めたのを周囲に知らせる。
だが、かすり傷だらけで、森の中から戻ってきたジンはこう告げた。トラップで敵は撤退した、と。
一応、木々に押し潰された4体の遺体を確認したが、さすがに森を傷つけるな、という依頼人の手前、同じトラップの乱用は問題を起こすだろう、という事は確実であり、おそらくコボルトは次の接触の時、森には入らないだろうという線で一同の意見は一致した。
コボルドの遺体が持っていた剣にべったりと塗られていた毒に調香師のレイジ・クロゾルム(ea2924)は興味を惹かれ──。
「鉱物毒と言う話だが‥‥ひとつ調べてみるか」
だが、毒草に関して一家言ある彼でも、鉱物に関しては判らなかった。
夜襲を警戒しつつ、一夜が明ける。
そして、払暁に襲撃があった。
無論、統制が取れているといっても、コボルトの集団での隠密行動は成立せず、一同にはバレバレであり、魔法を唱える時間は十分に取れていた。
「全滅が目的じゃねぇんだ、頭を潰せば残りは烏合の衆だ」
シン・ウィンドフェザー(ea1819)はセーツィナ・サラソォーンジュ(ea0105)から借り受けた日本刀を手に、意気を上げる。
「‥‥さぁて、遠くノルマンまで聞こえしその斬れ味‥‥ここで試させてもらうぜっ!」
ふたりがあらわれたのはコボルト達の側面に位置する地点だった。ウォーターダイブの魔法で、奇襲を狙ったのだ。
驚きつつも、かかってくるコボルトを撫で斬りにしていくが、さすがに全てを一撃で葬るという訳にはいかない。
少し後方で呪文詠唱に入ったサラソォーンジュは無防備になる。
コボルトの殺到に魔法の完成を諦め、そのままサラソォーンジュは湖に飛び込み、攻撃をやり過ごそうとするが、1匹の剣が腕を掠め、傷を深める。
「来い! コボルト戦士‥‥」
彼の目の前に現れた大柄なコボルト──コボルト戦士といえどもシンより明らかに力量は劣っていた。
鎧袖一触、斬り倒す。
「そう毎回毎回、毒を喰らうかってんだ! それにしても日本刀良く斬れる」
それを見た配下らしいコボルト達が退いていく。
「行くぞ! 恐怖というものを見せてやる──なーんてな。逃げろ、雑魚ども」
剣がひと振りされる毎に10メートル先にいたコボルトが深手を負って撤退していく。
剣技の何たるかを知らぬコボルトには魔法とも取れる、我流の業を行使するベイン・ヴァル(ea1987)。
だが、コボルトの後ろから何か叱咤の声が飛ぶと、7匹ばかりのコボルト達は突撃してくる。さすがに全員で包囲という訳にはいかないものの、ほとんど破れかぶれの一撃が10回近く浴びせられる。盾で一撃を捌き、足捌きでひとりの乱撃をを避けるものの、単純な回避での勝負になると五分に持ち込まれてしまい、毒に塗れた攻撃をついに受けてしまう。
一気に体力が消耗する。
そこへ、満を持したかのようにコボルト戦士が現れる。
悠然たる態度でゆるゆると近づいてくる時間を惜しみ、急ぎペインは解毒剤を使う。無論、魔法の薬ではないので、浸透し効果を現わすのは数分後となる。
完全勝利を確信した笑みで剣を振り上げるが、ペインはその一撃を易々と盾で受けた。
オーガ類に関して心得のある彼にはそれが驚愕だと見抜いた。重傷を負って、尚、自分の攻撃を受けられるのか、と。
反撃に打って出るペイン。単純に剣の重みを乗せた一撃では、受け止められる可能性が大きいと、相手の力量に関する自分の知識と、己のコンディションを天秤に乗せ、剣の平でコボルト戦士の足を打ち、転倒させた所に一撃を浴びせる。
激しい一撃にコボルト戦士は深手を負い、ようやく立ち上がると脱兎の如く、逃げようとする。
しかし、剣風がその背中を断ち割り、更なる深手を負わす。
止めとばかりに黒い線が横合いから延び、コボルト数匹とコボルト戦士を巻き込み転倒させる。
レイジのグラビティーキャノンであった。
呪文の成就が上手く行かず、更には乱戦にもつれこんだので、広範囲魔法は控えていたのだが、丁度良いタイミングで魔法が完成したのだ。
「ほう、まだ生きているか──?」
コボルト戦士が失神状態のところへ、堂々と近づき、我こそが王なりといった傲岸な態度で呪文を唱える。
足から肉から石へと徐々に変質していく。
「ふむ、少し使い勝手が悪いな」
「礼を言う」
「──当然だ」
振り返ったレイジがその場を後にする頃にはコボルト戦士は完全に石の彫像と化していた。
ファットマン・グレート(ea3587)の周囲は血の巷と化していた。
ドワーフの短躯も返り血で染まっている。
最も巨大だろうと踏んだ、コボルト戦士と剣を交えたのだが、残念な事にファットマンが強すぎた。剣を打ち合うレベルまでは達していたが、ほぼ鎧袖一触と言っても良い状況であった。
先に圧倒した力量相手の体力を削り、相手が更に弱体化した所へ、剣の重みを乗せた一撃を浴びせる。歯車の如く精密な繰り返しは相手の敗北という結果へと確実に結びついていった。
他のコボルト戦士の様に配下をけしかけようとしたのだが、それを思いついた時には既に遅く、ロヴァニオンが片づけた後だった。
闘気を込めた剣が確実に相手を屠り、結果は一剣がようやく掠めた程度であったが、ロヴァニオンは激怒していた。
「毒消しって何でこんなに高いんだ!? これじゃ大赤字だぜ──金貨5枚ありゃあ、どれだけ酒が飲めるか‥‥」
毒に冒されて尚、怒りの闘気が掌から放出。コボルト戦士を更に追い込む。
「コボルド風情が今の俺に勝てると思うな! ますます酒に強くなった俺に敵はない!」
何の敵だ──。
ファットマンはそうツッコミたくなったが、戦いの勝利を完全にすべく、仲間の元へと走った。
荒巻美影(ea1747)の読み通り、シフールに知恵をつけられたコボルト達は後方で策を練っていたヒスイを筆頭とした後衛陣に一人一殺の気合いで立ち向かってくる。
しかし、エル・サーディミスト(ea1743)が唱えた呪文で、3匹ほど空中に投げ出され、次の瞬間、落下。
そこを狼が高まった闘気にものを言わせて乱打する。
癒し手=十字架を持っているという認識から攻め込んでくるコボルト戦士をバルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)が我流で、鎧の特性を最大限に活かし、更に急所を外すという荒技に出る。もちろん返し技もきっちり喰らわせ、手堅い戦いを繰り広げ、1分を待つ迄もなくコボルト戦士を撃破する。
ネフェリム・ヒム(ea2815)はそんなバルバロッサに駆け寄る。あれだけ自らを捨てて、剣を受けたのだ。毒も傷も癒さなくてはならないと──。
「安心しろ俺は無傷だ。貴殿の力を借りるまでもない」
「でも──」
傷だらけの鎧。
「俺は狂戦士じゃない。むしろ臆病者かもしれんな」
バルバロッサは笑い飛ばした。
そうしながらも、コボルトの肢体を漁り薬を取り出した。
「奴らの毒の解毒剤らしい。噂には聞いていたがな」
だが、戦いは続く。
神聖騎士、レティシア・ハウゼン(ea4532)が囁いた。
「今です、ルー。狼の所を離れたコボルトに呪文を」
「え、でも?」
「好機は今です」
か細く歌いながら、月の精霊力を収束させる彼に対し、ティエ・セルナシオ(ea1591)が一瞬の詠唱で呪文を完成させ、風の刃でコボルトを切り刻んでいく。続いて通常詠唱に移った。
そこへシャミを守りつつ、カタリナ・ブルームハルト(ea5817)が続けて矢を射る。コボルトの1匹が行動不能になった。
「うっしゃぁ!!」
カタリナは勝利の凱歌をあげる!!
「よし、次の矢に闘気を込めるか! 次も撃墜してやる」
再び真空の刃が駆け抜ける音。
残る2匹も行動不能になる。
シオン・クロスロード(ea5264)は空中に手を向けながら呟いた。
「父様、母様見ていてください。私はいつか父様に負けない騎士になります」
瞬間、桃色の淡い光に包まれて、一塊の闘気が飛び出す。それは空中で機を伺っていたシフールに直撃した。
「あ、夕べの!」
言って、ルーもコボルトに使う筈だったシャドゥボムをその影を対象とし発動させる。
痙攣したかの様に跳ね上がる肢体。
「カカカカカ!」
いきなり歯を打ち鳴らしつつエリナ・サァヴァンツ(ea5797)が両手のナイフを構え懐に入り込み、左右交互に攻撃する。
「あ、死んだみたいじゃン」
あっけないと言えば、あっけない幕切れだった。
嘘も方便で豪語しておこう。奇しくも100人山賊、村を滅ぼすほどの骸骨戦士とまともな相手と戦ったことが無い‥‥知っていたら心強いだろう。
「──とバルバロッサさんが話して下さったおかげで、依頼人も安心して下さりましたよ」
と、パリにて受付嬢。
ところでさ、と狼。
「コボルド退治のためだけに山一つ焼き払いかねないって‥‥。俺達、そんなに信用がないのか」
「時と場合によりますわね。コボルトだってまとまれば、結構な勢力になりますし。冒険者の力量次第では直接剣を交えるよりは手早い手段を取ろうしても、仕方ないでしょうね。まず、依頼人が何を求めているか判らなければ、冒険者の発想の自由を止めるものはありませんから。今回のケースはコボルトから、手早く、森を奪回してくれでしたから、森を傷つけるのは問題がありましたけど。手段は問わない、と依頼人が言ったら、冒険者の行動の責任は依頼人のものとなるでしょうね。もっとも、冒険者当人はおろか、ギルドの外聞自体は悪化しますので、今回のように過剰な例を出して、依頼人にとっての本当の目的を明確化するのですけど」
「お姉さん」
「はい?」
「今のもう一遍言って。オーラテレパスで翻訳するから」
やはり、冒険者にはエキゾチックな人間が多いようである。エキセントリックなものも多いが──。