●リプレイ本文
レティシア・ハウゼン(ea4532)は目を背けていた。
股間を剥き出しにして今にも氷に被われた、聖杯へ放尿しようとしているリスター・ストーム(ea6536)の氷漬けを目の前にしてセイリオス・アイスバーグ(ea5776)は事務的に──。
「ゴミにでも出すのじゃ」
と指示を出した。
「ああ、アンジェリカなどの婦女子には見せないように」
ベイン・ヴァル(ea1987)は怪力に物を言わせ、
「人間、こうはなりたくいもんだな」
と、氷漬けを引きずって部屋を出ていく。
ロヴァニオン・ティリス(ea1563)も拳を振り上げたまま、氷漬けになっている。
さすがに鉄血主義が行きすぎたようだ。
「この部屋に近づくものは、仲間だろうと村人だろうと全部、怪盗が変装したとみなす。たとえ美人のねーちゃんが『子供が虫歯で死にそうなんです』とか言ってきても聞く耳持たん!」
と、近づくものを腕力的にタコ殴りにすれば、確かに誰も近づけないが、間隙に乗じられて怪盗3世の機略の元になる諍いであった。
数発、魔法を撃ち込めば、その内にロヴァニオンは術に破れ、氷像と化す。だが、魔力も損耗する。
「頭を冷やさせておけ」
そこへヒール・アンドン(ea1603)がローテーションどうしましょうか、と合図を見せつつ尋ねる、さりげなく香気を確認した後、セイリオスはこのままやるしかない、と結論づける。
「2時間もあれば出てくる。それまで一層の警戒を怠らぬのじゃ、良い薬になったじゃろう」
そう、彼は言って氷漬けにされた聖杯を見下ろすのであった。
「そうですね、彼等が戻ってくれば、心強いですから。いや、思いっきり問題がありそうですけど」
ところで、と前置きして
「‥‥怪盗三世ね‥‥。‥‥やっぱり女好きなんですかね〜‥‥。──というか‥‥怪盗が‥‥名前‥‥?」
そこへペレグリン・ベレリアンド(ea6286)が現れ、通路を打ち付ける為の道具を取りに戻ってきた。
「通路は開けられた痕跡がある」
そのまま、ペレグリンは戻って教会の防備に回った。
「怪盗との知恵比べか。腕が鳴るのぉ」
セイリオスが老いて尚、気骨を見せた。
「窓を割るのは無理っぽいやんか、あー困ったでホンマ」
神聖騎士であるクレー・ブラト(ea6282)が鎧窓を見て呟く、割って合図にしようにも薄いガラス窓というものは錬金術の超越者でもなければ作れるか怪しいので、こんな田舎にはない。
クオン・レイウイング(ea0714)がそんな彼に厳しく。
「窓には触れるな──罠がしかけてある」
「そうやった、そうやった。あやういところやった。じゃあ、今度は隠し扉の方から行きますわ」
「それと扉に聖書を挟むのは関心出来ないな。シフトを組んで出入りするんだ。その度に邪魔になる」
「しっつっれ〜しました〜」
数分後。
「ああ、さっぱりワカランわ」
彼は教会へのドアを内側から開けられないように細工を一生懸命しており、それで退屈はしないが、生憎と技量が追いつかない。
一方、クレーを呼びに来たクレリックのレミナ・エスマール(ea4090)は箱ごと氷に被われた聖杯を見て、思わず卒倒する。
さすがにイリア・アドミナル(ea2564)のリクエスト通り、水を満たせる箱ではなかったが。
「ぐはぁっ! なんですかこれは金貨500枚の聖杯が、聖遺物が」
話に聞いた高額と現状に思わず立ちくらみを起こす。
「そ、そんなに価値があるものを‥‥ああ、眩暈が‥‥」
何でも神聖ローマ占領当時に、占領に協力して、特にその寄付で拝領したというのだと、彼女は執事から聞いている。
隠し扉からクレーを引き離し、外部の見回りに向かうふたり。
「大丈夫か?」
「こう見えても仕事はちゃんと‥‥ああ、太陽が黄色い」
そんなふたりを見送りながら、ペインもゴミの処分を終え、ノア・キャラット(ea4340)と、聖杯の謂われを思い出す。
神聖歴800年代終盤、神聖ローマ統一戦争当時、歯痛になやむ神聖ローマの大貴族が、かの聖人にこの杯に満たされたワインを一息で飲み干せば、いかなる痛みも止むでしょう、と諭され、それを実行した所、ぴたりと歯痛は止んだ。その将軍は連勝を重ね、神聖ローマ統一戦争後に亡くなるまで1度も歯痛に悩まされる事はなかったという。
「単に酔っぱらっただけじゃないか──しかし、やはりローマ絡みだな、そこが引っかかる」
等と、ノアに語りながら、見回りを続けるペイン。
バニス・グレイ(ea4815)が確認した通り、今回の依頼人は確かに自分が依頼を出した、と明言した。だが、面識のない人物故、嘘でないのは判っても、本当にルーデッド氏かどうかまでは断言できない。
極論すれば、到着する前にすり替わっていれば、もう判別はできない訳だ。
そのため、あえて失礼と詫びて、顔を探る。
変装などに疎い彼には本物としか感じられなかった。
「おのれ怪盗! タイホするー!(ボカボカ)‥‥ちっ、怪盗じゃねえのか。紛らわしいマネすんなよ」
と、ロヴァニオンが聖杯の警護のローテーションで暴れ、氷漬けになったのも風物詩というか、なんというか。しかし、頭を抱えているのはセイリオス。魔力は回復するとはいえ、無尽蔵ではないのだ。
アンジェリカ・リリアーガ(ea2005)が保存食を食べているティーア・グラナート(ea4210)に向かって──。
「ねえ、せっかくご馳走してくれるんだから、そんな陰気くさい食事していないで、みんなと食べようよ?」
ティーアは人と初対面の人間と会う度に顔をぐにぐにと引っ張るので、やはり、冒険者は変人とこの屋敷の家人に思われていたが、任務達成の前にはそんな風評は歯牙にもかけなかった。
「悪い──何か仕掛けてくるかも、危険要素は減らす」
そして日は完全に没し。
「大変だ、アンジェリカが倒れた!」
「教会に急ぐのじゃ! お主は書斎へ!」
セイリオスの声が響く。
地下道はもう守りが入っていて、館の周辺に仕掛けはない、とパリでも実力者の誉れ高い、猟師のヴィグ・カノス(ea0294)はそう結論づけた。彼の顔に緊張が走る。
「事前準備を潰す事が出来れば有利になる筈だ。尤も、屋敷に入られないのが最上ではあるがな──ユリア、蹄の音が‥‥?」
言ったところで己の舌が痺れるのを感じ、全身も自由が利かなくなる。ダーツを太股に思い切り突き刺すが、それでも痺れは取れない。
ユリア・ミフィーラル(ea6337)は最後の歌声を振り絞り、ヴィグの示した方向にムーンアローを飛ばした。
(この矢は『怪盗3世』に当たる)
銀色の淡い光に包まれたユリアの指から、淡い光の矢はまっすぐに飛んでいった。
怪盗3世が愛馬『バルター』で館に駆けつけるのを見たのが、体勢の崩れたヴィグの見た最後だった。
食事を皆と取らずにいて、周囲の異変に気がついたペインはすぐさま手近にいたクオンに解毒剤を飲ませ、ロヴァニオンも自分の解毒剤を飲む。
「畜生、酒何杯分だ!?」
それでもしびれは消えていく。
ティーアも保存食で食事を済ませていただけあって、すぐさまダガーとナイフを構え直し、臨戦態勢を取る。
セシリア・カータ(ea1643)は唯一、聖杯の直衛に回っていた中で辛うじて体が動かせる身であった。
「アンジェリカまで──あの刀使い、早く来ないか‥‥」
その頃、無事だったペレグリンだが、東洋人の少年剣士とやり合い、その刃を折られていた(後に保証はされたが)。
「行くぞ、五の字」
もうひとりの帽子を被った東洋人の少年も隠し通路から進入していく。トラップは全て斬り捨てられた。
馬から下りた怪盗3世が、印を組みながら淡い煙に包まれ、厩舎から出てくるのを見て、ペインが立ち向かう。円熟した完成された剣技であったが、相手の回避力は魔法も加わり、それを凌いでいた。
力任せに剣を振り回すような大技は絶対にあたらないと、数に任せるが、典型的な避けに専念して鍛錬したらしく、それすらもギリギリでかわしきる。夜目が多少利いても、相手はそれ以上に闇に慣れているらしい。
だが、一瞬の隙を捉えた瞬間。
剣が触れる直前に『怪盗3世』は片手で印を組み、緑の瞳の少年は全身を煙に包まれ、何事かを呟くと剣は宙を斬り、爆発に変じ、ペインが出てきた玄関先へと移動していた。
「しまった!」
だが、玄関が開き──。
上の階から押し殺した軽い足跡が響き、書斎と寝室を確認した後、下の階へと向かってくる。
ティーアと、黒ずくめがやり合う。
ティーアの掠め斬る、変幻自在のナイフとダガーを何とか小太刀で受け止めながら、黒ずくめが傍観していた剣士を呼ぶ。
「畜生、俺はこういうのは苦手なんだよ」
「承った」
割って入ると、見る間にふた振りの武具を地面に叩き落とす。
そこへ──。
「それ以上はさせません! 潰し合いの魔女の称号返上しますわ」
「あの時のでござるか。残念でござるが、痺れ薬で動けぬ相手と勝負する趣味はござらん」
「『また』の機会は冒険者にはないのです」
だが、ティーアの言葉が終わらぬ内に殺気が迸り、刀の切っ先が剣を落として、尚衰えぬ勢いで喉に擬されていた。
「この場は御免」
「さーて、持って帰るか」
だが、聖杯入りの箱は結界に包まれている。
「さて、これで手出しは‥‥」
黒ずくめが呪文を唱え、淡い青い光に包まれると、高速で水弾が飛び出し、タロン神の結界を一撃で打ち破った。
しかし──。
「残念だが、その氷漬けの箱が聖杯じゃ、持って帰れるならやってみるがいい。だが、痺れ薬も切れてきておるぞ、残念じゃったな」
逃げるふたりに嘲笑を浴びせるセイリオス。
玄関を開けたふたりは怪盗3世と合流し、早口で状況説明しながら、全力疾走で逃げ出す。
「‥‥ほう、あれが噂の解凍‥‥じゃない怪盗三世‥‥」
赤面しつつも前線に復帰し、愛馬に跨ろうとするヒール。
しかし、それよりも早く罵声が浴びせられる。
「駄目だ! 腹帯が斬られて鞍がつけられない。畜生、こうなりゃ、裸馬だ! むぁてー怪盗! タイホだ、タイホー!!」
ロヴァニオンであった。
怪盗はまず、追撃手段を断ったのである。馬は殺さず、鞍を固定できないように腹帯を切断しておく。
クオンがようやく痺れ薬から立ち直り──。
「死にたくなければ動くな。武器を捨てろ。呪文を唱えるな。変な動きをすれば始末する!! 生きてようが死んでようが盗まれなければ気にしない」
そう、クオンは茂みの中からロングボウを構えて警告するが、向こうは全力で逃走する事を選んだようだ。
「あの聖杯は無事みたいですよ──」
「そうか、では気にしない事にしよう」
ヒールの声に構えを解くクオン。
「命を拾ったな連中」
「名前聞けなかった‥‥」
「そうか、してやられたか」
ヴィグは残念そうに言ったが、そこには聖杯を盗まれなかったという充足感があった。
(無理に追うつもりはないが‥‥護衛対象は盗られない様にしないといけないのでな)
それからの日々、少年達の逆襲は無かった。
「ちょっと待った! 出番はモロ出しだけかよ」
というリスターをさておいて、15日目冒険者達はパリに到着した。
「あーあ、あの時のレースみたいに、ほっぺにちゅ☆ したかったな。あの時、顔を真っ赤にして可愛かったもんね。残念だなぁ」
「いったい、どういう子供だったのですか? 接したことがあるなら教えて下さい、人物として興味があります」
レティシアはアンジェリカに尋ねるが、くすくす笑いが返るのみ。
「そんな意地悪しないで」
「俺は残念なことに教会に寄進して下さい、以上の事は言えなかったな。しかし、正式な受け渡しがされた以上、断ると言われてはしかたがない」
溜息をつくティーア。
「さてと今回は勝たせて貰ったが──次はどうする? 怪盗3世」
セイリオスは青空に向けて呟くのであった。