●リプレイ本文
「それにしても、見世物小屋か‥‥ 少し可哀相な気もするな」
パリの冒険者ギルドの一室で、レナン・ハルヴァード(ea2789)が照れた様に呟いた。
「何でもフジサンとかいう山が噴火して、ジャパンとの月道はもう使えなくなったそうだが」
一方、ティルフェリス・フォールティン(ea0121)がフランクで行われた、そして今も続いているであろう、王と分国王の争いに関して述べている。
「まあ、当時のやたら長い名前の分国領で、成功した怪物狩りの方法というのが‥‥」
“音楽や踊り等で心を和らげる→首に縄をかける→暴れたら防御の固い者がなだめる→気が静まったら餌をチラつかせながら気を引き連れ帰る”。
というものであり、現在でも十分に通用する方法であった。
しかし、今この場にジプシーやバードが存在しないという根本的な欠陥があった。
仕方なく、餌として見せ物小屋から鶏を10羽ばかり借りており(食われたら返しようもないが)、何とかなりそうな気がしたが、問題は檻である。
「彼を捕まえる為に、檻と餌をお借りしたいのですが? お貸し頂けませんでしょうか? 馬は此方に居ますので、輸送のご迷惑はお掛けしません」
と、交渉したのだが、檻は重すぎて大型の馬車、相応の数の馬が必要であり、却って興奮、あるいは警戒心を強めるのではないか? と打ち合わせが難航したのだ。
とりあえず、ライオンのお気に入りの敷き藁を持ってきたが、相手の緊張具合が判らなければ、危険だろう。
指を一舐めして、風向きを確認する。
「風上に居てくれればいいがな」
「ギルドの方で確認してきました。パリ近辺に無報酬でライオンと敢えて事を構えようとする様な冒険者はいないだろうとのことです」
ゼルス・ウィンディ(ea1661)が集まりに告げる。
「なまじ力のある冒険者がライオンに遭遇したりすれば、いらぬ争いを起こしかねませんから‥‥」
「ライオンだー! ライオンが出たぞー! 狼じゃねえぞー!」
珍しく騎士らしく馬に乗っている、ロヴァニオン・ティリス(ea1563)がパリを出て、周囲の村々、旅人に警告を発して回る。無知な子供が──。
「ライオンってなーに、おじさん?」
「俺はおじさんじゃない、おにいさんだ。なに? ライオン知らねえのか? ライオンつーたらなあ、でっかい猫で、たてがみ持ってて‥‥あ? 怖くない? バカヤロー! 子牛ぐらいある肉食の獣だぞ。野獣の王様だぞ。お前なんかあっさりフュージョ‥‥頭から食われっちまうんだ。とっとと家に帰っておとなしくしてろ」
「まあ、乱暴ね」
と、体を大鴉から繊細なエルフのそれへと姿を変えていく、ヒスイ・レイヤード(ea1872)が小悪魔的な笑みを浮かべてロヴァニオンに呼びかける。
「嘘じゃねえだろうが」
「これから、急いでパリに戻るから──肝心のライオンは昼寝の最中よ」
場所を言って再び、姿を大鴉へと変じさせるヒスイ。
「百獣の王なんだよな? 下手なことしたら怪我どころか命が危ねえ。わかっちゃいるんだが‥‥。嵐を呼ぶ猫とライオンのどっちがやばいかってえと‥‥うーむ」
彼が去った後もしばしロヴァニオンは悩んでいた。
「暴れさせないように、捕まえてよ? そうじゃないと大怪我しそうだし、みなさん、がんばって」
「大丈夫よヒスイ、彼等なら大丈夫。安心できそうね」
と、つぶやくエレアノール・プランタジネット(ea2361)。ヒスイは偵察任務を終えてギルドに残って、爪の手入れに余念がない。
「行ってらっしゃいね」
「行って来ます」
前衛一同最後の切り札としてエレアノールはついていった。
ロヴァニオンに続いて、北道京太郎(ea3124)とラヴィ・アン・ローゼス(ea5780)が周囲に報せに京太郎の愛馬で走る。
「獣が一匹逃げ出し、近くに潜んでる。居場所の目星は付いているから、本隊が到着すれば直ぐに捕獲できる。終わったら報せに来るから、其れまで下手に遠くまで出歩いたり、家畜を出歩かせたりしないでくれ。その獣は空腹で気が立ってるだろうから、見に行こうとしないでくれ」
「ライオンが見たいのなら見世物小屋で安全に心行くまで見る事が出来ますよ」
その言葉に京太郎は馬上でつい呟いてしまう。
「全く、他所から連れて来た獣の管理はしっかりやって欲しいものだ」
ジャパン語で呟かれたその言葉は周囲に届くことは無かった。
「ライオンを傷つけずに捕獲、か‥。下手なモンスター退治より難しいな。だが、‥‥何とも頼り甲斐のある相方だ‥‥。何だかこっちが情けなくなるな」
と、溜息をつく、レイジ・クロゾルム(ea2924)の相方、ドワーフの熟女李 斎(ea3415)が髭の髪留めを翻しながら、ニカっと笑う。
「何を仰る『パリの実力者』が肩を組みたくても、組めない程の大男が情けない事を言わない、言わない。逃げ込んだ場所は判って居るんだし。捕まえに行くだけなんで楽なんだから」
と、盾を片手で弄びながら斎は肩を組もうと飛び跳ねる。
「ま、肩を組めなくても、手は組めるし、良しとするわ」
レイジの呪文も、斎の狩人としての手腕は同じ方向を指していた。
「まるで、自分のために有るような仕事。天職かな」
斎の熟練した手腕にクオン・レイウイング(ea0714)は舌を巻くばかりであった。 先祖の威光もあるとはいえ、パリの実力者と周囲から一方的に評価されていた自分だが、野には実力者が幾らでもいるものだ。
「あれが獅子? あの威厳ある姿が檻越しに見世物にされていたのですか? 無粋‥‥ですね」
でも、それも仕方がないと諦める薊 鬼十郎(ea4004)。名に反した手弱女ぶりであったが、歴とした軽業師であり、剣客の魂を持っている。
だが、現在は自分の臭いを消すため、身体に泥や土を付けている。
「マーちゃん、後は任せる」
相方のマート・セレスティア(ea3852)は鬼十郎が一同がここに向かっているとは知らずに、ギルドの方に向かっている間、監視に入る。
しかし、マートは好奇心を抑えきれず、一歩、また一歩と近寄ってしまう。
(あ、体が勝手に動く)
気がつくとあと一歩という間境に来てしまった。
(‥‥。ひゃっほー!)
最後の一歩を飛び越え、マートはふかふかの鬣に顔を埋める。
「わー、暖かい」
頬をすりすりするマート、がいきなりバランスを崩す。
午睡を破られたライオンが唐突に欠伸したのだ。
先行してロングボウの射程ギリギリにポイント取りをしていたクオンが思わず、番えた矢を放とうとする。
しかし、ギリギリの所で自制を利かせる。
途中で合流した皆と、鬼十郎がその光景を見て戦慄する。
(うらやましい)
と思った鬼十郎を筆頭に一同が動き出す。
とりあえず、檻は無理とライオンを乗せる荷車を借りてきたフィー・シー・エス(ea6349)は尋ねる。
「ところで聞きそびれていましたが、ライオンは夜行性ですか?」
彼の交渉役を任されていたムーンリーズ・ノインレーヴェ(ea1241)は否と返す。
「マーちゃん、大丈夫でしょうか?」
と、平常心を保とうとする鬼十郎に、ティルフェリスが弓の弦を張る緊張した面もちそのもので応える。
だが──その光景はマートがライオンの背中に乗った所で、緊張感をぶった斬られた。
チャンスとばかりにレナンが風上に回り、鶏の匂いを嗅がせる。
そのまま、ゆっくりとフィーが御者をする荷車に乗せていく。荷台には寝藁が敷かれており、ライオンに緊張感を抱かせない。
「ここまで来たのです。家族の下へ、無事に彼を送り届けましょうね」
とムーンリーズが落ち着いた口調で皆をリラックスさせる。
ライオンはもう一度午睡を楽しむ気になったようだ。
「おい、良いところは終わりか?」
と、無用な興奮をさせない様、馬の手綱を取りながら歩いてきたロヴァニオンが現れる。
力仕事のご用が無くなって、力自慢達が溜息を漏らす。
しゃあねえ、と言って、彼は馬の首を叩き踵を返させ、距離を取ると、おもむろに口上を述べる。
「終わったぞー! ライオンはとっつかまえたから、もう大丈夫だ」
と方々に喧伝して回った後、頭の歯車が半回転し、次の口上を思いつく。
「捕まえたライオンが見たかったらパリの見せ物小屋へ行ってみな‥‥宣伝したからボーナスくれねえかな? おお、北道の旦那とラヴィか──」
捕獲の知らせを聞き、一同はパリへと急ぐ。
「まあ、本当に捕まえてきたのね」
捕獲の報せに出迎えに来たヒスイが荷車の上に手を伸ばしてライオンの鬣に手を伸ばす。
「ふわふわしてるわね‥‥大きなネコみたいだわ‥‥」
「これでサイズが1/10くらいならペットにしたいんですがねぇ」
とフィーも妙な同意する。
「今度、変身したら試してみましょう。こんなに大きくなれないし、フィーの好みほど小さくもなれないけどね」
ミミクリーの魔法は対象のサイズを変える事まではできない。
「これぞ神のご加護の元に行われた事です」
と祈りを捧げる真似をするラヴィ。なぜ、本気で祈らないのかは一切の謎である。
「無事か、それは重畳」
と彼を乗せた京太郎も感想を述べる。
こうして、見せ物小屋にライオンは無事に戻され、一同は酒を振る舞われ(もっとも半分はロヴァニオンの胃に収まったが)、ライオンと一同の無事を祝ってくれた。
これが事件の顛末である。