●リプレイ本文
腐臭に満ちた森は昼尚、暗かった──。
「ズゥンビですか‥‥そんなものがうじゃうじゃいる中、袋を求めてさまようというのは、ぞっとしませんね」
この暗がりの中、ローウェイン・アシュレー(ea0458)がぼそりと呟く。
「ズゥンビか大したことはないな。今までの報告書を読む限り、タフなだけが取り柄の相手だ」
風烈(ea1587)はギルド内で仕入れた情報から、そう断言した。
「もっとも、このむかつく臭さのど真ん中まで行かなければならないとなると、少々、話は別だが。さ、分かれるぞ」
クレア・エルスハイマー(ea2884)に、サビーネ・メッテルニヒ(ea2792)は心配げに語りかける。
「クレアさん、無理しないで頑張りましょうね」
「無理をするのが私たちの仕事かと思いますけど? でも、必要以上の無理は御免です」
依頼人が落とした場所は、よりによって森のどまんなかである。敵との一戦位は覚悟しなければならないだろうが、ウィル・ウィム(ea1924)の神聖魔法があれば、連戦でなければ切り抜けられる予定である。
シフールのニィ・ハーム(ea5900)も月の精霊魔法により、依頼者の記憶を読みとり、その情報を確認し、一同に公開している。
言葉の紬手だけあって、その描写は精緻を極め、一同の脳裏にその光景がまざまざと浮かんだ。
彼自身は独自に活動している。
「アンデッド達のうろつく森‥‥出来る事ならこの手で静かに眠らせたいですが、仕事ですし、そうもいきませんよね‥‥」
ただ、ウィル自身の魔法の豊富さとは裏腹に遭遇した時、確実に魔法が発動するかは微妙なライン上にあった。
コトセット・メヌーマ(ea4473)は厳かに語る。
「この依頼の鍵はなんといってもホーリーライトの運用にあるだろう。
ディテクトアンデッドによる回避もあるが、森の中の探索となるとちと厳しい。
ということで、ホーリーライトを使える者を中心に、その術師を守りながらアンデッド蔓延る森の中を進み、落とし物を探すのがよい」
よりプレッシャーが加わるウィム。
烈はダガーを鉈代わりに密生した障害物を斬り払い、一同の先頭をつとめる。
「ズゥンビ100体など相手にしてられん。『敵則能戦之、少則能逃之、不若則能避之』だ。荷物を回収したら即、森から逃げるとするか」
岬芳紀(ea2022)の言葉にイリア・アドミナル(ea2564)が意味を尋ねる。
「それどういう意味なの? 何かの呪文みたいに聞こえるけれど」
「これは、敵と兵力が同じならば、工夫して戦う。敵より味方の兵力が少なければ逃げる。味方の力が敵に及ばなければ、敵を避ける。少兵なのに鼻っ柱ばかり強く、撃って出れば必ず敵の虜となる──という箴言だ」
「なるほどね。いつも世話になっているシフールさんの為に頑張ろうって思っているだけの僕とは大違いだね」
「ともあれ、近いうちに森を焼き払うか‥‥そうなったら依頼品も無事ではすまないな」
カオル・ヴァールハイト(ea3548)は先を見据えていう。
「ふぅ、私は剣を振るうしか能のない女‥‥ズゥンビども相手に精一杯暴れてやるとしよう」
「そんな事無いですよ」
「ノルマン復興戦争で鳴らした俺達シフール部隊は、作戦中とある貴族(アレだよアレ! アノ変態ロリコン野郎)に濡れ衣を着せられ軍を追放された。しかし、何時までも野でくすぶっているような俺達じゃあない。
筋さえ通れば金次第でなんでもやってのける命知らず、不可能を可能にし、巨大な悪を粉砕する、
俺達、特攻冒険者Sチーム!
『オレはガイ・マードゥリック。通称ゴエモン。抜刀術の天才だ。神聖ローマでもぶったぎってやる。
でもドラゴンだけはかんべんな(食われるから)』
俺達は、道理の通らぬ世の中にあえて挑戦する。頼りになる神出鬼没の特攻冒険者 Sチーム!
助けを借りたいときは、いつでも言ってくれ!!」
と、ガイ・マードゥリック(ea6085)はひとりしかいないのに、チームとはこれ如何に? 的な発言を行い、どうやら周囲のシフールの勧誘を行っているらしい。
一方、重装チームに回っているギルギアス・ウェトストリィ(ea6652)。
「シフールが落とした鞄‥‥中身は気になることは気になるが‥‥のう」
「シフール郵便は大事ですからね、お助け致しましょう」
クレアは微笑を浮かべる。
とりあえず、人々の手紙だという事だと依頼人は言っている。
「ほっほっほ‥‥落し物の回収でズゥンビ付きのう‥‥。どうやらズゥンビに縁があるようじゃ、んなもん、いらんが」
「このところ戦闘が少なくて体が鈍るところでしたよ。まあ、ズゥンビじゃスリルに欠けるけど、数がいるからそれなりに楽しめそうですねぇ」
「じゃ、任せた」
と事態をフィー・シー・エス(ea6349)にギルギアスは丸投げし、収拾を楽ちんに勧めようとする。
「ああ、いいぜ、お姉さんに、まっかせなさい!」
と、キウイ・クレープ(ea2031)は鼻歌を止め、胸を叩く。
「腐った匂いが近寄ってくるぜ」
軽装部隊に合図が鳴らされ、同時に一同は十匹以上のズゥンビの群が近づいてくる事を視認する。
「まったく、こ〜んな良い女が相手してやるんだからね! むせび泣きながら、礼を言って地獄へ落ちな!! ‥‥って無理か、アンデッドだし」
抜剣したキウイが舌なめずりする。
クレアが重装の戦闘班に魔法をかけて回る。まさしく闇を切り裂く灯火の如く、一同の武器が炎に包まれた。
ウィルの術で軽装部隊もアンデッド避けのホーリーライトに成功したようだ。
その間にもギルギアスは呪文を唱える。
「先手必勝は世の中の常! 受けよ大地の鉄槌を!」
重力波が森を駆け抜け木々を大きく揺らした。タフさ故にダメージには繋がらないものの、数体が転がり、立ち上がる事で敵の初撃を減らす。
キウイとフィーが立ちはだかるが、そのふたりの間隙を縫うようにして、クレアが呪文を唱え、火球を放り込む、敵の中心点で炸裂した爆風に木々が悲鳴をあげる。
ズゥンビ達も肉がこそげ落ちながらも前進してくる。彼等にあるものは生者への飢え、そのものなのだ。
前進しても尚、空しいだけ、フィーの変幻自在の体術に翻弄され、触る事も能わず。
軽装グループのローウェインからも稲妻が放たれ、更に数を減らす。ライトニングサンダーボルトの射程を活かした攻撃であった。
「まぁ、ズゥンビは所詮雑魚‥‥私の雷光で燃え尽きなさい!」
次の雷光が森を照らした。
その間に力任せのキウイの一撃が確実に一体一体屠りさっていく。
体を砕かれても、尚、ズゥンビは動きを止めなかった。
「ま、それなりの運動にはなりましたかねぇ。動きが単調で、甚だつまらなくはありましたがね」
「死人相手だろう? 何か、こういう時は祈りの文句でも唱えるもんだろう、フィー?」
「生憎、私は祈りの仕方もとっくに忘れた神聖騎士なもんでね」
「それって単なるファイター‥‥」
「禁句という言葉を知ってます?」
等と、後衛で言葉のキャッチボールがかわされている中、一同はなおも進む。
「‥‥まったく‥‥ズゥンビは息をしないのが厄介ですね‥‥いや反応がある」
ブレスセンサーを律儀にかけていたローウェインが一同に注意を喚起し、前衛ではなく、後方のクレアが優れた視力で何かを発見する。
体が硬直し、今にも何か『人影』にむさぼり食われそうなニィであった。
側には鞄が──。
「聞いていたギルドの紋章とも合致しますね──ニィが先行し過ぎて捕まったのかも? でも、シフールを捕まえられる程、俊敏なズゥンビなんて?」
ウィルは魔法の完成を急ぐが、祈りの文句がでてこない。
しかし、激しい跳躍で最前衛にいた烈が得物を捨てて飛びかかる。
「六道輪廻を外れ死してなお苦しむ者よ、今こそ爆裂旋風の名にかけて心を覆う暗雲を切り裂く嵐となろう」
口上に口を上げて咆哮する『何か』。
その口腔内はびっしりと牙が生えていた。
空中で捉えた烈の鳥の奥義が炸裂する。しかし、楽々とかわされてしまう、基本技の鍛錬不足であった。
「俺の足を見切ったというのか?」
叫ぶ烈に構わず、芳紀が続いて中条流の二刀を以て立ちはだかる。
「回収を急げ! この場は私が押さえる」
殺気感知で気配を探ろうとするが、これは目の前にいる相手が殺気を持っているかどうかを探る術であり、また精神自体が変質したアンデッドには意味が無い。なにより、相手は殺る気満々である。
激しい剣戟で相手を押さえ込もうとするが、相手の回避はたいしたことなく、噛みつきと受けの競り合いで、事態は拮抗していた。
(く、中条流を極めていれば、間合いを自由に征するが、私ではいかにも未熟)
そこへ後ろからシフールのガイがダガーで斬りかかり、手数を増やし、芳紀は一息をつき、攻めに転じる。
更に立ち直った烈が攻めよる。コトセットがバーニングソードの術を足にかけ、一蹴り事に赤い軌跡が闇を照らす。
だが、ダメージを与えているにも関わらず、相手の行動に鈍りが無いのが一同の恐怖を誘った。
ウィルがホーリーライトをようやく完成させるが、もう相手には退く場所はなかった。
「多分、生物毒でしょう、アンチドート」
麻痺が解けたニィが記憶を頼りに、鞄を発見したものの、近くに居た怪物に襲われて、体が麻痺して、今にも食べられそうな所に一同が現れた事を手短に話す。
その間にも、当に死んでいる様なダメージを受けつつもまるで動きに鈍りの無い相手にもようやく止めを刺した芳紀。
鞄は無事であった。
急ぎ森を脱出する一同。
鞄を依頼者に渡した冒険者ギルドで、コトセットが彼に尋ねる。
「古来より、シフール便が届かないときには『山羊に喰われた』という慣用句が使われるが、それが悪魔を指しているのかは私の知識では判断がつかない。手紙を魂と置き換えての比喩か?」
「よくご存じで、と言いたいところですが、それは当ギルドの結社員の秘密ですので、是とも否とも語れません」
とにかく、これで手紙が配れます、と一同に礼を述べると依頼人は窓から飛んでいった。
これが事件の顛末である。