●リプレイ本文
「ねえ、貴殿はどこ出身? なんで冒険者になったの?」
往路、巻き毛で鮮やかな金髪と印象的な眼を持つ少年が話しかけてきた。
「僕はバルザ・バルバザール。ビサンチンの出身なんだ。修行のために冒険者を始めたんだよ」
少年騎士バルザ・バルバザール(ea2790)に訪ねられた青年プリースト、ウィル・ウィム(ea1924)は流暢なラテン語で問いを返す。
「それは、こまっている人を放っておけないからですよ。ところで、あなたのゲルマン語ではとっさの時に通じなくて困ったことになるかもしれません。人と心を通じ合わせるのも修行の内と思ってください」
馬車で揺られながらも、一同は村についた。やたらとジャイアントの姿が目につくが、別にジャイアントの全てが武人という訳ではない。
打ち合わせは往路で済んでいたので、月読 玲(ea1554)、アレクシアス・フェザント(ea1565)、レム・ハーティ(ea1652)、相馬 景滋(ea3350)、デルテ・フェザーク(ea3412)、李 斎(ea3415)、円 巴(ea3738)、七刻 双武(ea3866)といった半数を超える面々が周囲の地形の把握に向かった。
「狩りでも喧嘩でも‥‥ そして戦いでも地形を利用しない手はないわ。今回は敵を分断して各個撃破するのだから、特に重要なはずよ」
とはドワーフの武道家、斎の言であり、一同の心情を代弁するものであった。
「食い扶持は自分で調達して、今まで生き抜いてきたの。いつの間にかそこらの狩人よりも腕が立つようになってしまったわ」
戻ってきた彼女のよく手入れされた髭がフワリと揺れ、ニカッと笑った。
晩のおかずも入手したようだ。
情報を総合した上で、シン・ウィンドフェザー(ea1819)は戦闘に適しているエンゲージポイントを想定して落とし穴掘りに勤しんだ。むろんバグベアが頭まで落ちる様なものを掘れはしない、体力的にも、蔓延った木の根からも。だが、バグベアでもうっかり、脚を踏み込んで体勢を崩させる程度のものは掘ったつもりだった。
そして、ブルー・フォーレス(ea3233)はバグベア監視の監視でひとつ悲報を発見し、急ぎ村に戻った。
「新しい情報です。バグベアは4匹います」
この情報は村も冒険者も震撼させた。
そして、今までの作戦が崩壊し、なし崩しにバグベア退治が始まった。
「どうかお気をつけて‥‥皆様に慈愛神の祝福がありますように」
ウィルは希望者にセーラの祝福を与えて送り出した。もちろん、形だけのものではない、僅かな実力差が勝負を決めるこの世界では、神々への祈りは本当の力を持っている。
ナスターシャ・エミーリエヴィチ(ea2649)がその魔法で呼吸音を探る。
その持続時間である10秒という短い時間では作戦全面のフォローには力不足であったが、ブルーの証言であるバグベア4匹説の確認は出来た。
様子を見て合図を出そうとするが──。
「穴倉に篭もる、程度の低い豚共、我らが成敗してくれる出て来い」
と双武は大音声で呼ばわるが、オーガの言葉が判るでもなく、ただ絶叫しているだけである。
だが、眠りを破られたバグベア達が3匹顔を出した。
「洞窟内で勝負するのではないですか!」
と、デルテは自分の意図とは違う方向に動き出すのを感じつつも、術を唱える。
掌から黒い線が一直線に伸びてバグベア達を打ち据えるが、体格相応に頑丈な足腰は転倒には至らせない。
やや、遅れてラメラアーマーを着込んだバグベアが現れる。
玲が近寄って石を投げ、バグベアの注意を引くと、忍法により加速された脚裁きでバグベアの視界ぎりぎりを走っていく。
2匹がその背後をついていく。幸か不幸か、鎧を着込んだバグベアはついてこなかった。
デルテも自分が先日目星をつけておいた場所へと、急ぎ走る。
景滋も笑みを浮かべつつ──。
「さて、鬼さん相手の追い剥ぎに性出すとするか?」
と、玲同様の脚力で走り出した。
こちらは鎧付きバグベアも一緒だったが、さすがに重量制限はきついのか、徐々に前方のバグベアとの距離が離されていく。
「ブルーがこちらにいれば良かったんだがな」
と、言いつつ棒手裏剣を懐から出しつつ、後ろに回り込みながら打ち込む。弧を描きつつ飛んだ棒手裏剣は命中するが、乾いた音がして鎧に弾き返される。
だが、こちらの悪意を示すには十分だったようである。
続けざまに打ち込むと、森の中に消える。バグベアも一匹で追いかけ回す。
だが、術を使っているとはいえ、基本体力に差があったようだ。森の中を強行して進んでくるバグベアを、走る場所を選ぶ景慈が延々と引きずり回す訳には行かず、ついには景慈も間合いに一瞬とはいえ捕らわれ、背中からの一打が旅装束を引き裂いた。
悲鳴はあげず、懐から飲み薬を取り出しながらも更に走る。
(一発でこれか──まずい相手だな)
傷が癒えるのを感じつつ、エンゲージポイントに方向を転換しようとしたが、次の一打が来る!
(南無三!)
だが、その一打はデルテの操る木々に絡め取られていた。
剛力でねじ切れるも景慈が離脱するには十分な刹那。
「すまん」
「先を見越していただけです、ココは使えそうと思ったので」
術を唱える時間のないふたりは分散して(もちろん、景慈が引きつけるべく、手近にあるもの、全てを投げつけ注意を惹いた上だが)、逃げ出す事にした。
(グラビティーキャノンを使える間合いなんて、相手の脚とリーチとであっという間に詰められますからね、ここは逃げの一手です)
そして景慈は再び逃亡者となり──。
「これでラストか」
一方、ブルーは強引に木に登って、狙撃ポイントを確保。バグベアの内、半分を相手にする羽目になっていた。
もちろん弓矢に物を言わせての遠距離攻撃だが、矢が尽きた所で、互いの血のにおいに興奮したバグベアが木を揺すりブルーを落とそうとする。
「やめなさい!」
思わず声を荒げてセシリア・カータ(ea1643)が胸を揺らしながら闘気の込められた剣を片手に斬りかかる。
背中に一撃を浴びせ、矢を何本も受けているにも関わらず、まだ五分以上の戦いがバグベアには可能であった。
セーラ神の加護が無ければ──
それでも、爪は闘気で守られた彼女の鎧を突き破り、出血を余儀なくされる。
薬を取り出して飲むのには、剣を鞘に修め懐から入れ物を出し──と言った一連の動作が要求され、盾で守りながらでなければ到底、間に合わなかった。
だが、傷の癒えた彼女は同等の戦いを行い、互いに相果てる様にして、膝を突いた。
違いはセシリアの心臓が動いている事であった。
ユール・ファーサイス(ea2971)もまた仲間の準備に助けられたと言えよう。
シンの掘った落とし穴に膝まで入り込み、動こうとするところを3メートルの間合いで唱えた魔法で動けなくなり、後はやられたい放題であった。
6分もあって、相手の心臓に刃を突き立てられないほど、ユールは無能ではない。
「クレリック達と合流しなければ‥‥次もこう上手くいくか──」
斎は焦っていた。
相手の外皮が堅く。ナックルをつけた両手でも、かすり傷程度しかダメージにならないのだ。斎の攻撃は確実に当たり、相手の攻撃を確実にいなす。
攻撃は確実だが、威力がついてこない。闘気も武術も修めない彼女の限界であった。矜持を砕かれたと言っても良いかもしれない。
秘蔵の飲み薬も受けるたびに傷つく手を癒す為に使い果たした。
「斎! 下がれ」
言い様に巴が抜刀もせずに間合いを詰めてくる。
一足飛びの距離に入った瞬間。
刀は動かず、彼女の手が動いた。
斎にはそうとしか見えなかった。
だが、バグベアが防御の構えも取らないまま、胸を深々と斬られていた。
掠め斬る様な一打を居合いの一閃と共に繰り出したのだ。
相手が見切れなければ、防御は一切不可能。
「あなたの獲物だったか?」
「いや──いい」
相手の動きが半減した所で、再び瞬速の居合い切り。
バグベアの首を皮一枚残して断ち切っていた。
「お粗末」
最後の一体──鎧付きの戦いは包囲戦となっていた。
3メートルの距離に位置する神聖魔法の使い手達が、術を唱える間、手出しさせないのが、アレクアシス、双武の役割であった。互いに脚を狙うのは確実な足止めの定石だろう。双武の手にするは稲妻を束ねて作りし刀。アレクシアスの剣にも闘気が込められているだが、雷は抵抗され、アレクシアスの剣も鎧に阻まれ互いにかすり傷以上の物は与えられない。
シンも戦闘に参加し、脚を払い、その隙に鎧の隙間を──と狙っているが、相手の抵抗が予想外に頑強でこれもままならない。
だが、レム、ウィルに加えて、ユールも布陣し、後は3人の術にどれだけ相手が持ちこたえられるか、という問題である。
ナスターシャも魔法を放つタイミングを見計らっているが、クレリックの魔法の射程が短いため、迂闊に退けない状況でもある。
また、彼女も焦って勘違いしているが、バキュームフィールドの効果時間が長いのは、そこに相手が踏み込めば発動するというだけで、どこにあるかは仲間達にも判らないという致命的な欠点があるのだ。
だが、そこへ小柄な影が飛び込む──バルザである。
当然、棍棒の一撃が振り下ろされる。しかし、反撃の一撃も繰り出す。それは鎧をうち破った。
その時、3人の魔法が完成し、バグベアを金縛りにする。
勝敗は決した。
バルザの怪我は魔法で癒され、命は取り留める。
ラメラアーマーは再び傷を増やして、村長の許可を取り売却の運びとなった。
しかし──。
「金の亡者は醜いですね」
デルテは受け取りを拒否し、その分はささやかな宴会に回された。
これが事件の顛末である。