●リプレイ本文
●そこは魔の森
「狼の群れの殲滅‥‥言うは簡単だけど」
ベイン・ヴァル(ea1987)は、エルド・ヴァンシュタイン(ea1583)ほど楽天的にはなれなかった。
「森は俺の庭同然、気合入れてやらせてもらおう」
というエルドとは違って、初めての森で土地勘がないこと。それに殲滅という内容に難しさを感じている。しかも狼のいる範囲が1キロ四方だという。狼の行動範囲にしては狭すぎる。
「駆除、それも全滅を依頼するほどの数の狼が生活するための生存圏と考えるなら」
アルフレッド・アーツ(ea2100)は、猟師なのに狩りを成功させたことがない。どうやって生活しているかというのは置いとくとして、成功したことはないが、経験はある。
「せますぎるんだよね〜」
「依頼は全滅させるんだ。手当たり次第に殺していって、四方から『鬼の生首』とかって狼の巣に追い詰めていけばいい」
フェイテル・ファウスト(ea2730)は問答無用に狼を殲滅させるという。
「依頼じゃそうだけど」
薊鬼十郎(ea4004)は全滅という言葉に危険を感じた。戦う危険ではない。自然の報復という危険を。
「狼がそれだけ狭い地域にいるとすれば、狼にとって餌が豊富にあるってことでしょう」
「そりゃ餌がなきゃ、狼だっていられるわけはない。餌があるからこそ集まったのだろう」
イワノフ・クリームリン(ea5753)の巨体は森の中では戦いにはけっこう不利かも知れない。
村の周辺は、間伐したり、下刈りもしてあったりと人の手が入っていて、森も込み入っていない。それは周辺の森で、人間にとって有用な木を育てることでもある。
しかし、村の周辺以外の森林は人間の介入を拒む。人間と野性動物が棲み分けをしているかのように。
いや、実際には棲み分けさせられている。
そして今回は、狼のテリトリーに入り込んでいく。そこに何があるのか?
「そう餌があるから。じゃ、狼の餌って何?」
鬼十郎の問いに、ブルー・フォーレス(ea3233)が答える。
「ウサギとか、草食系の動物だろう。狼も雑食といえば雑食だけど、やっぱり肉食の方が主だろうから」
「ということは‥‥。餌になる動物は、狼がいなくなって安全ってことね」
サーラ・カトレア(ea4078)は、単純にそう答えた。
「捕食者がいなくなれば、捕食されていた動物は安心できる。そして数が爆発的に増えていくことになる」
「いいことじゃない。ウサギって可愛いし」
「ウサギが増えすぎたら、今度はウサギの餌が、不足するってことだな」
割波戸黒兵衛(ea4778)は、鬼十郎のいいたいことを見抜く。ウサギだって村の作物を食い荒らす。狼を殲滅させた副産物で村が荒らされては、元も子もない。
「それは村に着いてから聞いてみよう。村人だってそのくらいは分かっているだろう」
もし、ウサギが村に出てくるようになった時には、森の中はどれほど荒れてしまっているか分からない。
依頼に来た村人が通った道を、逆に辿って村に着いた。
森に囲まれた村。着いたのは昼過ぎ。今から大挙して森に入っても、狼の餌食になる可能性が高い。
「ベイン、ちょっとだけ森を探ってこないか?」
エルドはベインを誘って森に入る。まずは偵察。
「『鬼の生首』まではそれほど遠くない」
1キロ四方のほぼ中心部にあるはず。ならば500メートルというところか。大した距離じゃない、障害物がなければ。
「日暮れまでには村に戻ろう」
「無理するなよ」
ブルー・フォーレスは二人に声をかける。
「フォレも罠づくり頼むぞ」
ブルーが二人いるため、ブルー・フォーレスはフォレと呼ばせることにしていた。そうでないと、ロヴァニオン・ティリス(ea1563)のように
「ブルーとブルーって同じ名前じゃ間違えちまいそうだ。 そうだな〜、そっちのブルーは『ライダー』こっちのブルーは『ハンター』って呼ぶことにしよう」
などと、困ったことを言いだす人も出てくる。そのためブルー・フォーレスは自らを『フォレ』と呼ばせることにしたのだ。ブルー・アンバー(ea2938)は、そのままブルーということになった。
アルフレッドは、村人に森の植生とかを聞いている。そして東側の大まかな地図に書き入れていく。
『鬼の生首』あたりまでは滅多にいかないので、村の周囲のみということになる。
「それじゃ私達は、村の防衛の準備を始めましょう」
鬼十郎の声に、李風龍(ea5808)と井伊貴政(ea8384)は村での防御地点の調査に入る。
今回の作戦は、東西南北から侵攻して、狼の群れを追い込んでいく。追い込んで『鬼の生首』の洞窟の中で始末をつける。
「巻き狩りってほど人手が集められればいいんだけど」
今回の依頼に集まった冒険者は15人。それを3人1班編成にして4班で四方から『鬼の生首』を追い込む。1キロ四方を3人で。しかも見通しの効かない森の中。
もし狼に冒険者をやり過ごすだけの知能があれば、冒険者をやり過ごして村を襲うかも知れない。そのため、残った1班で村を防衛する。冒険者という人間によって仲間が殺されれば、もっと弱い人間の村に復讐するかも知れない。駆除を依頼するほどの数の狼が、復讐心に燃えて村を襲えば‥‥。
今夜は旅の疲れを癒して、明日に備える。偵察に行っていたエルドとベインが帰って来たのは、暗くなってからだった。
「けっこう広く感じる」
ベインの感想はそれだった。
「木がけっこう入り組んでいたからな」
エルドはベインの鋭い目があまり役に立たなかったことで、行動を考えていた。
予想以上に、森の中では動きにくい。
「東西南北から接近するにしても、東はともかく他の方向から接近するには大きく迂回するしかない」
そしてそれは、かなりの労力を要する。
「依頼の内容は全滅だ」
だったら遣るしかない。
「明朝暗いうちに出発。昼までには目的地『鬼の生首』に到着しよう」
「出会った狼はすべて倒していく」
こちらが向かうことを知らせないために。
翌朝、居残り3人組に見送られて、12人が出発した。
●西から
ベイン、黒兵衛、ノア・キャラット(ea4340)の3人は、件の森を大きく迂回して森の西に向かう。
迂回するにしても、道などありはしない。ノアの土地勘だけが頼り。
「森の周囲は森〜」
「あんまり大声を出すな」
ノアが思わず角笛片手に歌いそうになるのを黒兵衛が警告する。
「ここは奴らの領域の中じゃ、臭覚と聴覚に優れ、敏捷性も高い。しかも集団戦にも慣れておる」
忍者には分かる。そのような相手は非常に不味い相手。それは例えば高位の忍者集団を相手にするのと同様。
こちらに気づかれずに接近して、足首を攻撃してくるだろう。
「足首? 首じゃないのか?」
黒兵衛はベインに聞き返す。
「首は狼にひきたおされた後だ。立ったままの人間の首に飛び掛かろうとすれば、無防備な腹を晒すことになる。忍者だって相手の足を止めるって戦い方があるだろう?」
「そういうことか」
もちろん、狼に体高が人間の背ほどあれば、いきなり首に来るだろう。
「そんな大きいのは狼じゃなく、熊だろう」
もし熊並のサイズの狼がいたら?
「その時は3人じゃ勝てない」
ノアが角笛を強く握りしめる。
最初に気づいたのはベインだった。まだ薄暗い森の中で何か動くものを見つけた。身振りで二人に合図する。
ベインと黒兵衛は得物を構えて、静かに近寄る。ノアは呪文での援護準備に入る。
「あれは奴らの朝食?」
近づくと、今朝とったばかりなのか、血塗れの獲物に食らいつく狼があった。
「野性動物にとっては、この時間はお食事タイム?」
この惨状を見たノアが小声で、尋ねた。
ベインが首を縦にふる。
夜行性の動物でも、明け方近くの方が獲物の活動が鈍い。
「食って動きが鈍くなったところをやろう」
黒兵衛は慎重になっている。この血の匂いに誘われて、他の狼もやってくる可能性はないか。狼と言っても常に集団で狩りをするわけではない。しかし、この狼が目標の狼なのか、最近この森に紛れ込んできた狼かも知れない。いずれも駆除の対象だが、付近に仲間がいるかいないかでは、戦い方も異なる。
黒兵衛は、感覚を研ぎ澄ませて周囲を窺う。獲物の血の匂いが濃厚で、狼の匂いをかぎ分けることは出来そうにない。
「他にはいないようだ」
確認が終わる頃には、件の狼も食事を終えていた。
「大気に宿りし精霊たちよ、炎と成りて武器に集い焔の力を開放せよ! バーニングソード!」
ノアが、ベインのロングソードと黒兵衛の忍者刀にバーニングソードを付与する。ベインが炎を宿したロングソードで切りかかる。狼が逃げた場合に備えて、逃げ道を塞ぐ位置にいた黒兵衛も虫の息になった狼に止めを刺す。
「1匹目か」
不意を突いた手応えのない戦い。依頼は戦闘ではなく殺戮。できるだけ不意を討ちたいところだ。しかし狼も生存をかけた戦い。正面から戦うならば、必死に抵抗するだろう。
●南から
ブルー・アンバー、フェイテル、エルドの3人は南に回り込んでいた。これから北に向けて移動し、『鬼の生首』まで狼を追い込んでいく。
「気をつけろ。この森、狼以外にも面倒な生き物がいるかも知れない」
エルドは昨日の偵察で狼以外の気配も感じた。何とは言えないが、狼に食われる存在だろうとは思う。
「北の方の森じゃないから、それほど大型の草食獣がいるとは思えないが」
慎重なエルドと比較すると見かけだけは、お気楽なフェイテル。
「はてさてー、今回も、頑張りますよー♪」
角笛を持ってらんらん気分、とまでは言わないがかなり余裕な感じ。中間に位置していれば、先頭で道を切り開くこともないし、後方を警戒するわけでもない。その代わり側面両側を警戒しなければならないが、森は深く、良く見渡せない。優良視力をもっていても視界が開けていなければ、有効には使えない。
「こんなところで戦闘になるのか?」
最後尾をいくナイトのブルーが肉弾戦担当になるはずだが、土地勘と全体警戒の関係で後方に位置している。土地勘の無い者が先頭にいては、目的地の『鬼の生首』までたどり着くことさえできない。方向感覚が狂ってくるのだ。
「感じる」
優良視力は塞がれたが、その分を全身で感じていたフェイテルは、その存在を感じた。
「狼、だと思う」
同じことは、後方のブルーも感じた。
無言で隊列を入れ換える。ブルーが邪魔になることを承知で、楯を構えて防御姿勢をとりつつ前に出る。楯にぶつかった森の木々が、耳障りな音を立ててしまう。
「行くぞ」
ブルーの掛け声で、邪魔な木々を押し退けて前に出る。
「こいつは」
ブルーはあまりの相手に絶句する。まだ狼とは言っても子供の狼が数匹。歯も生えそろっていないような相手。それでも野性の本能か、ブルーたち人間に向かって唸り声をあげる。
ブルーの背後にいたフェイテルは片手に角笛、もう片手にシルバーナイフを持って格闘の準備をしつつ、目標となる唸り声に向かってシャドウボムをたたき込む。3匹ほどが体をばらばらに粉砕されて、周囲に狼の血をまき散らす。
ブルーの構えた楯にも血が降り注ぎ真っ赤に染まる。もちろん、血ばかりではなく、粉砕された内臓や狼の頭なども。
シャドウボムで生き残った子狼は、歩ける足でどうにか動かして逃げ出すものの、すぐに倒れる。もともとあまり、成長していないところに、かなりのダメージを受けている。
「すみませんけど、死んで貰いますー」
必死に逃げようとしている子狼に、フェイテルはムーンアローを放つ。
「ま、こんな所ですかねー?」
フェイテルの情け容赦ない攻撃に、ブルーもエルドも呆然とした。
「何を驚いているんです?」
「何をって、相手は抵抗もできない乳飲み子だぞ」
「それが大きくなれば、村には脅威になります。我々の受けた依頼は、狼の全滅です。子供や乳飲み子であろうと、狼ならばすべて殺戮の対象でしょう」
「そりゃそうだが」
本当にこの依頼の結末は、全滅でいいのだろうか?
「こんな狭い地域に狼が群棲すること事態が異常なんです。もしかしたら、ここで全滅させても、別の狼の群れがここに入ってくるかもしれません」
1キロ四方の森に君臨する狼の数はその餌の状況から考えても、冒険者を15人も雇って全滅させねばならないほど多くはない。
「約束されている報酬は5G以上。15人なら75Gを超える。大金です。それほどの大金を支払える村なんてそう簡単にはありません。よほど村人の数が多いのでしょうね」
村が裕福というのは、それだけ村人が大勢いて、生産量が多いということだ。それだけ多くの村人がいて、狼の数に脅威を感じるほどの数の狼が、1キロ四方も森に集まるのは異常な事態と言える。
「子供が居たってことは繁殖のためか」
「それは『鬼の生首』まで行ってみればわかるかも」
●東から
東は村から『鬼の生首』まで一番近い位置にあった。逆にいえば、狼が冒険者の包囲網を突破して村に向かう可能性は一番高い。ということになる。
昨日のうちにアルフレッドは、東側の地図を準備していた。もちろん、村人から聞いた状況を絵にしたものに過ぎない。
村から近い分、村人の手が森に加わっていて移動しやすい。
「下刈りされているから歩き易いし、間伐もされているから動き易い」
その反面、動物も簡単に出入りできる。
これがまっさらで隠れることのできない平地なら、農地まで入り込むにはかなりの防御になる。身を隠せる場所が無いのは、それだけでプレッシャーになるからだ。しかし、そうなると森からの恩恵も受けられない。
「助かった。こっちからの侵攻なら、身動きがとれる」
イワノフが、ジャイアントの巨体で両腕を延ばしたままを振り回してみる。どうにか、ぶつからない程度には空間が確保できている。
「でも、こういうのはこのあたりぐらいみたい。あともう少し入ると」
アルフレッドの言葉は少しすると正しかったことがわかる。
アカベラス・シャルト(ea6572)は自分で作った地図に発見したことを次々と書き込んでいく。
「この森の様子だと、騎士団が動こうと思っても動けないでしょうね」
野性動物のテリトリーを思わせる森の密度に、アカベラスはため息をつく。
「頑張るとしましょうか」
「他の班も、進行するのには苦労しているんだろうな」
狭くなりつつある森の空間に、イワノフはしみじみと言った。
イワノフが先頭にいるために、アルフレッドはもちろんのこと、アカベラスも楽に進んでいる。
そのイワノフが立ち止まった。
気配でアカベラスも戦闘準備に入る。レンジャーとはいえ、戦闘ではアルフレッドをあてにしすぎるわけにはいかない。
イワノフが右手を後ろに回して2回開いて見せる。
「10匹いる?」
村を襲うつもりだろうか。これだけではすまないだろう。3人で10匹はけっこうつらい。村の防衛に3人居たとしても。
アカベラスが先制攻撃を行うことにした。今は向こうも気づいていない。
『氷雪の女王よ・貴方の盟友は此処にあり・貴方に望むはその吐息・アイスブリザード』
アカベラスの詠唱によって氷の嵐が狼の群れを包み込む。
冬。しかも、防寒着を着ていないと動けなくなるくらいの寒さ。天然の毛皮を着ている狼でも状況は変わらない。アイスブリザードによって10匹のうちほとんどが重度の凍傷によってうごけなくなる。動けても関節が凍りついて速くは動けない。
イワノフがメタルロッドで容赦なく止めをさしていく。半ば凍りついた狼の体にメタルロッドをたたき込む。場合によっては凍りついた血によって固い音を立てる。
「弱肉強食という言葉があるが、自分の立場からすれば人を守るのが正しいことになる」
これは戦闘ではなく一方的な殺戮。しかし、自分がやらなければならないことはやり遂げる。願わくは、自分の行動が正しいことであることを。
「アルフレッド、大丈夫か?」
呆然としていたアルフレッドは声をかけられてハッとした。
「大丈夫‥‥だけど」
この戦闘は、先手を取れたから勝てた。もしも狼に先手を取られたら、立場は逆転していただろう。少しも手を抜けない。あのうち1匹でも討ち漏らしていたら‥‥。
「急ごう。『鬼の生首』へ」
●北から
「俺は『アルコール』。ピンチの時にはいつでも呼んでくれ。二日酔いだけは勘弁な」
ロヴァニオンはその名乗りどおりアルコールの匂いをプンプンさせている。
フォレはため息をつきながら。
「これじゃアルコールの匂いで狼に気づかれるぞ」
サーラはもうお手上げ状態。後方にいるぶん、アルコールの匂いだけで酔いそう、いやもうすでに酔っている。
「いざという時のためだ。ほら、酒が切れると手が震えたりイライラしたりするだろ?」
それって酒好きを通り越して、完全にアルコール依存症状態。
「ヘビーアックスをもったアル中か」
フォレはロヴァニオンの前には出たくない。と思った。そうでなくても、3人だけで群れには出会いたくない。個々の戦力はこちらが上でも狼は自分より強い相手を集団で倒す。同じことに成りかねない。狼は集団で攻撃を行うから強い。1頭ずつでは弱くとも。
「どうやらお客さんだ」
ロヴァニオンは、狼の接近を察知した。
もちろん、フォレも確認している。フォレがロングボウで攻撃するよりも先に、ロヴァニオンが一気に肉薄してヘビーアックスを振り回して、首を跳ねていく。
「さて、『鬼の生首』に行こうぜ」
「酔っている方が調子いいみたいね」
サーラは呆れ顔。
「偶然手元がそうなっただけだろう。甘く見ると危ない」
●『鬼の生首』
東西南北ともに、出会った狼を殲滅しつつ、『鬼の生首』に到着した。
返り血で幾人かは真っ赤に染まっている。それぞれ激戦を繰り広げてきたようだ。
「討ち漏らしたのは?」
全員が首を横に振った。遭遇していれば、倒している。もちろん、冒険者の包囲網など全体からみれば非常に狭い。包囲網を形勢する前にその外側にいた狼は殺せなかったことになる。
「『鬼の生首』が本命ならば、残りは大したことはないはずだ」
もちろん、根拠はない。村人にしても、この『鬼の生首』の中まで調べた者はいない。
「あの孤独に光る青い星を何故、天狼星と呼ぶのかの‥‥」
黒兵衛は上空を仰ぎ見た。もちろん、まだ星は出ていない。感慨に浸っていても、時間が過ぎ去るのみ。
「いくぞ」
ロヴァニオンの合図で洞窟に入り込む。洞窟の幅は広くないものの、森の窮屈さに比べればまだいい。洞窟に入って直ぐに、エルドがバーニングソードを付与しまくる。
「サンキュ」
冒険者たちのどやどやとした足音に反応して、洞窟の中から狼の唸り声が聞こえてくる。
「多いな」
幸い洞窟の中だけだ。
アカベラスのアイスブリザード、フェイテルのシャドウボム、ノアのファイヤーボムが次々に唱えられては、狼の唸り声に聞こえるあたりに打ち込まれる。
「このまま殲滅できれば楽だけどな」
ベインは、そう簡単にはいかないと思っていた。唸り声も洞窟の壁の反響もあるから、その場所にはいないかも知れない。
「ここは狼のテリトリーだ。一筋縄でいくはずがない」
15人もの冒険者を雇ったんだ。この洞窟には何かあるはずだ。
唸り声は相変わらずではないが、洞窟の奥に行くほど何かの気配を感じる。
「『鬼の生首』が、なんらかの未発掘な考古学遺物に、狼を引きつけるものがあるのかも」
そうでなければ、1キロ四方の狭い森にこれだけ多くの狼が集中するはずはない。
洞窟の奥から狼の集団が冒険者に向かって、津波のように押し寄せてくる。
津波の先端をイワノフが手にした楯で一掃するかのようにぶん殴る。頭蓋骨を粉砕された狼、首をへし折られた狼、壁に叩きつけられた狼が血反吐を吐いて横たわる。それでも他の狼の突進は止まらない。イワノフの楯をかいくぐって懐に飛び込む。それをベインのロングソードが振り下ろして首を断ち切る。ロヴァニオンの周囲には、振り回した斧で狼だけでなく洞窟の壁までも粉砕されていた。
フォレが後方から前衛のわずかな隙間を狙って矢が放たれた。またの下をかすめるように飛び掛かってきた狼の目に突き刺さる。
「何匹いやがる!」
ブルーが前衛を突破してきた狼の背中に切っ先を突っ込む。
「背後も警戒しておけ、狼が戻ってくるかも知れないぞ」
振り向きざまに、巣に戻ってきた狼の一群との戦闘が始まる。前後を狼にはさまれた死闘が続いた。
狼の攻撃が途絶えた時には、冒険者たちの足元が埋まるほどの狼が横たわっていた。
●村の防衛
「本当に手伝わなくていいのか?」
村に残った3人は、村人の援助を村の防衛だけにしてもらった。1キロ四方を囲むのには一体何人の人手がいるか。狼が集団で襲ってくるなら呼んで応援に来られる範囲を考えれば一人あたり1メートル平均で配置しないと、集団で襲われて片っ端から人間だったものが、肉塊に変えられてしまう。防寒着で長時間この寒いなかで活動できる屈強な男を4000人も動員できる村なんてありはしない。そんな条件に見合う男など人口の2割も居ればいい方だ。はるばるギルドに依頼に来たような。逆にそれだけ多くの屈強な男がいれば、狼の殲滅をギルドに依頼する必要などない。
となれば、少ない人数で1キロ四方の森を囲んでも包囲できないから、村人を徒に危険にさらすだけになる。そんなことは意味がない。いや依頼を受けた冒険者が役立たずに思われるだけだ。そんなことは断じて。
「というわけで村の防衛だけにしてください」
と村人を説得して、村の中に待機してもらう。そして3人はフォレの作った罠を村の周辺に配置して、村の周囲で警戒にあたる。
「こちら側に現れる狼は、もれなく殺気立って危険な状態だと思うので、十二分に注意が必要でしょーね。村人に危害が及ばないよう、全力で当たらせて貰おーと思いますー」
貴政は張り切って配置についていた。
「張り切っているな」
風龍はすでに村を1周してきた。主力が討ち漏らせば、こちらの仕事は増える。3人で狼の群れにどれだけ有効な攻撃はできるかは難しいところだ。
「主力は巧く行っているみたいです」
鬼十郎は森から角笛の音も聞こえてこないことからそう判断した。
「角笛を使う余裕もないくらいに全滅していなければ」
風龍は、最悪の予測を口にする。実際、そういう可能性だってある。その時にはこの村にも狼が大挙して押し寄せてきているだろう。
●帰還
「結局、狼以外には何もなしか」
『鬼の生首』の中にいた狼の殲滅には予想以上に時間がかかったが、成功した。もちろん1キロ四方の森をたった12人、1班3人で四方から包囲網を作ったこともあり、狼を完全に駆除できたかといえば、その時餌を取りに外に出ていた狼までいなかったとは言い切れない。『鬼の生首』での時間が長かったため、途中で戻ってきた狼もいたから、ここを根城にしていた狼については全滅させることができたと言えるだろう。
ただし、ある小細工をした人がいたため、本当は全滅ではない。アルフレッドが、見つからないように1、2匹を逃がしていた。『鬼の生首』に戻ってきた狼を、森から追い出すように威嚇したのだった。
アルフレッドの意図が通じたのか、逃げた狼は村にも姿を見せなかった。一定以上の日数現れなければ、別の場所から移動してきた狼だと思われるだろう。それであれば、依頼を失敗したことにはならない。駆除後に移って来た狼までは契約範囲外だ。
狼退治が終わった後は、村人からの振る舞い酒と貴政の手料理で宴会が催され、ロヴァニオンが大いに羽目を外して全員の顰蹙を買った以外はこともなく。
翌朝早く風龍が一人で、今回の依頼で殺された狼たちの墓を立てて供養していた。もちろん骸はないが、気持ちの問題だ。
帰り際にそれに気づいた他の14人も宗教の違いはあれ、それぞれの方法で冥福を祈った。
(代筆:マレーア)